「じれったい」
フォリという男の申し出を受けた翌日、病み上がりとはいえ多少動けるようになった俺は、三味さんとの修行を再開する事となった。
まぁ元からその予定ではあったが。
ただ、修行が再開したと言っても、相変わらずその内容はとても基礎的な物だった。朝から晩まで腕立て伏せやランニングをやらされた。
(いつまでこの修行を続けりゃ良いんだ……?)
と、当然の疑問が浮かんでくるが、まだ耐えねばならんのだと思って耐える。
きっと何か考えがあるはずだ。
……何か。
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「はい! 今日はここまで。お風呂に入って、ゆっくり休んでください」
そう告げられたのは19時ごろだった。
「……本当にこんなんで強くなるんですか?」
「ええ、もちろん」
三味さんはニッコリ笑ってそう言う。
なんだかその笑顔を見ていると安心してしまいそうだ……。
この山奥の道場は、とても広い。
もちろん浴場も大層広くて、ゆったり休むにはちょうど良い場所である。
「……ぶぁ〜〜〜」
湯船にゆっくり浸かる。
身体が芯まで温まるような感覚だ。とても気持ちがいい。
「ほんと、身体を動かした後の風呂は気持ちが良いなぁ……」
あ〜〜〜、ポカポカする。
「……それにしても……あの修行、本当に意味あるんだろうか」
正直本格的な修行とは思えない。
何度も何度も、ランニングや腕立て伏せなどの基本トレーニングを繰り返している。
まぁ、本来なら数日やったくらいで何を言ってるんだという話ではあるが……今は状況が状況だ。
破砕の幹部から勝負を挑まれているのだ。ここは、緊急でトレーニングをやるべきなのではないだろうか。
「……くそっ!」
……じれったいなぁ。
「……エオリカに頼んで、空いた時間で色々教えてもらおうかね……それくらいしないと……」
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「……"破砕"幹部、フォリ。元々は"五十の辻"のメンバーであり、裏切りの末破砕に入った」
「……因縁があるのですね?」
「……まぁ、仲は良かったからね。でも、だからと言って今は関係ないわ。……ただ、ここへ来るという情報が入ったから、ケジメをつけておきたいなと思って」
「……協力しましょうか?」
「良いわ。私1人でもどうにかなる相手ではあるから」
「なら、良いのですが」
「……フォリの奴が、ガンドと接触する可能性があるから……その場合は、ちゃんと連絡するわ」
「わかりました」
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物思いに耽っていたら、のぼせてしまいそうだったので、さっさと出る事にした。
更衣室に戻り、タオルで身体を拭き、服を着替えようとして……
「……………………あ"?」
──────────青い稲妻の走った黒いシャツを、今まさに脱ごうとしている、白髪の女の子と目があった。
「……すっ、すみません!」
ロッカーの中の物を持って、急いで別の場所に移ろうとする。
「……あ〜……気にせんでええよ。この時間、ここ混浴やし。仕方あらへん」
「いや気にしますよ!!」
タオルで身体を隠しつつ、そう言った。
急いで服を着替えて……
「失礼しましたっ!」
急いで出た。
「ちょっ! ……あー、もうちっと話したかったんやけどなぁ。場所が悪かったか」
「……にしても、三味さんおもろい子連れてきたなぁ」
「……後でもう一回会うてみるか」
走りながら考える。
……服を脱ごうとしたあの人の脇に、ペットボトルが浮かんでいた事について。
「……完全な物理法則無視の力……いや、違う。アレはそういう物じゃない」
「……浮いてた。操られているような状態でも無かった。"無重力"なんじゃないだろうか」
……この場所にはイかれた異能力ばかり集まるのだろうか??
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部屋に戻り、ベッドにダイブする。
「……ふぁ〜〜〜」
修行の事とか、色々考えたいところではあるが、今日はもう遅い。
……明日、エオリカに頼んでみよう。このままじゃ、ダメだと思うし。
そのまま寝る準備をしようと、ベッドから起き上がったのとほぼ同時に、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
『おーい、おるかー? ちょっと話したいんやけど、ええかな』
………………さっきの人だ。
「……入ってきて良いですよ」
ガチャリ、と扉を開けて、さっきの女性が入ってくる。
「……なんや鍵開けとんのか。不用心やなぁ」
そう言いつつ扉を閉めて鍵をかけた。
「……ま、気ぃつけや。さて……この椅子借りるで〜」
彼女脇に置いてあるパイプ椅子を取って、ベッドの前に持ってきて、座った。
「……自己紹介がまだやったな。うちは眞白雷羅。よろしくな」
「ガンドです。まぁ、その感じだと知っているとは思いますが。よろしくお願いします」
頭を下げようとして、途中でデコに雷羅さんの手が当たって止まる。
「頭下げんでええよ。うちは師範とかそないなもんやないし。ただ、三味さんの弟子では強い方っちゅーだけや」
「……なるほど」
……そういう事か。
しかし……三味さんといい……なんでこうも……ううむ。
「……今、この道場の女は身長が低いのが基本なのか、とか考えたやろ」
「!! ……いやいや、そんなことは」
「あー、ええよ別に。身体低いんは事実やし。……までも本人の前であんまそないな事考えんなや。顔に出とったで」
「は、はい……」
「で、話ってなんすか」
「……あー、うん。ガンド、アンタは今修行をしとるわけやけど、基本ばっかでしんどいとか、そろそろ考えとらんか?」
「……あー。しんどい、はないですけど、じれったい感じはします」
「そうか。まぁ、せやろなぁ。うんうん」
雷羅さんは強く頷いてみせる。
「……アンタ最近、異能使うとるか?」
「え? ……いや、最近は」
「ちょっとやってみ」
……と言われたのでやってみる。
いつものようにイメージして、エネルギーを循環させて……
すると。
すごい爆音と共に、まるで豪風が吹き荒れて、部屋の物が散乱した。
「……な、なんだこれ」
「やっぱりなぁ。強化されてるやろなとは思っててん。しっかし危なかったわ、危うく服剥ぎ取られる所や」
ケラケラ笑う雷羅さんは、宙に浮いていた。
「……もしかして雷羅さんは重力使いか何かなのでしょうか……」
「あ? あぁ、せやで!」
「……すごいっすね」
「アンタの異能の方が強いと思うで。今の感じやとな」
「……どうしてこんな力が……」
「アンタが修行してたからや」
「……え?」
「異能の力……異能のエネルギーの本流は、人間が持つ物理的な力や精神的な強さに影響する。基本的な事をめげずにやり続ける事が1番の近道なんや」
雷羅さんは着地したのち、シャツを捲って腹筋を見せてきた。
どこかの7番もびっくりのバキバキ度である。女の人の腹筋とは思えない。
「だからこんな風に、ここの連中は皆鍛えとるねん」
「……おお……」
「アンタも、ここまではなくとも、前よりかなり筋肉がついとるはずやで。わからんかったか?」
「いや、確かについてるとは思ってましたけど……それが異能に直結するとは」
「……せやな。普通やったらわからんやろ。あの人深い所までは説明せんしな。自分でやったらわかるやろ思うとったんやね」
「ま、そういう事やから頑張ってな。……絶対負けんなよ」
「はい。もちろん!」
実感できると凄まじくやる気が出てくる物で、俺はその後修行により打ち込むようになった。
近づいてくる、約束の日に向けて……!




