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第二十一.五話 ビールとクレソン

これは、清輝が結婚する前のお話です。

「「「「乾杯!」」」」


 光輝達は伊勢志摩の統治で忙しかったが、今日は家族だけで夕餉の宴会を楽しんでいた。

 光輝、清輝、今日子、お市が料理と酒を楽しみ、長女愛姫、長男太郎は今日子とお市から離乳食を食べさせてもらっていた。


「なるほど、赤ちゃんにはこういう物を食べさせた方がいいのですね」


 お市は、赤ん坊の世話に慣れている今日子を凄いと思った。

 実は本を見ながらであったが、今日子は医者でもある。

 もし自分の子供が病気になった時に、すぐに対応してもらえるのがいいとお市は思っている。

 この時代、赤ん坊や子供が早くに死んでしまう事も多かったからだ。


「キヨちゃんも早く結婚しないとね」


「義姉さん、俺はメルちゃんに似ている人なら今すぐにでも結婚するって」


「あのね、キヨちゃん。もう少し現実を見ようね……」


「大丈夫だって、探せばいるから」


 せっかくの今日子からの注意も、清輝にはヌカに釘状態であった。


「めるちゃん? 南蛮の方ですか?」


「そんな感じ」


「清輝様は、南蛮の女性が好みなのですね」


 さすがの清輝も、お市にはアニメのキャラクターですとは言えないらしい。

 外国の女性だと言って誤魔化した。

 メルちゃんはアニメキャラなので、外国人に見えなくもない。

 少なくとも、設定では純粋な日本人ではなかった。


「愛と太郎は、眠くなっちゃったかな?」


 離乳食を食べ終わった子供二人は隣の部屋で寝かしつけられ、あとは四人だけの宴会となる。


「じゃあ、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 今日の献立は、木曽川で獲られたアユとウナギがメインであった。

 アユは塩焼きと天ぷら、ウナギは櫃まぶし、他にも伊勢海老や鯛などの伊勢産の海の幸をふんだんに使った船盛り、養殖が始まったカキ料理など、沢山の料理が出ている。

 

 乾杯に使ったものは、自家製のビールだ。

 材料のホップは栽培を開始したばかりでまだ露地では収穫できておらず、これはカナガワの自動農園で栽培されたものであった。

 来年からは、新地領でも本格的にビールを醸造する事になっている。

 

 日本酒、焼酎、ミリンの醸造も始まっていて、これらもようやく最初の試作品が完成したところであった。

 試作品は評価をおこなってから、正式に製造を開始する予定である。


「お市ちゃん、ビールはどう?」


「苦いです」


 お酒は二十歳からは、あくまでも近代に入ってからだ。

 まだ未成年のお市も乾杯したあとにビールを飲み、その苦さに顔をしかめた。


「慣れるとこの苦さがいいんだけど、今はこちらにしておくか」


 光輝が、オレンジジュースの入ったグラスをお市に渡す。


「美味しいです」


 お市は、甘いジュースの味に大満足であった。


「デザートは、赤福を用意したよ」


 光輝達がいた超未来では惑星『ネオミエ』の特産品であったが、その前は伊勢の特産品であったらしい。

 そこで、今日子がお市と共に試作してみたのだ。


「美味しいな」


 赤福とは不思議なお菓子だ。

 ただの餡子餅なのだが、光輝も清輝も今日子も、仕事で惑星『ネオミエ』の近くに行くとつい購入してしまったのを思い出す。

 似たようなお菓子に、惑星『ネオキョウト』で売っている八つ橋、惑星『ニューホッカイドウ』で売っている白い恋人などもあった。 


「今日子さん、美味しくできましたね」


「そうだね、お市ちゃん」


 その日は、美味しい料理に、美味しいお酒、デザートも十分に楽しんだ四人であったが、それから暫くして、なぜか突然信長から文が届く。

 

「殿は、何か用事なのか?」


 光輝が中身を取り出して読むと、そこにはこう書かれていた。


「『ミツよ、お前は思い違いをしている。伊勢志摩の開発を進めるために特産品を作るのはいい事だ。だが、それが本当に特産品として相応しいのかを見定める必要があり、ミツはそれを忘れておるのだ』……えっ?」


 文の内容を推測すると、自分に試作品を送れという事らしい。


「旦那様、すみません……」


 お市が、光輝に申し訳なさそうに謝った。

 彼女からすれば、兄信長が心配しないように定期的に文を送っているのに、まさか自分の兄が酒や食べ物の催促をするとは思わなかったのであろう。


「送ろうにもなぁ……」


 ビールは冷やさないと駄目だし、魚貝類は足が早いので生のまま送るわけにもいかない。

 ウナギも、材料は岐阜近くで入手した方がいいはず、日持ちの関係で調理した物を送るわけにはいかないのだから。


 そのように光輝が文を返すと、再び信長から文が届いた。


「『それを何とかするのが、ミツの仕事だ』って……」


 光輝は、相変わらずな信長の言い分に顔を引き攣らせる。

 結局、食材とビールを冷蔵庫で冷やしながら運び、清須で食事と酒を振る舞う事になった。

 林秀貞と佐久間信盛から、岐阜から清須へと簡単に足を運ぶ信長に主君としての重みを説かれて反対されたようだが、彼が言う事を聞くはずがない。


 信長は急ぎ清州へと向かい、アユ、ウナギ、伊勢の海の幸と、ビール、赤福を堪能した。

 

