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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
二話・猪
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猪・その2

―――――――


 ツイタチさんのはぁ、なんか偉大な大きゅうてまあ俺みたいにイケメンの有能な神さんでの。人ちゃんにも優しゅうて普段は人が困らんように見守っちょるが、使いが足らん連中なんよ。

 ツイタチさんの使い共は畜生じゃけえ加減がようわからんくて……悪事を働く人間を手当たり次第食い散らかしてしまうんよ。


 ――――――ほら、悪事を働く言うても理由があったり止む終えなかったりする場合もあるじゃろ?小さい子供ちゃんが、善悪の区別もつかずうっかり虫を殺したりするじゃろ?ご飯を捨てるだとか食べないだとか壁に落書きをして母親を困らせるだとか、取るに足らんような……――――あの連中はそんな小さい悪事まで目敏く見つけて襲うんよ。


 まるで順番が逆じゃ。

 人ちゃんを食うための粗捜しでもしょうるようにな。

 そういうさじ加減があいつら、なんぼ言うても理解できん。

 祠をたてて御神体を祀ってやっても、きやつらは血眼になって「食っても良い人」を探しよる。


 ――――――そんなやつらから、身をまもるためにここいらでその因習は生まれたんじゃ。

 俺の家を始め、村には大晦日に親戚一同が集まってツイタチさんに今年一番犯した罪をただひたすら謝るっちゅうもんがある。謝って謝って赦しをこうんよ。

 ツイタチさんは最初に話した通り、慈悲深く寛大で大きゅうて優しい美形で非の打ち所がない最高の神さんやけ、罪を犯した人ちゃんが心から反省して謝ればすぐ赦してくれるよ。



 ――――因習は所詮、人の法よ。

 人が作るもんよ。

 人が作った因習を、神はようわかっとらんと思うなあ。

 なんかしょうるなぁぐらいにしか……でも……。



 

 それこそ大雑把にどんな罪であっても、ちゃんと手順を踏んで心から謝れば赦されるけぇ、それだけで使い共は村人に手が出せのうなる。

 その風習ってのは、赦してもらうための贖罪のご祈祷じゃ。


「大朔祭」って呼んどったな。

 年に1回大晦日に親戚一同が集まる。病気の場合は昔は手紙で、今はリモートで参加する。大掃除の後、和室の襖を取り除いて広間を作っての。上座に大きな鏡とツイタチさんの姿を模した招き猫みたいな御神体を置き背を向けて年齢順で座る。午後10時頃から年長者から順に、一人ずつ鏡と御神体の前に座り、玉串を手に持って、「ついたちさん、ついたちさん、ついたちさん」と3回唱えて8回柏手を打つ。


 その後、1年の反省を述べるんじゃ。

「人に意地悪をしてしまった」「挨拶を返さなかった」と言った小せぇことから、「万引きをしてしまった」

「人を殴ってしまった」

「薬をやった」

「金を盗んだ」

「人を殺した」といった重い罪まで、自分が犯したことを最低1個懺悔する。


 懺悔を終えると、「ごめんください、ごめんください、ごめんください」と3回唱え8回柏手を打つ。


 それに親戚一同が罪を許せたら「ええよぅ」と返す。

 ツイタチさんは大勢の人が赦すくらい反省しちょるなら……ってんで、その人の罪を食らうんじゃ。――――不味いんだなぁ、あれが。

 懺悔した人は玉串を奉納し、鏡と御神体に背を向けて親戚一同に深く頭を下げ次の人と交代する。最後に一番ちいちゃい子供ちゃんが母親に習って…………――――――言葉が出てこんくらい小さい子供ちゃんは代わりに母親が懺悔をする。

 その後、全員で


「あなうましたちばなつごもりひこのみことかむらぎまもりたまえかしこみかしこみもうす」


 と、礼を述べ鏡を背に一礼し、8回柏手を打つ。


 ………………――――8回やで?親戚一同で打ってみぃ?煩いであれ。もう"カシワデ"じゃのうて"ハクシュ"よ。俺もそれの違いはようわからんのんじゃけど。


 その後他の神社で年末にしょうる大祓祝詞を全員で上げる。高天の原に神留ります~そう、あれ。

 祝詞が終わったらその後は宴会を開いて、庭に悪人の代わりに一人前分の馳走を置く。夜中の間にツイタチさんの使いが動物の姿を借りて、人の代わりに要された地層を食べに来る。


