【第8話】
「んで、お前のスキルはなんなんだよ?」
悠真が、さも当然のように問いかけてきた。
自分の腹が鋼鉄のように硬くなったことにはしゃいでいたが、すぐに冷静さを取り戻し、蓮の能力に興味を向けたようだ。
蓮は隠すことなく、自身のスキル欄に表示されている文字列を読み上げた。
「ああ、俺のは《解析眼》っていう名前だ。 ……色々視えるみたいだ」
「色々ってなんだよ」
「大体一秒先ぐらいまでの『運動予測』が見えるみたいだな」
「は?」
悠真が間の抜けた声を出し、次いで眉を顰める。
運動予測。言葉にするのは簡単だが、その現象が戦闘において何を意味するか、本能的に理解しようとしている顔だ。
「てことは、俺が今からお前にパンチしたとして、そのパンチはお前の中じゃ、一秒後に当たるってことか?」
「そうなる。……けど、例えばお前が本気で、ジャブみたいな素早いパンチをこんな近距離で俺に打ったとしたら、着弾まで一秒もかからないだろ?」
蓮は自分の目の前で手をひらひらと振って見せる。
「そもそも、一秒未満の未来で『殴られる』とわかっても、俺の体の反応が間に合わず、素早く動けなきゃ避けることはできない。ゴブリンの時もそれで傷を負った。見えてるだけで無敵になるわけじゃない、そんな効果だ」
「ふ~ん……。でも、例えばよぉ、いくら剛速球でも、遠くから野球のボールが飛んできたとしたら、1秒も余裕があるわけだろ? あぶねっ! って思ってから避けたら間に合うよな?」
「ああ、ぼーっとしてなきゃ間に合いそうだな」
蓮は頷きつつ、重要な制約を付け加えた。
「でも、不意打ちだったら意味が無いと思う。俺のスキルは常時発動しているパッシブじゃない。俺が意識して『視よう』と思ってなきゃ、そもそもスキルが発動してないんだからな」
MPを消費し続けるトグル型のスキルである以上、24時間使い続けることは不可能だ。
寝込みを襲われたり、気を抜いている瞬間の狙撃までは防げない。
「なるほどな~……でもいいじゃねぇか! そんだけ予測できりゃ有利に決まってる」
「あと、それだけじゃない。このスキルを発動すれば、ステータスが次上昇するまでの熟練度と、HPとかも、バーとパーセントで細かく視れる。だから、色々なものが『視れる』スキルなんだろうな」
「便利じゃねぇか」
悠真が感心したように唸る。
ゲーム的な視点で言えば、「説明書」もしくは、「Tips(有益な助言)」を見ながらプレイしているようなものだ。
現状、ウィンドウに表示されている事さえ何も説明が無い。それを考慮すれば、何が経験値になるのか、あとどれくらいで強くなれるのかが可視化されるアドバンテージは計り知れない。
「こんな感じで、今この三人のを聞いただけでも、ユニークスキルは『使い方次第』でヤバいのはわかるだろ? それに、ユニークスキルにはレベルも書いてある。と言う事は、さらに新たな効果や、効果量が増えるかもしれない」
蓮は二人を交互に見据え、声のトーンを落とした。
「そんなヤバいものの使い方や詳細を相手に知られてる状態か、まったく未知の相手とやり合う事になるかで、どれだけの有利不利が発生するか……わかるよな?」
黙って理解しようと聞いていた結も、真剣な表情ではあるが愛らしく、「うん、うん」と何度も頷いている。
相手の手の内を知っている側と、知られている側。その情報格差は、命のやり取りにおいて決定的な差となる。
「これが、俺がユニークスキルを他人には言わないほうがいいと言った理由だ。もちろん俺達は信用し合っているから話したが。……家族にも言ってもいいとは思うけど、その時には他人に話さないように警告してあげてくれ」
昨晩、蓮がネットを巡回していた際、動画サイトやSNSでは「すごいスキルが出た!」と嬉々として報告している配信者が何人もいた。
彼らは、それが平和な時代の「コンテンツ」ではなく、無法地帯での「弱点の開示」になり得ることに気づいていない。
もし最悪の未来が到来した時、顔と能力を晒した彼らは、真っ先に搾取されるか、対策を練られて狩られる対象になるだろう。
「わかったよ」
「は~い! お父さんとお母さんにも、内緒だよって、言っておきます!」
二人の返事を聞いて、蓮はひとまず安堵した。
これで最低限の情報防衛は整った。あとは、来るべき時に備えて「個」の力を高めるだけだ。
「長くなったけど、最後に一つ。しばらくはこのスキルの使い方の模索と、ステータスを成長させる事を意識して生活してくれないか?」
二人は、先ほど蓮が、これまで集めて整理してくれた情報を思い出しながら聞いていた。
「ステータスには『熟練度』という、俺の《解析眼》なら視る事ができる隠しパラメータがある。これが100%貯まると、数値が1上昇する仕組みだ」
