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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
八話・つみしろ
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つみしろ・その2

 


 室町時代のことである。

 今の朔日村がある土地より少し離れた集落で3匹の猿が八月朔日から大晦日にかけて里に降りてきては村人を襲った。


 男を攫っては甚振って殺し、女を攫って子を孕ませ、赤子を攫っては裂いて食らった。

 山には食べ物がいっぱいある年も、人を襲うことをやめなかった。

 人の味をしめたのだろう。


 猿は八尺はあるあろう大きな体で人が束になっても敵わない、傷一つ付けることすら出来ない丈夫な体を持っていた。

 猿は不死身で、どれだけ致命傷を与えても翌日太陽が昇れは傷は癒えけろりとして村を襲っていたそうである。

 実際は人を襲うおおがらな猿がその3匹以外にも何匹もいたのだろうと推測されている。


 ツイタチ信仰の噂を聞いた村長がつみしろを作り贄として捧げると、猿は他の住民には目もくれず喜んで食らいついたという。


 つみしろを捧げるようになって猿による獣害は大幅に減った。

 数年に一度のつみしろの儀を執り行うだけで猿は満足したのか、集落を襲うことが少なくなった。

 それどころか作物はよく実るようになり、干ばつや大雨による災害は減り、戦に巻き込まれることもなく、他の動物に畑を害される事もなくなった。


 村内で人々が争う事も減り穏やかで規律に守られた平穏な日々が続いた。

 財政が豊かになったことで路も橋も補強され治安も安定し関所も近かったことから、ほそぼそとした集落がやがて豊かな大きな集落となった。


 豊かになれば人の数も増え、守りも厳重になる。


 つみしろの儀式も集落の長の家でのみ代々受け継ぎ、訪れる余所者には「そういうきかん坊」だと認識され深く関わることをせず見て見ぬふりに徹した。

 集落を訪れる外部の人には関わると代わりに御使いに襲われると噂を流布し村の恩恵を預かる代わりに「そういう風習がある土地」だと黙認させていた。

 実際に村人と深く関わった訪問者は「ツイタチ信仰の信者」と見做され唆されて殺される事態も相次いだという。


 血なまぐさい時代であったので、集落を我が物にせんと略奪しに侍や賊が襲撃を仕掛けようとすることが多々あったそうだ。


 猿はつみしろが熟していない間はそういった外部の悪人を襲って食べていたようだった。

 それでも数年に一度必ず里に降りてきては悪意の塊になったつみしろを実った果実を収穫するように千切って食べたそうだが。

 

