6.ヘリコプターvsサテライト。
テレウァンが叫び終えるより早く、地響きと轟音が炸裂し、さっきまで二人がいた半個室ブースが爆散した。
爆風に吹き飛ばされ、二人はネカフェのエントランスに叩きつけられる。
照明は消え、店内が薄暗くなる。
ネカフェは、煙と焦げた匂いで満ちる。
甲高い非常ベルが鳴り響き、自動案内が少し遅れて流れ出す。
『火災が発生しました。火災が発生しました。』
さっきまでブースがあった場所には、黒く抉れた空間と炎だけが残り、床には破片が散乱していた。
「夕凪、大丈夫か!?立てるか!!?」
テレウァンは夕凪の体を持ち上げながら、右足で地を力強く踏んだ。
「シンクレイッ!!」
その名を叫ぶと、テレウァンの背後から一本の光が伸びた。
光は煙を貫き、影を押し広げるようにして、何かを引きずり出す。
それは、ミラーボール。
光の筋を放ちながらゆっくりと浮上し、次の瞬間、真っ二つに割れる。
その内部から姿を現したのは、例のヘリコプター。
どこからか、ダンスミュージックが鳴り始めた後、煙を巻き上げて、空中へと躍り出た。
「防火扉っ!!」
テレウァンが手を払うと、防火扉はひとりでに閉まり、エントランスとブースを隔てた。
「夕凪、早く出ろっ!!」
テレウァンは夕凪の背中を押し、半壊したネカフェを飛び出した。
「何が起きたん!?急に爆発したで!?」
「私にもさっぱりわからん!!」
「王子なんやろ!何とかして!!」
「私の世界で王家の能力を使えるのは、私と兄と父だけだ!!しかし、私はあんなのを見たことがない!!」
ドンッ!!
背後で心臓を叩かれるような爆発音。
反射的に振り返ると、ビルの窓が波打っていた。
ガラスは全て弾け飛び、灰色の煙がうねっている。
その煙をかき分けるように、人工衛星が浮かび上がった。
「わっ、来よった!!」
「逃げろ!」
そう言われる前に、夕凪はもう走っていた。
足元は覚束なく、今にも転びそうなくらい、振り返る余裕もなく、ただ逃げることだけに必死だった。
人工衛星は夕凪を捉え、地上をなぞるように低空のまま進む。
「狙いは私ではないのか…!?」
テレウァンは走り出し、ヘリコプターはそれに合わせながら、唸りを上げて速度を増し、そのまま人工衛星に激突した。
「面白い。久々にこいつの能力を存分に振るえるではないか!」
機体の腹部から垂れた触手が伸び、人工衛星に絡みつく。
「私のシンクレイが目の前に現れても、追うことをやめんとはな。どこの誰だか知らんが、どうやら私のシンクレイの能力を知らぬらしい。」
触手に絡みついた部分が溶け始め、人工衛星はどんどん輪郭が崩れ、原型を失っていく。
「さあて。どんな輩がこれほど洒落たシンクレイを操っているのか、じっくり拝ませていただこうか。」
そう言って、テレウァンは周りのビル群を見回す。
「ここらのビルに潜んで、私を見ている事はわかっている。王家の神聖な能力に泥を塗りよって。大逆罪だ。その身、冥府へと送ってやる。」
その時、触手に絡められていた太陽電池パドルが、一斉にヘリコプターへ光線を発射した。
機体は熱に耐えきれず、外装が赤熱し、グズグズと溶け崩れていった。
「見たこともない能力だ…、されど。」
触手は力を増し、機体を絞り、圧し潰す。
「私のシンクレイは王家でも最強だ。この世に比肩する者なし。」
それでも人工衛星は、やけくそじみた軌道で、絡まり離さないヘリコプターを引きずったまま、夕凪を追跡する。
「まじかっ!?」
テレウァンは舌打ちし、即座に走り出した。
「夕凪!こいつはお前の事を狙ってる!!地下通路の入口を探せ!そこまで誘導しろ!」
「ええ!なんで私が狙われてんの!!?」
「知らん!!」
平日の夜、十八時を過ぎた梅田は、仕事を終えた人々が一斉に地上へ溢れ出し、歩道は一定の速度で流れる川のようだ。
その全員が、今起きている異常な一連だけを眺めている。
夕凪はそれらの視線を浴びながら、人の流れに逆らい、人と人との間を掻き分けるように走った。
なおも人工衛星は、ジリジリと距離を詰める。
「あった!!」
夕凪は、地下へ続く通路の入口を見つけた。
キュイイイイ……。
背後から、不吉な駆動音が響く。
「夕凪!一基、掴みそこねた!ビームが飛んでくるぞ!!」
パドルが一基、無傷のままヘリコプターの触手をすり抜け、白熱した光を帯びながら、猛スピードで夕凪へと近づいた。
「クソッ!!」
テレウァンは道路を疾走する一台の車へ手を伸ばし、人差し指を反対方向へ、クイッと弾いた。
次の瞬間、走行中にもかかわらず、運転席側のドアが開く。
突然の異変に、車体が大きく揺れ、減速する。
「うわっ!?なんや!?」
運転手が叫び終わる前に、テレウァンは半身を車内へ突っ込ませる。
「どけ。」
運転手の体はそのまま蹴り飛ばされ、アスファルトの上へ転がった。
テレウァンは片足を伸ばしてアクセルをベタ踏みし、思い切りハンドルを切った。
狙いはただ一つ。
夕凪を追う、一基のパドル。
衝突しようとするその直前、テレウァンは車外へ身を投げ出した。
その瞬間、
ガンッ――――ッ!!!
