クルーティ・フラジール その④
風が心地良い。
緩やかに吹く風の流れが、視覚化されて、俺の視界を鮮やかに彩っている。
「……」
先程までいた場所とは明らかに違うのがわかる。確か、俺は腹部を何かに貫かれ、意識を失っていたはずだ。
……とすると、ここは地獄か、天国か。
「中々、あっけなかったな」
虚空に呟いてみる。返事など返ってくるはずもないが。
『まだ、終わってないよ』
微かに、少女の声が聞こえる。
透き通っていて、優しくて、美しい。
けれどどこか切ないような、そんな声。
「────────誰だ?」
『君にはまだ、見ることの出来ない"何か"』
『けれど、誰よりも君のことを見ているし、守っている』
「……ハハッ。そりゃありがたいな。それが本当なら……もしかすると、助けに来てくれたのか?」
『そんなところ、かな』
『忘れないで、"───"。貴方は、いつまでも私が──────』
────────────────────
「……様……ガンド様!!」
「ガンド!!」
見知らぬ天井。俺を呼ぶ黄色い声。
あぁ、どうやら帰ってきたらしい。
「……皆……」
掠れた声で返事をする。それを聞いたギルドの皆の喜ぶ声が聞こえてきて、俺は心の中で安堵する。
「ガンド……」
「……フェターリア……お前が助けてくれたのか?」
「い、いや……お主を助けたのは、ロバストじゃ」
「……そうか。……後で礼を言わないとな」
起き上がって見回す。どうやら設備の良い病院に連れてこられたらしい。個室で、テレビまで完備されている。……何故テレビがあるかとか、もう深くは考えない方が良いだろう。
俺が起きてきたからか、アンがお茶を入れている。いや、寝起きだぞ。
「……アン。嬉しいのはわかるがそんな早くは動けないから、ゆっくりで良いよ」
「あっ、いや、すみません」
あたふたしている。可愛い。ゆっくりで良いんだぞ、ゆっくりで。
「ふふ」
「随分手酷くやられたな、ガンド」
不意に、聞き覚えのある威厳たっぷりの声が聞こえてきた。先程からチラチラと視界に映ってはいたが、やはり声をかけてくるか。
「……っ」
フェルバーさんだ。フェルバーさんが、わざわざ俺のために見舞いに来てくれたようだ。
「すまなかったな。まさか、"破砕"の者の案件だとは思わなかったのだ」
「……いや、俺が未熟だったのが悪いです。すみません」
「いや違う。我の責任だ」
それ以上はやめておいた方が良い気がしたので、俺は意見するのを止めた。
フェルバーさんの機嫌が少し悪くなったように感じたのだ。
「今後は気をつける。……貴様に何かがあっては、我も安心しておられぬのでな」
「……はい。……こちらも、今度はこうならぬよう努力いたします」
フェルバーさんの機嫌は、少し直ったようだ。満足げな表情を浮かべている。まぁ、俺から見た彼女がどう映っていても、本質的に彼女が何を感じ、どう思うかなんてまるでわからないのだが、少なくとも今は機嫌が良さそうだと思う。
そんなフェルバーさんに、トレイルが声をかけた。
「フェル、あまりガンドさんを困らせてはいけないよ」
「……む、姉上よ、彼奴は我の持つギルドのマスターだ。我の不手際で命を散らせたとあっては……」
「フェル」
「……っ、すまない姉上」
と、まぁこんな会話をした。
トレイルはニコニコしているが、全体的に微妙に怖いオーラを纏っているようで、威圧感がある。怖いな。
フェルバーさんはそれに押されて、少し困り顔をしていた。強大な存在であるように見えたフェルバーさんが、かなり可愛らしく見えた。
お姉ちゃんには弱いらしい。
ん? お姉ちゃん? 姉上? んん?
「え?」
「は?」
「えっ?」
「「しっ、姉妹なのかー!?」」
俺とフェターリアの叫びが、病室に響き渡る。俺は傷跡にも響いたらしく、腹部に強烈な痛みを覚えた。
「いててっ!」
「ちょっ、ガンド!? っていうか、お主ら今までそれを何故隠して──────」
「……あぁ、すまない姉上」
「いや、私も安心してボロを出してしまったよ。許しておくれ」
「……姉上は、家を出たのだ。皇帝の一族として生きるのをやめ、一般に身を下ろした」
「!」
……なるほど……臣籍降下みたいなもんか。そりゃまた複雑な……
「……何故降りたんだ?」
「あぁ、それはですね……」
「姉上」
途端に、フェルバーさんの声が重くなった。何かを牽制するかのように。とても重く、強くなった。
「……そうだね。まだ、胸の内にしまっておこうか」
「えぇ……」
「貴様はそんな事気にせず、真面目に療養せよ。我が臣下たるもの、いつまでもここで休ませるわけにはいかぬのだ」
「……りょ、了解しました」
────────────────────
『風祝は夢を抱いた』
『奇跡よりも、その身よりも大切なモノ』
「クソッ!! なんで俺があんなバケモノに追われなきゃならねぇんだぁ!?」
『その身が抱いた、優しい夢は』
『何よりもその身を焦がすモノだった……』
「ひいっ、ひいっ……」
「悪いが、ここまでだ。アンタは踏み入れちゃあならん領域に足を踏み入れたのさ」
「なっ! なんなんだよぉ、お前ぇ!!」
「ん〜? 知りたいのか? なら教えてやらんこともない。どうせアンタは地獄の業火に焼かれちまうんだからな」
「我が名はエスポア・オブテニア」
「風を鎮める"風祝"を守る者」
「守護十二柱が一柱なり」
「守護十二柱……!!? なんでそんなもんがここにいんだ!! お前ら、中立じゃなかったのかぁ!!?」
「事情が事情なんでなあ。もうそうも言ってられなくなったのさ」
「……てなわけで、さっさと潰れてくれよ、トライス・バルバロッサ」
「ひいっ……」
「"The easiest attack"」
「クルーティ・フラジール。狂気は簡単に崩れ去る」
エスポアは焼け跡を見ながら、そんな事を呟いた。
「もう出てきて良いぜー、ロバスト」
「!!」
物陰に隠れて、エスポアを見ていたらしいロバストがそそくさと出てきた。
「……兄貴、容赦ないよな」
「そういうお前は優しいよな」
「そうかな?」
「ああ。その優しさは、お前の良い所だと思うぜ」
「へへ、そうか?」
「おう」
影を、夕日が照らし出す。
2人の影は、何やら歪んで見えている。
歪みに"美しい"という表現をつけるのは、少々変かもしれないが……そうにしか表現できないほど、綺麗に、鮮やかに歪んでいた。




