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カウンターで待ってる〜私を捨てた彼らのために舞い戻ってきました〜

作者: リーシャ

 今、王族が座っている場所に佇んでいる。


 詳しく言うと、王族が公務の時に座る椅子がある部屋で椅子に座っていた。


 端から見れば、こちらの容姿は仮面と頭にベールを被っていて顔が見えない。


 対するもう一人の容姿は見えていて、とても整っている。


 王の間と呼ばれる場所であるのに、その王様は頭を低くして膝を付いている。

 その理由は偏にここへ連れてきてくれた男が彼よりも高い身分だからだ。


 なんというか、不思議な気分と言う他ない。

 昔、目の前に居る王はマリアを見て見ぬふりをして追い出されるのを傍観していた。


 庇うのすら取るに足らないとでも思ったのだろう。

 皮肉でも何でもない。

 敷居の高い人間は長くその環境に居たら、洗脳のように敷居の低い人間が目に入らない。


 いや、周りが入れさせないようにしているのかも。


 その取るに足らない女が再び地位を得てここに来ていると知ったら、さあ、彼らはどんな反応をするのだろう。


 ここへ連れてきてくれたセナをちらりと見て、相変わらずの格好良さに感嘆の息を付く。


 顔が整っているからこれ以上ない程の観賞対象である。

 流石、見られ慣れているからだろう、ケロリとしていた。


「して、予定通りこの国に滞在する」


 セナの言葉には一切相手の承諾を得る響きは無い。

 当然だ、さっきも言った通りに彼の地位も権力も此方の方がずっとずっと遥か上なのだから。


 王はその言葉に首を縦に振って「承りました」と王族にはありえない言葉遣いで応える。

 しかし、それが普通なのだという。

 昔、王国が公国になったのはこの世界に住む全ての人達の認知する歴史。


 王が頭を下げたまま言葉を交わしていると、何やら扉の外が少し騒がしい。

 王が何事かと扉に目を向け、衛兵が入ってくる。


 入室を得る言葉にセナが頷く。

 王はそれを受けて衛兵に伝令を言うよう足す。


「ご報告します。巫女様が、こちらへ参られております」


 その報告を聞いた王の苦虫を潰したような顔付きと言ったら。


 良くも邪魔をしてくれよってとありありと書いてある。


 王たるもの、態度を顔に出さないように教育されているのに、余程それを破顔させる事態が生じているのだろう。


 セナはまだ顔色も変えず騒然とする部屋の空気に緊張を走らせる。


「成程、やはりこの《国》は禁忌を犯したのか」


 また王の顔が剥がれる。

 まさか、バレていないとは思ってないよね。


 普通バレるよそれ。

 魔力とかでもバレるからどんなに隠しても無駄。


 セナはうっそりと笑みを浮かべ、王の顔を青くさせていく。

 勝手に自爆しているだけなのだが。


 そもそも巫女を隠そうと躍起になっていたのに、その巫女が何も知らずに此処に来たのは一番避けねばならないことだった。


 後で王子達はしこたま彼らに叱られるだろう。

 内心ほくそ笑んで、王の次の言葉、言い訳はどんななのだろうかと楽しみだ。


「此度の件、我が愚息の招いた事。貴方様のご判断にお任せいたします。如何様にもなさってください」


「悪いと思っている割には巫女が一人足りていないようだな」


 グキっとなる男に内心もっと苦汁を舐め舐めしろよー、と念を飛ばす。


 王は冷や汗をかきながら非常に不本意でしたという顔をする。


「それは、我らが巫女を不当に扱ったが故の―」


(扱ってないし。ぷ、まだあの女の言葉の裏付けやってないの?馬鹿じゃん)


「で、その調査はしたのか」


「……はい」


「巫女、巫女、と貴様らは連呼しているが……法を破ってその存在が正式に認められるとはよもや思っていないよな?」


 セナは王が何も言えないのも気にせず続ける。


「その非公認の存在が虐げられた。しかも同じ世界からきた女に。仮にそれが事実だろうと嘘だろうと、貴様ら、しいてはこの世界の人間に非難される謂れはないはずだ。その女達はそもそもこの世界、貴様らに誘拐された被害者。被害者が被害者に虐げられた。それに介入する権利も一切存在しない。被害者に対して貴様らが行った事も既に我らは知っている。此方にも子飼の者が居るからな」


 王は聞いていた顔を青くさせて、今にも倒れそうだ。

 気絶なんて、失神なんてさせない。


「その、貴様らが呼ぶ巫女とやらがもう一人の異世界人に虐げられていた場合でも、それに抗議してもいいのはされた本人のみ。だというのに、貴様らは禄に調査をせず、本人の言葉の証拠だけで相手を断罪、更には何も知らない、土地勘もない被害者を更に戒め、王城から追放した。仮に被害者がその者を虐げていたからといって、そのような仕打ちが行えるなど、貴様らは余程犯罪者としての罪を重ねたいらしいな」


「恐れながらも、コルナー公爵様。私は―」


「黙れ。断罪された場に貴様も居たと聞き及んでいる。貴様はその場に居ながらもみだりに場を乱した者を宥めもせず、呑気に眺めていたそうじゃないか。いいご身分だな。貴様も同罪。召喚及び異世界人を追放した責任は貴様にもある。息子のせいにし、全てを押し付ける愚王は我らの世界に必要ない」


 ああ、もう吐きそうな顔してる。

 お前ら王族解雇なー、と言われているんだから当然か。

 しかし、まだ続くよ。


「と、本来は貴様ら郎族を罰するところだが、今回は少しだけ猶予をやろう」


 セナは何かを企むように笑う。

 きたきた、きたよ。


「い、如何様にもお申し付け下さいませ……!」


 わお、許される可能性が見えた途端食い付きが違う。

 やっぱり畜生だ。


「その言葉忘れるな。よしよし。契約書を作製しろ」


 近くにいた文官に指示を出す。

 この人もセナが連れてきた政治的な身内。

 王が記入する前にセナはまた付け加えてその猶予を伝える。


「貴様の息子、その側近達が呼び出したのはこの世界の魔物と穢れを払う者を欲したから。ならば、それを行う旅に出てもらおうではないか。監視及び査定官は直々に私とこっちの伴侶が行おう」


