クルーティ・フラジール その②
「……」
「……」
「……あー、なんだ。その、久しぶりだな、兄ちゃん」
「お、おう。久しぶり」
「おや、知り合いですか?」
「あ、あぁ。まぁな」
「へぇ……兄貴の言ってた「神剣城」のマスターってのはアンタか。俺はロバスト・オブテニアって名前だ。こっちは俺の兄貴で、エスポアって名前だ。最も知ってるかもしれないけどな」
パーカーの男の隣に座っている、筋肉質の男がこちらに話しかけてくる。
「……だったら何なんだ」
「いやぁ、ちょっと俺も興味があってね。ここに来たってことはアレだろ、バッラについての情報が欲しいんだろう?」
「まぁ……そうだけど」
「フランベ、コイツに俺を紹介しようとしてたか?」
「はい。貴方なら知っていますでしょう?」
「まぁな。だが、教えるには条件がある」
ロバストは、エスポアと席を代わり俺の隣に座ると、懐からカードゲームの山札を2つ取り出し、机に置いた。
「"ヤミノミコン"に触れてもらおうか」
「……は?」
「フハハ。ちょうど調整相手が欲しくてな。お前、結構いける口だろ?」
「……わかるのか」
「わかるというよりは、ゲーマーの勘かな」
「なるほど」
俺はその要求を承諾し、その後1時間ほど"ヤミノミコン"についてのレクチャーを受けた。
現世とは違う物だが、久しぶりに趣味であるカードゲームに触れた俺は気分がアガっていた。
「─────てなわけで、ガンドにはこれをあげるよ。初心者が慣れるにはこの"赤青悪魔ヨル"デッキが一番だ」
「速攻は好みだ。ありがとう」
「どういたしまして」
俺は三重のスリーブに守られたそのデッキを大事に懐に仕舞った。
そして、これにてレクチャーが終了する。もちろん、対価であるバッラの情報についてこれから聞けるわけだが……
「……ガンド、ここに粗方情報を書いておいたから、これを持っていくと良い」
ロバストはそう言って、俺に数枚の紙切れを渡してきた。いつのまに書いたのか。エスポアが代筆したのだろうか?
「ありがとう。しかし、なんで紙なんだ? 口頭で説明してくれても─────」
「やめておいた方がいい。お連れさん、すごく機嫌が悪そうだから」
───────あ〜。
確かに、後ろからやなオーラを感じる。恐らくはフェターリアの殺気みたいな物なのだろう。
おそるおそる振り返ってみると、物凄く機嫌悪そうに顔をしかめたフェターリアがそこにいた。
「……フェターリアさん?」
「なんじゃ」
「い、いや、なんか機嫌悪そうだな、と」
「そう見えるか?」
「はい」
「……誰のせいじゃろうなぁ」
「すいません」
紙をもらった後、会計を済ませ、マスターとロバストにお礼を言った後、俺とフェターリアは酒場を後にした。
酒場から出た後は、フェターリアがスラムの上層……つまり屋根の上に出たいというので、上に出れる道みたいなものを探した。
そしてなんと、階段が見つかったのでそれを登り上に出た。
なんであるんだよ。子供の遊び場にしちゃ危なすぎるだろ。
屋根の上に出た俺たちは、そこからスラムの景色を眺める。スラムとはいえ、かなりの広さだからか、そこからの景色はとても雄大に見える。
「で、なんのためにここに登ってきたんだ?」
「バッラを探すのじゃ。お主は弓の用意をせい」
「……こっから?」
「妾なら、目視で確認できる。妾は吸血種だからのう。視力が良いのじゃ」
「でも太陽は効かないんだな」
「お主らの世界の"吸血鬼"とは少ししか違わんからの」
「具体的には?」
「妾ら吸血種は人間と同じように普通に生きて死ぬという事以外弱点のない存在じゃ。人間より力も速度も視力も聴力も勝るが、それ以上の弱点は無い。しかし、基本的に温厚な種族であり、今まで人間を侵略しようだとかそんな風になったことはない」
「ふむふむ」
「まぁ、要するにちょっと身体能力の高い人間というだけじゃ。ただその分、エネルギー補充が少し特殊での。生物の血が必要なんじゃ」
「動物の輸血で基本的には済むから、むしろ産業的にありがたい存在と言われておる」
「あー、普段捨てる部分だったはずの血で補えるから、か」
「そうそう。牛や豚の血で済むからの」
「じゃあなんでお前俺の血吸ったんだよ」
「アレは異能のために必要な儀式みたいなもんじゃ」
「あぁ。あの時も異能がどうたら言ってたな。だが結局俺には効かなかったわけで」
「……そうじゃな。それは未だに謎じゃ……」
そうやって話をしている中で、不意にフェターリアの目線が何かを追うように動き始める。繊細に、それでいて鋭く。
実は事前に、歩きながらバッラの情報を確認していたのだが、そこに大柄でハゲの、ナイフの刺青をした男と書かれていた。その特徴を持つ男を見つけたのかもしれない。
俺は異能で生成した弓と矢をゆっくりと構え、フェターリアの指示を待つ。
「……もうすぐ出てくる。しばし待て」
「ああ」
フェターリアに言われた通り、待つ。なんともいえない緊張感が辺りに漂う。
最初の1発で、敵を行動不能にする必要がある。そうしなければこの狭いスラムの空間で戦う羽目になる。
それだけは避けねばならない。そう考えると、プレッシャーを感じて弓を持つ手が強張る。
すると、フェターリアが強張った俺の手に優しく手を置いてきた。
「案ずるな。お主が外しても妾がカバーする。きっと上手くいく。そう思っておれ」
「……わかった」
「来るぞ」
俺は弓の弦をギリギリまで引く。いつでも狙えるように。
フェターリアは注意深く、見えたのであろう対象を目で追っているが、その目線の先を見てみてもどこにいるかわからない。それほど遠くの物でも見えるほど、視力が良いらしい。
ちょうど5秒経ったその時。
遂に、俺にも見える位置に例の男は現れた。大柄でハゲ。そして、ナイフの刺青を入れた男。
「やるぞ、ガンド!」
「ああ!」
フェターリアが動き出し、俺は慎重にバッラを狙う。
狙いが定まると、俺はすぐに弓を射る。放たれた矢は綺麗な軌跡を描きながら駆け抜けて行き、2秒も経たぬうちにバッラの肩に命中する。
バッラがうずくまったのを確認してから、俺はフェターリアの後を追った。
フェターリアはやはり吸血種というだけあって、とても早い。俺は異能も使っているのに、追いつくのに割と時間がかかった。
「遅いぞ」
「悪い。身体能力も鍛えないとな」
「異能を使えば良いじゃろ」
「それでも間に合わないんだよ」
「……あ〜、なるほどの。よし、今度妾が教えてやろう」
「何を?」
「今は気にするでない」




