ギルド作成記 その③
俺が放った風の矢は、マネキンの頭部分を貫き、そのまま突き抜けて床に突き刺さった。
道場の人達から「おおっ」という声と共に拍手が送られる。ちょっぴり嬉しい。
「……出来たな、ガンド」
「おう」
「だが……実戦だと使い所を見極めないと、弓引いてる間に攻撃されかねないからな。気をつけろ」
「……それはそうだな……。まぁ、力のイメージは掴めたみたいだし、実戦ではもうちょっと違う戦い方をしてみるよ」
「それが良いと思う」
「……さて、力の出し用もわかった事だし……俺はギルドの仕事もあるから一旦……」
「ダメだよ、ガンド君」
何者かに肩を掴まれた。慌てて離れようとしたが、凄まじい力に抑えられて身動きが取れない。
「無駄だよ〜。私の握力から逃れようだなんて、不可能な話だよ」
「……あ、あんたは……」
「アタシの名前は千明梅花。よろしくね!」
「……よろしく……」
「トレイルから伝言があってね。君は1週間ここで修行していく事になる」
「……トレイル、から?」
「……師範、その伝言はいつ……?」
「教えなーい」
「ちょっと……!」
「君は黙ってて。今はガンド君に話してるんだよ」
「俺が修行する事は、フェターリアは知ってるのか?」
「知らないよ。でも、もうすぐ知る事になるだろうね」
「……そうか。なら良い」
「へ〜? 良いんだ」
「ああ。早速取り掛かろうじゃないか」
「……本当に良いの?」
「……」
「俺は、まだ初歩的な事しか知らないんだ」
「他は何も知らない。この世界の事、この世界に住む人間の事……そして、俺がなぜここへ来たのかも」
「だが、人間には等しく世界に生きている"意味"が存在する。俺はそれを追わなければならないと思っている」
「……そのためにも、強くなる事は重要だ。今は特に、何よりも優先されるべき事だ」
「……オーケー。その心意気や良し、だね」
かくして、俺は千明さんの元で、1週間という若干短い期間ではあるが、修行をする事になった。
しかし俺は忘れていたのだった。
……ギルドについて、設立時にすべき事と考えられる様々な物を、微塵も進めていない事を……。
一方その頃、フェターリアはギルドの"拠点"を作るため、不動産を回っていた。この世界にも、やはり不動産会社は存在するようだ。
「──────この住所も、先約がおるのか?」
「ええ。最近になってこの街も人が増えてきてますから。今の時期ですとどこも空いておりませんのです」
「……困ったのう」
「こちらの住所などは空いておりますが……正直、お勧めできる物ではございません」
「うーむ……わかった。それならば他を当たるとしよう」
「ご期待に添えず申し訳ございません」
「仕方あるまいよ」
(しかし、これで5軒目か)
(……うーむ。中々見つからんなぁ。3軒目を回った辺りで、よくわからんゾウとかいう生き物のショーで時間を潰していたのが原因か……?)
フェターリアの物件探しは困難を極めていた。5軒目と言っているが、全て限界まで粘っており、相当時間を費やしている。
休憩したくなるのも無理はないだろう。
(あやつは今頃、力の使い方を学んでおる頃だろうが……紹介したのがトレイルの奴である事を考えると、少し心配じゃなぁ……)
(……まぁ、あやつのあの度胸然り、妾の異能が効かなかった得意な体質然り……。妾が心配する事もないほどの"何か"があやつにはある。気にする必要もあるまい……)
そんな事を考えながら、フェターリアは次の不動産屋を探して街を歩いていた。
────────不意に、フェターリアは何事もなく通り過ぎた路地裏から、何か悪寒を感じた。
フェターリアは路地裏の入り口の左の建物の壁に背中をつけて隠れ、路地裏の様子を伺う。
路地裏には何もいないように見える。
(……杞憂じゃったか?)