「それはつまり、出立せよというわけですね」


「ああ。もう召喚して一年。貴様らの秘蔵っ子がどれ程優秀な働きをしてくれるのか今から楽しみだ、なあ?」


 こちらに同意を問うてくる公爵に頷く。

 本当に、楽しみだ。






 セナに連れられて廊下を歩く。

 文官はあの時の為だけに来てもらったから既に転移で帰っている。

 魔族というのは凄い、魔法が膨大でやろうと思えば大抵の事ができるという。

 羨ましい。


 しかし、面倒な仕事も付いてくるのが煩わしいと彼は言っていた。


「心の準備はできてるか」


 聞かれて、少し迷い口を閉ざす。

 明日は王から王命を受けたあの王子達と会う。


 勿論距離は凄く離れている。

 しかし、あの日のあの顔と目を思い出し、あの日の罵倒を覚えている身体は無意識に震えてきた。


「ごめん―頭ではもう平気だって分かってるんだけど……」


「仕方ない。恐怖は一度植え付けられたらなかなか抜けねぇ」


 公務ではない時の素の言葉遣いのセナが慰めてくれた。


「ふふ。もう一年も、一年しか経ってない……んだ」


「あいつらはお前に手出しなんてできやしねぇんだ。出したりなんかしたらどうなるか良く理解している、あいつらは」


 あいつら、と強調したのは異世界から召喚されてきた女、リリカの事を考えているからだろう。


 この世界の人間ではないリリカだけが、王の懸念なのではないだろうか。


「調査によれば、国庫を傾けてはいないが、それなりに金遣いが荒いらしい。城内の評価も国内の評価も落ちている。国を傾ける奴がいつまでも高みの見物なんてできないだろうよ」


