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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
八話・「千鶴」 つみしろ
21/202

つみしろ・その1

つみしろ





 ツイタチ様とは。

「ついたちさん」の愛称で知られる備後・備前地方を中心に民俗信仰されている「罪の神」である。

 複数の神が元になっているようで、今の名前に落ち着いたのは平安より後のことだという。


 名前の由来は祭神八月の朔日から大晦日にかけて里に降りてきて人々の一年の罪を見定めるという伝承から発生したとされているが、諸説ある。


 ツイタチ様は悪人を見つけて食べる。

 正確にはツイタチ様の「御使い」という眷属たる動物たちが、ツイタチ様の代わりに悪人を見つけて食らっていると言い伝えられている。

 山に住み、里を守っては自分の配下の動物「御使い」を使い、悪い人間を襲わせるとされる。

 地域によって「おつかいさん」「つみたちさん」「とがたちさん」などの名でも呼ばれている。



 信者たちは挨拶がわりに、まず謝る。

 


 悪人を探すツイタチ様に見つからないようにするためだ。

 ツイタチ様は己の悪事を反省したものは許してくれるらしい。

「私は今、過去の行いを悔い改めていますよ」と行動で示したものは襲わないのだという。

 故に信者たちは互いに謝り許し合う。

 身に覚えのない小さな罪ひとつ、残してはいけないと。


 この風習の成り立ちはキリスト教の影響を少なからず受けている。

 また、干ばつや大雨による異常気象から生じた獣害から身を守ったり、飢饉によって荒れた治安を正す目的だったともされている。


「ごめんなさい」


 今尚、この風習はツイタチ信仰が盛んな土地に根強く残っている。

 彼の母親も、幼馴染も、彼の地元の人々も、出会い頭にまず謝ってくる。


 ――――彼から謝られた事など、指で数えるほどしかないのだが。




 ツイタチ信仰ではしばし「つみしろ」と呼ばれる生贄を捧げる祭事が行われていた記録が残っている。

 彼の村に残っていた大晦日の祓いの儀式もそのうちの一つだ。

 懺悔によって一族で最も罪深い「赦されざるもの」をあぶり出し、ツイタチ様の御使いに贄として捧げてきた。


 いつしか形だけが残り年越しの行事として村に残っている。

 彼の話が本当だとすれば、最近でも「赦されざるもの」が二人、贄として動物に襲われ死んでいる。


 最も古い文献では平安時代より前のものが朔日村の郷土資料館に保管されている。

 ツイタチ様の御使いは悪人を好んで食べるので、最初は村で一番の重罪人をつみしろに仕立て上げ暦の祭事の折に贄として捧げていたが、信仰が深くなるにつれ村人の素行が「おりこうさん」なものになってしまい、贄になるはずの罪人の数がめっきり減ってしまったらしい。


 そうなると「罪」の判定が次第に緩くなっていくそうだ。

 最初は人を殺した、金を盗んだ、家畜を犯したなど取り返しがつかない人でなしばかり襲っていた御使いが段々とその範囲を広げていった。

 どこそこの陰口を叩いた、親の言うことを聞かなかった、畑仕事をサボった、嘘をついた、寝坊した等もはや罪とは呼べない小さな事まで、目敏く見つけては人を襲うようになっていったそうだ。


 ツイタチ様に見つかる人間は、身分も老弱男女も問わなかった。

 

 何も起きない平和な日が続くと、今年は誰が襲われるかわからないという状況に陥る。


 まず増えたのは私刑の数である。


 集落は少しでも被害を抑えるために規律を改め、起床時間、食事の時間、労働や勉学の時間、日々の祭事の時間、休息時間、就寝時間を村人全員で統一した。

 次に法を整えた。

 挨拶をする、目上や年上を敬う、親に従う、感謝の意を述べる、謝罪をする、弱きものを守るなどという当たり前の事から、職業による服の色、髪の長さ、髪型、食事の種類や量、歯の本数に至るまで徹底的に取り決めた。


 特に感謝の意を述べる、謝罪をするは行うと行わないとでは御使いによる被害の差が明確に現れた。とりあえず謝るという風習もこの時期に生まれたのではないかという説もある。


 集落の監視を徹底すると、今度は守りに従わないものを容赦なく断罪した。

 村人同士で監視しあい、少しの罪も許さなかった。

 はみ出すものは親子供親戚も迫害され、村長宅の座敷牢に閉じ込め、激しい拷問を加え、亡くなるものも少なくなかった。


 つみしろの字は「罪代」。

 

