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神様にバイトしてもらう令嬢の話。

作者: 有梨束
掲載日:2026/08/16

この世には、精霊や妖精が見える人がいるらしい。

それは、私にも当てはまる。

ちなみに私が見えるのは、神様だったりする。


「神様〜、留守番ありがとうございました!」

自分の部屋に戻ると、私の姿形をした人が椅子に腰をかけていた。

私より無愛想なその人は、こちらを見てため息を吐いてくる。

神様もため息を吐くのね。


「シャイラ、神に使いを頼むなどお前だけだぞ…」

私の顔をした神様は、あっさり元の姿に戻って空中へと浮いた。

人間のなりかわりを解いてしまえば、他の人には見えなくなる。

こんな姿を見られるのも、地上では私くらいなものなのだろう。


「ええぇ?だって、私になりすませるの神様しかいないじゃないですか」

「そもそも令嬢が家を抜け出して、街に働きに行くな…」

「貧乏一家にはお金が必要なんですう」

「だからって、神にバイトさせるやつがあるか」

「ちゃんと報酬ありきじゃないですか。正式なバイト依頼なのに、文句ばっかり言わないでくださいよ」

私は、神様が座っていたおんぼろ椅子に座った。

ギイ…と軋む音がしたので、寿命もそろそろな気がする。


「はい、どうぞ。今日の私の感情です」

私が神様に差し出すように両手を広げれば、神様もヌッと近づいてくる。

鼻先が当たると、神様は息を吸うように私から感情を抜き取っていく。


この瞬間、シュルルル…と私から何かが抜けていくのはわかるが、これ感情だとわかったことはない。


人の感情が好物な神様なんて、生気が欲しい悪魔よりタチが悪い気がする。

と、思っているが、口には出したことない。

まあ、そんなこと神様にはお見通しなんだろうけど。


「…ふう、シャイラ。お前の感情は、いつも激しいな」

「感情豊かだと言ってくださいよ」

「店の客と喧嘩までしなくてもよかったんじゃないのか?」

「……なんでバレるんですか。人のお尻触っといて、お咎めなしなわけがないでしょう」

「お前がされたわけではないのにか?」

「同じ働き手がされたら怒りますよ。あそこで示しとかないと、次もやっていいんだと調子に乗ります」

「まあ、一理あるな」

神様は腕を組みながら、興味なさそうに頷いた。


「神さまぁ、感情って美味しいんですか?」

「さあな」

「なんでそんなもの食べるんです?」

「神に人間のような感情はないからな。疑似体験みたいなもんだ」

「ふーん。神様、人間に興味なさそうなのに」

「興味はない。お前たちはずっと見ていても、似たようなことの繰り返しだ。つまらん」

「なんか貶されたような…?」

「それに値すると思っているあたりが、人間の傲慢さよな」

「…………」

ジトーっと神様を見ても、知らぬ存ぜぬという顔をされたので、今度は私がため息を吐いた。


「それで、今回はどれだけ稼げたんだ?」

「弟の学費にちょっと足せるくらい?」

「ははっ、その椅子すらも直せないな」

「本当にねえ〜!」

私がやれやれと首を振った時、部屋の扉がノックされた。

私と神様は一瞬顔を合わせて、私だけ扉の方を見た。


「はーい、どうぞ」

私が返事すると、そろりとゆっくり扉が開いた。


「姉様、いますか?」

「あら、ベネデット。どうしたの?また、家具でも壊れた?」

可愛い可愛い弟のベネデットが駆け寄ってきたので、椅子に座ったまま抱きしめた。


「あのね、姉様。帰ってきたばかりでごめんなさいなんだけど」

「なあに、お姉様に言ってごらんなさい。大体のことは叶えてあげられるわよ」

大口叩くと、神様が呆れたように顔を歪めたのが視界の端に映った。

失礼な神様だなぁ…。

可愛いうちの弟にいいとこ見せたいだけじゃないですか。

