スプリーム・ルーラー その②
フェルバー皇女陛下が帰って行き、道場では修行が再開された。
マネキン相手の異能練習が行われる中、俺はしばしの休憩を取っていた。
「……マジで教えてくれねえの?」
「ああ。絶対教えるなと言われた」
「……んじゃあ、教えたらどうなんの?」
「色んな意味で地獄のような目に合わされる」
「わかったやめとこう」
アンブラの顔がこわばっていたので、本当にこれ以上聞かないでおこうと思った。
「……ガンド、異能の使い方には慣れたか?」
「おう。随分慣れたぜ」
「そうか。……慣れたら後はイメージを洗練させる事になるが、そっちはどうだ?」
「上手く行ってると思うけど」
「……ふむ」
異能で最も大事なのは、自信とイメージらしい。つまりは「俺はこういうことが出来る!」という意識が必要ってこと。
そして、その意識を確実に異能の強化に繋げるためには、自分がしたい事を行なっている「イメージ」を鮮明にする必要がある。
俺は、ずっとその練習をしていたのだ。
「……最近のお前を見ていても明確に異能の使い方が上手くなってるし、自分が思っているよりも上達していると思うぞ」
「そうか?」
「ああ。まああと1日だし、上達してなきゃ困るんだけどな?」
「あはは……まぁ、そうだな」
「……練習を終えたら、俺もギルドリーダーか」
「そうだな。お前は前も似たような職業に就いてたんだから大丈夫だろ」
「……ん〜〜〜……そうだな」
少し、前の世界の事を思い出した。
……あの時のてんてこまいな毎日に比べると、今は天国みたいなもんだが、なんだか味気ない。
……多少は忙しくないとダメらしいなぁ、俺は
「そろそろ、練習に戻るかな」
「そうだな」
一方その頃、死闘を演じたフェターリアとトレイルは、その後療養を経て意気投合し、ギルドの拠点にちょうど良い物件を探し当て……
なんとガンドが帰ってくる前に、契約を済ませてしまった。
現在は拠点となった建物の「休憩室」にて、2人でギルド設立に伴う様々な書類の整理をしていた。
「……これも本人の署名が必要な書類か……。印鑑でも作らせておけば良かったかの」
「そうですね。作っておけば解消できたかもしれませんが……我々がいがみ合っていた以上、それは不可能だったでしょう」
「あぁ。仕方ないのう……」
フェターリアはため息をつく。
トレイルはそれを見て、やれやれと言いたげな表情をする。
「これを整理しておけば、ガンド様も仕事しやすくなります。頑張りましょう、フェターリアさん」
「……クク。あれだけ私の事を毛嫌いしておったくせに……。人とは変わるものじゃの」
「……あなたこそ、随分とお変わりになられたようで?」
「ふふ……。そうじゃな」
突然、呼び鈴の音が鳴った。
誰かが拠点にやってきたようだ。
「……誰でしょうか。まだ拠点が決まったばかりだというのに」
「依頼するため……では無さそうじゃな」
2人はすぐに玄関へ行き、顔を見合わせた後、大きな扉を慎重に開ける。
「……なっ!?」
「……あっ……あなたは……」
扉を開けた先にいたのは、フェルバーであった。
「……貴様らはこの"ギルド"のメンバーか」
「……はい」
「なんじゃ……? 王族が何の要件があって、こんなできたばっかりのギルドに……!」
「第二皇女フェルバーがここに宣言する。この"ギルド"はこれより、我直属のギルドとして"永久契約"を正式に結ぶ!!」
「「はぁ!?」」
フェターリアとトレイルは、2人同時に驚きの声を上げる。無理もない。
「い、いきなりすぎないか?」
「……あやつの承諾無しで決めるつもりか……!!」
「既に彼奴から"服従の印"は受け取っておる。……この契約をすれば我は他のギルドには依頼出来んのだぞ。勝手に結ぶわけがなかろう」
「一晩考え込んで、ようやく出した結論だ。……まさか、ギルドマスターの決定無しに断りはせぬな?」
「……"服従の印"を、ガンドが? あやつ、そんな事は知らんはず……」
「……しかし、フェルバー様がおっしゃるのなら、正しいのでしょう。実際、ガンド様が仕えたいと思っていらっしゃる可能性もなくはありません。……ここは従うべきですね」
「……っ……」
「……話はここまでだ。ガンドが戻り、書類整理を終えた後……我の元へ来るように伝達しておけ。最初の任務を言い渡す」
「……承知しました」
「……わかった」
2人は逆らえるわけもなく、順応した。
強者であるフェターリアとトレイルを従えてしまうほど、フェルバーのオーラは凄まじいという事なのだろう。
「では、失礼する」
こうして、フェルバーは嵐のように過ぎ去っていった。
「……アレが、噂の第二皇女……か。とんでもない異能じゃのう。順応せざるをえんかった」
「ええ。途中から完全に術中にハマってしまったようで。……とんでもない人だ……」
2人は、ひとまず嵐が去った事に安堵しつつ……次の不安に頭を抱えるのだった。
「……今日の練習も辛かったなー……」
練習が終わり、飯を食べて後は寝るだけ。
綺麗な満月の見えるそんな夜に、俺は1人で街に出かけている。
今暇な時に、街を見て回ろうと思ったのだ。忙しくなれば、あまり出歩けないだろうからな。
今はどうやら季節的には春頃らしい。夜は少し肌寒く、厚着をする程ではないが油断をすると風邪を引きそうだ。
だからなのか、俺が歩いている前を歩く小柄な男の人は、パーカーを着ていた。
「よぉ、兄ちゃん」
不意に、その人が話しかけてきた。
「なんですか?」
「今日は冷えるだろ。早く帰って寝た方が身の為だぜ?」
「……いえ。今日はもう少し歩きます。明日から忙しいので」
「……ふ〜ん?」
「……俺、明日から正式なギルドマスターになるんです。だから仕事が……ね」
「……な〜るほど。ギルドマスター……ねぇ」
「そいつぁ、ちょうどいい」
その時、急に前方から俺に対してビームが飛んできた。しかも街中でぶっ放すには明らかにオーバーパワーなビームが。
「……なぁっ!?」
俺は咄嗟に避けた。
ビームの通った部分の道が抉れている。当たっていれば間違いなく即死だっただろう。
撃ったのは誰か?
それはもう、わかっている。そうとしか考えられない。どう考えても、前にいた小柄の男だ。
「兄ちゃん。ちょいと付き合ってくれや」
「……俺の異能の肩慣らしに、さ」
パーカーの男が振り向いた。男は水色ショートヘアで、子供のような見た目をしているが、立ち振る舞いから只者でないオーラが漂っている。
見ればわかる。異能の力だけで判断できない強さがある。
(……よくよく考えてみると、俺の前を歩いている時、ずっと一定の間合いを取って歩いていた。……この人、強い人だ)
「……望む所です。あなたのその力も、見てみたい!」
「……良いねぇ。ただし、火傷すんじゃねえぞ? ちゃんと加減してやっからよ」
こうして、闇夜でやるにはあまりにも派手な戦いが始まった。