【第13話】
地下駐車場に集まった蓮と二人の家族たち。
世界で何が起きているのか、なぜ物資を持ってこのモールに来たのかについては、事前に悠真と結は、自分の家族に説明してくれていた。
だからこそ、こうして緊急事態となってから、迅速に職場などから急行できたのだ。
しかし、「モールで避難生活を送る」とは具体的にどうするのか。その詳細な運用計画の説明はまだだった。
「おばさん、心配はしないでください。何もこの暗い地下駐車場に寝泊りするわけじゃないので……」
おばさん、と呼んだ直後、蓮はふと思った。これでは悠真の母親と呼び方が被ってしまう。
どう呼び分けるべきかと一瞬思考を巡らせた蓮だったが、結の母親は頬に手を当てて困ったように笑った。
「も~う、おばさんだなんて。お姉さんって呼んでくれる?」
「いやいや、それは無理が――痛ったぁ!!」
横から口を挟んだ結の父が、妻に肘で突っ込まれて悲鳴を上げる。
そんな夫婦漫才に皆が苦笑いして、場の空気が少し和らぐ。
蓮は間をとって説明を続けた。
「はは……えっと、居住区として使用するのは、一番上の三階にする予定です。利点はいくつかあります」
蓮は、この場所を選定した論理的な理由を提示する。
「まず、防衛ラインの構築が容易であること。この地下駐車場への車用通路、立体駐車場の登り口、そして一階にある北と南のメインエントランス。外からの侵入経路は、一旦これだけシャッターとバリケードで塞げば、魔物の侵入を遅らせられます。あとは階段も塞ぎます」
さらに、蓮は天井の方を指さした。
「必要な物資は全て三階に一度運びます。もし、魔物が突破してきても、三階なら迎撃の時間が稼げるし、最悪の事態になっても屋上駐車場から外部へ脱出できます。他にも視界の良さなど理由はありますが、一旦はこういう方針で動きます」
蓮の中では、もっと話しておきたいリスク管理や細かいルールがあったが、今はまず物理的な態勢を整えることを最優先とした。
例の「軍敗北放送」から、すでに1時間近くが経過している。
どれだけ鈍感な人間でも、窓の外を見れば世界の異変に気づくだろう。
軍の防衛線が決壊し、堰き止められていた魔物の濁流が都市部へ押し寄せてくる。さらに、パニックになった人々が逃げ惑えば、捕食者である魔物も獲物を追って、どんどん都心に集まってくるに違いない。
それに、もし推察通り人の居ない場所から湧いてでるようなものだとしたら、人が集まれば集まるほど、都心近くでさえ魔物が湧く場所と化すかもしれない。
一刻の猶予も無かった。
「わかったよ、蓮君。とにかく三階まで、みんなの荷物を運んでいけばいいんだね?」
「そうです! では、運べる人で運んでいきましょう。悠真のお母さんと康太君は、先にエレベーターで上に上がって、場所の確保と整理をしてくれるかな? みんながくつろげるスペースを作りたいんだ。できれば屋上へいつでも向かえる場所がいいな」
足の悪い康太と、彼を支える母親を先に安全地帯へ送る。
その判断に全員が頷き、蓮たちは軽トラの荷台から段ボールを下ろし始めた。
――その時。
パンッパンッ!
地下の閉鎖空間に、乾いた破裂音が響き渡った。
外がさらに騒がしくなっている。悲鳴と、ついこの前に聞いた警察官の発砲音――「銃声」が、スロープを通じて反響してきた。
(物資の取り合いによる暴動にしては、まだ早すぎる気がする……まさか!)
キキィィィーーーー!!! ドガンッ!!!
蓮が呟くと同時、地下駐車場の入り口から猛スピードで一台の乗用車が飛び込んできた。
制御を失った車はスピンしながらコンクリートの柱に激突し、派手な音を立てて停止する。
エアバッグが展開した運転席と助手席から、若い男女のペアが転がり出るようにして飛び出してきた。
「きゃーーーーーー!」
「魔物だ! 外に魔物がいるんだ!」
無事な様子の二人は、そう叫ぶなり、蓮たちのことなど目に入らない様子でエレベーターホールへと全力疾走していく。
ボタンを連打し、エレベーターの到着を待つ二人。
そして、車の通った跡を追うように、地下駐車場の入り口に黒い影が差した。
ヒタヒタヒタヒタッ
濡れた雑巾を床に叩きつけるような、生理的嫌悪感を催す足音が響く。
ヌッと顔を見せたのは、あの「ゴブリン」だった。
身長は子供程度だが、その醜悪な緑色の肌と、憎悪に満ちた瞳は、まごうことなき異界の怪物だ。
運び出しをしていた全員に戦慄が走る。
(くそ……! これじゃなすりつけられたみたいじゃないか……)
蓮は舌打ちしたい気分を堪える。
車、もしくは中の人間が目の前の魔物のターゲットだったのだろう。だが、獲物は奥のエレベーターまで走って行ってしまっている、残されたのは、ここで荷解きをしていた蓮たちだ。
――ターゲット(ヘイト)が移る。
一匹のゴブリンが、地下駐車場に侵入し、新たな獲物である蓮たちに気付いた。
「結達だけでも――」
蓮は、あのカップルに一緒に乗せていってもらえと言いかけたが、彼らはゴブリンを視認した瞬間、ようやく到着したエレベーターに乗り、怯えて「閉じる」ボタンを連打していた。
無情にも扉が閉まり、エレベーターは上昇していく。
「くそ……! みんなは逃げろ!!」
迷っている暇は無かった。
ゴブリンの速さは蓮が一番よく知っていた。
本気で追いかけられたら、一般人が逃げきれるわけがない。
以前、親子を追っていた個体は、いわゆる「舐めプ」のように、獲物を弄ぶように追いかけていた。それは、実際に戦闘した際の異常な敏捷性とのギャップですぐに解ったことだ。
ここで誰かが足止めしなければ、全員狩られる。
蓮は、軽トラからすぐに取り出せる位置に差していた武器――柄が90cmはある長い薪割り斧を抜いた。
グリップを握りしめ、重心を落として構える。
「あ、あれが魔物……? で、でも蓮君っ!」
「あなた、はやく! 逃げないと! 結も、はやく!」
「だめ! お母さん達は先に逃げて!」
結の家族は恐怖でパニックに陥り、冷静さを欠いていた。
しかし、結だけは事前に蓮の録画した戦闘記録を見ていたおかげか、恐怖に震えながらも、その場に踏みとどまる勇気をなんとか絞り出していた。
だが、娘が残っているせいで、「親」も逃げるに逃げられず、その場に釘付けになってしまっている。
「へぇぇ~~……コイツかよ……! 上等じゃねぇか……!」
蓮の隣に、大柄な影が並んだ。
少し声が震えているが、悠真も一緒に迎え撃つ気まんまんだった。
その横顔には、恐怖よりも、友と共に戦うという決意が滲んでいる。
蓮は視線をゴブリンに固定したまま、悠真にささやくように声をかけた。
「悠真……大丈夫か? ステータスは上げてきたか?」
「ああ、少しはな……」
ゴブリンは、黄色く濁った瞳でこちらの戦力を測るように、少しずつ距離を詰めてくる。
人間が群れているからか、ほんの少しの警戒を見せているのだろう。
しかし、それは攻撃できる間合いに入るまでの話でしかない。
蓮は斧を握る手に力を込めた。
正直、今の自分たちで勝てるのか、計算できない。
蓮の大嫌いな、不確実な戦いが始まろうとしていた。