「だね。彼女の家は金持ちだったから、お金の価値観も国のお金が税金っていうのは聞いてるだろうけど、ピンときてないだろうし」


 考えてみてくれ、今まで親のお金で暮らしてきた人間に他人のお金を使っている自覚が生まれる可能性を。

 マリアだって、自覚しろと言われても無理だと思う。


 しかし、使い過ぎるのはダメだという自覚はある。

 生まれた環境の違い。

 ここまでの話で、もう解ったかと思うけれど、そう、もう一人の異世界人にして、このお城から嵌められて追い出された女とはマリアの事である。


「しかし、この国はダメだ。あんな責任転嫁な王は」


 マリアは確かにあの日、王子達に断罪された。

 そこに王だって居たのに、何も言わなかった。

 何もしてくれなかった。

 黙って切り捨てればそれで自分は助かるとでも思ったのだろう。


 しかし、衛兵が迷いなくこの腕を掴み引き摺るように連れて行くのをしっかり記憶している。

 恐らく、話は既に付けられていたのだと思う。


 必要最低限なお金と食料。

 とは言っても三日分あるかないか。

 それをパっと用意して渡せる訳がない。

 セナ曰く、異世界から召喚でも不味いのに、二人も居るのは証拠を掴まれやすいから排除の方向に進んだのではないかと言った。


 ふざけんなとその時、何度も思った事を思った。

 臭い物に蓋をするための生贄を選んだ。

 こちらを。

 その真実に腸が煮えくり返った。


「今、憤っても疲れるだけだ。これからが本番。まだ力む時じゃないだろ」


「それもそうだね」


 力を抜いて深呼吸。

 そこで、あの王と契約書を書く時、もう一つ契約書を追加した。


 その時の内容はセナと此処へ来る時面白半分で話していた内容だっただけに、それを本気で王に告げた時は笑いで仮面が揺れそうだったのを思い出す。


「良く、言えたよね。あの契約」


「まぁな。一塩ってつもりだったが、案外デカイのに化けるかもな」


「私もそれ思った。だって彼らだし」


「楽しみだ」


 セナは笑みを浮かべて廊下を進む。

 翌日、謁見の用意ができたとこの城の二番目に役どころが高い男が伝えに来た。


 この男にも因果応報を受けてもらう。

 しかし、今は時期ではない。

 グっと我慢して廊下を歩く。


「リリカって女は謁見の部屋に居ると思うか?」


 その問いに分からないとだけ応える。

 それは相手のさじ加減。

 相手はリリカを被害者として紹介するのか、それともこの世界の一筋の光という巫女として行かせるのか。


 リリカはきっと日の当たる役目を好むから、どちらを選ぶなど考えるまでもない。

 謁見の間に着くと、コルナー公爵の名が呼ばれ扉が開く。

 とても派手な登場になる。

 それはセナの身分というか、王よりも偉いから勝手に人間がやっている事だ。


 何が面白いかって、それは人間が魔族という神にも等しいセナ達が敬うと喜ぶと思い込んでいることだろう。

 中へ入ると、懐かしい顔触れに顔がどんどん引き攣り、最後には笑みを浮かべる。


 ああ、これは恐怖ではない―優越感だ。

 久々の憎悪に内心お帰りと言葉をかけた。



 遂に再びこの場に居合わせられたのは最高な気分だ。

 こちらに向けて膝を追って服従の意を示す姿勢を見ると更に高揚感は留まらない。


 ああ―もっと無様な姿を見たい。

 セナはこんな感情を持つ自分を蔑まさずに、ありのままな素直な気持ちを持っていると高く評価してくれる。

 それが拍車をかけて尚、余裕を持てて堂々と此処へ来られた。

 そこに女が居た。


 忘れた事なんて何回かあったが、まあ記憶からは消去したくてもできない濃い存在。

 口元が優越感によって上がる。

 今やこの女よりも上の存在。


 昔は、元の世界に居た時はどちらかというと圧倒的な社会的カーストのせいで下にならざるおえなかった。

 まあ単純に言えば、彼女の父がマリアの父親の上司だったというだけなのだが。


 だが、それだけでも普通に従わなければ彼女がこちらに脅しを掛けてくるのだ。

 やれ「うちのパパ、最近新しい部下を欲しがってるらしいの」だの「貴女じゃなくてもいいんだよ?」だの。


 上げたらキリがない。

 暗にお前の父親に仕事を押し付ける、上に掛け合って部署を移動させる等と言っていたわけだ。


 その関係は父が定年するまで続くのを計算すると、ほぼ半世紀をこの女に捧げなければならない予定だったのを想像すると、悪寒が止まない。


 半世紀、その文字は途方に無い絶望だ。


「では、先ずは挨拶から始めるとしよう」


 セナが言葉を発すると更に場の空気が引き締まった。


 彼に声を掛けられるのは至極光栄な事(但し人間側の思い込み)らしいので、感動でもしているのだろう。


「私はエンペラーに仕えるコルナー・セナ。そして、此方は伴侶のエルマーだ」


 エルマーと紹介されたが、勿論偽名だ。

 ギラっとした女としての敵対心を燃やした目を感じ取り悟られないように目だけを動かすと思った通り、そこにリリカあり。


 馬鹿じゃないのか本当。

 そう罵りたくなるのも致し方ない。


 伴侶、とセナが言ったんだからセナとほぼ同じ権力を持っていると名言したばかりだというのに。

 それを隠しもせずに見てくる愚かな女リリカ。


「コルナー公爵様。わたくしはこの国において第一筆頭の王子」


 彼の名前なんて塵にも興味ない。

 なので、王子と省略。


 別に覚えて無くても咎められる存在などいやしない。


 もう彼らはマリアをどうこうすることなど不可能なのだ。

 そう自分に何度言い聞かせてきたのか。


「そしてこの方は―」


「初めまして、私、リリカと申します」


 王子の言葉を遮ったのはお馴染みリリカ。

 いや馬鹿。

 この女は早々にやらかした。


 流石は一年も勉強をサボった女。

 いやはや、マリアなら怖くて震えそうだ。

 笑えそうになる肩。


「リ、リリカ………!」


 王子達は初めてその顔を蒼白にした。

 この国ではセナを初めとした、上位の存在に認知されて初めて言葉を交わしてもいいという事になっている。


 それは、人間側が王族の威厳を保つ為にした様式美。

 それを人間側から破った。

 断じて言わしてもらうが、それはセナ達魔族が言ったことではない。


 人間側が民衆に威厳を持ちたいからこういう風にやらせて?と頼んだ結果だ。セナ達は別に普通に話しかけられても答えるし、不快になんてならないと言っている。


 しかし、今回は王族の居る場でやらかしたのはリリカ。

 リリカは王族ではないものの、王宮預かりになっている客人。


 郷に入っては郷に従え、これをやらないリリカに全面的に非がある。

 なまじ、王宮ということは当然、それ相応の態度というものがある。


 現代でだって、初対面で社長にタメ口の人間が居るだろうか?

 居たとしても信用や印象は最悪で、周りの評価も下がる事になるのは社会人には分かりきっている事だ。


 此処が中世に似た世界観だから掴みにくいのは自分も経験済み。


「ほう、よもや人間からこんな風にされるとは思わなかった……これが貴様らの言う自慢の巫女か」


「い、いえ、その彼女は何も知らないのですっ。どうか寛大に」


「作法も知らない人間を此処に連れてきたばかりか、そちらの都合をこちらに押し付けようというのか」


 セナは威圧感たっぷりに言う。

 やーい、もっと言ってやれ。


「ち、違います!か、彼女は」


「コルナー公爵様。彼らは何も悪くありません。私が悪いのです」


 あ、また。

 喋っちゃダメって教えられてないみたいだ。


「リリカ………!」


 王子だけでなく、魔道士も焦って止める。


「皆どうしたの?私は平気よ。コルナー公爵様も笑みを浮かべているもの」


 それは怒りの笑みでござーい。

 リリカは本当に何も知らない。


 セナが話しかけるなとオーラで言っているのに黙らない。


「申し訳ありません!公爵様っ」


 王が顔面を脂汗で垂らし、拭くこともせずに謝り倒す。


 一年前にもこれを期待したのに、謝るどころかまるでこちらが悪いとばかりに見ていたのはちゃんと覚えてるよ。


「王よ、私は疲れた。もう部屋へ戻らせてもらう。旅についての事を伝えておけ」


 セナはそういうと部屋を出る為に立ち上がる。


「お待ち下さい、コルナー公爵様」


 まさかこの空気で呼び止めてくる馬鹿なんて―居ました。


 セナは口を引き結んだ状態で止まる。


「私は一年前にもう一人の親友とこの世界に落ちてきました。しかし、この世界での暮らしの末に悲劇の擦れ違いで仲違いしてしまいました。ですが、私はまた彼女と友情を一から育みたい……ですから、どうか、彼女の捜索も旅の目的に入れてもらいたいのですっ」


 握った指先が白くなる。

 ギリギリと締め付けられる憎悪に嗚咽。

 なにが悲劇の仲違い?

 友情を育む?

 旅の目的?

 全てにおいてそれはリリカのシナリオなのだと知っている。

 きっと、周りになんて優しいリリカ、と印象を付けたいが為の演出。


 マリアなんて所詮この女の周りから評価を上げるための塩でしかない。

 昔はそれに甘んじて受けていた。

 しかし、この世界に社会的な柵なんてない。

 父も居ない。

 自由になった。

 そして―リリカを地獄に叩き込む力も得た。


 反逆者であろう。

 リリカがマリアを戒めるのなら。

 覚悟しろ、もう踏み潰されるだけの人間でないと思い知らせてやる。


 絶対に起き上がれないようにベキベキにプライドや自信を手折って差し上げようではないか。


「……はぁ」


(そろそろセナも怒るだろうなあ)


