閑話休題 断簡零墨のシンギュラリティ
白銀楼での活動を始めた……すなわち「五十の辻」に加入する事を決めた、あの日。
既にアレから1週間が経過している。
あの怪物化事件後行われた、工藤陽平主催の「ヤミノミコン」ギルド交流戦……。俺は「五十の辻」として参加し、準決勝で工藤工房の社員さんにあっさり完封負けした。「環境外からの刺客」にやられたのである。
まぁこの交流戦も色々あったのだが……その話は今はしないでおこう。
「……それにしても」
暇だな、と思う。
1週間、何も無かったかのように、平和な日々が続いている。
もちろん何も無かったわけがない。帝国には帰れず、アジトが変わり、「神剣城」という1つのギルドは、「五十の辻」内の勢力の1つになったのである。
……それに。
「おはよ!!」
……1人、何故かうちの勢力に入ってくれた子がいる。そう、瞳である。
初対面の時からコロコロ印象が変わっていたが……今の姿が彼女の本来の姿なのだと思う。初めて会った時は多分仕事モードで、ある程度気が抜けていくうちに変わってきたのだ。
しかし、元気だな。今朝の7時だぞ。この時間は俺でも多少眠いってのに……
「……おはよう」
「もう皆起きてるよ」
「あぁ。……わかった、今行くよ……」
「んふふ」
瞳は無邪気に笑って、とてとて歩いて部屋を出て行った。
窓を開ける。
目覚めにはちょうど良い、心地よくて美味しい風が入ってくる。
正直めちゃくちゃ楽しい生活をさせてもらっていると思う。仕事はもちろん大変だけれど、それ以外の部分が充実している。
エルファニア王国はオタク趣味も盛んだしな……!
「……いやぁ、愉快愉快……」
機嫌良く、ステップを踏むように歩きながら、俺は階段を降りて茶の間へと向かっていた。
茶の間へ続く廊下に差し掛かった時。
……どこかで、"似たような景色"を見たような記憶を思い出した。
所謂デジャヴという奴だろうか。
「……気のせい、だよな」
茶の間の戸を開けると、いつもの4人が食卓を囲んで俺を待っている。……普通の男なら美女4人が待っているなんて光景、良い意味で発狂もんだが、長い付き合いだから、俺にとってはもう普通の光景である。最初の頃は、割と頬を叩いてみたりしたもんだが……。
「……何を考えているんだか」
皆、もう家族みたいなもの。
当たり前になっていくのは当然だろう。
むしろ、平和であり、良い兆候だと思うし。
俺は入り口手前の座敷に座る。
朝ご飯は、普通の目玉焼きとトーストである。だがこういうのが良いんだ。
あまり腹に溜まりすぎないし、たんぱく質も摂れる。素晴らしい。
「いただきます」
その挨拶と共に、食事を始めた。
あ、ちなみに。
こっちの世界でも、"いただきます"は浸透している。何故かは知らないが良い事だ。
というか、元の世界と大差ないこの世界では、そういうのが浸透していてもあまり気にしない方が良いだろう。
すっかり仲良くなった皆の団欒を眺めながらの食事は、なんだか安心する。きっと今の俺は凄くニコニコしている事だろう。無意識に口角が上がっているのが自分でもよくわかる。
時々相槌を打ったり、会話したりしながら、食事を終える。片付けを手伝おうと食器に手を掛けると、
「良いよ。私たちでやるから」
と、瞳が手を重ねてきた。
「あっ」
「……そ、そうか。わかった」
慌てて手を離す。
ちょっとドキッとした。
「……ん?」
アレ。
なんだろうか。
……こういう事が前にもあったような気がする?
おかしい。何かがおかしい。
偶然手が重ねる、なんてのはよくある事だが。
今日このタイミングで手を重ねた事を、"前に体験した"記憶は無いはず。
……これは……一体……
………………なんだか………………考えていたら………………眠く………………z。
"ちょっと!? ガンド!! …………寝てる?"
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『思い出したかい?』
まただ。
以前と同じ少女の声。
……ただ違っていたのは。今回は水の中じゃなく、地に足をつけているという事。
荒野の中に、1人佇んでいるようだ……。
「……何を?」
『……いや、聞かなくてもわかる。少しは思い出せたみたいだね』
「……さっきのデジャヴの事か?」
『……さぁね』
やがて、霧が立ち始める。
そして霧の中から、1人の少女……?が現れる
疑問符がついた理由は一つ。
現れて近づいてきたその少女は、シルエットだけしか無い、実体があるのかもわからない"ナニカ"だったのだ。
「……君は何者なんだ?」
『……私の事などどうでも良いさ。今は自分の事に集中したまえ。私は君に、導きを与えるだけなのだから』
「……導き、とは?」
何故だろう。そのシルエットだけの少女が今、一瞬笑ったような気がした。
『……東を目指せ。そこに君の"シンギュラリティ"がある。そこでようやく、君は全てを思い出すだろう。この世界に来た意味も、元の世界にいた意味も』
「……はぁ?」
『……では、そろそろ帰ると良い』
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「……んん……」
なんとなく、目が覚めたらしい事がわかる。
眠ってしまっていたようだ。
柔らかい何かの上に頭を乗せている。
なんだろう……気持ちがいい。
なんかこう、もちっとしている。起き上がりたく無い。……マジでこのまま眠っていたくなるような……
「……あ、起きてる」
「……こら。起きたならそう言わんか」
……。
頭上から聞き覚えのある2人の声がしたが、気のせいだろう。もう少し眠って……。
あ。
「あでっ」
……気のせいではなかった。
畳に激突して、太ももが2つ見えたので理解した。どうやら膝枕をされていたらしい。それも2人から。
「ガンド。いい加減起きぬか。妾らとていつまでもやっていると疲れるのじゃ」
「ていうか流石にちょっと恥ずかしくなってきた……」
こっちもちょっと恥ずかしくなった。
慌てて起き上がる。
「……悪いな。……寝心地は凄く良かった。ありがとう」
「「聞いてない(おらん)」」
「……すみません」
しかし。
シンギュラリティ……とは、どういう事だろう。
俺にとっての特異点……?
それが東にある……?
まさか……
この世界にもあるのか?
……日の出る、あの国が。
「……ともかく、今はなんともいえないな」
「?」
「……なんでもないよ。気にしなくて良い」
とにかく。
今はこの平和な時間を、なるべく楽しむ事にしよう。




