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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
二話・猪
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猪・その3

   静かな、でもはっきりした拒絶やった。

 


 親戚一同声のした方にばっと振り向いた。

 大林の大叔父さんの息子嫁のいとこの夫、たからくんの父親やった。


 大人たちは唖然とした。

 大林の家でもそれこそ本家の俺ん家でもご祈祷で赦さんかった事って無いんよ。


 何を冗談よぉるんか、呆れて息子嫁のいとこが夫に笑いながら返事を返した。でもたからくんのお父さんが表情1つかえんまま、もう一声……



「赦さん」



 と呟いた。


 たからくんの父親もまた、余所から来た人やったけぇ、信仰なんぞなかった。

 息子を生涯治ることがない怪我をさせて、それをこんなつまらん集会で赦してなぁなぁにするのが耐えられんかったんやろう。

 和解も成立しとった筈じゃけんども、本音が出たんかもしれんし、ついそそのかされて欲が出たんかもわからん。


 乾いた笑いが親戚一同起きたけど父親だけは笑わんかった。そのうち……――――――父親の本気が全員に伝わって一瞬静まり返り、全員が大慌てで父親に詰め寄った。



「今すぐ赦せ!!はよぅ!」


「ツイタチさんの御使いが来るぞ!」



 大人たちの狼狽に、あきらくんは火がついたように大泣きでごめんなさいごめんなさいと喚き散らし始めた。


 たからくんの父親はその様子を見てようやく満足そうに微笑んで「冗談じゃ」と言った。


 なんだ冗談か、と一同気が緩んでどっと笑いが起きた。



「つい魔が差した、つまらん事を言った。」



 そう言う父親を周りが大人げないなぁだの小突きながら、大林家の大朔祭は終わった。

 子どもたちは各々の部屋で寝かしつけられて大人たちは蕎麦をすすり酒を飲みながら深夜の年越し番組を見て午前2時頃全員が眠りについた。





 朝4時頃、子供部屋からギャーって悲鳴が聞こえてな。


 悪夢から目覚めたにしてはあまりにも異様な大声で、あきらくんの母親と姉がどないしたんかと部屋を覗いた。



 どっから入ったんか、――――でっかい猪があきらくんの肩にかぶりついとった。




 ふたりとも何が起きとるんか理解できんで、あっけにとられた。


 あきらくんは痛いと泣きながら母親に助けを求めた。


 姉は腰を抜かして、母親は一心不乱にうわーっと大きな声で叫んで、猪に突進した。

 猪を殴って殴ってあきらくんから引き剥がそうとしたが、猪の力は強ぅて、あきらくんの肩を加えたまま、頭突きで母親をふすまにぶっ飛ばした。


 そして騒ぎに駆けつけた大人たちの横をあきらくんを咥えたまま走り去って、家の裏の森の中に消えていった。


「御使いじゃ!」


 なんで!?という悲鳴が上がった。


 大叔父さんははっと気がついたそうじゃ。


 たからくんの父親は冗談じゃ抜かしよったけども、最後まで赦さんかった。


 発言を取り消さんかった。それがいけんかった。


 警察に110番した後、鎌と斧と猟銃を持って男たちはあきらくんを追って山に入った。

 助けて!とう叫びが聞こえる方に向かって藪を進んでったが猪の姿は見つからなんだ。

 夜が明ける頃には、もう声も聞こえなくなった。


 警察が来て事情を説明し数十人で山に入ってあきらくんと猪を探した。

 親戚の一人が息を切らしてうちにきて、夜中に大人たちが子供らに絶対に部屋から出るな!ツイタチさんに食われるぞ!と釘を差して家から出ていったのを覚えとるわ。


 大事になっとるなぁ、と子供ながらに少しワクワクしてしもうて、腰が悪いけぇ残っとったお父さんに奥歯が欠けるまで「どうにかせぇ」言うて殴られたな。俺の耳に入ったときにはもう手遅れやったんになぁ。