 さっきから許しても居ないのに話しかけてきているのだ。

 一回二回ならまだしも、三回目以降では言い訳も立つ瀬ない。


 セナが黙りを決め込んでいたら王子はわなわなと色んな感情が混ざった顔でリリカの腕を取る。

 リリカは驚いた顔で王子を見上げる。


「痛いわディー?どうしたの?」


 一端に令嬢言葉なんて使っちゃってさ。

 あざとい。



「……行くぞ」


 セナに足されて歩きだし、部屋を後にした。


 宛てがわれた来賓用の部屋へ辿り着くとセナは誰も見ていないからとドカっとソフぁーへ大胆に座る。


「何なんだあの女は。礼儀すらもなってねぇじゃねぇか」


「あのボンクラ達もしまった!みたいな顔してたから、きっと勉強してないんじゃない?」


「成程。案の定のアホか。只でさえあれこれ言うと向こうは警戒してボロが出にくくなるからな……我慢比べだこれは」


「ふふ、お疲れ様」


「お前はあの女に何年も一緒に居させられたんだったな。良く血管が破れなかったってお前を尊敬する」


「嫌な方向に慣れた結果だよ」


 セナは首を捻って凝りを解すとマリアにこっちへ来るよう合図。

 いそいそと向かうと太腿の裏を持ち上げられてそのまま膝の上に抱き上げられる。


「良く我慢したな」


「………うん」


 仮面に手を掛けるのが視界に入り、そのままされるがままに取らせた。

 黒い目が晒され、顔が彼の瞳に映し出される。


「さて、俺も色々我慢した……この意味、分かるか?」


 セナのしたり顔に苦笑する。


 セナが我慢なんてよっぽどの事がないとしない主義なのは知っていた。

 なので、ご褒美を上げよう。


「頬なんかにしたら承知しねぇ」


「ん、恥ずかしい」


 まさに頬へ唇を寄せようとしたところで釘を刺されてしまい、体温が上がる。


 マリアの世界の自身の民族気質は淡白だ。

 人前でキスしたり過剰な事を公然ですると白い目で見られるのも当たり前。


「ほら、こっちだ」


 顎を掬われて逃げ道を失う。

 恥ずかしさに赤くなると彼はククク、と笑う。


 こちらがあたふたするのを楽しんでいる。

 意地悪で、優しい。


「あいつらをどう料理してやろうかと今から楽しみで仕方がねぇよ」


「あはは、悪い男だね~」


「その悪い男に惚れてる女に言われても痛くも痒くもないな」


 セナの発言に良くまあそんなに恥ずかしげもなく歯の浮きそうな台詞を言えるな、とパンチして黙らせてしまいたくなる。


 でないと、彼はこちらがどきまぎするのを見物するためにどんどん言ってくるだろう。


「もう、それ以上言うと何もしないからね?」


 ちょっと不機嫌になったような声音を心がけて言うとセナは口元を寄せて意識をする前に塞いできた。


 暫くそれが続いて胸に手を当て終わりだと告げる。

 男女の差で軍配が上がるのはいつも男ばかり。


「もう……手加減してよ、はあああ」


 息を吸い込んで持って行かれた酸素を取り戻す。

 彼は全く悪いと思っていない顔で「悪かった」と述べる。


「んで、遥か上から眺めたあいつらはどうだった?」


 遙か上とは物理的にでなく比喩である。


「うーん……そうだなあ。なんていうか相変わらずの馬鹿?」


「意見は全く同じだ。馬鹿としか表現しようがない。あのびっちはどうする?親友を探すとか言ってたが。あれはどういう風の吹き回しだ?」


 セナが言い慣れないびっちには内心爆笑だ。

 しかし、訂正しない。


 セナへの意趣返しでもあり、聞いていて笑えるから。


「あれは、周りの同情と心情を買おうとしてるだけの、上辺は真っ黒な嘘に塗り固められた虚言だよ?好きにさせればいい。どうせ見つからないし。逆に見つかるまで、足が擦れて血が出ても探させたって構わない。自分から言ってきたんだから。発言には責任が伴う」


 マリアは口元を結んでキュっと指を中に折る。

 力んでしまう指先を開放したのは浅黒くて暖かな手。


「馬鹿。何やってる」


 指をゆっくりと開き、その手先に唇を落とされる。

 今はそれが心の潤滑であった。


「多分、一番の理由は旅の延長かな」


「男漁りか」


「ううん、ふふ………セナと長く居たいが為だろうね」


「俺?今日会ったばかりなのに?」


「だって私のこと睨みつけてたし………イケメンは自分の物って痛い妄想してるみたい。だから私を追い出したもんだから」


「へぇ?そりゃあもっと楽しい旅になりそうだ……公務だから途中放棄も無理だしな。くくく、俺直々に監視官をする。どう結末に転ぶかはこっちの手中だ」


「私達はまるで作家になった気分」


「ああ。シナリオを自由にできるもんな」


 二人で顔を見合わせて口元を釣り上げた。




 旅に出るのは一週間後。

 元々巫女を召喚した瞬間から準備期間だったし、そこから一年もあったのだから一週間で事足りると告げた。

 そして、今日がその出立の日。


 メンバーだって一週間で呼び寄せるという、本来ならば一年前に決まっていた旅のメンバーには大きく変更があった。

 城の騎士と傭兵で塊になる予定だったのに、そこに居たのは口をあんぐりしてしまいそうなるメンツ。


 出直してこい。

 言わないけどね。

 先ずは筆頭王子、そんで巫女。

 後はあの場にいたハーレム以下取り巻き。


 とりあえず、王子と大臣の息子は止めといた方がいい。

 学園で剣を習っていたらしいが、あえて指摘するなら、それは形だけのおままごとだから、役に立たないから。


 でも、そんなバカ正直に指摘なんて声を出して言ってなんてあーげない。

 せいぜい苦戦しろ。


 未来、チカジカ起こるだろう苦難を想像して楽しくご飯が食べられそうだ。

 セナもめしウマを体験したいらしいので、指南してあげよう。


 隣にはセナがいて心底楽しそうな顔をしている。


 お貴族様に風呂も豪華な料理も無い、しかも、旅の間は貴族ではなく、爵位を凍結されるので、貴族が居る町でも屋敷に泊まれない、そんな環境が耐えられるのだろうか、とかベラベラ考えているんだろう。


