第二十九.五話 家族サービスと結婚とイモ
「父上、釣れました」
「それはよかったな。何が釣れたのかな? 愛」
「えーーーと、クチブトです」
「よし、捌いてベッコウ漬けにしよう」
普段は悪事と自分達の縄張り作りに忙しい光輝達であったが、たまには家族でレジャーを楽しむ事もある。
いわゆる家族サービスというやつだ。
長女愛姫、長男太郎、次女伊織姫、三女茶々と現時点で四人の子供がいる。更に今日子、お市はまた妊娠しているのでこれで六人の子の父親になった光輝は、家族を連れて新地家専用のプライベート釣り場に来ていた。
普段はなかなか外に出ない清輝も、今日は妻孝子と長男小太郎と共に参加している。
釣り場でバーベキューパーティーをしながら、男性陣と子供達はノンビリと竿を降ろして釣りをしているのだ。
愛姫の竿にアタリがあり、彼女が一生懸命に釣り上げると、三十センチほどのメジナ(クチブト)がかかった。
「旦那様、ベッコウ漬けってどういう料理ですか?」
葉子が聞いてくるので、光輝は料理の説明を始める。
「出汁、酒、みりん、醤油で作ったタレに、クチブトの切り身を漬けておく。今タレに漬けておいて、夜にご飯の上に載せて食べるのさ」
「うわぁ、美味しそうですね」
葉子は美味しい物が好きで、小さいがよく食べる。
だがよく動くので、太ってはいなかった。
「私が捌きますね」
葉子は、手際よくメジナを捌いて一口大の大きさに切り分けた身をタレに漬け込み、残った頭、骨、アラも捨てずに汁を作り始めた。
実家が貧乏で下人も雇えなかったらしく、葉子は家事が得意であった。
「アラも、捨てたら勿体ないですからね」
光輝は正しいとは思うが、少し貧乏臭いなとも感じてしまう。
それでも、アラ汁は美味しそうなので食べるのだが。
「葉子ちゃん、お肉が焼けたよ。魚介と野菜もだけど」
釣りと同時にバーベキューもしているので、みんなで焼けた具材をタレにつけて食べ始める。
牛肉はまだなかったが、豚肉、豚モツ、ベーコン、ソーセージに、鶏肉、猪肉、鹿肉などもある。
下味をつけた肉が焼けたら、特製の焼き肉タレにつけて食べるのだ。
タレは、ショウユ、ミソ、塩、カレーベースの四種類があった。
「もう兄弟喧嘩はしないでね」
前にラーメンの味で喧嘩をした光輝と清輝に、今日子が釘を刺した。
「焼き肉のタレは、色々あった方が楽しめるから」
ラーメンの味だから揉めたわけで、バーベキューのタレでは揉めませんよと光輝は反論する。
「そうそう、おっと魚介も焼けたね」
ハマグリ、ホタテ、鮭、イカ、伊勢エビ、カニに、野菜も焼けて、みんな釣りを一旦止めて食事を始めた。
「どんどん焼けるからね」
「美味しいか? 太郎」
「はい、父上」
お父さんとか、親父とか、パパではないのは、この時代だから仕方がないと光輝は思った。
まだ幼い太郎から父上と呼ばれると、まるで自分が時代劇の登場人物になったような気がしてしまうのだ。
「私も一杯釣れたのですが、食べられない魚ばかりなのでこれから頑張ります」
太郎も光輝と一緒に釣り竿を降ろしていたのだが、クサフグばかり釣れていた。
食べられなくもないのだが、危険なので全部リリースしている。
「お市も二人目が生まれるのだから、栄養を取らないと」
「ありがとうございます、旦那様」
お市は、まだ赤ん坊の茶々に離乳食を与えながら自分も肉を食べ始める。
最初は宗教的な理由で嫌がるのかと思ったが、あの美味しければ何でも食べる信長の妹なので気にしないで食べていた。
「しかし、茶々は大きいよな……」
お市も、この時代の女性にしては背が高い。
光輝も背が高いので、二人の間に生まれた茶々はかなり大きい娘だった。
ただ、今日子の子供である愛姫、太郎、伊織姫の赤ん坊の頃よりも大きいので、偶然大きいだけかもしれない。
「茶々には、大きなお婿さんを探してあげないとね」
そんな茶々を見ながら今日子がそう言うと、途端に光輝の表情が曇ってしまう。
「どうしたの? みっちゃん」
「茶々はお嫁になんていかないんだ……愛も伊織もそうなんだ……別に嫁になんて行かなくても……」
三人の娘の父親として、光輝は彼女達が嫁に行くなどという話を聞きたくなかった。
第一、光輝は超未来の人間である。