 村内放送で凶暴な猪が出た、女子供は絶対に家を出るなと放送して、男たちは山に入ってあきらくんを探した。


 その間に、大林さんの家に残っとった子供が、母親に付き添われてトイレに行ったら、血まみれのたからくんのお父さんが倒れちょるのを発見した。

 肉は食われていなかったが獣に噛まれた後が複数箇所あって、骨も折れとったが、死因はショックによる心筋梗塞やったそうじゃ。


 獣の毛はどこにも落ちてなかったらしいわ。

 抵抗して形跡もな。帰ってきた男たちはたからくんのお父さんもイノシシに襲われて搬送先の病院で死亡が確認されたと連絡が入って、みんな青ざめて呆然としちょった。

 正月から警察がぎょうさんきて、数百人規模であきらくんの捜索がはじまった。

 3日の昼過ぎ頃、崖の下で食いちぎられて骨も見えとる遺体が発見された。遺体からは肝が抜き取られとって……いや、尊厳を辱めるのはやめよう。


 遺体発見の知らせを受けて俺のお母さんが泣き崩れとったな。


 ありゃあ見るのが気の毒なかったわ。


 取り調べや山狩をして数日後、あきらくんとたからくんのお父さんの合同葬儀が執り行われた。


 嫌な葬式じゃった。


 遺体はくるまれて見れんかったし、あきらくんのお母さんは人でなし!と叫んで半乱狂やし、退院したたからくんは僕が悪い僕も死ぬ言うて棺桶にすがりついて泣き喚くし、お父さんはお前のせいじゃ役立たずが言うて俺を殴って、俺は翌日から熱が出るしで……


 ――――みんな泣いとった。


 悲しみの涙じゃのうて、あれは何やろな……無力とか畏れとか絶望とか……――――なんとも形容しがたい感情やったと思うで。

 あんなの見るのは二度とごめんやわ。


 そっからもう村では大朔祭は徹底するようになってね。

 村人をなるべく神社に足を運んでもらい、神社で懺悔のご祈祷をするようになった。来れん人はリモートや代わりや前日に来て奉納して、大晦日の0時から正月の0時まで他県で働きょうる人まで村に帰ってきて参拝した。

 一人一人は流石に追いつかんけぇ、玉串を奉納する箇所を複数作ってな。神社に努めとる人と役場の人が交代で謝る人に「ええよ」っていう係をつけて……


 ――――――――人がぎょうさん集まる姿は微笑ましいが……延々赦すのは疲れるわ。

 そん人らに茶菓子を振る舞い、お神酒を振る舞い、炊き出しを始めて…………



 ――――最近はなあ、あんな惨劇があったのになんだか縁日みたいに賑やかになってきょうるんよ。


 小さい子供ちゃんが一人、無惨に食い殺されたのに……


 ――――――ああ因習やわ。

 あれこそなくすべき因習やわ。

 手伝いに駆り出されて結局ガキ使は見れんまま放送なくなってもうた……


 大林さん一家の息子嫁のいとこ一家は、今は全員死んだよ。

 母親が気を落として衰弱して、姉は高校に上る前に自殺しちゃったな。

 父親は治療費を踏み倒して、飛んでマニラで交通事故で亡くなった。


 たからくんは母親と離れて大叔父さんと今もあの家に住んじょるわ。

 大叔父さんの跡取りとして。

 足は動かんけども大学卒業して会社に入社していち新入社員として福山まで通勤しょうる。

 営業部署で揉まれとるみたい。


 ――――ほんま俺とは偉い違いや。

 出来た人じゃ思うよ。


 ―――――――――



 彼の口から語られた思ったよりヘビーな内容に私は黙り込んでしまった。

 彼は出席日数が足りず高校を中退している。通信教育で資格を取ったが、一浪してしまっていた。

 どこまでが本当なのか、スマホを取り出し「広島県◯◯市 猪 獣害」で検索すると一番上にニュースが1件のみ出てきた。数行で「大晦日の日に大林あきらくん(12歳)が猪に襲われて死亡した」とだけ書かれていた。


「大叔父さんが情報規制するように働いてね、ニュースそれしか出てこんよ。」

 そう笑う彼に、引きつった笑みで返す。

 恋人の親戚の、近しい人が亡くなった事件を、私の承認欲求を満たすネタとするのは如何なものか。


 彼にそう問いかけるときょとんとした顔をして「知らしめて欲しいんよ。」と答えた。


「酷い獣害じゃ。噂を聞きつけた猟師が、探偵が、YouTuberが、あの村に来て、あんな畜生ども殺してしまえばええ。そうしたらみんな安全に暮らせて、あんな因習のうなって、年越しにテレビや動画を見れるようになる。そうしたらもっと人ちゃんがあの村にくるじゃろ。あんなんがおるけぇ、いけんのよ。それに……」

 

 それに?と聞き返した私を彼は見透かしたようにケラケラと笑った。



 ――――1つだけ気になった事がある。


 たからくんの父親もまた獣に……猪に襲われていた。


 あきらくんを赦さなかったのはたからくんの父親だが、たからくんの父親を赦さなかったのは誰なのか。



「悪意を持って、人を傷つけるのは、いけん。」


 例え手を汚さずとも。


 あくまでも他人事のように、彼はそう答えた。






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