 それに、資金もあるものの、それは庶民が暮らしていく中での平均だ。

 ちょっとずつ使うことが果たしてできるか。


 だから、楽しみだ。

 それと、ヤケに荷物が多い。

 途中まで馬車で行くが、そこからは徒歩なのだ。

 資金云々でそうなる。


 セナとマリアも歩きだが、セナの加護で羽のように身体は軽く感じ、肉体疲労も無し。

 旅に適した魔法を掛けてもらっているから楽しみだ。


 というか、荷物は自分で持つようにと紙に書かれていただろうに。

 王は彼らに言葉ではなく、紙に印刷した物を配った。


 これはマリアが提案した旅のしおり。

 こういうのは、何人か持ってなかったり全く読んでなかったりするから面白い。

 誰が読んで誰が読んでないのか。

 それを見るのも楽しみだ。


 因みにセナとマリアはあくまでも監視官なので一切手は貸さない。

 それも紙に書いてある。

 分厚くなったからね。


 でも、一週間もあったら余裕で読破できるし。

 と、まあ彼らに仕掛けたトラっプの解説はまだ一割だが、ここまでにしておく。

 追随にまた説明していく。


 馬車で城を出て城下町へ行くと人が避けていく。


 馬車がある世界では良くある風景。

 セナと自分は勿論彼らとは違う馬車。

 身分も住む世界も違うからとーぜん!


 それだけでもご飯三倍はイケる。


 セナに優越感が凄いと興奮している様を伝えると嬉しそうに相槌を打ってきた。

 この日のために皆で知恵を出し合って報復方法を考えだものね。


「あ、もう外に出るみたい。ていうかあの荷物持てるの?」


「持てなくても腕が折れても持ってもらうがな」


「うんうん、だよね」


 自分達の荷物だからね。

 魔法使いも居るが、自分の荷物だけでいっぱいなようだから、他の人の荷物なんて持て無さそうだ。


 外へ出ると荷物を出していく騎士達。

 王子達はあっけに取られてそれを見ている。

 あらら、しおり見てないのか。


 やっぱりと残念でしたという気持ちで見ているとあっという間に馬車は王城へ向かって引き返していく。

 待てと叫んでも後の祭り。


 森の前なので、歩くのも大変。

 王子達が蒼然としているとセナが立ちふさがって悠然とした態度で宣言する。


「これより瘴気と魔物の浄化の旅を開始せよ」


 セナに言われて王子達は慌てて問う。


「馬車で移動しないのですか?」


「あれは王族の預かりもの。貴様らは既に爵位が凍結されている。名乗る事は既に不可能だ。よって譲渡された資金のみ使うことが許される」


「荷物は」


「それは貴様らが自ら用意した荷物―かったるい。もう公の場じゃねぇから止める。お前らが荷物を選んだんだ。自分のものは持て」


 恭しい言葉遣いが早々に面倒に思ったらしく、吐き捨てた。


 絶望の顔をする男達にリリカが笑う。


「大丈夫だよ。皆で持てば重くないし」


 そう言って鞄の一つを持ち上げようとするが持ち上がらない―演出をする。なんと計画的なのだろう。


 ふらつく足に慌てるのはやはり周りで。

 男達は我先にとリリカの傍に寄り、鞄を持ったりリリカを支えたり平気かと声を掛ける。


(何病弱装ってるんだか)


 それが嘘だと知ってるから白ける。

 セナも茶番が始まったからか至極楽しそうに見ていると、彼らでも持てない荷物が出てくると、皆一様に魔術師を見た。

 彼は城の中で最年少の王宮魔術師。


 活発な顔付きに反してその性格は正反対だ。

 周りからは根暗と囁かれ、蔑まれている、所謂当て馬だ。


 なまじ天才と呼ばれているだけにやっかみを受けやすい。

 最初、彼はマリアにストレスを溜めないようにと環境を整えてくれた。


 しかし、徐々にその気持ちと精神はリリカに染められてしまった。

 その結果、視線は冷たくなり少年はそのお得意の魔法でマリアをみすぼらしい格好にして城の外へ移動させた。


 ほぼ無一文だ。

 彼は己の魔法を困っている人のために使いたいと言っていたが、ねぇ、貴方がやった事は正解だった?


 リリカは本当に困って無かった?

