ギルド作成記 その④
吸血鬼の語源であるヴァンパイアが使われるようになったのは実に18世紀ごろの事だと言われている。
当時から吸血鬼は、「血を吸う化け物であり、日光や十字架が弱点」とされてきた。
しかしこれらは書面や噂、伝記でのみ語られる情報であり、本当に血を吸いエネルギーとする人間のような生物が現れた時、それらの弱点が日光であるとは限らないのである!
そして─────────この世界において血を吸う種族である吸血種は、吸血種たる故の弱点などもたない種族なのである!!
「……光の前では、手も足も出ないようじゃなぁ……!?」
フェターリアはゆっくりと立ち上がり、決意のこもった目でトレイルを睨む。
トレイルはその気迫に一瞬怯む。
(……流石に、そう簡単には行きませんよね)
トレイルはゆっくり息を吸い込み、リラックスしながら静かに息を吐く。
フェターリアは依然睨んだまま、その場に留まっている。
2人の間に、静かながらに緊迫した空気が流れている。これから、命の取り合いが行われる事を示しているかのような、そんな空気が。
先に動いたのはトレイルだ。影で形取られた触手がトレイルの背後から無数に現れ、フェターリアに攻撃するために伸びていく。
フェターリアは指を噛んで血を出す。血は弧を描きながら背中の傷から出血した血を取り込み、肥大化し、球体となる。
「"吸血球体"」
そして、球体から触手が伸びて、影の触手の攻撃を受け流し、対応する。
「さっきまでの勢いはどうした?」
「……ちっ」
フェターリアは飛び上がり、両側の建物の壁を相互に蹴って飛び上がっていく。球体も影の触手に応戦しつつフェターリアについていく。
「くっ!」
「残念じゃったなぁ! もう少し気を配っておれば、貴様ならこんなイレギュラーにも対応できたであろうに!」
「……待てッ!!」
そのまま昇り、左側の建物の屋根へ飛び移ると、フェターリアは周りをよく見回して敵がいない事を確認し、屋根伝いに建物から建物へと飛び移りながら移動していく。
(さて……これであやつは追ってこれぬじゃろう。……このままガンドと合流して……)
(……いや、ダメじゃ。妾がガンドの側にいる限り、奴は攻撃を続けるじゃろう。ガンドを巻き込むわけにはいかん。これは妾の問題なのじゃ)
フェターリアは立ち止まり、移動してきた方向を見る。
「……倒さねばならぬ。倒して証明せねばならぬ。妾が本気である事を」
フェターリアは屋根から飛び降りる。ゆっくりと降下し、スッ……と静かに着地する。
周りを見回してから、その路地を出て街に出る。そして影を避けつつ街中を走り、トレイルのいる方向へ向かっていく。
(どこじゃ……どこにいる?)
歩きながら周りを注意深く観察する。
(考えられる可能性は2つしかない。妾を追っているが追いつけていないという可能性1つ。もう1つは既に妾のいるここへ辿り着き、潜伏している、という可能性)
(……油断すればやられかねん)
「……お探しですか?」
不意に、後ろの影から声がする。
フェターリアは後方に下がってその影から距離を取る。
その影の中に、トレイルがいた。
「……やはり来おったか」
「ふふふ……」
トレイルが地面に沈み始める。
「!?」
「……影は、私の領域なのです」
沈みゆくトレイルはそう言って笑う。
「……影の中を移動出来るのか!?」
フェターリアは影に逃げるトレイルを攻撃しようとしたが、既にトレイルは影の中に沈み込んで見えなくなっていた。
「……逃げたか、それとも隠れているか……どちらにせよ、このままでは妾が勝てる可能性は0に近いのは確かじゃな」
「影の中を移動出来るという事は……本気の勝負をした場合、あやつを捉え攻撃を命中させるのは極めて難しい。いや、不可能に近いじゃろう。当たる前に沈んで避ければ良いわけじゃからな」
「しかも、ここは街中。影を減らそうにも建物が多すぎるし、破壊も出来ぬ。……これは参ったのう」
(……雌雄は決しました)
トレイルは影の中に潜んでいる。トレイル側からは、うっすらと外の光景が映し出されており、フェターリアがトレイルを警戒して辺りを見回しつつその場にとどまっているのが見えている。
(このまま時が経つのを待てば、夜になります。そうすれば影はわかりづらくなり、私の移動範囲は増大する。……私の勝利です)
(ゾウを利用する方法もあるでしょうが……そちらは既に異能で処分済み。不慮の事故という事にしておけば、後々騒ぎになるようなこともないでしょう)
(……貴女のような人間に、彼を任せるわけにはいかない。確実に、ここで仕留めさせていただきます)
「……さて、今頃勝ち誇っておる頃じゃろうが……ここで1つ残念なお知らせじゃ、トレイル」
(……?)
