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7.頼則梢の正体。


「ハァ…ハァ…ハァ…。」


夜も更けた住宅街に、朝臣の荒い息遣いだけが響いていた。

マンションへ飛び込み、震える手で自分の家に鍵を差し込む。


「夜風!夕凪!!」


ドアを開ける前に、息子と娘の名を叫んでいた。


「あなた!?どうしたの?そんなに慌てて。」


廊下の電気が灯り、奥から現れたのは、車椅子に乗った凩。


「夜風と夕凪は帰っているか!?」


「ええ。もうとっくに。今は部屋で寝てますよ。」


「あ、そうか…、すまない。大きい声を出してしまったな…。」


朝臣は壁に手をつき、大きく息を吐いた。


「何かあったんですか?」


「ニュースでやってただろ。梅田で爆発騒ぎがあったんだ。」


「あ、見ましたよ。」


「落ち着いて聞けよ。」


朝臣は一度唾を飲み込み、再び口を開く。


「あの件にな、夜風と夕凪がガッツリ絡んでいる。」


「ええっ!?ガッツリ!?」


「ああ、ガッツリだ。」




****************




『サクラ、カマクラ、キタマクラー!!みんなグッドモーニング!!カマク…』


ブチン。


翌朝、菊池家の朝に欠かせない挨拶は、途中で断ち切られる。

朝臣はリモコンを床に置き、二人に向き合う。


「あー!!何すんの、お父さん!!」


「夜風、夕凪、昨日の事を全て話してくれ。」


「星占いは必ず毎日見ることにしてんのにー!!」


「夕凪!真剣な話なんだ。」


ドン!


突然、テレウァンがテーブルを殴った。


「おい、コアラ。」


「…コアラ?」


テレウァンは、朝臣に向かって人差し指と親指で小さな丸の形を作る。


「コアラの脳みそはこれくらい小さくて、しわも無い。貴様の脳みそのようにな。」


「夜風……?」


「ろくに朝飯も共に食わん、夜も帰ってこない。夕凪の話も聞こうとしない。そんな他人のような距離関係の奴が、今更父親ぶって真剣話など、虫が良すぎるとは思わんか?」


「お前らの為に、寝る間も惜しんで働いているんだ!仕方ないだろ!!」


「夕凪も兄貴取り戻す為に体張ってんだよ!何も知らん癖に大口を叩くな!!」


「何を言ってるんだお前はっ!!」


「朝から喧嘩やめようよー……。」


菊池家の朝に朝臣が加わり、出だしは悪いが、久しぶりに家族の形を取り戻し始めたようだ。




****************




「よぉ!夕凪!」


「おはようジャンボリー…。」


「え、テンション低くね?もっとかませよ!」


「何を…?昨日はめっちゃ疲れたし、朝からお兄ちゃんとお父さんが喧嘩して、カマクラちゃんの星占いは見れなかったし、だるい……。」


「ドントマインド!!」


「……ありがと。」


そのあとの午前の授業は、夕凪にとってほとんど記憶に残らなかった。

意識は何度も途切れ、気がつけば給食の時間だった。


昼ご飯を食べている最中、ジャンボリーは、まるで思い出したように口を開いた。


「そういえばさ、昨日の夜、梅田ヤバいことなってたん知ってる?」


「あー、うん…。」


「俺その時、現場いたのよ。」


「ぶっ!!」


夕凪は牛乳の紙パックを握り潰し、豪快に噴き出した。


「きったね!大丈夫かよ!」


「ごめん!ほんまごめん!かかっとらん?」


「もっとかませよ!」


「だから何を!?」


二人で雑巾を持ってきて、机を拭いた後、また話を戻す。


「あれ、ニュースでは映ってなかったんやけど、俺ヤバいもん見ちゃったんよ。」


「……何?」


夕凪は恐る恐る訊いてみる。


「UFOが墜落してん。」


「…は?」


拍子抜けしたと同時に、強く握っていた箸の持ち手から、ふっと力が抜けた。


「わかる。は?ってなるよな。でも確かにあれはUFOやってん。」


「嘘やー。」


夕凪は感情のこもっていない棒読み同然なトーンで、他人事のように返す。


「そのUFO、誰かを追ってたんよ。俺らと同い年くらいの女の子やった気がする。」


「へー…。」


目が泳ぎ出す。


「んで、もうちょいで女の子がそれに追いつくってなった瞬間に、車が突撃してきたんよ!!そのUFOに!」


「映画やん。」


箸を持つ手が震え始める。


「車ん中におった兄ちゃんは、そのままUFOを追ってって、結果警察が来ててなんとかしてくれてたんかな?知らんけど。」


「へー。あの、それよりさ…。」


夕凪は我慢できず、どうにか話題を逸らした。


「頼則梢って名前、聞き覚えない?」


聞くだけ聞いておこう。

夕凪は、そんな期待のこもっていない質問をした。


「おまっ!!」


ガタッ!!


ジャンボリーは、突然前かがみになり、夕凪の口を塞いだ。


「っ!?」


「夕凪、お前はマクラーや。ちゃうか?」


夕凪はコクコクと首だけ頷く。


「ファンクラブ限定の配信で本名バレしたろ?でも俺らマクラーはその本名バレを何としてもネットの海に晒さないと、同盟を組んで誓ったやんか!」


「えええええええええ!!??」


「頼則梢。その名前は、俺らマクラーが守り続けなあかん。表に出さず、魂に刻む名やろ?もっとかませよ!」


そのあとの午後の授業も、夕凪にとってほとんど記憶に残らなかった。

放課後のチャイムが鳴ると同時に、夕凪は鞄をひっつかみ、教室を飛び出し、家へ一目散に駆け出した。



「テレウァンッ!!」


家に着くなり、夕凪は彼の名を呼んだ。


「帰ったか、夕凪。悪いな、今朝は重い空気にさせてしまった。昨日の事もあるし、お前は休んでいろ。」


「え…。」


「あの人工衛星みたいなやつの正体がわからん以上、またあいつに攻撃されるかもしれん。ミナミディスコを探すには、まずあいつを引っ張り出して叩いてからだ。」


「何言ってんの!?あたしも戦う!」


「なんだと?あれはお前を狙っているんだぞ?お前に何ができる?」


「だって早く、お兄ちゃんに会いたいもん!」


「そうは、言ってもだな…。」


「それより!頼則梢。誰かわかったで!!」



「なにぃぃぃぃーーーーーー!!?」



その言葉を聞き、テレウァンは目を見開き、夕凪の両肩を掴んで叫んだ。


「誰だ!誰なんだ!早く言え!!」


「唾、飛んどる!!」


夕凪は軽く持ち上げられ、肩を揺さぶられながらも、何とかポケットに入れていたスマホを取り出した。


そして、カマクラちゃんの待ち受け画面をテレウァンの顔の前に持ってくる。


「まさか……。」


「そう!カマクラちゃん!!」


「本当に……、この女が、頼則梢……?」


ミナミディスコの鍵を握る人物、頼則梢。

それは、チャンネル登録者三百万人を超える大人気Vtuber。

カマクラちゃんの中の人だった。

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