 魔法使いはその瞬間、間違えてしまった。


「ぼ、僕はもう持てません」


 荷物は自分の分を持っている。

 更に魔法使いは魔法に頼り過ぎて騎士達に比べ筋力は比べられない程軟弱。

 正直、旅のメンバーの中に居た時無理じゃないの、と呆れたものだ。


 歩くこと全く考えていないのは天才と唄われた男も同じだった。

 アホだ。

 多分、周りが期待した結果天狗になったんだと思う。


 彼が荷物の受け取りを断ると周りは気色ばむ。


「王宮使いの魔法使いが俺の命令を断るのか」


「ディー。私は平等が好ましいと前から言っていたのだけれど」


 魔法使いを横から庇う巫女の発言に怯えていた魔法使いがホっとした顔になるが、次には顔面蒼白。


「貴方は男の子でしょ。私よりも沢山持てるもの………ね?」


 ま、マジかよ、という魔法使いの絶望加減が透けて見える。

 自分の分でないし、更に重い物を物理的に持たされるなんてこの子の中にはなかった筈。


 持てと言われるよりも遥かに断りにくい言い回しをリリカは選んだ。


「持てないのなら此処で捨てろ」


「なっ!そ、それはできません!」


 セナが短くアドバイスをあげたというのに噛み付いてくる騎士。


 騎士風情が反論するなんて痴がましい。

 冷たい目で見るが仮面越し故に相手に見えないのが残念だ。


「では俺からもう言うことは無い」


 セナは、ならさっさと進めと顎で促す。

 それにゆっくりと歩みを始める男達。

 リリカ?リリカは勿論何にも持ってない。


 自分の分を魔法使いに持たせている。

 しっかし、おっそい。

 荷物が重いせいだろう。

 そうこうしている間に夕方になってくる。


 そうそう、この世界って魔物居ます。


「ゴブリンだ!」


 付け焼き刃な陣になって固まると王子達は剣を抜く。

 まだ二匹くらいだから何とかなる。

 と、思っていたが。


「くっ」


 どうやら殺生するのに躊躇している。

 魔物を倒すのも旅の目的なのに、最初からこれとか笑えた。


 セナとマリアはセナが張ってくれている結界で悠々自適に過ごしている。

 椅子とテーブルを出して紅茶を飲む。

 戦っている最中にリリカがこちらを見て何やら羨ましそうだった。


 漸くゴブリンを倒したのは何分も後。

 倒し終わって座り込むのは男達で後ろで守られていたリリカはこちらにやってきた。


「あぎゃ!」


 ―ゴンっ


 結界に鼻をぶつけていい音と共にうずくまる。

 ぷぷ、防音だからこっちの音は聞こえない。


「セナ、リリカが自分からぶつかってきた」


「結界を知らないとはな」


 セナも鼻で笑って見物モード。

 あー、おっかしい~。

 くすくすと笑ってからフレーバーティーを飲む。


 セナと一緒に開発したこの世界で初めてのフレーバーティーだ。

 そろそろ販売に漕ぎ着ける。

 鼻から抜ける感覚を堪能し、テーブルと椅子がセナによって仕舞われる。

 どこにかというと、魔法使いと同じアイテムボっクスだ。


 魔族だから魔力が多く、それに比例してアイテムボっクスも広い。

 魔法使いなんてお呼びではないのだ。

 疲れ切っているハーレム達は何事かとリリカを見て慌てる。


 リリカを心配してではく、何の了承も得ずにセナに近付いたことに対してであった。


「森を通ったら昼ご飯にしよう」


 そう言ってリリカの意識を逸らそうとする神官の男。


 この男も勿論ハーレムの一人。

 しかし、リリカは結界の取れたセナに近寄ろうとする。


「わあ、いい香り。何を飲んでたんです?」


 図々しい。

 というか、また断りもなく話しかけてきた。

 慌てて神官の男がリリカ!と呼ぶ。


「もう、何なの?私はコルナー公爵様とお話しているのよ?」


 少し苛立ったように邪魔するな、と牽制する女。

 対するセナは口を開かずに佇む。


 そもそも発言してもいいと言っていない相手に、話す義務はない。


「リリカも飲んでみたいです。良ければですけど」


 断るわけないと信じ切っている。

 だが、神官が顔を青くして謝った。


「公爵様。ご無礼をおゆるし下さい」


「今の分はお前に免じて許してやる」


 今にもぶっ倒れそうな神官はリリカを無理矢理引いて去っていく。

 これ以上罪を重ねさせるわけにはというあせりだろう。


 セナが許したのは相手が警戒しないように、ボロが出やすいように。

 それ以外の意図はない。


 ゴブリンも満足に倒せない男たちにお疲れ様を言い、彼らの精神を犯していくリリカを眺めながら鼻で笑う。

 いつまで彼らを気遣う余裕が持てるかな。


 森をやっとの事で抜けた事には男達は限界だと座り込む。

 これからまだご飯の用意という体力を削られるものが待っている。


 しかし、今は身分が凍結されているというのを分かっていない王子が自分よりも下の地位にある男達に昼飯を用意しろと命令しだした。


 今まで不満な事を感じなかった面々が、ここにきて漸く不服な空気を醸し出し始める。


 しかし、彼らは小さい頃から上下関係が染み付いているだけに断るという言葉を言うのはやらなかった。


 いつまで命令を聞き続けられるか見ものだ。


「俺達は向こうで食べる。こっちの分はこっちでやるから気にすんな」


 セナやマリアの分を用意される前に言うセナに付いていく。


 彼らと二ペース程距離を置いて魔法で料理をポンポン出していく。


 その様を王子やリリカを含めた全員が唖然とした顔で見ていた。


(ふふん。どうだ羨ましいだろー)