無理に嫁になどいかなくても、女性がいくらでも生活できる時代から来ているので、無理に嫁がせる必要性を感じていなかった。
「あのね、みっちゃん。そんな理屈が通用するわけないでしょうが」
今日子は女性なので、逆に割り切ってしまっている。
どうせ政略結婚などで嫁に出さなければいけない以上は、なるべく大切にしてもらえる家に嫁がせようと考えていた。
「ならば、俺は婿の条件を厳しくするからな!」
「厳しくするのはいいけど、常識的な範囲でお願いね」
娘を嫁にやりたくない。
お市にはよくわからない理屈であったが、その後光輝はギリギリまで娘達の婚姻話を拒絶してしまい、信長ですら困惑するようになるのであった。
「ベッコウ漬け、美味しいですね」
バーベキューパーティーを終えて新地城に戻り、夕食の時間。
葉子は昼に作っておいたメジナのベッコウ漬けをご飯の上に乗せ、それを美味しそうに食べている。
「途中まで食べたら、ゴマ、刻み海苔、ワサビを乗せて出汁を注ぐ。お茶漬けにしても美味しいな」
「さすがは旦那様、でもこんなに美味しい物、父に食べさせたかったです……」
茶漬けを食べながらしんみりと葉子が言うので、光輝達は彼女の父親の冥福を祈った……が、すぐに確か葉子の父親は実父も義父も元気で生きているのを思い出す。
「葉子ちゃんの父親って、健在だよね?」
「はい、前は貧乏で疲れ果てていましたけど、最近は新地家からの仕送りのおかげで元気なようです」
「話の流れ的に亡くなったのかと……」
「一応貴族ですけど、今までは社会的に死んでいたようなものですし……」
自分の実父なのに、葉子はかなり酷い事を言う。
大臣家のはずの三条西家でもあの有様だったので、葉子の本当の実家はもっと酷かったのだと想像が容易かった。
「大変なのね、貴族って」
「教養をお金に変えるのは難しいのです」
それでも本多正信が交渉して、三条西家に年間三百貫、葉子の実家である半家にも年に百貫が送られる予定なっていた。
結納金もあるので大分生活に余裕ができたと、葉子は説明する。
「そうなんだ……(経費がかからなくていいけど、葉子の実家はともかく三条西家は大臣家なのになぁ……)」
新地家の重臣はみんな千貫以上の禄をもらっているので、そのくらい寄越せと言われるかと光輝は思ったのだ。
少し拍子抜けであったが、経費がかからなくてよかったと思う事にする。
「旦那様、私も早く旦那様の子供が産みたいです。準備は万端ですよ」
「確かによく食べるものね……でも駄目だよ」
一瞬今日子が納得しかけるが、実は光輝はまだ葉子に手を出していない。
その理由は、彼女の実年齢がまだ十四歳であったからだ。
医者でもある今日子は、新地領内に布告を出していた。
それは、出産は最低でも十七歳を超えてからが望ましいというものである。
実年齢にして十六歳、これならほぼ体は成長し切っているし、未来でも女性は十六歳になれば結婚できた。
『体が成長しきらない内の出産は、リスクがあって危険なのよ』
優秀な医者である今日子にそう指摘され、確かに家臣達は布告の内容に頷けるものがあった。
まだ体が成長し切っていない十二、十三歳で妊娠、出産して命を落とす女性が多かったのを知っていたからだ。
この布告は絶対ではないが、新地領内ではこれを守る者が増えていた。
そしてこれを守り始めると、確かに産後の肥立ちが悪くて亡くなる女性の数が劇的に減った。
実は今日子が、子育てが終わった女性や、戦で夫を失った未亡人に産婆としての教育を行い、出産の補助をさせていたという理由もあったのだが。
領民や家臣は、結果だけを見て今日子の言う事が正しいと思ったのだ。
『女性の方が長生きするから、少しくらい年上でもいいのよ』
続けて今日子がこう言うので、新地領では一~二歳年上の女性と結婚する男性が増えていた。
『オラも、新地様にあやかって姉さん女房で出世するぞ!』
そう言って、少し年上の女性と結婚する人が増えたのだ。
『うちの息子は十五だが、十六か十七の嫁を迎えればすぐに子供が産めるな』
武士の場合は家を存続させる必要があるので、なるべく早くに子供を産ませたい。
そこで、このような組み合わせの夫婦になるケースが増えた。
『というか、太郎の許嫁の冬姫も年上なのよね』
