神様にバイトしてもらう令嬢の話。
この世には、精霊や妖精が見える人がいるらしい。
それは、私にも当てはまる。
ちなみに私が見えるのは、神様だったりする。
「神様〜、留守番ありがとうございました!」
自分の部屋に戻ると、私の姿形をした人が椅子に腰をかけていた。
私より無愛想なその人は、こちらを見てため息を吐いてくる。
神様もため息を吐くのね。
「シャイラ、神に使いを頼むなどお前だけだぞ…」
私の顔をした神様は、あっさり元の姿に戻って空中へと浮いた。
人間のなりかわりを解いてしまえば、他の人には見えなくなる。
こんな姿を見られるのも、地上では私くらいなものなのだろう。
「ええぇ?だって、私になりすませるの神様しかいないじゃないですか」
「そもそも令嬢が家を抜け出して、街に働きに行くな…」
「貧乏一家にはお金が必要なんですう」
「だからって、神にバイトさせるやつがあるか」
「ちゃんと報酬ありきじゃないですか。正式なバイト依頼なのに、文句ばっかり言わないでくださいよ」
私は、神様が座っていたおんぼろ椅子に座った。
ギイ…と軋む音がしたので、寿命もそろそろな気がする。
「はい、どうぞ。今日の私の感情です」
私が神様に差し出すように両手を広げれば、神様もヌッと近づいてくる。
鼻先が当たると、神様は息を吸うように私から感情を抜き取っていく。
この瞬間、シュルルル…と私から何かが抜けていくのはわかるが、これ感情だとわかったことはない。
人の感情が好物な神様なんて、生気が欲しい悪魔よりタチが悪い気がする。
と、思っているが、口には出したことない。
まあ、そんなこと神様にはお見通しなんだろうけど。
「…ふう、シャイラ。お前の感情は、いつも激しいな」
「感情豊かだと言ってくださいよ」
「店の客と喧嘩までしなくてもよかったんじゃないのか?」
「……なんでバレるんですか。人のお尻触っといて、お咎めなしなわけがないでしょう」
「お前がされたわけではないのにか?」
「同じ働き手がされたら怒りますよ。あそこで示しとかないと、次もやっていいんだと調子に乗ります」
「まあ、一理あるな」
神様は腕を組みながら、興味なさそうに頷いた。
「神さまぁ、感情って美味しいんですか?」
「さあな」
「なんでそんなもの食べるんです?」
「神に人間のような感情はないからな。疑似体験みたいなもんだ」
「ふーん。神様、人間に興味なさそうなのに」
「興味はない。お前たちはずっと見ていても、似たようなことの繰り返しだ。つまらん」
「なんか貶されたような…?」
「それに値すると思っているあたりが、人間の傲慢さよな」
「…………」
ジトーっと神様を見ても、知らぬ存ぜぬという顔をされたので、今度は私がため息を吐いた。
「それで、今回はどれだけ稼げたんだ?」
「弟の学費にちょっと足せるくらい?」
「ははっ、その椅子すらも直せないな」
「本当にねえ〜!」
私がやれやれと首を振った時、部屋の扉がノックされた。
私と神様は一瞬顔を合わせて、私だけ扉の方を見た。
「はーい、どうぞ」
私が返事すると、そろりとゆっくり扉が開いた。
「姉様、いますか?」
「あら、ベネデット。どうしたの?また、家具でも壊れた?」
可愛い可愛い弟のベネデットが駆け寄ってきたので、椅子に座ったまま抱きしめた。
「あのね、姉様。帰ってきたばかりでごめんなさいなんだけど」
「なあに、お姉様に言ってごらんなさい。大体のことは叶えてあげられるわよ」
大口叩くと、神様が呆れたように顔を歪めたのが視界の端に映った。
失礼な神様だなぁ…。
可愛いうちの弟にいいとこ見せたいだけじゃないですか。
感情がないって言う割には、表情は豊かよね神様って。
「友達の家の家庭教師が解雇されたらしくて、新しい人を探しているんだって」
「ほう、それで?」
「それでね。姉様を紹介したの。姉様は、本当は国立大学に入れるほどの実力なんでしょう?」
「まあ、そうね」
「シャイラは見かけによらず、頭脳明晰だもんな」
「うるさいですよ」
「姉様…?ごめん、うるさかった?」
「あっ、違うのよ。ベネデットがうるさいわけないじゃない、鳥の囀りよりも綺麗よ」
「ブラコン」
神様のいる方をキッと睨んで、可愛いベネデットの頭を撫でた。
「だからね、一度お試しに来て欲しいって。今からどうかって、電報が届いちゃったの」
「あら、新しい仕事をとってきてくれたの!?ありがとう、ベネデット!」
「うん。でも、姉様ばっかり働くことになっちゃうんだけど」
「そんなこといいのよ!今すぐ行くわ、知らせてくれてありがと」
「……うん」
可愛いベネデットの顔がまだ晴れないから、私はその頬をそっと持ち上げた。
「どうしたの?まだ心配事がある?」
「…あのね、お母様が今日帰ってくるっていう手紙も一緒に届いたの」
「げっ!?お母様が?」
「今から姉様行っちゃったら、またお母様に怒られちゃうよね…?」
「あー、『貴族令嬢が何してんだ、働くのは親がやるから余計なことするな』っていつものやつね」
「僕だって、手紙の配達のバイトしてるのに」
「それ、お母様にバレちゃダメよ?神様より怖いお説教が始まるんだから」
「わかってる。どうしよう、姉様。家庭教師の話、お断りする…?」
私を見上げた瞳がうるうるしていて、食べちゃいたいくらい可愛かった。
この子のためなら、私なんだってできちゃうわよ!
「ううん、大丈夫。姉様に秘密の作戦があるから。心配しないで」
「本当に?」
「ええ。その代わりに、母様が帰ってきても頑張って誤魔化しておいてくれる?」
ベネデットの頬を撫でると、可愛い弟は力いっぱい頷いた。
「わかった。気をつけて行ってきてね、姉様」
「ええ、任せてちょうだい。愛してるわ、ベネデット」
「僕も姉様が大好き」
お互いにぎゅっと抱き合って、ベネデットは部屋を出ていった。
扉が閉まる直前に、小さな手を振ってくれて、さっきまでの店番の疲れも全部消えた。
「というわけで、神様!留守番よろしくお願いします!」
「お前なあ」
「1日2回も報酬ありなんて、私って太っ腹〜!」
「調子に乗るなよ、人間」
「怖い顔」
私が椅子から立ち上がって、神様の足元まで行った。
それから、いつものように両手を広げてみせた。
「…なんだ?」
「特別大サービスで、前払い付きです」
「ったく、お前ってやつは…」
「今ならベネデット大好きー!って感情でいっぱいですよ」
「その感情の味はあまり好かん」
「贅沢!」
私がそう言うと、神様はフッと馬鹿にしたように笑いながらも、鼻先をくっつけてきた。
しゅるるる、と、何かが吸われて、神様はフンと踏ん反りかえった。
「早よ、行ってこい」
「わーい、神様大好きです〜!」
「嘘つけ、小娘が」
そう言って、神様が不満そうにどっかり椅子に座ると──。
バキッ。
「あ」
「…ぬわあっ!」
椅子の脚が折れて、神様が後ろへとズッコケて、私の視界から消えた。
床に落ちた神様は、プルプルと震えている。
「あはは、間抜けな声!感情ないって嘘ですよね、神様っ」
「あああ、もううるさいっ!さっさと行ってこい!」
「はーい、行ってきまーす!」
私は神様に手を振って、もう一度部屋を出たのだった。
了
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227日目。