「殿ももう少し落ち着かれるといいのだが……」


「もしもの事を考えて、警備の問題もあるからな」


 反対しつつも、林秀貞と佐久間信盛はちゃっかりと信長についてきて、誰よりも料理と酒を楽しんでいるようだ。

 

 なお、勝家は参加しなかった。

 光輝嫌いの彼からすれば、その光輝が主催する宴会に顔など出したくないというわけだ。

 光輝も、大嫌いな勝家に食わせる物などないと思っているので、これはお互い様であろう。

 

「我は酒はあまり好きではないのだが、びーるは酒精が少なくて少し飲む分にはちょうどいいな。冷えたびーると、塩焼きした鮎との組み合わせは最高ではないか」


 食事とビールを楽しんだ信長は、干し魚、カキの焼き干し、魚の味噌漬け、塩辛、赤福をお土産に岐阜へと帰還した。


「次からは、こういう事がなければいいのだが……」


「殿は、何でも急に決めてしまわれるから……」


 帰り際に秀貞と信盛が愚痴っていたが、ちゃっかりと自分達の分のお土産だけは確保していた。

 そして……。


「新地光輝め! 贈り物で殿の関心を惹こうとは! 所詮は商人の出! 武士は武勲で主君に功を認められればいいのだ!」


 岐阜にある柴田家の屋敷で、勝家は大声で光輝を非難するのであった。

 

 





「みっちゃん、秀吉さんから季節の贈り物だよ」


「藤吉郎殿はマメだなぁ」


 新地光輝は、織田家家中において微妙な立場にある。

 そんな光輝を嫌う者もいたが、仲がいい者もいた。


 木下藤吉郎、前田利家、滝川一益、丹羽長秀などで、あとは村井貞勝とも会うと話をする仲であった。

 光輝は、文治系で温和な貞勝と話しやすいと思っていたのだ。


 そして彼らとは、季節ごとに贈り物を贈り合ったりしている。


 墨俣の領主になった秀吉は、新地家からの季節の贈り物のお返しとして『ミョウガ』を送ってくれた。

 墨俣周辺ではよく栽培されているそうだ。


「味噌汁に入れると美味しいよね」


「薬味に、天ぷらや酢の物も美味しいですね」


 早速今日子とお市が調理して食事に出し、好評であった。

 今日子は、お礼とミョウガの新しい調理方法を手紙に書いてねねに送っている。

 普段はなかなか会えないが、今日子は秀吉の妻ねね、利家の妻まつ、長秀と一益の妻達とも文通を始めていた。


『女子会(笑)だね、義姉さん』


 それを聞いた清輝の発言に不審な点はなかったが、なぜかその真意がバレて今日子に締め落とされている。


「藤吉郎殿からも手紙が来ているな、今日子に」


「えっ? 私?」


 今日子が藤吉郎からの手紙を読むと、中にはこう書かれていた。


「領民が冬の間に食べる野菜が欲しいか……」


 医者である今日子は、忙しい身でそう全員に治療などできないが、食生活などを指導して健康を崩す人を減らそうと、領民と家臣に教育している。

 

 藤吉郎も熱心に話を聞いていったのだが、定期的に野菜を摂取した方が健康にいいと聞くが、冬になるとどうしても野菜が不足してしまう。

 漬物ばかりだと、今度は塩分の取りすぎは健康によくないと今日子から言われているので、何か他に野菜がないものかと悩んでいます、という内容であった。


「秀吉さんは、お百姓さんにも優しいね」


 自分も農民の出だからであろう。

 領民に対し、色々と生活をよくしてあげようと努力しているようだ。


「冬場の野菜か……これは?」


 最初に光輝が出した案は、紀伊半島で自生しているアシタバであった。

 主に葉と茎を食用にする。

 少し癖はあるが、天ぷら、バター炒め、おひたし、佃煮、お茶などに利用できる。

 栽培にはそれほど手間がかからず、新地領でも栽培されていた。


「兄貴、藤吉郎殿の墨俣だと少し寒くないか?」


「そうか」


 アシタバは寒さに弱いので、墨俣での栽培は難しいのを光輝は思い出した。


「むしろ、これだろう」


 清輝が勧めるのは、オランダガラシ、いわゆるクレソンであった。

 この時代の日本にはまだないようであったが、カナガワの自家菜園にはある。

 実は栽培していた記憶がないのに、いつの間にか勝手に生えて増えていたのだ。

 もしかすると、他の野菜の種に混じっていたのかもしれない。


「クレソンなら寒さにも強いよ。健康にもいいし」


 血圧上昇抑制に、脂肪燃焼促進効果などがある。

 寒さに強く、サラダ、おひたし、ゴマ和え、天ぷら、漬物、味噌汁の具にと何でも使えた。


「墨俣なら、長良川沿いだから水も十分にあるし」


 クレソンは半水生で水耕栽培に向いている。

 葉が次々と出るから、ほぼ一年中楽しめるという利点もあった。


「栽培方法や料理方法と共に、藤吉郎殿に種を贈ってあげようか」


 それから数日後、墨俣城にいる藤吉郎にクレソンの種が届いた。


「これは便利な野菜ではないか、さすがは新地殿と今日子殿。早速みなに栽培させてみよう」


 これ以降、墨俣ではクレソンが大いに食されるようになった。

 栽培が簡単なので、あっという間に織田領内どころか全国に広がっていく。

 人々が冬にも野菜を食べられるようになったので、わずかではあったが彼らの健康促進の役に立ったのであった。


 後年、外来植物を日本国内に導入した件で、光輝が一部歴史学者から非難される羽目になったが。

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[良い点] おふくもちも忘れないで下さい…,(;´Д⊂)
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