これは偶然であったが、もしかすると姉さん女房の家がこれから増えるかもと今日子は予想した。
「あと二年ですか。少し残念ですが、一杯食べて早く大きくなりますよ。今日子さんのように大きくなるのです」
「大きくって……あまり褒められていないような……」
この時代の女性にしては圧倒的に大きく、そのせいで色々とあった今日子は、葉子の発言を聞いて微妙な表情を浮かべていた。
「今日子さん、大きな事はいい事ですよ。私もそうなりますから」
「……」
と言いながら夕食を沢山食べる葉子であったが、光輝は本当に彼女が大きくなるのか疑問を感じずにはいられなかった。
そして、もう一つ。
「(今日子の言っている事は概ね正しいが、世の中には例外もある。利家殿のところのまつさんとか……)」
十一歳で嫁ぎ、十二歳で出産と、何事にも例外がいるのだと感心した。
世が世なら、利家は塀の中の住民になってしまうのだから。
「(利家殿、凄いよなぁ……)」
などと光輝が噂をしていた時、利家がいる越前では……。
「へっくしゅい!」
「又左、風邪でも引いたか?」
「いや、そんなはずはないと思うが……」
「越前は、尾張とは気候が違うからな。気をつけないと」
遠く離れた越前の地で利家は突然くしゃみをしてしまい、同僚で友人でもある佐々成政から病気かと心配されてしまうのであった。
「何でだろう? 心躍らないな」
「殿、ご家族で食事を楽しむのと、戦の最中の食事を一緒にしないでください」
紀伊進軍中のある日、その日の光輝は野外で食事を取っていた。
ご飯や味噌汁の他に、バーベキューの時と同じくタレで下味をつけて焼いた猪肉が出てきたのだが、一緒に食べているのが男ばかりなので楽しくなかったのだ。
「子供達に会いたいなぁ」
「それは、みんな同じです」
正信から冷静に返されてしまい、光輝は言葉に詰まってしまった。
「何か楽しい事はないのかな?」
「そうですね、補給物資が大量に来たくらいですか」
新地軍の後方支援体制は、この時代の平均よりも圧倒的に優れている。
輜重部隊が専門に編成されているし、常に銭を持参して現地調達も可能にしていた。
新地軍では略奪は禁止で、もしこれを破ると原則打ち首である。
おかげで、紀伊の大人しい住民達からはそれほど怖がられていなかった。
金を持っている新地軍に物を売ろうと、商人達が集まってくる。
ついでに春を売る女性もいたが、兵士が性病になると戦力が落ちるのでこれも禁止されている。
その代わりに、清輝謹製の大量の十八禁本が部隊ごとに配られた。
『僕の最高傑作だよ。でも、もう少し種類を増やさないと駄目か……』
清輝の本は兵士達に人気となり、彼は続編の構想を練っている。
「補給物資はイモか」
補給物資の中に、大量のサツマイモがあった。
カナガワの自動農園で栽培していたものを、新地領内でも生産開始したのだ。
戦略物資なので、サツマイモの生産は厳重に管理されている。
栽培している農家には畑に植えるツルの部分しか配られず、収穫品もほとんど新地家によって買い取られてしまう。
サツマイモ自体も遺伝子改良がしてあるF1品種なので、どうせ収穫されたサツマイモを畑に植えても収穫はできないのだが。
「ジャガイモもあるな。早速食べよう」
サツマイモは炊事部隊が持っている石焼機で焼かれ、ジャガイモは大きな蒸篭で蒸かされる。
「石焼イモはそのままで、ジャガイモはバターや塩辛を載せると美味しい」
兵士達にも配られてみんなで食べ始めるが、それを羨ましそうに見ている子供達がいた。
親から軍勢に近づくなと禁止されていても、つい近くに寄ってしまう子供達もいたのだ。
イモの焼けた、いい匂いがしているからでもあった。
「子供達に配ってやれ」
「手配します」
イモはまだあったので、光輝の命令でそれを焼いて子供達に分けてやった。
「すげえ、甘くて美味しい!」
「本当だ! オラ、こんな美味しい物初めて食べた!」
子供達は、焼き芋に大喜びであった。
「これで、紀伊の住民達が少しでも新地家に馴染んでくれたらな」
光輝は、紀伊のところどころで炊き出しなどを行って宣撫活動に勤めた。
劇的な効果はなかったが、長い目で見ると紀伊安定化の役に立ったと後世では評価されるようになる。




