第三十.五話 誕生日会
「太郎、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、父上、母上、みんな」
今日は六月二十三日、光輝の嫡男太郎の誕生日である。
この時代に誕生日を祝う風習がないという事もないが、誕生日会のようなものは存在していないようだ。
新地家では、すべての子供達の誕生日会をおこなう。
光輝が出兵中で忙しいと、日にちをずらしたり、誕生日プレゼントだけ渡して終わりにしたりと言う事もあるが、今日子が新地にいるので誕生日会自体はおこなっている。
家臣の子供達も呼ぶ簡単な誕生日会も行われ、幼稚園のようにその月が誕生日の太郎の御付き達にお菓子と贈り物が振る舞われる。
新地家重臣の子供達は、毎月おこなわれる誕生日会を楽しみにしていた。
「今日はご馳走だな」
「お市ちゃんと葉子ちゃんと一緒に奮闘したもの」
「また今日子さんから、新しい南蛮の料理を教わりました」
「初めて作りましたが、美味しそうな料理ですね」
新地家の家族だけで行われる誕生日会には、沢山のご馳走が並ぶ。
今回は、今日子、お市、葉子が腕をふるってイタリア料理を主体に作っている。
ハム、チーズ、燻製ベーコン、魚介のサラダとカルパッチョ、ピザ、パスタ、魚介のローストなど。
他にも、鶏をまるごと一羽焼いたものがメインとして出されている。
そして、誕生日といえばケーキであろう。
生クリームをたっぷり使った大きなケーキに、太郎の年齢分だけローソクが立ててあった。
「さあ、ロウソクの火を消すんだ。太郎」
「はい、父上」
太郎がロウソクを吹き消すと、光輝達が拍手をする。
「誕生日プレゼントは、悩んだのだが専用の釣竿にしたぞ」
「ありがとうございます。大切にして、父上よりも大きな魚を釣ります」
太郎は、光輝からプレゼントされた自分のネーム入りのリール竿を嬉しそうに見ている。
「そうか、俺は簡単には負けないぞ」
「まあ、言うほど兄貴は釣りが上手くないけどね」
「ふん、ビギナーズラックだけの男が……」
光輝の釣りは、下手の横好きであった。
その証拠に、たまに清輝が一緒に釣りをすると彼の方が大物を釣ってしまうのだ。
「早速ケーキを切りましょう」
今日子が火を消したロウソクをケーキから抜き、ナイフで切り分け始める。
みんなで料理を食べ、酒やジュースを飲み、最後にケーキを切り分けて食べる。
未来では普通に行われるお誕生日会であったが、その存在を知ったある人物が秘密裏に動き始めるのであった。
「殿、火急の用事とは?」
「おお、ミツか。よく来たな」
紀伊の統治で忙しいのに、光輝は突然清須に呼び出された。
岐阜よりはマシかと、光輝は信長の元に参上する。
「我は、お市から聞いた。新地家では、生まれた日を祝う風習があるそうだな」
「はい、確かにそういう行事はおこなっております。子供が無事に成長しているのですから」
してないと嘘をつくわけにもいかないので、光輝は子供の無事な成長を祝う儀式のようなものだと説明した。
「聞いたぞ、太郎の生まれた日と我の生まれた日は同じだと」
偶然の一致であったが、太郎と信長の誕生日は同じであった。
『だから何?』と言われると、正直なところ光輝も困ってしまうのだが。
「我は思うのだ。同じ日に生まれたのに、片や美味しいご馳走に、けーきとかいう極上の味がする菓子があるそうだな。太郎は素晴らしい贈り物を貰ったと聞く」
「はあ……」
光輝は驚愕した。
まさか、三十も半ばをすぎたおっさんが、誕生日会を開いてほしいと家臣に要求したのだから。
しかし、信長は主君であるし、無下に断るわけにもいかない。
光輝は、また余計な仕事が増えたと思った。
「今、五郎左に、新しい城を築かせておる」
確か、琵琶湖沿岸の目賀田山で建設中の城のはずだ。
ここ最近は色々と戦があって完成が遅れたが、丹羽長秀が若狭の統治と共に馬車馬のように奮闘して完成を急がせていると。
そして、もう少しで完成だという情報も長秀経由で聞いていた。
「これの落成記念に、我の誕生日会をおこなうぞ」
光輝は、本当にこの人が主君で大丈夫なのかと、心の奥底で心配してしまうのであった。
「さすがは、長秀殿。素晴らしいお城ですな」
信長の新しい城は、安土城という。
