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第1話 僥倖の連鎖 城之崎光哉の場合

重く鉛を引きずるような倦怠感の中で、意識が浮上する。


馴染みのある自室の天井。


カーテンの隙間から差し込む光は、もう傾き始めている。


随分と長く眠っていた気がする。


体を起こそうとすると、軋むような頭痛が走った。


「……光哉? 目が覚めたの?」


すぐそばから聞こえた声に視線を向けると、母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


その顔を見た瞬間。


何故だろう、張り詰めていた何かがぷつりと切れて視界が滲んだ。


「母さん……。」


「え、光哉? どうしたの?」


溢れてきた涙を、もう止めることはできなかった。


山手がいなくなった。


あいつのスマホだけが、ぽつりと砂の上に残されていた。


絶望的な推測が、脳裏に焼き付いて離れない。


そんな中、母さんがここに居てくれる安心感は俺の涙腺を緩ませた。


驚いた顔をしていた母さんは何も言わずに俺の肩をそっと抱き、その背中を優しく撫でてくれた。


子供をあやすようなその手つきが、今は何よりもありがたかった。


母さんの話では俺は砂浜であのまま気を失い、咲良たちにここまで運んでもらってからほぼ丸一日眠り続けていたらしい。


その時だった。


「やりました!」


どたどたと慌ただしい足音が聞こえる。


「城之崎くーん!起きてますかー!」


遠慮というものを知らない勢いで部屋のドアが開き、能田が顔を覗かせた。


俺が母さんの肩に凭れて泣いている姿を見て、一瞬固まる。


「あ、え?なんか……スミマセン……。」


気まずそうに、そろそろとドアを閉めようとする。


その姿に少しだけ冷静さを取り戻した俺は、母さんから体を離した。


「いや、大丈夫だ。それより、どうしたんだ?」


俺の問いに能田は待ってましたとばかりに駆け寄ってきて、山手のスマホを掲げて見せた。


砂と海水にまみれていたはずの、あのスマホだ。


「見てください! 徹夜で分解して基盤丸ごと洗浄して、ショートしてた箇所もバイパスして……やりました! 」


息を切らしながら、しかし誇らしげに彼女は告げた。


その顔には疲労の色が浮かんでいるが、瞳は爛々と輝いている。


スマホが動いている、今は再起動中らしい。


「ROMは奇跡的に浸水していなかったので、データは無事だとは思うのですが。」


「だが能田、再起動しても山手が持ってないと意味が無いんじゃないか?」


結局山手がスマホを持っているのであれば、スマホが点けば連絡が取れるが持っていないのであれば意味がない。


「城之崎君らしくないですね、スマートリングをプレゼントしたんですよね?」


「あ……。」


そうか、ペアリングしていれば位置情報を追える。


「確かに!」


だが。


「スマートリングが壊れていなければの話ではあるな。」


「それはやってみなければわかりません……あ!点きました!」


しかし能田は直ぐに固まってしまった。


「能田、どうした?」


「……それが、パスワードがわからなくて開けられないんです。」


能田がしょんぼりしながら告げた。




リビングに居た咲良と敷島も一緒になり、五人で頭を抱える。


山手と俺の誕生日は違った、ただあまり闇雲に入力してセキュリティロックが掛かることは何としても避けねばならなかった。


「私やってみていい?」


言い出したのは咲良だった。


「心当たりがあるのか?」


尋ねる俺に多分ねと微笑む。


入力した数字は『0508』だった。


ん?


なんの日付だ?


「開いたよ。」


「本当か!?」


能田が直ぐ様スマホを確認する。


「はい! アプリもデータも、全部そのままです!」


その一言は、暗闇のど真ん中に叩き込まれた閃光だった。


……それにしてもどうして咲良はわかったんだ?


尋ねる俺に咲良は、


「ちょっと気持ちがわかっただけだよ。」


としか言わなかった。


俺は能田から山手のスマホを受け取った。


震える指でスマートリングのアプリをタップする。


地図が表示され一つの点がゆっくりと、しかし確実に点滅を始めた。


「……いた!」


位置情報を元に向かった先は、あの海沿いの駅から少し離れた場所にある少し古めの総合病院だった。


母さんに留守を頼んで、咲良と能田と敷島と俺の四人。


タクシーの中から祈るような気持ちで、何度もスマホの画面を更新する。


GPSの示す点はその場所から動いていない。


病院の前に着くと、急いで受付カウンターへ向かう。


心臓が、早鐘のように鳴っていた。


「あの……すみません。」


声が震えるのを、必死で抑える。


「一昨日か昨日の夜に、この辺りの海で溺れた若い男性がここに運ばれてきたりしませんでしたか?」


受付の女性は少し怪訝な顔をしたが、すぐに何かを思い出したように端末を操作し始めた。


「ああ!夜釣りをしていた方が、波打ち際で倒れているのを発見したという患者様なら……。身元がわかるものを何もお持ちでなくて、警察の方も困っていたんです!」


間違いない、山手だ。


病室の番号を聞き、俺たちはエレベーターホールへと走った。


病室のドアの前に立つ。


深く、一度だけ深呼吸をする。


咲良が、俺の背中をそっと叩いた。


ドアを開けると消毒液の匂いと共に、静かな空間が広がっていた。


窓際のベッドに、男が一人横になっている。


点滴に繋がれ、顔色は少し青白い。


それでも上下する胸とすやすやと穏やかに聞こえてくる寝息が、彼が生きていることを確かに示していた。


「……山手。」


その姿を認めた瞬間全身の力が抜け、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


腰が抜けて、立てない。


「光哉!」


「城之崎君!」


咲良と能田が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。


でももう、どうでもよかった。


良かった、生きてる。


本当に、良かった。


そっと、その手を握る。


「……ん……。」


ベッドの上で、山手が小さく身動ぎした。


ゆっくりとその瞼が震え、薄く開かれる。


虚ろな瞳が何度か瞬きを繰り返し、やがて手を握っている俺の姿を捉えた。


「……。」


山手はぼんやりと俺を眺めている、少し不安になる。


「大丈夫か山手?」


「……全然似てないのに。」


掠れた、夢現のような声。


「なんだ?どうした?」


「光哉が一瞬、大津さんに見えた。」


山手はそんなことを呟いた。

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