ギルド作成記 その①
少女は、拘束を解いてくれた。まぁ、解いたというよりは、蹴って破壊してくれたのだが。
"ふんっ!!"
破壊してくれた時─────掛け声と共に砕け散った鎖を見て、俺はこの子には絶対逆らわないでおこうと決めたのだった。
俺が閉じ込められていた小屋は、「グランデベント帝国」という国にあった。
「グランデベント帝国」は、中心に向かって小さくなるように7つ円が書かれているような形で、仕切りとなる壁が配置されている、不思議な国だ。
中心から遠ざかるほど、モラルや人々の質が落ちていくらしい。中心に近いエリアには基本的に貴族しか住んでいないのだとか。
まるで京都みたいだな。
で、俺のいた小屋があったのが"4番街"。
可もなく不可もなく、最も安全かつ最も過ごしやすいエリアなのだと。
「この4番街には、”ギルド”と呼ばれる、治安維持組織の管理・登録を行う”ギルド案内所”が存在しておる。ギルドで働きたい者はそこに行き、ギルドに加入するのじゃが……」
「このギルド案内所では、ギルドを作成し登録する事が出来る。妾らはそちらを利用するのじゃ」
街を歩きながら説明を聞いていると、彼女がそんな事を言ったので、俺は慌てて言葉を返す。
「……え? 俺たち2人でギルドを作るのか? 俺はこの世界の事はなんにも知らないし、戦闘能力だってない。実質君1人で作るようなものじゃないか」
「……あー。まぁ、そういう事は気にせずとも良い。行けばなんとかなるじゃろう」
「えぇ……」
そんな楽観的な彼女の返事を聞いて、俺は、少し心配になった。
「着いたぞ」
「……へぇ、ここが」
様々な建物が立ち並ぶ中、一際異彩を放つその"ギルド案内所"は────────
「これがぁ!?」
────────和風の、旅館みたいな建物だった……。
「え!? これが!?」
「そうじゃ! さっきから言っておろうに」
「……本当に……ここなのか……」
「だからそうじゃと言っておろうが! 入るぞ!」
なんか納得できないまま、俺は彼女に着いていった。
……まぁ、異世界に来たというのに、いきなり見覚えのある建築様式の建物を見せられたら、誰だって驚くに決まってると思う。おかしいからな。
だが、たまたま似たような風にこの世界にそういった文化が形成されたのかもしれないし……。……にしてはここまで異世界っぽい西洋建築みたいな建物しか見てないけど……。
内装もガッツリ、旅館みたいな構成になっている。靴を脱ぐ所がちゃんとあるし、畳になってるし……。
挙げ句の果てには受付の人が着物を着ている。マジかよ、着物あんのかよ!!
「ようこそ、ギルド案内所へ! 本日はどのようなご用件でございましょうか」
「ギルドを登録したいのじゃが」
「かしこまりました! では、こちらのギルド登録書類にご記入をお願いします」
少女が受付の人に書類を貰うと、すぐさま俺に渡して来た。
「お主が書くのじゃ。書けるじゃろう?」
「……は? 俺異世界の言語なんて知らな……」
言いながら確認して、驚愕した。
「……はぁ!?」
書類の文章は全て日本語だった。
「な……日本語!?」
「……この世界には、無数の言語が存在する。それらは、"転移者"の喋る言語と同じ物じゃ」
「お主が今喋っているその言語……"日本語"も含めて、そちらの言語は大体この世界にも存在するのじゃ」
驚きはあったが、日本語ならばむしろ都合は良いので、俺は言われるがままに、書面に必要事項を書き込む事にした。
「リーダー、副リーダー……どっちがどっちになるんだ」
「お主がリーダーじゃ」
「……本気かよ」
「本気じゃよ? お主とてリーダーの方が良かろうて」
「……まぁ、嬉しいけどさ」
「……そういえば、まだ名前聞いてなかったな」
「お主の名も聞いとらんな」
「……えーっと」
うーん。
なんか、山南龍馬のままだと異世界に来たっぽくないし、名前変えようかなぁ。なんかカッコいい感じのやつ。
……ヴェルナー……ガンド・ヴェルナー!
ガンドは魔術の意で、ヴェルナーはドイツ人名。個人的にカッコいいと思える名前だ。これならまぁ……良いんじゃないかな?
