第二十四話 戦国の世の女スーパードクター
永禄十年の四月、畿内における三好一党との戦いを終えた光輝は新地へと戻った。
戦による犠牲も出たが許容範囲内であり、新規に兵を徴募しているので問題はないはずだ。
織田方の勝利により、織田家は南近江、山城、大和、摂津、河内、和泉の大半を新たな支配地とした。
信長は、それらの整備に奔走中のようだ。
光輝は今回の戦功により、信長から感状、太刀、書画、金子などをいただいて褒められた。
他の諸将や長政なども、同じく褒美をもらっている。
あの義昭も山城にあった幕府領の回復に成功し、早速政務を開始していた。
その能力は未知数であったが、せめて政治くらいは何とかこなしてくれと光輝は思ってしまう。
足利幕府に一定の権威と調整能力があれば、信長や光輝の苦労も大分少なくなるのだから。
正直なところ、光輝はあまり期待していなかったが。
「娘の名は、伊織と茶々にしよう」
光輝は、今日子が産んだ次女に伊織と、お市が産んだ長女に茶々と名付けた。
伊織は今日子の提案で、茶々はお市からの提案である。
光輝もいくつか候補を出したのだが、今日子のお気に召さないようで却下されてしまった。
『みっちゃん、今回は駄目!』
『命名って難しい……』
お市は、新地家の当主なのに鶴の一声で娘の名前をつけられない光輝に驚かなくなった。
織田家ではあり得ないが、新地家ならよくある事だと慣れたのだ。
娘達は共に健康そうでよかったと光輝達が安堵したところで、今日はお客さんやってきたようだ。
「今日子さん、藤吉郎様が浮気をしたのです!」
新地を訪れたのは、木下藤吉郎の妻ねねであった。
彼女は今日子を慕っているので、いつもは手紙のやり取りを、たまに新地に来てはお茶を飲みながら話をして帰る。
墨俣から新地までかなりの距離だと思うのだが、彼女は戦では留守になる夫藤吉郎の代わりに墨俣城代の役をこなしながら、馬を使って新地を訪ねていた。
今日子に触発されて、ねねも馬の乗り方を覚えたのだ。
「確かに、私にはまだ子供ができませんけど……」
ねねは、藤吉郎との間に子供ができなくて悩んでいるようだ。
藤吉郎もねねの前では何も言わないが、子供が欲しいから他所で女を作っているとも言える。
「藤吉郎殿、やるな」
光輝は、他所に女を作っている気配も見せずに浮気した藤吉郎に一人感心していた。
できれば見習いたいが、自分ではすぐに今日子に見抜かれてしまうであろうし、とはいいつつも光輝は、今日子とお市以外の女性にあまり興味がない。
「感心している場合じゃないでしょうが!」
「実際にしようとは思わないけど、ちょっと心の隅で羨ましいと思うのが男なのです」
「どうしようもないわね……」
今日子は、自分の旦那ながら光輝の本音に呆れた。
「キヨちゃんもそうなのかしら?」
「さあ? あの夫婦はいつも楽しそうだから」
清輝の妻孝子は貴族の娘としての教養を生かし、旦那である清輝の仕事を助けていた。
『今度の新刊なんだが、義経と弁慶を女性にするのはどうだろうか? 頼朝も一見嫌そうな女にしておいて、実はツンデレという設定で』
『清興さん攻め、茂助さん受けの押さえつけ系戦場交合本でいこうかと』
空いている時間があると、二人は新作の制作に没頭している。
それでも、先日孝子が妊娠したのを今日子が確認しているので、家臣達は喜んでいた。
孝子の本のモデルにされた事がある、茂助、清興、一豊は若干顔を引き攣らせていたが、相手は主君の弟の嫁なので何も言えなかった。
『なぜ、我々が本の題材に?』
『衆道のお話で題材にされるのは……』
『我々は武士でも、そこまで身分は高くありませんしね』
衆道に関しては、新地家では原則的には禁止されていない。
同性愛の傾向が強い人達が、プライベートの時間に恋愛しても関与しないという考え方だからだ。
例外は、上役が無理矢理部下にそういう関係を強いるような時で、これはセクハラかつパワハラとして処罰する事にしている。
元々光輝と清輝に衆道の趣味はなく、そういう方法で二人に媚びても出世に繋がらないどころか気持ち悪がられて評価が落ちるので、新地家では衆道はなりを潜めていた。
