第六十一.五話 地鶏と鶏料理
「比内鶏って、まだいないんだな……」
再び出羽を視察していた光輝は、出羽から戻る前に米代川流域も視察した。
惑星ネオアキタの特産である比内地鶏を探しにきたのだが、地鶏はいても比内地鶏はいない。
きっと、品種改良をしなければ駄目なのだという事に光輝は気がついた。
「しょうがない……交配を続けて、美味しい地鶏を作ろう」
というわけで、光輝は全国各地の地鶏を入手し、シャム(タイ)からも軍鶏を入手(密輸)、交配を重ねて、美味しく、病気になりにくく、繁殖が容易な鶏の開発を進めている。
「しかし、道は遠いな……」
豚や牛と同じく、品種改良には時間がかかるというわけだ。
江戸に戻った光輝は、入手した出羽各地の地鶏を担当者に預けてから城へと戻る。
「みっちゃん、今日は鶏のから揚げだよ」
「今日は鶏のから揚げの気分だったんだ。さすがは、今日子」
「私達も結婚してから長いものね」
二人が結婚してから既に、銀婚式である二十五年を超えてしまっている。
共に年を取ったなと、光輝も今日子も思った。
「阿吽の呼吸というやつかな?」
「さあ? あの夫婦には負けると思うけどね」
今日子の言うあの夫婦とは、同じような趣味を今も持ち続ける清輝と孝子の事であった。
『暫くは禁書扱いだが、大殿を美少女にして天下を取る過程を作品にしようかと。勿論、羽柴、丹羽、滝川の諸将ももれなく全員美女か美少女だ。明智殿は怜悧な感じの美女にしよう。美熟女枠で武田信玄、上杉謙信、幼女枠で井伊万千代などを考えている』
『旦那様、今度は趣向を変えて、紫式部が年下の美少年皇族から美青年貴族、格好いい美中年貴族など、色々な男性に言い寄られるお話を作ろうかと』
二人は、空いている時間に互いに新しい創作物について楽しそうに話をしていた。
孝子は夫である清輝の影響を受け、腐女子でありつつも、別方面の作品も好んで作るようになっていた。
『よかった……もう我らが人物設定で利用されなくて済んで』
『堀尾様、なぜ私が幼女なのでしょうか?』
『直政、深く考えると負けだぞ』
『はあ……』
堀尾吉晴は、最近孝子から衆道関連の本でモデルにされなくなったが、今度は井伊直政が清輝の登場人物すべて女キャラ本で幼女キャラに設定されて困惑していた。
『別に衆道物も辞めてはいないけど、今は女性主人公に、沢山の格好いい男性登場人物ら多数の方が評判なので!』
こんな感じで今日子からはとても仲がいい夫婦に見え、津田家中では似た者夫婦として有名になっていた。
「あの夫婦はな……それでから揚げの味は?」
「ニンニク生姜醤油、カレー、塩麹、味噌の四種類だね」
今日子は、今日は試しに色々な変わり味のから揚げも作製した。
最近江戸では鶏の生産量が上がり、庶民でも卵や鳥肉を食べる者が増えていた。
「贅沢なラインナップだな」
「他にも色々と作ったよ」
その日は家族で……みんな独立したり嫁に行ってしまって夕姫しかいなかったが……夫婦でから揚げを堪能し、それから数週間後。
江戸を、出羽織田家の家宰堀秀政が仕事で訪ねていた。
「最近は忙しくて、あまり料理もしなくなりましたね」
信長に頼まれる事もなくなり、信房も出羽の命運を握る重臣に料理など頼まないのであろう。
統治の仕事ばかりで、最近は料理をしていないと秀政は話した。
「それは願ったり叶ったりなのでは?」
「私もそう思ったのですが、やはり休みになると料理をしてしまうのです」
「そうなんだ……」
秀政は、すっかり料理が趣味になってしまったと光輝にいう。
最近では津田領産の最新式調理器具も手に入れ、新しい料理にも挑戦中だそうだ。
「津田様が視察した比内地方は、美味しい地鶏が育つ土地だそうで。ですが、比内の地鶏は育てるのが難しい」
「そこで、他の鳥と合わせて品種改良が必要なわけだ。これから研究だろうな」
「では、比内でその新しい地鶏を生産する準備が必要ですな。いい特産品になるかもしれません」
秀政は、光輝から地鶏に関する知識を、その調理方法まで詳しく聞き、喜び勇んで酒田城へと戻っていく。
「久太郎、これは?」
「津田様から教えていただいた、『きりたんぽ』という鍋です。これとハタハタの鍋が出羽では鍋の双璧だそうで」
「確かに美味そうだな。それで、これはどの料理人が作ったのだ?」
「私が作りました」
「そうなのか……さすがは久太郎だな」
信房は凄いと思いつつも、同時に『何も秀政が作らなくてもいいのでは?』という疑問が頭から離れなかった。