「俺の名前は……ガンド・ヴェルナーだ。よろしく頼む」
「……はぁ? お主、日本人じゃろう? なんじゃその偏屈な名前は」
「は? ……うっさい、なんでも良いだろっ、別に!」
「……はぁ」
「フェターリア、じゃ。よろしくな」
「……お、おう」
「それで? ギルド名は何にするのじゃ? 先程のような名前でなく、もっと良い名前にしておくれよ?」
「……わかったよ」
俺は何を考えるでもなく、パッと思い付いた"神剣城"という名前をギルド名欄に書き込んだ。
フェターリアが何やら含みのある笑みを浮かべている。
「……どうした?」
「いやぁ? なんでもないぞ」
……なんだろう、負けた気がする。
書類を書き終え、受付に渡した。
「ありがとうございます。では、ギルド"神剣城"のリーダーガンド様、諸々の手続きをいたしますので、案内に従ってください」
「ありがとうございます」
「トレイルさーん! 案内お願いしまーす!」
受付の女の子がそう言うと、受付の奥の部屋から、暖簾を退けて小さな女の子が出て来た。
眼鏡を掛けた、黒髪のロングヘアーの少女だ。着物姿がよく似合っている。しかしどこか大人っぽい雰囲気を漂わせてもいる。
受付のカウンターのスイングドアを開けて、その少女は出て来た。
「初めまして。ギルド案内役のトレイルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言ってトレイルという少女は、凄く良い姿勢で完璧にお辞儀をした。
すごい、仕事のできるタイプの子だ。
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って、俺も頭を下げた。フェターリアも同じように頭を下げていた。
「では、こちらへ」
トレイルの案内の元、俺たちは左側の通路を抜け、進んで5番目の扉から、射撃訓練場のようなエリアに出た。
「では、お二方の戦闘能力を調査させていただきます。あちらに見える的をご覧ください」
俺とフェターリアは並んで立ち、的を見た。
「異能でもなんでも構いません。あの的に向かって攻撃を行ってください」
「……あ、はい」
あ〜〜〜〜〜〜!
それは無理だよ。俺異能とかないもん。
「……では」
俺がどうしようか悩んでいるうちに、フェターリアは言われた通り攻撃の準備に入る。
口で親指を噛み、傷口から血が出ると、それを人差し指で押さえて擦る。
すると、血が丸く固まった後、銃弾のように変形し、空中に静止する。フェターリアはそれに人差し指で優しく触れて────────
「"吸血種秘術・ブラッディバレット"」
───────その瞬間、銃で撃ったかのようにその銃弾の形の血が飛んでいき、的を貫き、大穴を開けた。
「いやそうはならねぇだろぉ!!?」
「……なっとるが」
いやあの、そんな真顔で言われても。
……あぁ、どうしよう。
俺に遠距離系の異能があれば、多分クリアできただろうけど。
「……ガンド様」
トレイルさんが声をかけてきた。
「……もしや、異能の出し方をご存知ないのでは? その様子では、転生して間もないのでしょう」
「……あぁ。お恥ずかしながら……」
トレイルさんはフェターリアを一瞬見た。
……少し睨むような形で。
「……では、私があなたの異能を引き出して差し上げます」
「……へぇ? 出来るんですか、そんな事が」
「ええ。私がこうして手を握れば……」
トレイルさんは、俺の手を優しく、そっと握ってきた。
すると急に、体の芯から力が噴き出るような感覚を覚えた。ぐんぐんと湧き上がってきて、なんでも出来そうな感じがしてくる。
「ガンド様。あなたの力を引き出すイメージをしてください。ただただそれだけを考えて」
「は、はい」
「ゆっくり、ゆっくり。リラックスしてください。そう。目を閉じて、深呼吸して……」
あぁ。
優しく、包み込まれるようだ。
それに応じて力も湧き上がってくる。
「さぁ……!」
ブンッ、と音がした。
ビームサーベルを出す時のような、あの音が。
「─────はい。目をゆっくり開けて……」
目を開けて、まず見えたのは緑色のオーラだった。しかも、大きな刃のような形に手を覆っていた。
少し触れてしまったのか、トレイルさんの指から血が出ていた。
「あっ……」
「気になさらないでください。この指の怪我は、あなたの力の賜物であり、証明なのですよ」
「……傷を付けられたのは、初めてですけれど、ね。ふふっ」
「……そっ、そうですか」
「そうか、それがお主の力の形か。引き出してくれて感謝するぞ、トレイル」
「……あなたは連れてきただけのくせに、よくそんな風に偉ぶれますね、フェターリア」
ん?
「あ、あの……」
「連れてこねば、此奴の異能を引き出す作業も出来んかったじゃろう? 感謝せい」
「嫌です。あなたはつくづく私に不快な思いをさせますね。何も知らぬ転移者の方をここへ連れてきて、あまつさえギルドリーダーに祭り上げようだなんて……冗談としてか思えませんが」
「うるっさいわ! 妾は此奴に見どころがあると思ったからギルドリーダーに推薦した! ただそれだけの事じゃ!! なんぞ文句があるというのか!」
「……大アリですよ。この不良吸血種!」
「なんじゃと? こんのチビ娘が!」
「喧嘩しちゃダメだろ!!」
そんなつもりでは無かった。
……と言っても説得力はないだろう。
俺が叫んだ次の瞬間、トレイルさんとフェターリアは、俺が出したと思われる風で、数mほど吹っ飛ばされ、壁や床に打ち付けられていた。
「……この風の力……見所があると思わんか……のう? トレイルよ」
「……えぇ……とても……同意です。その点に……おいては……」
……力というのはある程度練習がないと扱いこなせない。
この時、その教訓を俺は得た。