始まり
吹き抜ける春の国。見渡す限り田んぼという景色の中、ゆったりと歩を進める。
ここは樋川。秋岳市という全国でも有数の大都市の外れにある、のどかな田舎町だ。
周りに誰もいない、広大な空間を一人占めしているような清々しい気分で歩いていると、突然背中に衝撃が加わった。
「おい、離れろ」
「やーだねー」
背中にくっつく奴は、離れるどころかさらに密着してくる。
「重いんだよ……。朝から鬱陶しい……」
「重いとか酷いわ!乙女になんてことを!」
「気持ち悪い声を出すな。耳元で大きい声を出すな。さっさと離れろ」
「やだやだー」
背中密着してくる奴は、駄々をこねてそのまま左右に体を振り始めた。
コイツは俺の友―――
「恋人の加賀見陸です!高身長でイケメン。頭脳明晰に運動神経抜群の完璧人間です!」
「断じて恋人などではない。俺をそっちの世界に巻き込むな。そして離れろ」
恋人以外のところは割と本当なんだけどな……。
「語はケチだなぁ」
「ケチとかそういう問題じゃない。暑苦しいし俺にメリットがない」
「はいはい、わかりましたよーっと」
そう言うと、陸はやっと俺の背中から離れて隣を歩き始めた。
俺より少し高い背丈で、前は目にかかるくらいで少し斜めに流し、後ろは肩下までの茶髪。視力は悪くないが眼鏡をかけていて、やせ型だが体格はいいイケメンだ。
性格が多少……いや、相当おかしいが、顔が顔なのでモテる。告白もされたことがあるらしいが、全て断っているようだ。
「難しい顔をして何考えてるのかなー?エロいことかー?」
「お前じゃないんだからそんなこと考えないっての」
「そうかそうか。……おっ、あそこにスカートを穿いた女の子がいるだろ?」
陸は後ろを指さして、結構離れたところにいる女の子を示す。
「ん?……ああ、いるな。それがどうした」
「水色だ」
「…………」
くだらないことばかり言う陸を無視して歩調を早めた俺は、無言のまま学校へと向かった。