「他にも、純粋な水炊き、焼き鳥、から揚げ、ちきんそてー、ちきんかつ、燻製鳥などの料理を津田様と今日子様から習って参りました。領民達の食生活を改善し、特産品を作って領民達の懐を温める。これにより、旧東北諸侯残党による反抗を押さえましょう」
「そうだな(言っている事は間違っていないのだが、何か引っかかるな。なぜ鳥料理の話が前面に出ているのだ?)」
信房が疑問に思いつつも、目の前の料理の誘惑には勝てなかった。
他の家臣達と共に試食にありつき、その美味しさに出羽における養鶏をやりやすい地鶏の品種改良事業が信房により進められる事となる。
後に、比内地鶏、声良鶏、金八鶏など様々な地鶏が出羽の特産品となるのであった。
光輝が石山に顔を出した時、彼はふいに鶏肉料理が食べたくなった。
江戸ほど簡単には入手できまいと思ったのだが、信長も領内で養鶏を奨励していた。
比較的短期間で肉になり、卵が獲れ、糞も肥料になるからだ。
石山付近の地鶏なのであろうが、光輝がまだ品種が定着していないそれを入手して料理人達に鳥料理を作らせ、さてそれを食べようという時に森蘭丸を連れた信長が津田屋敷に姿を見せる。
光輝は、信長の嗅覚にある意味感心した。
「養鶏は織田領でも奨励しておる。だが、調理方法は焼くか鍋に入れるくらいしか普及しておらぬな。よって、視察である。お蘭、相伴せい!」
「はっ! 津田様、ご馳走になります」
信長は、最近この森蘭丸がお気に入りであった。
実はもう元服して成利を名乗っているのだが、信長は『お蘭』と幼名から呼び方を変えていない。
ミツ、サル、イヌのようにあだ名の一種になってしまっているのだ。
森一族は、当主である可成、嫡男可隆、次男長可、三男成利、四男長隆、五男長氏、六男長重と、全員領地をもらったり側近衆に任じられて信長から優遇されていた。
「信房からもらった、この『きりたんぽ』と鶏の鍋は美味いな」
信長は、信房が出羽で試作して光輝に預けたきりたんぽを鍋に入れて堪能した。
「出羽には『芋煮』もあるのか。これも美味い」
出羽ではサトイモの収穫が終わると、近隣の農民達で集まって芋煮を食べる風習がある地域があった。
光輝は、サトイモとわずかな野菜しか入っていなかった芋煮に鶏肉や猪肉を入れ、味噌仕立てや醤油仕立てにするなど、色々と改良を加えている。
「だが、この焼き鳥が一番だな」
信長一番のお気にいりは、焼き鳥であった。
ねぎま、皮、つくね、レバー、ハツ、きんかん、手羽先、ぼんじり、砂肝、軟骨など、塩とタレの二種類があったが、信長の好みはタレであった。
蘭丸の好みは塩で、塩焼き鳥を美味しそうに食べている。
「この料理ならば、織田領でも簡単に広まるな」
「はい、他の鳥や肉などでも代用できるでしょう」
伊達に信長のお気に入りというわけではないようだ。
蘭丸は、光輝から見ても賢そうに見える。
しかも、イケメンであった。
「この焼き鳥とから揚げは持ち帰れるからありがたい」
信長は、光輝からお土産で焼き鳥とから揚げをもらってご機嫌で石山城へと帰っていく。
だが、翌日になると再び津田屋敷へと駆け込んできた。
「ミツ! あのお土産が全部お濃達に食われてしまったのだ!」
次の日の朝に温め直して食べようと思っていたのに、信長が寝ている間にお濃の方達にみんな食べられてしまったらしい。
織田家の奥は女性と子供が多いので、あっという間に食べ尽されてしまったようだ。
「それは災難でしたね、大殿」
「そうよ、我の大切な焼き鳥とから揚げを全部食べてしまいおって。少しは残すのが礼儀だと思わぬか?」
「そうですな……ええと、朝食でもいかがですか?」
「おう、催促したようで済まないな」
信長は、津田屋敷で朝食を食べていく事になった。
メニューは、昨日の残りの鳥ガラで出汁を取り、生米から煮込んで味を染み込ませた鳥粥であった。
火を止めてから溶き卵を入れ、刻んだアサツキを散らして完成である。
他はタクワンのみであったが、たまにはこういうシンプルな朝食もいいものだと光輝は思っていた。
「残った鳥殻で出汁を取った雑炊が胃に染み入る美味さだな。そうだ、また焼き鳥とから揚げをくれ」
いきなりくれと言うのも凄いと思うが、光輝は信長の言動に慣れてしまっている。
すぐに料理人に準備をさせた。
鳥粥を三杯もお替りした信長は、再び光輝から焼き鳥とから揚げをもらうと、大喜びで石山城へと戻るのであった。
 