孝子の本は、あくまでも物語だからというわけだ。
「そうですか、孝子さんも……もはや世間では石女扱いなのですね、私は……」
せっかく藤吉郎が城主になったのに、自分は子供を産んであげられない。
ねねの悩みは深刻で、今日子が懸命に宥めていた。
「今日子、診てあげたら?」
「私、産婦人科は専門外なんだけど大丈夫かな?」
「大丈夫だって、今日子は腕がいい医者じゃないか」
今日子は軍医の資格も持っていたが、軍医なので専門は外科であった。
なぜなら、軍人は負傷する機会が多いからだ。
そのため、新地家では負傷兵を治療するための部隊が存在し、彼らは武士として禄を貰っている。
新地家では、特別な技能があれば腕っ節が弱くても出世する手段は存在していて、治療兵や軍医もその一つであった。
彼らへの指導は、今日子が書いたマニュアルによって厳しく行われている。
「変な男性のお医者様よりは、今日子さんに診てもらった方がいいです」
「わかったわ、やってみるね」
今日子は、早速ねねの診察を始める。
問診から、触診、密かに小型の診察機器を使っての検査など。
今日子はそのデータをカナガワに持っていき、一晩分析して翌日には検査結果を出した。
勿論その過程は、ねねには内緒であったが。
「うーーーん、このままだと妊娠できないね……」
「そんな……」
今日子からの診察結果に、ねねは肩を落としてしまう。
「ただし、簡単な手術をすれば大丈夫だけど」
「手術を受けます!」
ねねは、子供が産めるならと手術を受ける決意をした。
「そんなに時間も掛からないし、手術もお腹をドバっと切るとかじゃないから。繊細な技術が要求されるから少し練習しておこうかな?」
今日子の診断によると、ねねの症状は『排卵異常』の一種だそうだ。
なので、患部をわずかに切れば終わりらしい。
通常のメスは使わず、小型カメラと遠隔操作の小型電子メスを使って患部を切削する。
時間は一時間とかからずに終わるが、技術力を必要とする手術だと今日子は光輝に説明した。
「外科手術なら、少しくらい切り間違えても大丈夫なんだけどね」
「こらっ!」
さすがにそれは酷いと、光輝が今日子を叱る。
カナガワに練習用の設備があるので、今日子はそれを使って練習してから全身麻酔をかけたねねを密かにカナガワに運び、三十分ほどで手術を終えて戻ってきた。
「手術は無事に成功、三日も安静にしていれば元通りだから」
「ありがとうございます」
手術後の傷を塞ぐ細胞修復剤のおかげで本当は一日でよかったが、今日子は念のためにねねの安静期間を三日間に伸ばした。
「今日子さん、ありがとうございました」
「よほど何かない限り大丈夫なはずだけど、頑張ってね」
「はい、元気な子供を産みます!」
墨俣に戻る日の朝、何度もお礼を言うねねを今日子は送り出す。
そして二か月後、ねねから手紙が届き、そこには無事に妊娠したと書かれていた。
「うん、自分の才能が怖いね」
「さすがだな、普段は外科なのに」
「手術だからね、外科と共通する部分も多くてよかったよ」
ブランクがあり専門外なのに、難しい手術を成功させた今日子に光輝は感心した。
「戦場で腕や足が飛んだとかの方が楽だね。切り落としましょうで済むから」
「随分と簡単に切り落とすんだな」
「神経の接続とかが難しいからね。最新の義手の方が、すっかり元どおりになれるもの」
未来だと、その後に新しい義手・義足を付ける。
高性能で感覚も戻るし、特に不便な事もないので、軍人には義手・義足の人がたまにいた。
ただ、義手と義足はカナガワには積んでいなかったし、特殊な品なのでカナガワの艦内工場では生産できない。
この時代では、手足を切り落とすだけしか出来ないはずだ。
「幸いにして、俺は五体満足で生きているよな」
この時代の戦場にも大分慣れたが、光輝は本陣から命令を出しているだけなので今まで特に危険な目に遭った事がなかった。
直接の斬った張ったは苦手なので、光輝にとっては極めて好都合である。
こうして永禄十年の夏は過ぎていくが、秋に収穫が終わると光輝は再び京に呼び出される事となる。
 