 これぞまさにセナ達と考えた作戦だ。

 こういう小さな事を横でやって傍らに居る奴らの精神を削っていく。


 そして、相手のボロを出やすくさせる。

 簡単に言うとストレスを溜めさせるわけだ。


 しかし、あの間抜けな面は最高だ。

 二ペース分あるとはいえ、会話はしっかり聞こえてくる。


 こちらは優雅にランチタイムをしているだけに、ご飯が進む。


「まだできないのか」


「用意し始めたばっかりですから」


「リリカ、お腹空いたわ」


 王子とリリカがまだ用意しているというのに文句を言い出す。


 用意している方だって歩いて戦ったから、同じようにお腹も空いて体力だってカツカツなのにねえ。



 また数分経っても料理が出てこない事に、苛々し出す王子とニコニコと笑っていながらも、早くしろよと空気で発するリリカ。


 料理をしている面々が貴族だから、当然料理できない。

 頼みの綱であろう騎士だが、彼も家柄が良く、町の外に向かうという任務もやらなかったために知識がない。


 剣を振るうしか無い男だったのだ。

 神官も神官で、いい身分だった為に包丁を使えていない。

 まだ生焼けな筈の肉を焼いている騎士から、無理矢理奪う王子。


「もう随分と焼いているではないか」


「まだできてません!」


「嘘を付け……ぶは!何だコレは!」


「ですからまだと言ったんです」


 齧り付くという王族として有り得ない事をしながらも、逆ギレする。


「くそ!早くしろ!いつになったら食えるんだ!?」


「ちっ」


「おい、今舌打ちしたのか?」


 面倒くさい王子の相手をする事もなく、王子から身体を逸らして肉を再度焼く騎士。


「ふふふ、荒れてんなぁ」


 セナが笑うので同意する。

 傭兵や騎士を集めた理由を知らなかった、彼らの落ち度。


 眺めていると、リリカが立ち上がりこちらに目掛けて歩いてきた。


「すがってきたよお姫様が」


 ぽそっと言うとセナも面白そうな顔を引っ込め結界をはる。


「ぎゃあ!ま、また!?」


 またぶつかった。

 はあ、最高。


「あ、あの、公爵様ー、よければ私もご一緒したいです」


 セナは何も言わない。

 後ろから王子が慌ててやってくる。


「リリカ!説明したろ?お許しもないのに話しかけてはいないって」


「でも、今は旅をしてるんだし無礼講じゃない?」


 それは勝手にそう思ってるだけ。

 誰もブレイコウだなんて言ってない。


「そ、そんなわけない。お許しを」


「それより、ディー。公爵様にご飯をわけてもらいましょう?その方が効率がいいわ」


 ディーは言葉に詰まったがテーブルにある料理を見たとたん、喉仏がごくりと鳴る。

 ああ、食欲に堕ちた。


「公爵様発言をお許し下さいませんか?」


「なんだ」


「そこの料理をワレらに」


「それについてはしおりに明記されてる。以上だ」


「し、しおり?」


 王子達の疑問は放っておいて食事をする。

 何のことだと二人が会話しているが、読んでないなこれは。


『旅に起こる全て(ご飯、寝床、戦闘、負傷、病、金銭、その他)については監視官は何の責任もない。手助けはしない。これらについての契約書は既に各自受理されている』


 と記されている。

 このしおりにはそんな事が沢山書いてあるのだ。


 ついでに慈悲をこうとペナルティが科せられるとだけ明記されたのが端っこに小さくあるが、それはまた違う時にでも。


 そうこうしている間に漸くくちゃくちゃなしおりを取り出したリリカ。


 王子の鞄を漁ったら出てきたらしい。

 自分のはないんかい。


 持ってきてないのか、それともぐちゃぐちゃで有る場所が分からないのか。


 どちらにせよ、重要な事がいっぱい書いているのだから既にリリカは退場待ったなしだな。


 しめしめと思いながらスマートに紅茶を飲んではご飯を口に入れる。

 ああ、美味。


 彼らに追い出されて直ぐにはこんな食べ物はなかった。


 彼らにもたーっくさん経験して貰わないと。


 たーくさんたーくさん、苦しんで貰わないとね。


 ニヤニヤする口元を隠さなくていいのが仮面のいいところだろう。


 リリカと王子は一部だけを読み終わったらしく、最悪だというのを隠さずに座り込む。


 王族なら何でも免除されると思った?

 正解は、されるわけありませーん。

 形だけの旅だと勝手に思い込んでいたらしい。


 さぞがっかりしただろう。

 もう帰りたいと言ってもどうにもならない。


 なぜなら公務であって、帰っても爵位は凍結されているから平民に落ちる。


 旅を完遂させられなかったなら、更に今までに王族としてかけられたお金を返済しなければならないのだから、労働も科せられる。


 それはまた旅が終わってからのお話しだから今は関係ないけれど。


 もぐもぐと咀嚼して食べ終わるとコクリと紅茶を飲む。

 うむ、食後の紅茶は格別だ。


 セナも食べ終えて一服の休憩を挟んでいる。


 それをツバを飲んで見ている王子達はガン無視だ。


 しかし、こちらは関係ないから無関心を装う。


 でも、観察はしているから楽しい。


 漸くご飯ができた彼らだが、香辛料を使う加減を間違えているのか美味しそうには思えない。


 様子を見ているとどうやら美味しそうではないらしく、苦々しい物を食べている顔をしている。


 できれば1週間後には困窮してもらいたと思っていたが、それも時間の問題だろう。


 これぞ、まさに報復に相応しいプロローグ。


「不味い………」


「文句があるなら食べなければ宜しいのでは?」


 騎士と、何故かハーレムに居る庭師。

 彼は見たことがなかったが、どうやら居なかった時に加わったらしい。


 どうやって組み込まれたのか。


 リリカに口添えされて旅に同席したのかもしれない。


 でも、修羅の道を選んだのは庭師にほか無い。


 口説く時間に、余裕があるとみていたようだが、彼ら王族も同じように時間があるのなら同じように口説ける。


 庭師が王族と同等にリリカの傍に居られるだなんてあるわけない。


 今、まさに王子に顎で使われている。

 彼は文句があっても言えない。


 なんせ、彼は平民だからだ。


 良く人妻と庭師の愛憎劇があるが、その惚れた相手が逆ハーを築いている女。

 最悪な相手なのだ。


 寄りにもよって、だった。

 セナはあの料理を見て鼻で笑う。


「何で、あいつらは付いてこようと思ったのか頭の中を覗きてぇ」


「本当にね。一年間何やってたんだか。野宿の仕方も知らないなんてね~」


 料理の仕方も歩き方もやっていないらしい。

 なんで、旅に出られると思ったんだか。

 やっぱ王族が居る旅は楽なんだって思っていたんだろうね。


 良くあるなぞられた旅だとか、できレース。


 或いはデモンストレーション。


 それとも形式だけの英雄を名乗れるようになる台本有りきの物語。


 全ては政治絡みで起きるものだった筈だ。


 巫女の存在だって、魔物を倒してくれる存在と庶民に認めてもらえれば箔が付いて、魔族には認められなくても、人間の王家側には置いておいても構わないと思われるのが目的。


 しかし、そこに魔族という者が介入した場合は、できレースも台本もシナリオも通用しない、やらせをさせてもらえなくなる。


 きっと、王はそれを回避する為に魔族に、リリカの存在を伝えなかったのだろうと、セナの側近のポルカが雑談混じりに教えてくれた。


 二人目の存在であるマリアをこっそり追放したのも、巫女が二人居ると立役者として担ぎ上げるのが二度手間になる、と踏んだのもあるだろう、と言ったのは同じく側近のナイア。