 っちゅう感じで家の村では年をこすんじゃ。


 ――――――……好かんわ俺、あの風習。だって紅白もガキ使も見れんのよ?延々親戚の懺悔を聞き続けて、それもくだらんつまらん知らんような小さいみみっちぃ事を延々つらつら……それでほんまに1年の罪がチャラになるんじゃろか。


 法律は赦してくれんじゃろ?ツイタチさんはほんま優しく格好良く賢く誰も逆らえん……いや日吉と高木先生は別か……まあ強靭無敵最強最高の美神じゃけぇ、年がら年中謝れば赦してくれるよ。でも許されるだけで罪は消えんけどな。

 ――――――――あの連中はバカじゃけぇ大げさに祀ってやらんと区別がもうつかんのんじゃろなあ。


 じゃけぇ、どんなに俺や若いモンが面倒くさがってもあの辺の人ちゃんは毎年あれをせにゃいけん。


 ほんまに食いにくるんよ。

 

 どんなに信仰がのうても、バテレンのもんだろうと、あの辺に住んじょる人ちゃんたちは形だけでもアレをせにゃいけんのじゃ。


 俺が子供ん姿の頃……――――小学校にあがってなかったな。

 北朔の大林さんとこで起きた。


 大林さんは俺の大叔母さんを嫁に迎えて入植した余所さんの新参でな。

 大きな病院をいくつも運営しちょるそりゃどえらぁ金持ちで……――――――いや、うちはただ土地持っちょるだけじゃ。金はないわ。毎年固定資産税でひぃひぃよぉるよ。大林さんが村に来てくれて大分楽になったなぁ……


 ――――で、大林さんは一応うちの親戚じゃけど世帯をもっとったけぇうちとは別に大晦日の大朔祭を大林の大叔父さんと大叔母さん、息子夫婦と孫と息子嫁のいとことその家族、大叔母さんの家族でとりおこなっとった。

 息子嫁と大叔母さんは折り合いが悪ぅてしょっちゅう喧嘩ばぁしょうたが、家族の喧嘩の範囲で可愛いもんだったと聞いとるわ。


 それでねぇ、その年に春にあきらくんがたからくんを……――――大林のおじさんの孫が息子嫁のいとこの子供と遊びょうる最中に、転ばして怪我させてもううてな。


 打ち所が悪ぅてたからくんの右足が動かんくなったんよ。


 あれの騒ぎは俺んちまで響いたなあ……俺は年代が違うけぇ当時は話すこともなかったし……んで詳しい事情はほんま知らんのじゃけど……簡単に言うと、あきらくんがたからくんに取り返しがつかん怪我させた。

 大叔母さんと息子嫁は当のいとこをおいといて、そりゃあ激しゅう言い争ったらしいわ。


 うちの村は大朔祭があるけ、喧嘩ちゅうのはあんま長続きせんのよ。

 その代わり短くて激しいんだわ。


 やれお前が悪いしつけがなってないだの弁護士を呼べ裁判じゃとか、その場で怒りを発散させんと年末に赦すことが出来んくなるじゃろ。

 1週間ほどあきらくんと叔父さんがうちに泊まりにきとったな。よう家におらんかったって。

 結局弁護士は呼ばずにお母さんが介入し、親戚一同で話し合って和解して今後あきらくんのお父さんが治療費出すことで話はまとまった。

 まー就職や進学には困らんけどね。大叔父さん羽振りがええしコネも効くし。


 だからか、たからくんもあきらくんの事、赦しとったわ。いや、最初から恨んどらんかった。

 たからくんは入院先の病院で自分の不注意であきらくんの手を煩わせた。はよ大朔祭で赦したい。あきらくんがついたちさんに食われたらどうしよう……まだ子供じゃったけ、そう心配しょうたわ。


 そしてたからくんは院内感染で肺炎になって、その年は家に戻らんまま大晦日の大朔祭の日になった。

 いつも通り年長者から順に一年で犯した罪を告白した。

 大林さんは余所から婿を入れとる所為か、大人たちは信仰心はそれ程無くて、祝詞もまともに上げんかった。


 それでも良かった。

 本来は形だけでええはずなんじゃ。


 親戚が集まって飲んで騒いで年を超す為の、ほんまに形だけのご祈祷だった。

 最後に一番の年少だったあきら君の番になってあきらくんはもちろんたからくんを怪我させた事を謝った。

 ほんまに反省しとったんじゃろな、泣きながらごめんなさい、ごめんなさい言うて大人たちに謝った。


 大人たちがええよって返そうとしたその瞬間、



「赦さん」



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