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ロジカル・デコード ~システム化された現実の解《こたえ》を視て、理不尽を攻略する。俺達は最強の座へと至り、世界の真実《すべて》を暴く~  作者: 千代田姫実
序章(プロローグ)

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9/11

【第9話】

 二人との会合を終え、自宅アパートへ帰宅した蓮がまず行ったのは、会社の勤怠管理システムへのアクセスだった。

 明日は月曜日。本来なら出勤日だが、蓮は迷うことなく「有給休暇申請」のフォームを開く。

 理由は「体調不良」。期間は明日から一週間。


(……申し訳ないとは思うが、今は仕事どころじゃない)


 蓮は送信ボタンをクリックした。

 突然一週間も穴を開けるとなれば、現場には多大な迷惑がかかるだろう。だが、蓮にとって自分自身と、なにより悠真と結の生存以上に優先すべき事項など、この世界には存在しない。


(もし杞憂であれば、それはそれでいい……どうせ余っている有給を消化するだけだ)


 この一週間は、蓮が定めた「観測期間」だ。

 魔物の出現ペースはこのまま「継続」するのか、自衛隊などの武力介入によって「収束」するのか、それとも加速度的に「増加」していくのか。

 その傾向を見極めるための猶予である。


 それに、今のペースのまま低頻度で推移するのであれば、魔物との遭遇は極めて稀な「事故」として処理されるだろう。

 交通事故や突発的な病気で、理不尽に命を落とす人間は、元からこの世界にたくさん居る。

 魔物がその死因の一つに追加されるだけなら、社会はそれを「不幸な事故」として飲み込み、日常を続けていくかもしれない。

 家族を事故で失った蓮は、社会がいかに個人の死に対してドライで、健忘症的であるかを誰よりも知っていた。


 だが、もし「増加」するなら――それは文明の終わりを意味するかもしれない。

 どちらに転ぶにせよ、働きながら片手間で対処できる状況ではない。


 ◇


 二人への注意喚起を終えた日曜日は終わり、有給初日の月曜日。

 蓮は朝からテレビとネットで情報を収集しつつ、大規模な買い出しへと繰り出していた。


 テレビのワイドショーは、連日絶えない魔物の目撃情報で持ちきりだった。

 しかし、その扱いはまだエンターテインメントの域を出ていない。「UMA(未確認生物)専門家」という胡散臭い肩書のコメンテーターが得意げに持論を展開し、スタジオが驚いたり笑ったりする。そこに生存に関わる有用な情報は皆無だった。


 一方で、報道番組ではキャスターが険しい顔で政府の対応の遅れを指摘していた。

 存在が確認できない「魔物」はともかく、全人類に出現した「ウィンドウ」については、何らかの発表があってしかるべきだと訴えているのだ。

 「政府からの正式発表はまだないのか」「事態を把握しているのか」と、マスコミが苛立ち始めているのが画面越しにも伝わってくる。

 おそらく政府も混乱しているか、パニックを防ぐために情報を秘匿しているのだろう。


(……だが、時間の問題だ)


