9.るえかとみっちゃん。
「て言ってたけど、実は超重要人物なんて嘘なんでしょ。人工衛星操ってる人の素性どころか、男か女かも微塵も知らないくせに。」
「ははは。嘘も方便というやつだな。」
翌日。
休日の梅田は、平日とは別の顔をしていて、とにかく人が多い。
通勤需要が減る代わりに、買い物や娯楽目的の来訪者が増える。
そのため、駅構内や主要な通路では、平日とは異なる人の流れが生まれる。
この街では、カフェに並んでいる時間さえ、充実に換算されるらしく、皆の財布の紐は、もはや使命感を帯びて緩んでいる。
そんな人波の中に、夕凪とテレウァンはいた。
「おまたせー。」
「お、きたきた。」
振り向いた先に、二人の女性が並んで立っている。
「るえか、参上であります!」
先に視界に入ったのは、淡い黄色のワンピースを揺らす、るえかだった。
白い小花が散った生地に、胸元と袖のフリル。
いつものスーツ姿と違って、少女らしさが滲み出る。
腰元のリボンはきっちり結ばれているのに、全体の印象はどこか無防備で、肩に掛けた淡いピンクの小さなバッグと、髪に留めたハート型のピン留めが、より一層可愛らしさを引き立てていた。
「おまたせいたしました。」
その隣に立つ瑞羽は、対照的だった。
薄紫のブラウスに、落ち着いた花柄。
デニムのスカート。
アクセサリーは最小限。
けれど、耳元の小さなピアスと首元のネックレスが、ほんの少しだけ彼女の硬い表情に柔らかさを与えていた。
二人が並んで立つと、甘さと真面目さが不思議なほど噛み合って見えた。
夕凪はその並びを一目見ただけで、思わず見惚れてしまう。
「二人とも、すごく可愛いです!!本当に刑事なんですか!?」
「もち!るえかとみっちゃんは今日、夕凪ちゃんだけの刑事でありますよ!!」
「やったー!!」
「こんな若い女共をよこすとは、あのコアラ、一体何を考えてるんだ。遊びじゃないってのに。」
ぼやくテレウァンに、るえかは満面の笑みで腕を伸ばし、ダブルピースを返す。
「大丈ブイ!るえか達、大阪府警でも最強の実動チーム、菊池班でありますからねぇー。ね!みっちゃん!」
「うちらは頭で考えるより、体で動きたい派。」
瑞羽の一言に、るえかが大きく頷く。
「そーゆーこと!ボディガードはお任せあれ!菊池先輩のお子さんは、必ずるえか達が守るでありますよっ!!」
「超心強ーい!!」
「どこがだ…。」
不安げなテレウァンをよそに、夕凪はるえかの腕に抱きつき、すぐに打ち解けていた。
「んで、どこ行きますー?」
「んー。菊池先輩からは、夕凪ちゃん達と梅田で適当に遊んどってええよって言われたんよね。」
「なんて幸せな仕事。」
「それなー!」
「ほな、まずはカフェにでも…」
「ゲームセンターだ。」
テレウァンの即答に、女三人組が一斉に振り向く。
「ゲーセン?」
「夕凪。ゲームセンターで今こそ見せよう。肩書きではない、私の王子たる所以をな。」
「お!るえかもゲーセン賛成!久しぶりに羽根伸ばせるねー、みっちゃん。」
瑞羽はるえかに向かって、指紋がくっきり見えるくらい親指を立て、豪快にグーサインを掲げた。
「みっちゃん、ノリノリやん!!」
「ゲーセン行こ行こ!!」
夕凪も一緒にグーサインを掲げる。
話は一瞬でまとまり、一行はゲームセンターへやってきた。
昼間から店内は眩しいほど明るく、若者たちの声と電子音が渦を巻いている。
本来は警護が目的のはずだったが、そんな空気はすでにどこにもない。
「じゃ、まずはシューティングいきましょっか。」
るえかは、淡い黄色のワンピースを揺らしながら、軽く言った。
その声色は完全にオフだが、手に取った銃型コントローラーの構えは無駄がない。
結果は言うまでもなく、一目瞭然だった。
刑事二人組とも、ヘッドショット連発。
照準は一切ぶれず、画面に表示されるスコアは天井知らずに跳ね上がる。
「さすが刑事っ!!」
夕凪が飛び跳ねながら言うと、るえかは肩をすくめた。
「本職でありますから!実銃はあまり触りませんがねぇ。」
一方、テレウァンのスコアは、るえかと瑞羽の足元にも及ばなかった。
「クソッ!!子供騙しが…!次だ!」
次はUFOキャッチャー。
瑞羽は手慣れた手つきでアームを操作し、あっさりとカマクラちゃんのデカぬいぐるみを掴み上げる。
「え、ちょっと待って。今の一発?」
瑞羽は、グーサインを押し出す。
夕凪の声をよそに、るえかも別の台で同じように器用にフィギュアを獲得していく。
結果、二人の足元には景品が積み上がっていった。
「るえかちゃんとみっちゃん…、何者?」
夕凪が小声で言うと、テレウァンは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
結局、ダーツもビリヤードも、テレウァンは全敗だった。
夕凪は、最初こそ必死に応援していたが、途中から笑いを堪えるのに必死だった。
「だ、大丈夫! チャレンジ精神は大事やし!」
「私にも夕凪に格好良いところを見せさせろ!!」
