ビューティフル・ロボティクス
肌に触れる冷たい風が、より一層強くなったように感じる。
力の差は歴然。
しかし、なんだか負ける気がしない。
この目の前の男とは対等に戦える気がする。
「……ああそうだ。兄ちゃん、1つ良い事を教えてやる。ここはな、4番街でも端の端。スラムみてぇになってる所だ。……いくらぶっ壊しても話題にはならねぇぜ」
「そりゃ良い事を聞いた。……遠慮なく暴れられそうだ」
というか、千明さんから聞いていた。
4番街には「アンダーグラウンド」という、はぐれものが住むスラム街があるらしい。
4番街から向こうの街へ移る事もできず、かといって4番街でやって行けるわけでもない者たち。言うなれば、社会から落ちてしまった人たちがいる場所。
そんな場所なので、当然建物は錆びれてるし崩れやすい。倒壊などしょっちゅうで、建築会社が呼べるわけでもないので、自分達で直しているらしい。
「へっ。……んじゃあー始めますか」
そう言うと、パーカーの彼は真剣な表情になり、こちらを見つめてきた。
「最後に1つ」
「Welcome to underground!!」
彼の背後から2つの球体が現れ、その球体からビームが発射される。
そのビームを避けてから、異能を使い手に風の刃を纏う。
(……近づくまでが大変だな。これは)
「おいおい。それで戦うつもりかよ」
「まぁな。お前こそ、ビームばっかり撃ってても避けるだけだぞ?」
「……へっ。いつまでも避けていられると思うなよ〜?」
2つの球体は移動し、俺の居る場所を狙ってビームを撃ってくる。
俺はそれを右へ左へと、毎回避ける方向を変えて凌いでいく。
どうやら追尾システムかなにかが装備されているように見える。ここまで複雑な動きが出来る機械を組み立てる技術があるとは……。
「……追尾だと思ってんだろーが、違うぜ?」
「え?」
パーカーの彼はそう言うと、腕を一瞬交差させて、左右に大きく開く。
すると球体がその通りの軌道を描いてから、ビームを俺めがけて発射してきた。
俺はジャンプしてそれを避ける。
(……おいおい、アイツが操作しているのか!?)
「へへ……。驚いたかい?」
「ああ。……まさかそこまでの技術がこの世界にあったなんてな」
「あぁ……この機械に関しては、兄ちゃんが見てきた世界には無かったかもな。こりゃ試作機だからな」
「試作機……? そんな大事な物を俺との戦闘に使っていいのか?」
「大事だからこそ使うのさ。テストをして、その反省を次に活かすためにな。……その感じだと、アンタはものづくりには関心がないのかい?」
「関心がないわけじゃない。だが……ふむ。大事だからこそ、試す……か」
「……そろそろ続きにしようぜ」
「……そうだな!!」
俺はひとまず接近する策を考えることにした。
球体から発射されるビームを何とか避けつつ、パーカーの彼がどのような動きをするかを注意深く観察する。
球体の動きはブラフをかけたりしつこく追尾したりと様々だが、彼は腕を振ってそれを操作しているのではないようだ。彼はズボンの左右のポケットに両手を入れているので、腕は殆ど動いていないのだ。
(……指で動かしてる、とかか? いやそんなんであんな精密な動きが出来るはずはないしな。……じゃああれって……)
「……その部分は、異能ってわけか……!!」
「ご明察通りだぜ。そこをすぐに見抜くたぁ思ってなかったが……」
「何言ってんだ。わざわざポケットに手を入れてヒント出してたくせに」
「へへ……そうだな。確かにこれじゃ丸わかりだな」
「ま、わかった所でアンタが勝てるとは限らないけどな」
パーカーの彼の背後から、更にもう1つ球体が現れ出た。
(3つ目ぇ!?)
3つになった球体は、三角形を形どったりして俺を追い詰めながら攻撃してくる。
いくらスラムに近い場所とはいえ、これだけ狭いと身動きが取りにくい。近づくどころか避けるので精一杯だ。
(……くそっ! 球体の出すビームの速度が早えし、さっきから妙に規則正しく形を作って撃ってくるから対応が遅れる……!)