 蓮は確信していた。

 政府が「魔物は実在する脅威である」と正式に認めた瞬間、世界は変わる。

 恐怖した人々がスーパーやホームセンターに殺到し、水、食料、燃料といった物資は瞬く間に姿を消すだろう。

 だからこそ、昨日あのタイミングで二人に警告し、自分も今日動いているのだ。


 蓮が運転しているのは、昨日予約して今朝借り受けたレンタカーの軽トラだ。

 期間はニ週間。

 さらに、自宅アパートの大家に頼み込み、空いていたガレージの一つを追加で借りる契約も済ませてある。


 ホームセンターと業務用スーパーを回り、軽トラの荷台には段ボール箱が積み上げられていく。

 カセットコンロ、大量のガス缶、保存水、缶詰、乾麺、衛生用品。

 そして、借りていたバールよりもリーチの長い、武器の代わりになりそうな物――柄の長さ90cmの薪割り斧も数本購入していた。

 一般的な独身男性の買い物量ではないが、今の蓮にはそれを可能にするだけの潤沢な資金があった。


 ここまでなら、普段からの貯金を崩してなんとかできる範疇だったが。それ以外にも、数年前に家族全員を失った際、彼の手元には遺産と多額の死亡保険金が残されていたのだ。

 それは家族の命の対価であり、蓮にとっては使うに使えないものとなっていた。

 だが今、自分と、家族同然の二人を守るために使うのであれば――亡き両親や妹も、きっと許してくれるはずだ。


「……積めるだけ積むぞ」


 蓮はハンドルを握り直し、次の目的地へと軽トラを走らせた。


 買い出しを終え、自宅に戻った蓮は、息つく間もなく次の行動へと移行した。

 パソコンのモニターでニュースサイトとSNSのタイムラインを自動更新させ、常に最新情報を視界の隅に入れながら、狭い室内で黙々と体を動かし始める。


 行ったのは、自重による筋力トレーニングと、反復横跳びやバーピーなどの瞬発力向上トレーニングだ。

 世界での魔物報告件数は、次第に、しかし確実に増加している。

 これが一時的なピークなのか、それとも指数関数的な増加の予兆なのかは、まだ判断がつかない。

 だが、蓮には明確なトレーニングの目標ができていた。


(まずは、STR(筋力)だ。あの時、俺のバールは通じなかったが、五十嵐さんの金槌はゴブリンにダメージを与えていた……)


 蓮の脳裏に、あの時のステータス数値が蘇る。

 五十嵐のSTRは「13」。対して当時の蓮は「8」。

 この「5」の差が、生物としての格、ダメージが通るか否かの境界線だったのかもしれない。

 ならば、早急にSTRを13以上に引き上げなければ、次に遭遇した時も決定打を持てないことになる。


(もう一つは、AGI(敏捷性))


 蓮は自身の《解析眼(デコード・アイ)》を発動させながら、飛んでくる埃の動きや、時計の秒針の動きを追う。

 1秒先の未来が視えていても、今の蓮の肉体スペックでは、その予知に反応しきれない。

 「あ、殴られる」と視えてから体を動かしても、筋肉の収縮速度が遅ければ結局は被弾する。

 宝の持ち腐れにならないためには、視えた未来に即座に反応できるだけのAGIが不可欠だった。


(本当なら……この眼があれば、俺は二人のサポートに回るべく、遠距離の立ち位置を取るのが理想的だと思うが……)


 未来が視えるスナイパー。それが最も安全で、最も凶悪な役割だということは論理的に導き出せる。

 だが、蓮はその選択肢を思考から切り捨てた。

 理由は単純だ。ここが日本だからである。

 銃社会のアメリカならともかく、この日本で強力な遠隔攻撃武器――銃器を入手するルートは皆無に等しい。弓やクロスボウでさえ、どこでも置いてあるものではない。


 故に、DEX(器用さ・遠隔物理)へのリソース配分は後回し。

 そして、INT(知力・おそらく魔法の威力?スキルかもしれない?)についても同様だった。


(ファンタジーなら魔法があるかもしれない。だが、現状「魔法」という現象は一度も観測されていない)


 もしかしたら、INTを上げれば火が出るようになるのかもしれない。だが、それは「不確定な希望」でしかない。蓮は不確実な博打は打たない。五十嵐の物理攻撃が通じたという「事実」だけを信じた。


 殴れば死ぬ。物理でなら殺せる。

 その確定した(ルート)だけを頼りに、蓮は汗だくになりながら腕立て伏せを繰り返した。

 視界の隅で、STRの熟練度バーが、ミリ単位でじりじりと上昇していくのを噛み締めながら。


 ◇


 そして、有給2日目の火曜日。

 ついに、事態は急変を迎えていくのだった。

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