夕凪は二人の刑事と、必死に背伸びをするテレウァンを見比べて、少しだけ笑った。
負けなしのプロたちと、空回りする王子。
その真ん中で、夕凪の休日は、思った以上に賑やかに過ぎていった。
「すごい!ターキーなんて初めて見たっ!!」
「ブイッ!!」
ボウリングも刑事二人組は無双していた。
ゲームも後半に差し掛かる頃、るえかとテレウァンは、夕凪を瑞羽に任せ、喫煙所で一服していた。
「出ませんねー、人工衛星。」
「ああ。出ないな。警戒しているのかもしれん。」
「……夜風くんって、いくつなんですか?」
「ああ、確か二十四だったか。」
「うえ!?るえかと三つしか違わないじゃないですか!もっと若いと思ってた!!」
「二十七か。そう言う貴様は、老けて見えるな。私より若いと思っていたが。」
「ががーーーん。」
「しかし腕前は一流だ。悔しいが、流石大阪府警最強の実動チームと言うだけはある。」
「えへ、褒められたぁー!」
「北新地に私の行きつけのバーがあるんだが、飯食ったら行くか?」
「え!やったー!!酒が呑める呑めるぞー酒が呑めるぞーい!!」
そう言って、先にるえかが喫煙所の扉を開く。
鼻を突いたヤニの匂いは、途中で消えた。
代わりに流れ込んできたのは、冷たく、質素な空気。
るえかは一歩、外へ出て、
そこで、動きが止まった。
「……は?」
目の前にあったのは、白い廊下だった。
天井は高く、均一な蛍光灯が、無機質な明るさで奥まで続いている。
左右には、同じ幅、同じ高さの扉が、等間隔に並んでいる。
壁には、会社名のプレートがいくつも並んでいる。
喫煙所の扉を開けた先に広がっていたのは、どう見てもオフィスビルのテナント階だった。
「え、ええ!?るえか達、ゲーセンの喫煙所でタバコ吸ってたはずですよね!?」
「どこなんだ、ここは!?」
振り返る。
そこにあるはずの喫煙所は、なかった。
代わりにあるのは、何の変哲もない、オフィスの引き扉だけ。
向こう側から、ボウリングの玉が転がる音も、陽気な歓声も一切しない。
るえかは、その扉に手をかける。
引いたが、今度は開かなかった。
「なんで…!?」
その時だった。
コトン、と小さな音がした。
何か丸いものが、るえかの足に触れる。
思わず真下を見たるえかは、加熱式たばこを手から滑り落とし、目を見開いた。
それは、ゆっくりと浮上をし始める。
ギラギラと輝く球体。
「女!それが人工衛星だ!」
るえかは、テレウァンが最後まで言う前に、すでにスカートの下に手をかけていた。
太ももにはホルスターのようなものが巻きつけてあるのがチラリと見え、そこから銃を引き抜き、親指で安全装置を外す。
そして構え、球体に照準を定めた。
バンッ。
一発の銃声が響く。
引き金が引かれたのだ。
続けざまに、
バンッ、バンッ、バンッ。
間を置かず、さらに引き金が引かれる。
バンッ、バンッ。
銃声は重なり、廊下に反響した。
ミラーボールは跳ね、前方へ転がっていく。
硝煙の匂いが遅れて漂い、廊下には発砲の余韻だけが残っていた。
「貴様、実銃を持ち込んでいたのか!?」
「はい!でも、役に立ちませんね…。」
ミラーボールは無傷の間、殻が開くように割れ、例の如く、人工衛星が現れた。
****************
「先輩、僕達も行かなくてよかったんですか?」
「ああ。俺達も行けば、犯人が警戒するだろ?」
アミューズメント施設の前に停めた車の中で、朝臣と慎平は息を潜めていた。
現場に入っている、るえかと瑞羽からの合図を待つ。
「俺達、菊池班の本来の仕事は世間には公表されていない。仮に新貝と西菜が刑事と知ってたとしても、女だけだと思って、舐めて食いつくさ。」
「……あの変な人工衛星みたいな機械を操作してた奴が、連続変死事件の犯人なんですか…?」
「超重要人物だと聞いたがな。まあ、直接の犯人じゃなかったとしても、あの機械を直接目撃してた警察は俺ら四人だけだ。俺ら菊池班が動かなきゃ、更なる犠牲者が出かねない。」
二人はコーヒーを飲みながら、るえかと瑞羽からの連絡を待っている、その最中。
ドォォォン!!
「なんだ!?」
車体が衝撃で、ほんの少し揺れる。
アミューズメント施設のすぐ隣のビルの、中ほどより少し上、人が働くオフィスフロアの一角が、内側から吹き飛んだ。
ガラスが真下の歩道に降り注ぎ、悲鳴が上がる。
緊張が一気に周囲に張り詰めた。
「隣のビルで爆発です!!」
「見りゃわかる!何故ゲームセンターとは違う場所で爆発したんだ!?」
「新貝!西菜!応答しろ!!」
無線に叫ぶが、返事はない。
ノイズだけが耳に張り付く。
「とにかく慎平、行くぞ!」
そう言って二人が車を出た、その瞬間、
ドォォォン!!!
今度は、アミューズメント施設の一角が爆ぜる。
「なっ!!?」
梅田に黒煙が二つ昇る。
「どうなってる!?新貝!西菜!!」
叫ぶが、やはり無線に返事はない。
「人工衛星は、二基あったってことですか…?」
「クソ!どっちに行けばいい……!」




