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8.連続変死事件。


「パワルマ、ペニシリンだ。」


「パワルマさん、あたしジンジャエール!」


「あなた達、なんか今日ご機嫌ね。顔に出てるわよ?」


夕凪とテレウァンは、互いに隠す気もなく口角を上げていた。

頼則梢の正体に辿り着き、ミナミディスコに一歩近づいたからだ。

その手応えが、自然と表情を緩ませていた。


その勢いのまま、マリン・メロウのカウンターで作戦会議が始まった。


「情報をまとめるぞ。まずこの女からだ。」


テレウァンは頼則梢の履歴書をカウンターに置いた。


「この履歴書が書かれたのは二年前、つまり今こいつは二十四歳だ。」


「え!?お兄ちゃんと同い年や!」


「そうらしいな。そして、カマクラとやらを名乗るVtuber?としてインターネットで素性を隠して活動している。」


「Vtuber界を代表するスーパーアイドルやで!」


「問題はそこではない。」


そう言うとテレウァンは、スマホを操作し、カマクラちゃんの画像を表示した。


「何故こいつは素性を隠してこんな見た目の女として活動しているかだ。」


「え、そこ問題!?」


「問題だろう?なぜ本名を隠し、顔も隠して、別人として活動しているのか理解できない。こんな動きの悪い女の姿になるメリットがどこにある?」


「あー…。んー…。」


夕凪は一度ジンジャエールを飲み、言葉を探す。


「あたしには全部はわからんけど、自分の名前も見た目も自在に変えれるって、夢みたいと思う人がおると思う。カマクラちゃんがそれに当てはまるかは知らんけど、自分の事を嫌いな人なら尚更。このご時世、本当の自分を出せない場面がいっぱいあるけど、せめて本当の自分の心だけは見てほしいって人には、すごくええ方法なんやと思う。」


「ふーん。ただ単に顔がいいと金を稼げるからとかではないのか?」


「違う!と思う…、多分…。」


テレウァンは納得しかけたような、そうでもないような顔で、ペニシリンを一口含み、ゆっくり味わった。


「私も、その一人よ。」


不意に、パワルマがグラスを丁寧に拭きながら言った。


「え!?パワルマさんVtuberなの!?」


パワルマは笑いながら、首を振る。


「違うわ。私、見てわかる通り、男に産まれたけど、女として生きたいって気持ちを捨てきれなかったから、私の事を理解してくれる会員制バーを作ったの。」


「……そんなに生きづらいのか?この世は?」


「あなたはどう思うの?」


「さあな、まだわからぬ。」


「あら、ごめんなさい。話の腰を折っちゃったわね。」


「いいんだパワルマ。」


テレウァンは一度、息を整える。


「次だ。」


気を取り直し、テレウァンはスマホを操作し、昨夜の梅田爆発事故の記事を見せる。


「この人工衛星は何だ?」


ブレた写真の中、夜景を貫くように写った人工衛星を指差す。


「テレウァンでもわからんのに、あたしにわかるわけないやんか。」


「もし私のシンクレイと一緒の類ならば、こいつを操っている奴がいる。それも、かなり私達の近くにな。」


「テレウァンと同じ、異世界から転生してきた人なの…?」


「かもしれんな。しかも私達がインターネットカフェにいたことも、部屋の位置まで全て把握されていた。正直、今こうしてここにいるのも安全とは言えん。」


「またどこからか…、ミラーボールが飛び出してきたりするの…?」


「恐らく、同じ手は使ってこないはずだ。同じ手では勝てぬと理解したところだろうからな。」


「なんで…、あたしを狙ってたんやろ…。」


「そこだ。私ならまだしも、何故か夕凪が狙われている理由がわからん。正直、何から何までさっぱりだ。」


二人に沈黙が落ちる。


静かな店内に、グラス同士が静かに触れ合う音がする。

店内には、落ち着いたR&Bが流れ、サックスの音色が、夜の色気を引き立てる。

ペニシリンの氷が溶け始め、グラスの中で小さく鳴く。


「…こいつを叩かない限り、今動くのは危険すぎる。」


「どうやって叩くの…?」


「こいつはもう一つの能力を私達の前で出していない。隠し玉をまだ持ってるってことだ。」


「どういう事…?あたし…、そのシンクレイって能力の事、全然わかってないんやけど…。」


「本来、シンクレイは王家の血がなければ発現しない能力…、のはずだったが、それも怪しくなってきた。」


「王家ってテレウァンの家族の事?なら家族の内の誰かってこと?」


「いや、兄と父が使えるが、それぞれ違う形をしているし、違う能力を使う。」


夕凪は、記事に写る人工衛星の写真を見つめ、顎に指を当てた。


「私のシンクレイは、この世界でいうヘリコプターに酷似した形をしている、こいつの場合は人工衛星だな。」


「テレウァンのシンクレイは、前の世界でも今と同じ、ヘリコプターそっくりの形やったん?」


「ああ。不思議な事にな。前の世界にはヘリコプターなんてのは存在しない。だが、この世界には普通に存在している。この世界と私たちの世界は、実はどこか繋がりがあるのかもしれないな。」