 本来の意味は罪の償い、罪滅ぼし。

 しかしこの代は形代《かたしろ》から来ているのではないか、と友人は言っていた。

 作り上げた「つみしろ」を、贄としてツイタチ様の御使いに献上しようとしたのだ。



 しかし、御使いは「私刑を行ったもの」を率先して狙い襲うようになった。


 御使いはその時々の人間の法を参考にしているようだった。

 もしそうなら人間の本質を客観的によく見ていたと思う。

 現代に近い倫理観を持っていたのかは不明だが、彼らなりに独自の尺度は存在していたようだった。


 ――――しかして御使いは、人以上に容赦を知らない。


 罪を犯したものが赤子であっても食らった。

 私刑に加担したものに止むを得ぬ事情があったとて、食らった。

 つみしろと村人と双方に同意があったとしても、つみしろが彼らの尺度に当てはまらなければ別のものを襲った。


 御使いの姿はその土地ごとに異なる。

 小さなネズミから草食の鹿、ウサギ、虫、植物となって行きたまま養分にした記録や、群れを作らないはずの熊に集団で襲われ集落一つ壊滅した記録も残っている。


 人々は生き残るために模索した。

 近隣で撃退しようと集結しても数に負けて襲われて死に、贄となる悪人を一人に絞っても悪人も迫害に参加したものも食われて死んだ。

 皮肉なことに規律を律すれば律するほど、よく死んだとされている。


 更にたちが悪いことに、ツイタチ信仰の教義に従い誰も悪事を働かなくなれば御使いは人を"そそのかす"とのだという。

 それは抗えないほど強い犯罪衝動で、まさに魔が差すの文字が如く、本人の意志を無視したまま罪を犯させるのだという。

 どれほど善人であっても、御使いにそそのかされた人間は大小なり悪事を働く。

 

 そしてツイタチ様に見つかってその人間は御使いに食い殺された。



 人々は途方に暮れた。

 どれだけ良き隣人として信心深く過ごしても、どれだけ悪人を仕立て上げても、いつ誰がツイタチ様に見つかり食われて死ぬかわからない。


 順番が逆だった。


 《《悪人だから襲われる》》のではなく、《《襲われる人が悪人》》なのである。


 しかし当時の人は信じていたのだ。

 襲われるのは己が悪人だからだと……――――


 ある年、村人がとっつかまえた悪人の待遇を丁寧に扱った所、その年の動物による死者数が劇的に減ったらしい。

 そこから打開の糸口を掴み、後年の生贄を捧げる祭事「つみしろの儀」の形になったとされる。


 つみしろの作り方は、まず他所の土地から孤児を貰い受け、村長一族の養子として迎える。

 その子供を「つみしろ」や「とがしろ」と呼び、一切叱らずに甘やかして育てる。

 借金を重ねてでもその全ての願いを聞き入れ、全てを肯定してまるで神が如く敬う。

 さらに我儘や悪事を賛美して育てると物心つく頃には手が付けられない悪童に育つ。

 あとは放っておいても罪を犯すので成長したつみしろは成人になるまでに御使いに食われて死ぬという、寸法だ。


 つみしろを作るに当り、つみしろには儀式の一切の事情を話してはいけない決まりがある。

 話すとつみしろの逃亡の恐れと、やけになり手当たり次第人を殺すという事もあったからだ。

 集落を守るためにたてる生贄なのに元も子も無くなる。


 集落の人はあくまで親のない孤児を慈しんで育てているだけなので、ツイタチ様に見つかる事が少ないのだという。

 ――――随分と都合が良い話だ。私刑を見抜ける力のある御使いが、自らだけが助かりたいという邪な思惑を見抜けないことがあるんだろうか。

 彼らの独自の尺度は私は知りようがないが。


 毎年捧げるわけには行かないので数年に一度祭事を行うことで、村での獣害は見事に減っていった。

 餌を与えることで野生動物を飼いならしたとも言える。


 事情を知らないつみしろは狭い集落でまるで神であるかのように振る舞い、狼藉を働いた。


 集落も、いつか食い殺されるつみしろを憐れんだ。


 そして"御使いに食われて死ぬよりまし"と暴虐のすべてを甘んじて受け入れてすごした。




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