これの完成を祝して大半の家臣が集まったのだが、そのできの素晴らしさに秀吉が長秀を絶賛した。
「藤吉郎が縄張りをしたのではないか」
「天守閣や石垣の素晴らしさは、長秀殿の手柄ではないですか」
「まあ、苦労したがな」
拝領された若狭の統治と並行しての作業だったので、長秀は感慨深げに安土城の天守閣を見あげる。
忙しかった日々を思い出すのであろう。
「ところで、新地殿が此度の宴会の責任者だとかで?」
「今日子殿とお市様と一緒に、忙しそうであったな」
「これは、お二方ではないか」
秀吉と長秀が話をしているところに、滝川一益が姿を見せる。
「噂では、ご馳走が出るとかで」
「今日子殿が調理を担当しているから、相当に期待できるでしょう」
さらに前田利家と村井貞勝が集まってから一時間ほど、安土城内において落成の祝いが始まった。
ただし、情報に詳しい者はもう一つ目的があるのを知っている。
「大殿、お祝いを持参いたしました」
「サル! 大義であった!」
一定の地位以上にいる者は、信長にお祝いを持って駆けつけている。
それを受け取っている信長は、上機嫌であった。
「(誕生日には贈り物が必要だからな)」
家臣達の挨拶が終わると、大広間において祝いの宴が始まった。
今回は特別な趣向になっていて、畳に座ってではなくテーブルの上に大皿で料理が置かれ、それぞれが自由に料理を取れるようになっている。
いわゆる立食パーティー形式にしたのだが、その理由は全員分の御膳を準備する手間を省いたのだという、現実的な理由があった。
変わった趣向ながら、自由に好きな物が食べられるので大変に好評であったが。
「これは美味しいですな」
「まつに持って帰りたいな」
「私も、ねねに持って帰りたいですわ」
メニューは、太郎の誕生日のように完全なイタリアンというわけにもいかず、和洋折衷のような料理になっていた。
伊勢や蝦夷の産物を利用した、様々な料理に家臣達は舌鼓を打つ。
「相変わらず、今日子の作った料理は美味いな」
「兄上、私も手伝いました」
「そうか、お市は料理を作れるようになったのか」
信長はお市が作った料理を食べながら、ますますご機嫌になる。
「(お市様に料理をさせただと! これだから商人出は!)」
柴田勝家は、偉大な主君信長の妹に料理を作らせる光輝に憎悪の念を燃やす。
ただし、ちゃっかりとお市が作った料理を優先して食べていた。
「さて、最後に安土城の落成と我の生誕を祝って、けーきの蝋燭を消すぞ」
「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」
みんな、城の落成祝いは理解できたが、信長の生誕というのが理解できなかった。
わざわざ詳しい事情を聞く者もいないので、そのまま宴は進行する。
下手な事を聞いて座を白けさせ、信長の機嫌を損ねる必要もないと思ったのだ。
今日子が苦労して作った巨大なケーキの上に、信長の年齢分だけ火をつけたローソクが挿された。
「では、消すぞ」
信長はすべてのローソクの火を消し、それと同時に小姓たちが拍手を始めた。
「又左殿、手を叩いた方がいいみたいですな」
「そうみたいだな」
それに釣られるように、秀吉達も拍手を始める。
他の家臣達もあとに続いた。
拍手をしておかないと、信長の機嫌を損ねるかもと思ったからだ。
「けーきが楽しみだな」
ローソクを抜いたケーキを今日子が切り分け、宴に参加している参加者全員に配られた。
初めて見る食べ物なので恐る恐る口に入れる者も多かったが、みんなその美味しさに感動したようだ。
「まつに持って帰ってやりたいな」
「ねねにも持って帰りたいですわ」
「利家殿、藤吉郎殿。日持ちするお土産は大殿の命で準備してあります」
安土城の落成パーティーは無事に終わり、参加者達は光輝と今日子が準備したクッキーを手渡された。
これならば、暫くは日持ちするので家族へのお土産に最適というわけだ。
「我々にまで結構な物をすみませぬ、しかし新地殿は大変だったようで……」
「ええ、まあ……」
光輝は、秀吉から労いの言葉を受ける。
こうして、安土城の落成式と信長の少し遅れた誕生日会は大成功を収めた。
後に信長は、なぜか突然いい年になってから誕生日パーティーを開いた人物として、歴史に名を残す事となる。