念の為、何もない事を確認するために路地裏に入り、おそるおそる進んでいく。
一見何の変哲もない路地裏であり、普通に現世にもありそうな場所だが、どこか異質な雰囲気を漂わせている。
(……この引き込まれるような感覚。何かがいたのは確かのようじゃな)
「……貴女からは、身を隠すのは難しいようですね」
フェターリアの背後から声がした。
振り返ろうとするフェターリアだったが、既に一手遅れていた。既に、フェターリアは足を取られていた。
彼女の"異能"に。
「あがっ!?」
フェターリアは転倒し、全身を床に打ちつけた。その衝撃で鼻血を出している。
「くっ……油断した! しかし!」
フェターリアは鼻血を手で拭い、起き上がって素早く後退する。そして相手を確認しつつ、拭った鼻血を使い血の弾丸を作り、相手をブチ抜くために構える。
……フェターリアは相手の顔を確認すると、舌打ちをした。
フェターリアの前に現れたのは、トレイルだった。
「……貴様、どこまで妾の邪魔をすれば気が済むのじゃ!?」
「…いつもなら、ここまでは致しません。しかし、今回のケースでは、貴女が彼を利用しているのは明白。そういうのは……私達ギルド案内所の立場としては放ってはおけないんですよねェ……」
「……利用じゃと!? あの小僧が利用されているように見えるか!? あの小僧は、自分で選んで妾についてきておる! それは明白じゃっ!!」
「……問答無用。仮にそれが真実だとしても、それを裏付ける証拠がない限り」
トレイルの体に、黒くて禍々しいオーラのような物がまとわりついている。
「私は貴女を断罪します」
「……」
「……ハッ。相変わらず悪趣味な異能よな、トレイルよ」
フェターリアが作り出していた血の弾丸が、フェターリアの指の上で分裂し、無数のとても細い針になる。それらは空中に浮かぶと、散らばりながらトレイルの頭上に移動する。最終的に静止したそれは──────
「"吸血種秘術・ブラッディネットワーク"!」
──────フェターリアのそのセリフが鳴り響くと、堰を切ったように一斉に降り注ぎ始めた。しかも、針は曲線を描き、前方や後方からもトレイルを襲う。
「どうじゃ! 貴様がどこへ逃げてもどこを防御しても無駄なように、全ての方位から攻撃する血の針じゃ! いくら貴様の異能が"防御術"を持っておっても、この針を全て通さず、完全に防御するなど不可能じゃ! くらぇっ!」
しかし。フェターリアの読みは甘かったようだ。フェターリアの針は……全て、トレイルが纏うオーラが触手になって、防いでしまっている。
「……なんじゃと……!」
「……愚かなり、吸血種。まさか私の異能が、機動性を備えていないとでも思ったのですか?」
「……しかし、貴女の吸血種の力は強大な物。まだまだ美術も隠し持っているでしょうし……ここは油断せず、さっさと終わらせてしまいましょう」
「……ハッ! しまっ……!」
トレイルのオーラからなる触手は、防いだ針を捕まえていた。
そして、触手はその針を取り込み、自らの形を変質させ、無数の針が表面にびっしりついた巨大な拳となった。
「……それでは」
拳は、フェターリアを攻撃する。フェターリアは左に逸れてギリギリ避けたが……
「そうくると思いましたよ」
拳はフェターリアの避けた左の方向に曲がる。それは避けたフェターリアの、背中にちょうど当たる位置だった。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」
無数の血の針が、フェターリアに突き刺さる。
「……貴女の負けです。さようなら」
血の針は拳が押されるにつれて背中にズブズブと刺さっていく──────。
(こ、このままではまずいっ! ……トレイルめ、このまま針を食い込ませて背中全体に穴を開ける気じゃ……。そうなったら出血多量で確実に死ぬ!!)
(吸血種が……出血多量で死ぬなど……あってはならんッ!!)
(それに……妾は、あやつに教えねばならん事があるっ! あやつは見込みのある奴じゃ……こんな所で手放したくはないッ!!)
フェターリアは路地裏の奥まで既に追い詰められていた。背後は壁で、逃げ場はない。
しかし、フェターリアの奥底にある決意が、彼女のある記憶を呼び覚ました!!
「……"ヴァンプ・オブ・ハート"……! ぐっ……。妾に血を吸われた物は等しく妾に従う事になる……」
フェターリアの背後の壁が崩落する。
赤い目のゾウが、崩落した壁の奥に佇んでいる。
壁が崩落するというのは……つまり、背後の建物が破壊されたという事だ。そうすると、路地裏にはあまりない物が、それによって出現する事になる。
光だ。光が差し込んでいる。
「……ッ!?」
「……トレイルよ。貴様の異能は影の力。光には弱いのではないか?」
フェターリアの言葉通り、トレイルの影の拳は光に照らされ、雄叫びを上げながら消えていった。
「……確かにそうかもしれませんね。しかし……そのゾウ、一体どこで……!?」
「……ちょっとした縁があってのう。血を頂いたんじゃ。それはそれは健康的で美味じゃった。大切にされておるようじゃから、取られたことすら気付かぬような量をもらったのじゃが……、それがこうして良い結果を生み出すとはの」
フェターリアの背中に刺さっていた無数の針が、背中から抜け、フェターリアの前方に集まり、銃弾へと戻っていく。
フェターリアはそれを指で掴み、ギリギリと力を込め……弾いた。
弾かれた弾丸は、ピストルと同じ速度で飛んでいき、トレイルの肩に命中した。
「あぐっ!!」
トレイルはその場にへたり込んだ。
「……さぁ。今度はこちらの番じゃよ、トレイル」
一口異能紹介
名前:トレイル
異能名:ライク・ア・ドリーミング・シャドウ
影と闇の力を操る。
影は様々な方向に伸ばしたり、無数の触手や傘に変化させる事ができる。かなり硬い。