クルーティ・フラジール その③
「トレイルか?」
『はい。こちらトレイルです。どうしました? フェターリアさん』
フェターリアがスマホで電話をかけている。
バッラの主張についての相談である。
俺は、というと───────
「……で、結局"破砕"は、お前をずっと追っているわけだな?」
「……あぁ」
"破砕"というのは、ギルドの1つで、このグランデベント帝国では最も強大なギルドらしい。
この国の皇太子……つまり、フェルバーさんの親族の1人が、ギルドマスターを務めているのだとか。
ただ、強大ではあるものの、何かと黒い噂の絶えないギルドらしく……。
「……それで、お前はその"噂"に準ずる何かを見ちまったんだな?」
「ああ……。それで逃げてきちまったんだ」
「……一体何を見たんだ?」
「……俺は……俺は……っ」
「あの日……俺は、いつものように任務をこなして帰ってきたんだ。仲間と飲む約束をした後、俺は自分の部屋で着替えるため、一旦戻ったんだ。それで……戻る途中、或る部屋のドアが空いてたんだ。
それは、ギルドマスター……現第一皇太子のスカムバグ・グランデベントの部屋だった。
俺は"破砕"に入ってから、一度もその部屋を見た事がない。当たり前のことだが、俺はその事で好奇心が湧いた。
……今思うと、それが良くなかったんだ。
俺はおそるおそる、その部屋を覗いてみた。そしたら……そしたら……ッ!!」
「……何があったんだ?」
「……あんな……あんな……っ!!」
「どんだけ酷いもん見たんだよ……」
「はぁ〜い。そこまで」
それは一瞬の事だった。
目の前で必死に何かを語ろうとしていたバッラが、何者かに胸を貫かれたのだ。
「!?」
「……ま……まさ……か……もう……? に、逃げろ……!!」
「お、おい! おい!!」
バッラの息が止まった。
あまりにも一瞬の出来事で、理解が追いつかない。
おそるおそる顔を上げる。
ゆっくりと見上げたその先には、初老のおっかない顔の男がいた。ベージュの髪の所々白髪が見える、マジで初老のおっさんだった。しかもかなり穏やかな顔付きだ。
……コイツがバッラを殺したのか? この、虫も殺せなさそうな男が?
「まったく、参っちまうぜ。抜け出すって事は始末される可能性を覚悟してるって事だ。もう少し斜に構えてもらわねぇと、後味悪いじゃねえか」
「……何者だ」
「俺か? トライス・バルバロッサ。"破砕"のメンバーだよ」
フェターリアが瞬時に移動して俺の前に立つ。トライスという男の名乗りを聞いたからだろうか。という事は……
「……フェターリア、ソイツはヤバいんだな?」
「ああ。今のお主では勝てん」
「お前でも勝てないんだろ?」
「時間稼ぎくらいは出来る」
「やめとけ」
「ならばどうする」
「そりゃお前、共闘するしか──────っ」
そんな悠長な会話をしている暇は、本当は無かったのだろう。だが気づいた時にはもう遅かった。
トライスという男の仕業かはわからなかった。それくらい一瞬だった。
───────それくらい。
フェターリアが脇腹を抑えてうずくまる。
あぁ、悪いな。俺が引き留めたせいだ。お前なら避けるくらい造作も無かったろうに。
─────────悪いな。
「おい! 目を覚ませ!! おい!」
ガンドは倒れた。
脇腹を貫かれ、血液がどくどくと噴き出している。貫かれた衝撃か、気絶しているようだ。
「こ……こんな……っ!!」
フェターリアの傷口は既に塞がっている。
トライスはニヤニヤと笑いながら、フェターリアに近づき始める。
後ろから、何やら緑のオーラらしき物を纏った拳でトライスが殴ろうとした所で─────
「……貴様ァァァァァァ!!」
フェターリアがトライスを殴りつけた。
トライスは油断していたのかそれをモロに喰らい、吹き飛んだ。
「ゴハァ!! ……てめぇ……吸血種だからといって舐めるなよクソが!!!」
「……御託は良い。とっととかかってくるが良いわ。貴様の身体を瘤だらけにしてその首をむしり取ってやる」
「ハァ? てめぇ如きがこのオレに勝てるとでも? 生言ってんじゃねえぞ、まだまだヒヨっ子の新米ギルドのくせしてよ。それとも、お嬢様は一度痛い目見ねぇとわかんねえのか?」
「! 貴様、何故それを」
「調べはついてるんだよ……。てめぇらの所はいわばうちのライバルだ。調べられて当然だろ?」
「……フン。王族間での争いなどに興味はないのじゃがな」
「ケッ」
フェターリアとトライスが、そう言い合いながら隙を伺い睨み合うのを、離れた場所から見守る者がいる。
それは、エスポアとロバストである。
「兄貴、アレはまずいんじゃないか?」
「だからなんだ? 助けに行くってか?」
「もちろんだ。行くぞ」
「ハァ。面倒くさいねぇ」
「なんだと!? 兄貴、命がかかってるんだぞ!?」
「それも覚悟の上だろ? アイツはそういうのわかってるタイプだぜ」
「……本当に兄貴は面倒くさがりだな!!」
ロバストがエスポアを置いて、フェターリアらを助けに行こうとする。……しかしエスポアが肩を掴んでロバストを止める。
「……行かねえとは言ってねえだろ、ロバスト」
「………………兄貴?」
「そこまでだ、おっさん」
今にも交戦を始めようというフェターリアとトライスの間に割って入るようにエスポアが現れた。
「ここからはオレが相手するぜ」
「……ほう?」
「貴様! なんのつもりじゃ!! ソイツは妾が───────」
「それはこっちのセリフだよ、お姉さん!」
ロバストがフェターリアの背後から声をかける。エスポアについてきていたのだ。
ロバストはガンドを抱え上げる。
「お姉さん、こっち! 今はガンドの治療を優先する時だ!」
「なっ……し、しかし……」
「良いから速く!!!」
「……くっ」
ロバストとフェターリアは、急いでその場を離れ、逃げていく。
エスポアはトライスを睨みつけ、ロバストの姿が見えなくなるまで牽制し続けていた。
「あー……参ったぜ。始末する対象が増えちまった」
「"始末する"? "始末される"の間違いじゃないのか?」
「……あぁ?」
「お前如きがオレを倒せると思ってるのか? この"クソヤロウ"が」
(……ガンド……)
一心不乱に走るロバストを追いかけるフェターリアは、ロバストに抱えられたガンドを心配そうに見ている。
「……大丈夫だよ、お姉さん。ガンドはまだ息をしてる。すぐに病院に連れて行けば問題はない。今はただ逃げることに専念して」
「……あぁ」
(下調べを、もう少し入念にすべきだった)
(妾が甘かった。どれだけの才を秘めていたとしても、ガンドはまだ転移してきたばかりの人間。子供のようなものじゃ)
(このような危ない任務、妾1人で行けば良かったのじゃ)
(……許してくれとは言わぬ。だが、生きてくれ、ガンド)