蓮は視界に表示されている、自分自身の経験値バーを指差すような仕草をした。
「この熟練度は、俺に似たスキルの持ち主にしか見えないのかもしれないが、行動によって確実に上昇している。ネットで検証されていた情報と、俺の体験を合わせると……例えば、ジョギングとか、有酸素運動でHP、狙い澄まして物を投げればDEX、勉強や計算で頭脳を使えばINTが上がるようだ」
「へぇ……ゲームみてぇに、経験値稼ぎができるってことか」
「ああ。だが、その効率には天と地ほどの差がある」
蓮は昨晩の検証結果を提示する。
「俺は昨日、1時間筋トレをしてSTRの熟練度を『約36%』稼いだ。……だが、あのゴブリンとほんの数分戦っただけで、それが丸々『100%』上がって、数値が1上昇したんだ」
「うへぇ……筋トレそんだけやって1も上がらねぇのかよ……。じゃあ、そのゴブリンと戦えってか……?」
悠真が呆れたように溜息をつき、あの死闘を見た後だというのに冗談めかして問う。
探したからといって簡単に見つかるほど存在するなら、とっくに日常生活ができる環境では無くなっているだろう。
「安全な筋トレなら、3時間近くやってようやく1ポイントの成長だ。命を削る実戦なら数分で1ポイント。どちらにせよ、その『たった1』の上昇は微々たるものに思えるかもしれない。……けど、俺はそれが決定的な差になると思ってる」
蓮は真剣な眼差しで、昨日のゴブリンとの戦いを振り返った。
「映像を見て解ったと思うが、俺のバールは決定打にならなかった。でも、俺よりSTRが5も高かったあの五十嵐って兄さんの金槌は、明らかにゴブリンの肉を砕いていた」
「ああ……」
悠真もゲームを嗜む程度には知識があるようで、少し納得した様子を見せる。
「一方で、警官の撃った銃弾は皮膚に弾かれていた。……ここから推測できるのは、銃が効かなかった理由は『銃の威力不足』じゃなく、撃った本人の『ステータス』が足りていなかったからじゃないか、ってことだ。銃撃を『投擲』と同じ遠隔物理攻撃として処理していて、DEXの補正が乗らなければダメージが通らない判定だとしたら……? 武器の種類とかじゃなく、『ステータスがあらゆる法則を上回る世界』になってしまったんだとしたら……? 俺はそう推察した」
常識的に考えれば、金槌より拳銃のほうが貫通力は圧倒的に上だ。しかし、出血さえ起こさなかった。
この世界がRPGのようなルールで動いているなら、「装備条件」や「ステータス補正」が満たされていない最強武器は、ただのガラクタになり下がる可能性がある。
逆に言えば、ステータスさえ上げれば、ただの棒切れでも鉄を砕けるかもしれない、蓮はそう言っているのだった。
「な~るほどな……? 理屈はわかんねぇけど、とにかく数字が正義ってことか」
「わかりましたっ! じゃあ私、今日からたくさん筋トレしますっ!」
結が両手をぐっと握りしめ、やる気に満ちた瞳で宣言する。華奢な彼女が言うと冗談にしか聞こえないその極端な解釈に、蓮は苦笑しながら手を振った。
「い、いや……結ちゃんは筋トレじゃなくてもいいと思う。例えば、頭を使うことや、手先の器用さだって、きっと立派なステータスになるはずだ。最悪の未来に向かっているとしたら、無駄なステータスなんて無いと俺は思ってる」
結が今の話を聞いて、STR(筋力)こそが全てだと思ってしまったことに、蓮は慌てて注釈を入れる。
ヒーラー役にもなり得そうな彼女には、むしろINTやMNDが必要になるだろうが、それはまだ「推測」の域を出ない。まずは生き残るための基礎能力を底上げすべきだ。
「話をまとめるぞ。『最悪』に備えて……。水、食糧、生活用品の備えをする。スキルの使い方の模索をする。そして、ステータスを上げる。これだけだ」
「おう! まとめてくれて、ありがとよ! やるべきことが見えれば、あとはやるだけだ!」
「わかりましたっ! 私、頑張ります!」
全幅の信頼を置いてくれる悠真。
それに、「任せてください!」と言わんばかりに胸を張る結。
蓮にとっても、二人のこの明るさと天然さは、張り詰めた神経を緩めてくれる救いだった。
「俺も、まだよく解っていない事が多いんだ。それじゃ、また何かあったら連絡する」
「俺もなんか解ったら連絡するよ、情報はお前より収集できる気がしねぇけど、自分のスキルくらいは色々試してみるわ!」
「バッチリ使いこなせるようにしておきますねっ!」
こうして、蓮主催のランチ会合は解散となった。
二人の安全を願い、最悪を想定した準備を伝えられたことで、蓮の胸のつかえは少しだけ取れた気がした。
だが、これで終わりではない。むしろ、ここからが本当の始まりだ。
友と別れた蓮は、立ち止まることなく、すぐに次の行動へと移るのだった。