テレウァンはタバコを咥えたまま、指を三本立てて夕凪に見せる。


「そして最も大きな特徴は、シンクレイには必ず能力が三つ備わっているという点だ。」


夕凪は相槌を打ちながら、話を聞いた。


「私のシンクレイは、この世の全ての開閉機構を、施錠関係なく開閉する事が出来る便利能力と、ヘリコプターの窓から垂れている、あの触手に触れたものを溶かす攻撃能力の二つを覚えている。」


「え!?この世の全て!?」


「ああ。この世の全てだ。」


「すごすぎへん!?」


「あと一つは?」


「あと一つは特殊な手順を踏まないと発動しないらしい。三つ目の能力は王のみが発動できたらしいが、それがなんなのか私にも教えてはもらえなかった。」


テレウァンは、過去を思い返しながら話を続ける。


「だが、あいつのシンクレイはまだ、パドルを分離させて熱光線を放つという攻撃能力しか見せていない。」


「便利な方の能力を、まだ隠し持ってるってこと…?」


「ああ。しかもシンクレイはどちらかと言うと、便利能力の方が厄介だったりする。」


「確かに、そこらへんの家中のドア開け放題やもんね…。」


「王子らしい能力だろ?」


「こっちの世界じゃ、社会的に一番やばい能力かもね…。」



カランコロン。



ドアベルの音に、二人は反射的に振り向いた。

そこに立っていたのは、見覚えのある男。


「お父さん!?」


「なんで、またお前達がいるんだ…?」


「お父さんこそ!!」


「俺は仕事だ。」


突然入ってきた朝臣は、二人の席の隣に腰を下ろし、パワルマに警察手帳を見せながら、ジャケットの内ポケットから写真を取り出し、カウンターに乗せた。


「すみません。単刀直入に聞きますが、葉山真登という男を知ってますね?」


その写真には、茶髪に、伏し目がちな灰色の瞳。

顔立ちは中性的で、性別を一目では判断しづらい。

口数が少なそうで、必要以上に喋らない雰囲気を纏った青年が写っていた。


「ええ。ここの常連よ。」


「ここによく通っていたと聞きました。連続変死事件、十二件目の被害者である葉山真登についての事情聴取に協力していただきたい。」


「え!?サナトって…、確かテレウァ…、お兄ちゃんをここに紹介してくれた人やっけ…?」


「夜風、お前…葉山真登と知り合いなのか!?」


「……。」


聞かれてもテレウァンは黙ったまま、タバコの煙を吐いていただけだった。


「サナちゃんは、一ヶ月前に初めて来てくれて、そこから週三から四回くらいのペースで通ってくれてたわ。」


「最後に来たのは?」


「五日前くらいかしらねえ。」


「時間帯は?」


「だいたい夜九時過ぎ。その日は早めに帰ってった気がするわ。」


「一人でした?」


「ええ、いつも一人よ。」


「その日、何か印象に残った会話などはありますか?」


「んー、会話はあまりしてないわ。でも…。」


「でも?」


「いつも何かを探している様子だったわ。その日は特に気分が落ち込んでいるような気がしたね。」


テレウァンは何も言わず、灰皿に煙を落とした。

朝臣はその沈黙を見逃さなかったが、踏み込まなかった。


それからも朝臣の事情聴取は続いた。

さっきまで口を開いていたテレウァンはその間、まるで借りてきた猫のように黙ったままだ。


「どう?進捗ありそう?」


夕凪は足を小さく揺らしながら、朝臣に訊いた。

軽い調子を装ってはいるが、声に焦りが混じっている。


「葉山真登を含めた被害者全員、何かを探していたという点だけは共通している。だが、それが何なのかは全員誰にも話していない。」


朝臣の視線は写真ではなく、どこか遠くを見ていた。


「その何かってもしかして……。」


夕凪はテレウァンに視線を向けた。

彼は、相変わらず黙っていた。

その沈黙は、考えているというよりも、踏み込むかどうかをはかっているように見えた。


やがてテレウァンは、やっと閉じきったままの口を開いた。


「コアラ。もし、その連続変死事件に昨日の人工衛星が絡んでいたとしたら……どうする?」


「なに!?」


朝臣の眉が、わずかに動く。


「貴様んとこの刑事を全て出せ。その人工衛星は一人の人間が操っている。私と夕凪、そして貴様んとこの刑事共、全員でそいつを叩くぞ。」


「そいつが、この事件に絡んでいるのか…?」


「ああ。超重要人物だ。」


その一言が、マリン・メロウの空気を、完全に変えた。







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