「っ!」
1度、避けきれずにビームが肩を掠める。かなりの激痛が走る。掠った部分が熱くなっていることを考えると、やはり超高温でもあるようだ。
(……こうなったら……!!)
俺は球体を気にせず突進する事で彼に無理矢理近づく事にした。このままダメージを受け続けるくらいなら、大幅なダメージリスクを負ってでも近づくべきだと考えたのだ。
「うおおおおおおおっ!!!」
俺は全速力で走り、球体から逃げるように彼に近づく。
球体がビームを撃ちながら追ってきている。俺の体のあちこちをビームが掠めているが、俺は気にせず進む。逃げる俺にもろに命中するリスクもあったが、運が良いのか悪いのか、俺はビームに当たらずに進めている。
5m……4m……3m……2m……1m…………
「捉えたぞっ! 喰らえっ!!」
俺は手に纏った風の刃を彼に叩きつける──────!
「おっと。そうは問屋が卸さないぜ?」
パーカーの彼は、ひらりと身を交わして避け、1歩退いた。
「……当たらなけりゃもう1回攻撃するだけだ!」
そう言って俺は何度も刃を振り下ろして攻撃するが、彼はそれを子供でもあやすかのようにひらひらとかわしていく。
当たらない。全く当たる気がしない。
だがここで止めるわけにはいかない。
後ろから追ってきている球体の事が一瞬頭をよぎる。一旦それを避けて、もう1度同じ事を─────?
いや、それをするだけの体力はないだろう。現に俺の体は既にかなりの傷を負っている。その動きをするのはハイリスクすぎる。
ここで決めるしかない。
そう思って刃を振るが、どう攻撃しても彼は軽くかわしてしまう。
傷だらけの身体はいつもよりも余分に体力を使い、だんだん限界が来る。
……遂に、俺は攻撃する手を止めてしまった。
「……ゼェ……ゼェ……」
「……ん〜。ま、頑張った方だろ」
「……」
「ここまでだ。お前の負けだよ」
俺の背後に、球体が迫ってきているのを感じ取った。……避けなければ……!
「無駄だ。既に射程距離内さ」
「!! しまっ─────」
《Desine, Espoir. Estne satis?》
急に頭の中に直接聞こえるような声が響いた。
「……な、なんだ?」
「……あぁ……。そうだな。やりすぎた。すまねぇな」
《Revertere, Espoir. Potentia eius tandem effectum erit.》
「……てなわけで、だ。アンタはもう帰んな。今はもう用事はねえ」
「……命を取らないのか?」
「元々そんなつもりねーよ。……ほら、とっとと帰った帰った」
「……」
「今度はゆっくり話をしよう。君は悪い人じゃなさそうだ」
「……へへ。それも良いかもな」
何だか、いまだによくわかってないけれど、彼が俺に対して、何かを試そうとしていたのはわかった……。
(……いずれそれは話してもらおう。今はひとまず帰るとしよう)
そう思った俺は、夜の街をぶらり歩きながら、何事も無かったかのように道場へ戻ったのだった。
……まぁ、ビームを掠めた肩の傷のおかげで、その後禅奈さんにめちゃくちゃ怒られたが……。
「兄貴、お帰り。ご飯出来てるよ」
「ああ。それはちょうど良いな。腹が減ってたんだ。ちょっと運動してたからな」
「運動? ああ、あの例の新米ギルドマスター君と戦ってきたのかい? どう、感想は?」
「まぁ、新米って感じだな。筋は良いが、まだ経験が足りない。だが伸び代はすごいと思うぜ」
「そりゃあ良いな。俺もいずれ手合わせ願いたい所だよ」
「そうか。んじゃあどっかでまた会った時に頼んでみるぜ」
「おお! ありがとう、兄貴」
「……へへ。いずれ、な」
一口異能紹介
名前:エスポア・オブテニア
異能:ビューティフル・ロボティクス
(機械をイメージで操作する事ができる)