 そうなればもはや守り神とも言えなくはない。


 集落に入るには猿の縄張りを通らねばならなかったので、突破した賊も中にはいたそうだが、集落に入ってからの記録が残っていない。

 捕まって殺されたのだろうか。

 集落の地図から、罪人を閉じ込めるための牢があったとされる。

 きっと、贄はつみしろだけではなかったのだろう。


 悪しき魔猿を何度か退治しようと時の大名が使いを出したそうだが、不死身の巨猿を前に何人もの武士がその命を散らしていった。

 やがてその近辺で集落には「触れてはいけない」という暗黙の了解がはびこるようになった。


 猿はやがて「ひかみ様」と呼ばれツイタチ神に勝る信仰を集めるようになっていった。

 栄えれば信仰すらあっさりと枕返をする。

 人間とは現金なものである。


 「ひかみ様」を信仰し始めて急激に集落は大きく膨れ上がっていった。

 しかし一見活気があるように見えるが村人は皆、覇気を失っていた。


 突然与えられた富と財に溺れることは、ひかみ様が許さなかった。


 集落にはいくつもの商店が並んだが、集落の人間が利用するのはごく一部だったと記録には残っている。

 展覧豪華な宿屋も、瀬戸内の恵みで彩られた食事も、豊かな穀物から作られた極上の酒も、どれも味わうことを許されないまま、訪れる人々に施しを与える日々。


 娯楽もなく、喜びも、悲しみもない、ただあるのは規律と平穏だけ。

 まるでひかみ様に飼われる家畜のような生活が続いた。


 現代で言うならば、それは平和であり、ある種の理想郷とも呼べるだろう。

 しかし住んでいる当人たちにとっては、真綿で首を絞められるような地獄であったのだろうか。




 ある年、集落の長が戦で親を亡くした子供をつみしろとして養子に迎え入れた。

 子供は頭髪が白く真っ赤な目をし、体格もよく他の子供より頭一つ分大きかった。     

 その性分は実に善良な子供であった。

 ――――これと同じ記述をどこかで見た気がする。


 子供は他のつみしろと同様に集落から崇められ大事にされた。

 しかし、そのつみしろは例年のものとはどこかがちがった。

 どれほど甘やかし敬っても性根が歪むことがなかったのである。

 過剰な施しを当然のごとく受け入れたまま、真っ直ぐな善人に育ったそうだ。


 奉公人に混じって朝から晩まで真面目に働き、人の言うことによく従い、人の悩みに相談に乗ってやり、困っているものが居れば駆けつけて助け、喧嘩がおきれば仲裁に入り、自らを犠牲にすることも厭わなかった。

 自らが受けた親切をそれ以上にして返した。

 まさにツイタチ信仰の根本である「良き隣人」を体現したような子供だったらしい。


 そんな性根の子供なので、表面だけの慈しみから段々と人柄は15になる頃にはたいそう集落の人間に慕われた。

 人懐っこく、誰にも優しいつみしろに集落のものはこぞって世話をやこうとし、逆に世話をやかれたそうだ。


 絶世の美少年に成長したことも相まって、集落の若い娘は皆つみしろの虜であった。

 あのつみしろが相手ならいざ仕方なし……、と若衆から恨みや反感を買うこともなかったそうだ。


 活発で明るいつみしろの周りには、常に人だかりが絶えなかった。

 足が早く体力もあったので別の集落に使いに赴いては、悩みの種であった賊の根城に単身乗り込み全員を懐柔して帰って来ることもあったそうだ。


 ただ一点、つみしろは動物全般を疎い、狩りの獲物を長く嬲って殺す癖があった。

 家畜に手を出すことはなく日頃の愛想と行いの良さから少し気味が悪い程度とし、誰も気に留めることはなかった。――――やはり、読んだ記憶がある。


 そうなると集落の長は激しく悩んだ。


 つみしろに罪がないのである。


 今までのつみしろはどうしようもない悪童に育っていたのに、このつみしろは悪事を働く気配が一向になく日に日に身も心も美しく成長していくのである。

 そして師として、集落の長を父として慕ってくるのだ。

 情も湧くだろう。

 長の娘もつみしろ気に入り熱を上げていた。


 周囲の人間も、つみしろに感化され少しずつ活気を取り戻していったようだった。

 若衆は一人、また一人と村の娯楽施設に足を運ぶようになった。

 集落の中心に、つみしろと若衆と若い娘たちが毎日のように働いた後訪れては夜遅くまでどんちゃん騒ぐ姿に、年配のものはツイタチ様に見つかったらどうすると口ではやかましく垂れつつもほんとうの意味で賑やかになった集落に悪い思いはしなかった。

 息子や娘に小遣いを握らせては放任していたようである。



 頭の回転も早く体力もある、愛嬌があって気立ても良い。

 集落中から慕われたこのつみしろをひかみ様にくれてやるにはあまりにも惜しくなった。


 しかしつみしろの儀を執り行わなければ、この集落の誰かがひかみ様に襲われて食われ死ぬかもしれない。

 それでも今年は大丈夫、来年にしようとつみしろの儀を先延ばしにし、気がつけばつみしろを養子に迎えてから十二年が経ちいつ嫁を向かえてもおかしくない年頃になった。


 その年の末、恐れていた出来事がおこった。


 集落の外れに住む老人が、猿に襲われて死んだのである。


 若衆が駆けつけたときには両目をえぐられ、顎を砕き、片腕を裂かれ、腸は全て食い尽くされていた。


 傍らに隣の家の柿の木からもいだのだろう、つやつやした柿が転がっていた。

 老人は温厚を絵に書いたような人物で、裕福で食うに困る事はなかったという。

 とても盗みを働いたりなどするはずもなかった。


 ――――――そそのかされたのだ。


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