衝撃音。
次いで、爆発。
テレウァンのいた車体がパドルに激突し、繁華街の一角にもう一つの黒煙がうねった。
「夕凪!! 急げっ!!」
人工衛星は、建物の角や街路灯をなぎ倒しながら、ただ一点、夕凪だけを狙って進んでくる。
「どいてーー!!」
夕凪は人波を割ろうとした。
しかし小さな体は、群衆に押し流され、前へ進むことさえままならない。
すると、
「警察です!道を開けてください!!」
遠くからその声が聞こえると、逃げ惑う群衆は、まるでポセイドンが海を割ったかのように、一瞬で左右へと裂けた。
その先には、私服の男性と、スーツ姿の女性の二人が車の前で立っていた。
その内、長い金髪の女性が、警察手帳を見せて大きな声で言った。
「大丈夫、私達は警察です!さあ!私達の車に乗るであります!」
「あかん!地下通路に行かんと!!あんなん警察にはどうにもできん!!」
「ががーーん!!」
夕凪は女性の手を振り払い、迷いなく地下通路の入口へと走り出そうとした。
しかし、ある人と目が合う。
女性の隣にいた、私服の男性。
「……夕凪か!?」
男性の血の気が、すっと引く。
「……お父さん?」
その男性とは、夕凪の父、朝臣だった。
「夕凪!早く車に乗れ!!」
「お父さんが早く車に乗って逃げて!あれはこの世のもんやないねん!!」
「何言ってんだ!はよ乗れ!!」
夕凪は、父の手も振り払い、走り出す。
「おい!夕凪っ!!」
「菊池さん!危ないであります!!」
金髪の女性が、朝臣を引っ張り、歩道外へ出る。
「夕凪ぁぁぁぁーーー!!」
その横を、人工衛星が横切った。
目の前をかすめるように通過した、不気味なその物体を、朝臣ははっきりと目視してしまう。
理解するより先に、背筋が冷えた。
その直後、人波に逆らい、必死にその後を追って走る一人の青年が、視界に飛び込んでくる。
「……まさかっ!?」
朝臣は、その顔を見た途端、さらに血の気が引いていくのを感じた。
「夜風…!なんであいつまで!?」
「二人とも、お知り合いなのでありますか?」
「……俺の息子と娘だ。」
「えええええーーーーー!!!」
一方、朝臣達を通り過ぎた夕凪は、やっとのことで地下通路へと駆け込んでいった。
「よし!よく逃げ切った、夕凪!!そのまま足を止めるな!!」
テレウァンが人差し指を、下へ払う。
すると、地下通路入口に設置された非常用手動シャッターが、見えない力に引っ張られるように降りる。
ヘリコプターは、絡みついた触手を一段階強く締め上げた。
そして、人工衛星と一体になったまま、加速し、シャッターへと凄まじい勢いで突っ込んでいく。
次の瞬間、
ドォォォン…!!
爆音が、繁華街に響き渡った。
ヘリコプターと人工衛星の破片が、路上のあちこちへと散乱する。
非常シャッターは大きく歪み、深く凹んではいたが、貫通は免れた。
「夜風……。」
その光景を前に、朝臣はただその場に立ち尽くしていた。
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「あーあ、やられちゃった。」
タワーマンションの一室。
梅田の夜景を全て切り取れるような大きな窓の前で、ある人物は大きなベッドに仰向けに寝転がっていた。
白いシーツに身を預け、腕は力なく左右に投げ出されている。
足を組み、ミニスカートの裾から、黒いタイツが伸びる。
サラサラの赤い髪は枕の上に広がり、血の色にも、火の色にも見えるその髪は、微動だにしない。
「でも、初めてにしては上手く動かせたかな。」
女は、指先でタバコを挟み、リラックスした様子で、ゆっくりと一服した。
煙は天井へ向かって真っ直ぐに立ち上り、やがて空調に吸われていく。
窓を見つめる視線の先には、黒い煙が上がっている。
「あの女の子、まだ気づいてないっぽいなあ。」
独り言のように呟き、タバコを灰皿に押し付けた。
「その男、大嘘ついてるのに。」




