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異世界異能譚  作者: 幸田啄木鳥
窮鳥入懐のディターミネイション

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19/43

トリックスターの昼下がり



数秒間、沈黙が走る。

どうやら同業の方だったようであるのだが……自己紹介のテンションが高すぎて少し言葉が詰まってしまった。


「よ、よろしくお願いします」


「よろしくお願いいたします。」


「……そろそろ、敬語やめていいかな?」


「あ、どうぞ」


「うん。同業なら別に敬語である必要ねぇしな。とにかくよろしく~」



「君あれだろ、例の事件の調査に来たんだろ?」


「はい、そうです」


「だろうな~。国交の関係で俺らじゃ手が出せねぇからなぁ。……まぁ、それなら全面協力すべきだな。ガンド、デッキ持ってきてるか?」


「一応持ってきてます」


「よし。1週間後、エルファニアギルド交流戦てのが”エルファニアドーム”で開催されるんだ。そこにはギルドの奴らが集まるから、情報収集もしやすい。ほかの国のギルドも来てるらしい。お前も来い。良いよな?」


「!! はい、もちろん!」


「よし!! 同業のよしみだ。調整用のデッキ、プロキシで作っとくから、明日取りに来な」


「ありがとうございます」



同業だからと言いつつも、カードでなくプロキシ。しっかり無駄な利益を出さない所は流石社長。

というのも、ヨルムンガンドは現在のトップクラスに強いデッキなので、他を使う理由があまりなく、他は対戦相手想定に上がってくるかどうか位のデッキしか他にない。なのでカード本体を無闇にもらわなくても良いのだ。


……正直カードゲームとしては危うい話だが。


色々話した後、お礼にいくつか”工藤工房”のグッズを買い、店を出た。



しばらく街を散策してから、俺は帰る事にした。良い事があったので機嫌良く帰っていると、街中からガヤガヤと民衆の騒ぐ音が聞こえてくる。



「ソイツを捕まえろー! うちの商品に落書きしやがった!!」



いかにも肉屋の主人っぽい男が、包丁を振り回しながら叫んでいる。その男が追っているであろう女が、俺の方へ走ってくる。


その子は黒いジャケットと赤い模様の入った黒い服に身を包み、動きやすそうな黒いズボンを履いている。模様が相まって派手に見えるが、それでいてとても機能的な服である。


俺はとりあえず男の言う通り、捕まえるために肩を掴みにかかるが……俺の手は、虚空を掴んだだけだった。


彼女はジャンプして、クルクル縦に回転しながら俺の頭の上を越えて行き、そのまま着地して走って行った。


「……あー、なるほどな」



「逃がすわけにはいかなそうだな」



──────────────────────



グッズを買った帰りに、まさかそれを庇いながら、やたらと素早い女の子を追いかける羽目になるとは。


しかし本当に素早い。しかも身軽だ。普段から逃げる事に慣れているのだろう。


俺は正直ちょっとへばってる。しかも彼女は屋根を伝ったりし始めている。……異能が無かったら追いつけていないだろう。


そう、異能が無かったら。



「へぇ。ここまで追いついてくるんだ。随分と追いかけっこが得意なんだねぇ」


「まぁな。ちょっと面白い異能を貰ったからな」


「ふ〜ん? ふふっ。良いねキミ」





なんというか、楽しくなってきていた。

もはや肉屋の主人の店で彼女がいたずらをしたという、彼女を追いかけている理由であるそれすらどうでも良くなっていた。


まるで子供の遊びのように、俺と彼女はどこまでも追いかけっこを続けた。




暫くして、俺は見覚えのある場所にいる事に気付いた。それは鬼ヶ城の敷地内だった。


「おい、流石にそろそろ」


ちょうど宿に帰って来れたような物なので俺は良いのだが、彼女はちょっと危ないのではないだろうか。彼女はどう見ても、我王の、三木さんの関係者には見えない。


しかしそれはそれ、これはこれ。楽しいひとときをみすみす逃せるわけも無く、俺はそれ以上何も言わなかった。


逃げる彼女を追いかけていると、城内のまだ見ていないエリアにやってきた。既に城壁は軽々と越えている。


そのエリアは花畑になっていて、俺の知らない、多分この地域特有の花が咲いていた。とても綺麗だが、やはりこの世の物では無いようなオーラがあった。


彼女は花畑に入って行く。俺は追いかけるが中々追いつかない。満面の笑みで追いかけっこをする男女は、他人から見ればどう映るのか。実際やっているのは子供の遊びのような物なのだがなぁ。



そうしていると疲れたのか、彼女は花畑の真ん中に背中を向けて倒れ込んだ。突然だったので焦った俺はつまずき、転んでしまった。


かろうじて彼女のすぐ隣に飛び込み、なんかヤバい構図になるのは阻止した。


そして……俺達は大声で笑い合った。

中々に楽しいひとときだったが……



「……お前すごいよ。ただ、ここは我王の城。お前部外者だろ? 早く逃げないと捕まるぞ〜」


「部外者じゃないよ?」


「は?」


「私、我王の部下だもん」


「……おいおい。だったらいたずらなんかするなよ」


「いたずらじゃないよー。なんというか……嫌な気配を感じたから探ってたの」


「……なんか気持ち悪い事が起きてそうだな」


「まぁ、何も無かったから謝罪を書いておいたけどね」


「原因それじゃねえか!!!」



アホか。アホなのかコイツは。



「……まぁ、後でそれとなしに謝っておけよ」


「はーい」


「それにしても、お前が我王の部下ねぇ……」


「何? 気に入らない?」


「いや。目の付け所がしっかりしてるなー、と」


「ありがとうにゃん♡」


「うーん……」




「ん?」


謎に聞こえてきた我王の声。

おそるおそる聞こえてきた方向を、身軽な彼女の寝そべる方の反対側へ体制を変えて見てみる。

するとそこにはさも当然かのように、我王────────三木猫蓮が寝転んでいた。



「うわっ!?」


「そんなに驚く必要ないよ。私がいて何か困る事でも?」


「い、いや、無いですけど……」


「ん〜? って、うわっ!! 我王様!?」


「晴藍……随分気持ちよさそうに寝てたけど、仕事はきっちりしてるのかにゃん?」


「は、はい! もちろん!!」


「それなら良いにゃん♡」


「はい! ……ふぅ」


「じゃあ、晴藍! 特別に、3人でひなたぼっこタイムにゃん♡」


「は?」


「え?」



三木さんはそう言うと、俺の腕を掴んで、そのままころりと寝てしまった。

どうやら、これが目的だったようだ。



「……我王様には逆らえないなぁ。私もこのまま寝るかな。腕貸して」


「……お、おう」


「……あ、私、青蜘蛛晴藍。よろしくね」


「おう。……俺はガンド・ヴェルナーだ。よろしく」



そう言った後、晴藍も俺の腕を掴んだまま寝てしまった。……三木さんといい、どうやらネコ科の人だったようだ。


……しかしまぁこの花畑は気持ちがいい。確かにこれは……眠く……なるな……。





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