2つの流星 その②
異形と化したエイドの顔を、おそるおそる覗き込む。
どうやら動いてはいない。しかし……どことなく、生きているように感じた。
「……ディーテさん、これもしかして」
「ああ。脈拍正常、心拍も正常。生きてるよ、この状態でね」
「……そんな。だってこれ、2つの別々の体がくっついて……」
「この世には、摩訶不思議な物がたくさんあるんだから……こんな性質を持つ人間がいてもなんら不思議じゃないよ」
「……そう、ですかね」
なんとか納得しようとしてみたけれど、目の前に存在している異形のリアルな気持ち悪さがそれを邪魔する。納得し信じようとする事を拒否してしまうほど、異質な光景。
結局、私はその事を頭の片隅だけに留めることにして、それ以降は考えないようにした。
ひとまず、これで契約満了。
依頼はこなされた。
私達は報酬を受け取り、帰路に着く……のが、いつもの日常なのだけど。この時は少し違っていた。
というのも、陽奈が私に、ユーグレドキ連邦国を見てまわりたいと言ってきたのだ。
陽奈は確か、元は良いとこのお嬢様だったらしい。
それゆえに、外の世界を自分で歩いて回る事はあまり無かったのだそうだ。
ならば、そう言うのも無理はない。そう思った私はふと、先輩らしい事をしてみたくなった。
私は急いでギルドリーダーに許可をもらい、2人で泊まれる宿を取った。
「好きな所に行ってみると良いよ。折角時間が空いたし、あの人にも許可をもらったし」
「あ、ありがとう。先輩」
「んふ。まぁ正直ちょっと疲れてたし、ゆっくりぶらぶらするのも悪くないから」
私は笑ってそう答えた。
ユーグレドキ連邦国は、元々様々な種族が暮らしていた場所に、1つの集権政府が誕生してできた国。
だから、過去に様々な種族に使われていた住居や城などが点在しており、それが観光スポットとして開放されている。
私は陽奈の行きたい所に着いて行った。
彼女が行きたいという場所に、とにかく連れて行った。のびのびと休めるように、観光を楽しめるように。
初めての後輩、というのが思ったより私の心をくすぐったらしく、どれだけ連れ回されても嫌な気はしなかった。
何時間も色んな所を見て周り、景色に感動し、写真を撮り……そんな事をしているうちにすっかり仲良くなった。
というか、仲良くなったら先輩後輩とかどうでも良くなってしまった。最終的にはもうただの友達同士の旅行みたいになった。いや、友達なのは間違い無いのだ。
そう。私達は親友だ。だから、何も間違いはない。私達はこの時の事をきっかけに、親友と呼べる間柄になったのである。
リーダーの配慮なのか、それ以降の依頼では陽奈と同行させられる事が多くなった。
今まで他のギルドメンバーともあまり会話していなかった私は、友達と依頼に向かえるのが、なんだか嬉しかった。
色んな国に行った。
色んな街に行った。
色んな景色を見て回った。
そうして沢山思い出を作り、それに比例して、陽奈に1つの感情を抱いていくようになった。
それは……"劣等感"だった。
陽奈は努力の子だった。
私より実力が劣っていたはずの陽奈は、努力して努力して、どんどん強くなっていき、いつしか私を越えてしまったように思った。
きっと私と一緒にいるよりも、大きな任務をこなして行く方が、お金だって稼げるだろうに。あの子はニコニコしながら私に着いてきてくれる。
とても良い子だった。まぁ、たまに鼻につくような言い方をしてきたりもしたけど。そんなのうちのギルドじゃ当たり前だったから。
そう。
そんな子だったから、私はきっと怖かったんだ。
ずっと一緒に居てくれる友達に、「どうして私と一緒にいるの?」なんて聞きたく無かった。
思っている事を打ち明けるのは怖かった。
それで嫌われたく無かった。
……だから。
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「……だから……私は……」
「どうした。先程から随分気分が悪そうだが」
「……うっさいわ。あんた、アンブラとか言ったっけ? ……女の子が話している時は……黙って聞きなさ……」
「……うっ。ガホッ、ゲホッ!!」
突然だった。
瞳が、口から血を吐き出した。
鮮血が瞳の体を赤く染め上げる。
「……っ!? おい、大丈夫か!!?」
フェターリアが瞳に寄り添う。
「……なによ……心配すんなよ……」
「喋るな!! 血を流している者を心配して何が悪い!! アンブラ、すぐに我王に伝令を……」
「ダメだ」
「なっ!?」
「よく見ろ……!」
アンブラが前を向いて警戒した姿勢のまま留まっている。彼の目線の先には……なんと、エイドがいた。
「おやおや? 瞳ちゃ〜ん。陽奈ちゃんの事を話したの? ダメじゃないか。君には彼女の事を話したら身体の内部が破壊される呪いを掛けたのに」
エイドがそう言った。何やら先程のエイドとは声帯が違う。
「……っ!? その身体……!! 返せっ!! エイドッ!!!」
「アハハ。ダメダメ。この身体は"彼女"の意志で僕が使わせてもらっているんだ。君にはあげないよ〜?」
「返せっ、返せよぉォォォ!!」
「動くな、叫ぶな!! 落ち着け、アレはなんじゃ!!?」
「アレは……アレはぁっ!!」
「みなまで言わなくていい。辛いだろ、瞳」
身体が重い。まるで何かの準備をするかのように、身体が震え、重く強く動いている。
自分でもよくわからない。何が起きているのだろう。
「……フェターリアはああなる可能性もあったのか」
理解すればするほど、重さが強くなって行く。重すぎて押し潰されてしまいそうだ。
胸で湧き上がって身体中に伝わって、俺の重みを強くするこの感情はなんなのだろうか。
「……あぁ、そうか」
楽しそうに話す瞳の顔が、だんだん青ざめていくのを見て。
笑顔を見せて聞いていたフェターリアの顔が、どんどん悲しそうな表情になっていくのを見て。
大きく笑って聞いていた唯一無二の親友の顔が、どんどん怒りの炎に支配されていくのを見て。
俺は狂ってしまいそうなくらい……その感情を覚えたんだ。
これは─────────怒りだ。




