10.黒い蝶、瑞羽。
「みっちゃんは、どうして刑事になろうと思ったの?」
るえかとテレウァンの一服を待つ間、夕凪はふと思いついたように瑞羽に質問した。
「わからない。けど、刑事になったから夕凪ちゃんに会えたよ。」
「嬉しい!!」
瑞羽はグーサインを返す。
その背後で、近づいてくる足音がした。
「あ、るえかちゃん達おかえ…り…?」
「じゃあ、次はボクの番だね。」
「あれ…?」
夕凪と瑞羽が並んで腰を下ろしている、そのすぐ脇を、一人の女性が静かに通り過ぎた。
レーンの奥から、ゴロゴロと低い音を立ててボウリングの球が戻ってくる。
女性は歩みを止め、流れてきた球の中から、赤色の球を拾い上げ、指を穴に通す。
「え…、誰?」
女性は肩の力を抜いた。
構えは自然で、余計な動きが一切ない。
一歩、二歩。
踏み込みと同時に、赤い球が滑るようにレーンへ放たれた。
球は、中央へ吸い込まれていく。
次の瞬間、並んでいたピンは弾けるように散り、爽快な衝突音がフロアに響いた。
スコア表示が切り替わるより早く、女性は振り返る。
夕凪と瑞羽はスコアモニターに視線を向けた。
スコアモニターには、
ユウナ
ヨカゼ
ルエカ
ミズハ
と並んでいたはずの名前が、
ユウナ
ミズハ
ワタリ
へと切り替わっていた。
「いやあ、この世界の人達は、遊びに困らなさそうで羨ましいよ。」
女性の目が、夕凪と瑞羽をまっすぐ捉える。
髪をかき上げた彼女は、その場でグッと膝を曲げ、両肘を引き寄せ、拳を握りしめる。
そして、
「ストライーーークッ!」
思いきりガッツポーズを決めてみせた。
その瞬間、
ドォォォン!!!
爆発音が響いた。
「っ!?」
しかし、爆発は夕凪達のいるボウリングフロアのどこにも起きていない。
女性は一度、視線を落とし、目を閉じた。
笑ってしまいそうなのを、こらえるように。
「ぷっ。」
そして、吹き出した。
「はははははは!!次は夕凪ちゃんの番だよ!」
赤い髪を揺らしながら、彼女は笑った。
「夕凪ちゃん、お知り合いですか?」
「いや…、知らない人…。」
瑞羽は夕凪の前へ出る。
女性から視線を外さず、半歩だけ間合いを広げた。
「失礼ですが、あなたは?」
「私?」
女性はとぼけた表情を見せ、人差し指をスコアモニターに向ける。
「書いてるじゃないですか。ワタリって。」
「ワタリさん。次はるえかちゃんの番のはずです。」
「でもモニターを見る限り、次は夕凪ちゃんだよね?」
瑞羽は喫煙所を一瞥する。
そこにるえかとテレウァンの姿はなかった。
「あなたですね。」
「なにがだい?」
「……ルマルマ。」
短く、その四文字の単語だけを瑞羽は告げた。
すると、その単語を聞いた、ワタリと名乗る女性の表情が、はっきりと歪んだ。
「なんで…、その言葉を知っている…?」
驚愕。
その隙を、瑞羽は見逃さなかった。
床を蹴り、一気に距離を詰める。
スカートの内側から滑り出たナイフが、ワタリの眼前へと迫る。
「っ!!」
ワタリは反射的に腕を振る。
次の瞬間、人工衛星のパドル部分だけがどこからともなく出現した。
白く輝くナイフの刃は金属に弾かれ、甲高い音がフロアに響く。
火花が散り、刃は軌道を逸らされる。
同時に、ワタリを中心に、複数のパドルが宙に浮かび上がった。
「いきなりナイフで目を狙いに来るとは…。」
ワタリの腕の一振りで、パドルは静かに旋回しながら、光を吸収し始めた。
「来る。」
「わわっ!!」
瑞羽が夕凪を抱きかかえ、フロアから離れた直後、白く研ぎ澄まされた光の筋が二人をめがけて飛んできた。
ドォォォン!!!
灼けるような熱光線が、二人の頭上ギリギリを通過し、建物の壁を容赦なく吹き飛ばす。
「みっちゃん!!あれ!間違いなくあれ!!」
「間違いなく、あれですね。」
「倒せる?」
「るえかちゃんがいないのが少し淋しいですが、ノープロブレムです。」
「すごいっ!!」
瑞羽は、レーンに置かれていたボウリングの球を、両手で一つずつ掴み上げた。
身体をひねり、四基あるパドルの内、一つに目掛けて裏拳を球に叩き込む。
ボウリングの球が目で追えないほどのスピード、かつフルスイングでパドルに衝突する。
鈍い衝撃音。
金属が悲鳴を上げ、パドルはひしゃげたまま、ハエ叩きのように床へ叩き落とされた。
「一つ。」
直後、背後から一発の熱光線が走る。
振り返ることなく、瑞羽は跳ぶ。
床を蹴り、高く舞い上がり、すれ違う光を紙一重でかわす。
撃ってきたパドルを跳び箱のように越え、着地と同時に、両腕を振り抜いた。
平手打ちのように、二つのボウリング球がパドルに激突する。
金属が潰れる音。
そのパドルは、芯以外を齧りきられた林檎のように変形し、床に落ちた。
「二つ。」
「この女……、猿か!?」
光を吸い込み、再び熱光線を撃とうとするパドルに、瑞羽はボウリングの球をそのまま投げつける。
直撃。
パドルは空中で姿勢を崩し、ボウリング球の下敷きとなり、大破した。
「三つ。」
瑞羽はスカートの中へ手を差し入れる。
一瞬覗く太ももからは、バンドが巻かれ、ナイフが幾重にも仕込まれていた。
一本抜き、最後のパドルへ投げる。
刃は端を貫き、パドルごとレーンに縫い止める。
身動きの取れなくなったそこへ、瑞羽は残ったボウリング球を、今度は本来の使い方で下から放る。
球はレーンを滑っていき、パドルに吸い込まれるように衝突した。
パドルは凹んだと同時に、破片を撒き散らしながらレーンの奥へ沈んでいった。
それを見て瑞羽はぐっと膝を曲げ、拳を握る。
「ストライーク。」
そう言って、表情一つ変えずに、ワタリに振り返った。
「テレウァンは、もうこんな人財を抱き込んだのか…。」
「その名前!知ってるの!?」
夕凪は、思わず身を乗り出して訊いた。
「そこのガキんちょ。テレウァンに騙されるな。」
「え…。」
「テレウァンは君に嘘をついている。あいつを好きにさせていれば、この世界はあいつの支配下に下るぞ。」
ワタリは、はっきりと言い切った。
「テレウァンに、ミナミディスコを渡してはいけない。」