フェターリアは、勝利を確信した顔で、トレイルのいる影がある右を見て、笑った。
「お主も流石に策士じゃな。いくら呼んでもゾウが来ないのは、お主が始末したからじゃろう」
「……じゃが、それでは詰めが甘すぎるのではないか?」
(……一体何を言っている? この状況で、勝つ術があるとでも?)
「しかし妾は見つけたぞ。その影からお主を引き摺り出す方法を!!」
フェターリアは、足を強く踏み込み、全速力で走り出した。
(……なっ!? 走り出した!? 影の多いこの街中を、何の警戒もせず……!?)
(……ふ、踏んでいる!!)
フェターリアは走る途中、影を何回も踏む。そこらにトレイルが潜んでいる可能性を全く考慮せず、遠慮なく踏みしだいて、ある場所に辿り着こうとしているのだ。
(……まさか、街の外へ向かっているのかっ!? ……逃げるのか、フェターリア!!)
(ダメだッ! それだけはッ!! ここで奴を逃してはならない!!!)
トレイルは影の中を進み、影から影へと飛び移り、走るフェターリアを追いかける。チェイスの始まりだ。
焦るトレイルは影から触手を伸ばしてフェターリアを攻撃するが、フェターリアについてまわる血の球体が触手を伸ばしてそれを止める。
(くっ……この程度では止めるのも無理か)
(ならば……やはり全力で追うしかないのか……!)
チェイス真っ最中の彼女らをよそに、太陽は沈み始め、人々は家へと帰っていく。
人通りが少なくなった夕暮れ時の街を、2人は全速力で走っていった。
やがて疲れたのか、フェターリアが立ち止まった。立ち止まった場所は、何もない広場の真ん中であった。
「……ハァ……ハァ……」
息を切らし、汗を流している。
(……止まった!! 今だっ!!)
トレイルは止まったフェターリアの影に飛び移り、背後から攻撃を仕掛ける──────!
「……空を見よ。トレイル」
「……!??」
「夕日とは綺麗なものじゃ。朝のように輝きすぎず、夜のように暗すぎない。そして何より1日の短い時間にしか拝めぬという儚さ」
「……妾は、ああいうちょうど良さがとても好きじゃ」
「……何の……話だ!!」
影から触手が伸びる。しかし血の触手がそれに絡みついて動きを止める。トレイルは舌打ちをしたのち、次の攻撃を行うために腕を動かそうとするが……
「……はっ!? こっ、これはっ!!」
動きは既に止められていた。トレイルは血の球体が伸ばした触手で四肢を捕まえられ、拘束されていた。
「……貴様、いつの間にッ!!」
「……くどいぞ、トレイルよ。もう決着はついておるのだからなぁ」
「この広場には何もない。そしてこの時間帯、ちょうどここに人はいない。つまり───────ここに影は妾の物しかない」
「……!!」
「普通、広場には噴水などがあるが……お主ならそれくらい事前にリサーチ出来たであろうに」
「……残念じゃな」
血の触手が、トレイルの足を貫いた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「……あ、あなたは……本気で……彼……を……」
トレイルは足をつき、その場に倒れ込んだ。
フェターリアも膝をついた。
「止め……刺さないん……ですか……?」
「……本来ならそうしたい所じゃが……そんな体力残っとらんわ」
「……そう……ですか……」
(……お主が、チェイスに乗ってくるかどうかは賭けじゃった。……あそこでお主が動かなければ妾の負けじゃった)
(……お主も、本気であやつを心配してくれたのじゃろう……)
(……ありがとう)
フェターリアはその場に倒れ込んだ。
一口異能紹介
名前:フェターリア
異能名:ヴァンプオブハート
(血を吸った相手を魅了し、操る)