感情がないって言う割には、表情は豊かよね神様って。


「友達の家の家庭教師が解雇されたらしくて、新しい人を探しているんだって」

「ほう、それで?」

「それでね。姉様を紹介したの。姉様は、本当は国立大学に入れるほどの実力なんでしょう?」

「まあ、そうね」

「シャイラは見かけによらず、頭脳明晰だもんな」

「うるさいですよ」

「姉様…?ごめん、うるさかった?」

「あっ、違うのよ。ベネデットがうるさいわけないじゃない、鳥の囀りよりも綺麗よ」

「ブラコン」

神様のいる方をキッと睨んで、可愛いベネデットの頭を撫でた。


「だからね、一度お試しに来て欲しいって。今からどうかって、電報が届いちゃったの」

「あら、新しい仕事をとってきてくれたの!?ありがとう、ベネデット!」

「うん。でも、姉様ばっかり働くことになっちゃうんだけど」

「そんなこといいのよ!今すぐ行くわ、知らせてくれてありがと」

「……うん」

可愛いベネデットの顔がまだ晴れないから、私はその頬をそっと持ち上げた。


「どうしたの?まだ心配事がある?」

「…あのね、お母様が今日帰ってくるっていう手紙も一緒に届いたの」

「げっ!?お母様が?」

「今から姉様行っちゃったら、またお母様に怒られちゃうよね…?」

「あー、『貴族令嬢が何してんだ、働くのは親がやるから余計なことするな』っていつものやつね」

「僕だって、手紙の配達のバイトしてるのに」

「それ、お母様にバレちゃダメよ?神様より怖いお説教が始まるんだから」

「わかってる。どうしよう、姉様。家庭教師の話、お断りする…?」

私を見上げた瞳がうるうるしていて、食べちゃいたいくらい可愛かった。

この子のためなら、私なんだってできちゃうわよ!


「ううん、大丈夫。姉様に秘密の作戦があるから。心配しないで」

「本当に?」

「ええ。その代わりに、母様が帰ってきても頑張って誤魔化しておいてくれる?」

ベネデットの頬を撫でると、可愛い弟は力いっぱい頷いた。


「わかった。気をつけて行ってきてね、姉様」

「ええ、任せてちょうだい。愛してるわ、ベネデット」

「僕も姉様が大好き」

お互いにぎゅっと抱き合って、ベネデットは部屋を出ていった。

扉が閉まる直前に、小さな手を振ってくれて、さっきまでの店番の疲れも全部消えた。


「というわけで、神様!留守番よろしくお願いします!」

「お前なあ」

「1日2回も報酬ありなんて、私って太っ腹〜!」

「調子に乗るなよ、人間」

「怖い顔」

私が椅子から立ち上がって、神様の足元まで行った。

それから、いつものように両手を広げてみせた。


「…なんだ?」

「特別大サービスで、前払い付きです」

「ったく、お前ってやつは…」

「今ならベネデット大好きー!って感情でいっぱいですよ」

「その感情の味はあまり好かん」

「贅沢!」

私がそう言うと、神様はフッと馬鹿にしたように笑いながらも、鼻先をくっつけてきた。

しゅるるる、と、何かが吸われて、神様はフンと踏ん反りかえった。


「早よ、行ってこい」

「わーい、神様大好きです〜!」

「嘘つけ、小娘が」


そう言って、神様が不満そうにどっかり椅子に座ると──。


バキッ。


「あ」

「…ぬわあっ!」

椅子の脚が折れて、神様が後ろへとズッコケて、私の視界から消えた。

床に落ちた神様は、プルプルと震えている。


「あはは、間抜けな声!感情ないって嘘ですよね、神様っ」

「あああ、もううるさいっ!さっさと行ってこい!」

「はーい、行ってきまーす!」



私は神様に手を振って、もう一度部屋を出たのだった。






お読みいただきましてありがとうございました!!

227日目。

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