焔の誓い その3
途方もないくらい広い世界。
地平線の向こうには、きっと無限に野原が続いているのだろう。
駆けて行ってしまいたい。
そう思わせるほど綺麗な世界。
だが……それを千明さんに伝えてしまったら最後。
恐らく、もう2度と戻ってはこれないだろう。
「……それはダメだ」
仲間や門下生……ローズやガンドの事を考えると、失うもの、会えなくなってしまう者が多すぎる。
それは千明さんも同じだ。
それでもこんな事をやった。
この人は、本気で俺のことが好きなんだ。
「……この力の正体はきっと、"神域解放"だ」
"神域"
この冠名がつく異能は全て、常人には理解できない挙動をする。概念すらも破壊してしまうほどの、強大で異常な力だ。
千明さんの持つ異能は"サルタヒコ"という名を持つ。
神の名を冠する異能らしく、その異能の力は"解析治癒"というとんでもない物だ。病や傷を解析し、治してしまう。
……そう、そのはずだ。
「……千明さん、貴女の異能は"解析治癒"のはずです。この力、どうやって……」
「わからないよ」
「は!?」
スパッと、わからないとだけ言った千明さんの表情は真剣だった。
「でも、1つだけわかる。この力は君への想いで手に入れた力なんだ」
「……君を手に入れるための力……」
そう言った瞬間、奥の景色が揺らいで、地平線の向こうに海が見えるようになる。
「……私、世界の色んな所を見て回りたいんだ。君と一緒に」
「……」
「戦争も、ギルドも……何もかも忘れてさ」
「でも、夢を叶えるどころか、君は私の事に全く気付いてくれない。実家に呼んでも、同棲しようと言っても、実際に一緒に住んでも」
……そういや俺だけ呼ばれた事あったな?
なんでかわからなかったが、いつもの事だと気にしなかった……。それがまずかったか。
よくよく考えてみれば、あれもこれも……なんだか、意味があったように思えてきたな。
俺は、千明さんとちゃんと向き合えていないのか。
「……俺は何も気付けていなかった……」
自分の鈍感さを痛感する。
正直、わかりやすい物も多少あっただろう。なのに俺は気付けなかった。
これは俺の責任だ。
「……やっちまったなぁ」
とにかく、脱出する方法を考えつつ、千明さんがどうして欲しいのかを聞き出すか。
まぁ大体見当はついてる。というかほぼ確定だろう。千明さんは、俺と一緒にいたい。それだけだ。
「……アンブラ・タクリティス……いや、"影塚壱龍"君。この期に及んで、脱出するだなんて言わないよね?」
「……っ」
考えを読まれているか。
まぁ、普通はそうか……。ここはおとなしく従っておいた方が、身のためか。
「……ふ〜ん。自分の方が大事なんだね」
「!?」
……ちょっと待て。
なんか……いや流石にそんなわけ……
「あると思うよ」
……………………!!?
(思考を読まれているっ……!?)
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「……お姉様」
ローズは、自分の部屋を出た後、マイルのいる王の間へ向かっていた。
「お? ローズじゃないか! どうしたのだ?」
「……千明さんがね、お兄様と2人きりでお話ししたいって言うから……。暫くここに居ていいかな?」
「なにっ!? 千明とアンブラが……? アンブラはお前の事が好きなのではないのかー!?」
「んえっ!? なんでそうなっ……」
「……いや、待てよ。……なぁーるほど、そういう事か! それなら納得がいくな!」
「……ふぇ?」
「いいかローズ。ゴニョゴニョ……」
「………………ふぇぇ!!!?」
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「あー」
少し息を吐いた後、空を見ながら変な声を出す。
「……何?」
「隠してもしょうがないって事だよなぁ、これは」
薄々感じていた。
千明さんに対する、ほんのり熱い小さな想い。
いくつも蓄積して、いつからか苦しくなっていた物。
これだけは手放してはならないと思い、それと同時に手放したいほど苦しく感じていた想い。
なんとなくこの人は掴めなくて、そのままどっかに行ってしまうんだろうと思って隠していた、そんな想い。
でも、こうして2人でいるうちに、どんどんバレてしまうのなら。そんな力を彼女が持ってしまったのなら。
隠していたって仕方がないよな?
「……千明さん。正直なんでその力が芽生えたのかはわからないけど、要は全てお見通しなんだよな? その……思考を読み取るその力で」
「……そうだけど」
スルーできたわけじゃない。
俺は俺なりに期待しつつ、抑えてたんだ。
たまたま旅館で同室になった事があった。
彼女は、無防備な格好ですぐに眠ってしまった。
きっと狸寝入りだったのだろう。
俺が上から覆い被さろう物なら、そのまま食われていたに違いない。
「……試してみるか」
俺は、千明さんを前に、構えを取る。
千明さんは、戸惑いながら、俺の構えに応じて身構える。
俺は素早く接近して、流れるように足や腰にチョップをかまして、千明さんの体制を崩し……
「きゃっ!!」
千明さんを押し倒した。
「……ハァ……ハァ……」
「……油断しちゃった。でも……っ!?」
千明さんは驚いている。
そりゃそう。まさか、俺に力負けするとは彼女は思っていない。
……鍛錬を積んできた証拠でもあるが、1番の理由は、このフィールドを展開した時点でだいぶエネルギーを持っていかれているであろう事。まぁ、推測でしかないが。
「……あはは。ここで終わりかぁ。煮るなり焼くなり好きにしなよ。……あはは」
千明さんは笑いながら、少し泣いている。
「……すいません、違うんです。ここから脱出したくて組み伏せたんじゃないんですよ。……千明さん」
「……ふぇ??」
大きく息を吸って、それをゆっくりと吐き出しながら……
「……好きです。ずっと前から、心から」
その、たった一言を。
言いたくて言えなかった事を、口にした。