 頑張ったね辛かったね、でももう苦しい事はないから、と慰めてくれたヤンヤン。


 セナを慕う人達のお陰で人間不信にはなっているが、この世界の一部分は悪くないと今では思っている。


 彼らが居たから凍った心は溶けた。


「もう、最悪~」


 ぽそっと言ったつもりだったリリカの呟きに、周りはリリカを目視する。


 セナが居るから、気が紛れ始めているのではないかという見解は当たっていた。


 彼らよりも、身分の高いセナが登場することによってリリカの気がセナに向く。


 それにより、リリカが作ったハーレムの男達を、管理するのが緩くなると考えたのだが、思いの他、綻びが出始めている。


 リリカと不本意に共に居ると、自ずと彼女の致命的な弱点も熟知していた。


 彼女の弱点、それは―飽き性という事だ。


 リリカは極端に飽きる。


 熱意は一際燃えたぎらせる癖に、飽きる時は驚く程冷たくなるのだ。


 前にカード集めにハマったリリカがマリアもするように強要し。


それに付き合って飽き飽きしていたが辛抱強く続けた。


そしたら、いきなりある日「え?まだやってんの?」とこっちが唖然となる言葉を言ってくる。


 そんな飽き性に付き合わされるわけだ。


 良く耐えたと自分を何度慰めた事か。

 男を作る時も、男に夢中になったと思ったらあっさり捨てる。


 それがリリカの短所だ。


 決して長所はそこではない。


 敢えて長所があるというのなら、それは頭が緩いという点だろう。


 それを知っているからこそ、この何年掛かるか分からない旅を始動させた。

 途中で止めても止めなくても地獄行き。


 これ程楽しい見世物はない。


 それを観察できる位置に居られるなんて、幸運と言える。


 リリカが己の失言に気付いて慌てて笑顔で取り繕う様と言ったら、ない。


 ふふふ、と小さく笑みを零してしまうくらい笑える。


 内心もっともっと笑いたいが、ここで笑うと目立つので我慢する。


 笑うと彼らに目を付けられてしまうのは本意ではないしね。


 男達はリリカの笑みに疑心暗鬼を感じ始める、なんて事はなく、少し空気が和らいだ。


 男達がバカと呼ばれる由縁だろう。

 王も彼らを放置していたのだから始末に負えない。


 王子達はランチを不承認の面持ちで食べ終わり、片付けた。


 片付けたのは王子とリリカ以外だが。

 食べた事で荷物は無くなった分軽くなった筈だが、それでも微々たるもの。


 やはり、重そうに持って歩き出す。


 夜になるまでまだ少しあるので少しでも歩みを進めた方がいい。


 森を抜けたもののまだ村や町に行く距離は遠い。


 セナが、緩和と肉体強化を掛けてくれている自分とは違って、彼らはなんの魔法も加護も無い。


 肉体を疲労させていく彼らを観察するのが、楽しい。

 どんどん、疲れを溜めていく様子を見ているとまた魔物が出てきた。

 小さくて細かい魔物は、適当にあしらえると思ったがやはり苦戦。


 騎士も、想像通りに型にハマった戦い方しかできていない。

 庭師なんて論外。


 リリカなんて、光魔法しかできないから戦うなんて無理だ。


 光魔法でも、戦える方法なんてあるのに、それをやってこなかった。


 光魔法の治癒ですら、かすり傷や切り傷しか治せないへっぽこ仕様。


 カサブタが、できるまでしか治せないというのだから、やはり中途半端だ。

 あ、魔術師が転けた。


 前に出過ぎたのだ。


 魔法使いは後衛だと決まっているのに、陣形すら守れないチームワーク。


 バテだしたチームのメンバー達は、負けたらイコール死というのを直面している分、必死。


 傍観に徹していると、何故かリリカがこちらに来るという意味不明な行動をしだす。


 セナのところへ逃げ込めば、助けて貰えると思ってる。


 だが、しおりにも明記されている通り、例え死んでも死にかけても一切何も手を貸さないと記されている。


 偉大なる(人間が誇大に言ってるだけ)な魔族は盟約には従う。


 破るなんて真似しない。

 立派でしょ?


 くすくすと笑いたいくなる。

 人間が勝手に抱いている幻想を最大限に利用したこの計画。


 散々神格化という美化をされてウンザリしている魔族達も大賛成、大賛同、大推奨だ。


 アイドルでもないのに押し付けがましく、恩を着せてますって人間側の欲望には心底がっかりしている。


 なので、最近では加護を与える魔族も減ってきているらしい。


 だから、リリカとマリアの召喚された国も必死に加護を得ようと必死なのだ。


 リリカが離れた事に気付いた庭師が、慌てて呼ぶ。


 こちらとあちらの中間地点に来た時に、彼女目掛けて虫型の魔物が突進。


 ヨロメイて尻餅を付いたが、頬に傷ができた。


 あーあ、ご自慢の美貌に傷が付いちゃったね。

 他人事で内心呟く。


 頬に掠ったくらいで、大袈裟な痛さを訴えるリリカに王子達は大慌て。


 でも、戦闘が終わった後に傷の程度を知った時にも、そんなに慌てられるのかねえ。



 戦闘が漸く終わった。

 終わった途端、皆ドサっと汚れるのも構わず勢い良く座り込む。


 リリカもリリカで、水の一杯もやればいいのに。

 それどころか。


「怪我したー!リリカの綺麗な肌に傷がっ。治して!早く治して!」


 神官も神官で、魔力を温存したいという天秤をかけていて動きが鈍い。


「リリカ様。ご自分の光魔法をお使いになさった方が宜しいかと」


「リリカのじゃカサブタできちゃう!こんな野蛮な世界の医療技術でも遅れてるのに!治療もできないのよ!さっさと治して!」


 リリカの本音が出るわ出るわ。

 確かに、この世界の医療は魔法がある為に大分魔法に頼りっきりだ。


 軟膏だって、思ったよりも効き目は薄い。

 神官は、リリカの発言に眉をひそめたが、王子が怒った口調で進言する。


「怪我の治療くらい、まだ魔力が残ってるだろ。リリカの顔に傷が付いたんだ。さっさと治せ」


「しかし、この先また魔物が出ないとも限りません」


「出ても我らが切り捨てる。構わん。治せ」


 もう上下関係なんてなくなっているのに、まだこの王子は王子気分らしい。


 なーにが切り捨てるだ、今の魔物だって苦戦していた癖に、大口叩いちゃってさ。


「考え無しにも程があるだろ。あいつが次代の王だったなんて、身分を凍結されて民も感謝するんだろうな」


 セナも王子の計画性の無い発言には呆れ返っている。


 仮に国が攻め込まれたとして、兵糧攻めだけでかの国を物にできるだろう。


 溜息を吐き掛けたセナはつぶさに周りを観察している。


 まだ、リリカの本性に眉をあからさまにひそめる人間は居ないようで残念。


 結局、リリカに無駄な魔力を使った神官。

 休憩も程々に歩き出した。


 もう今にもオーバーしそうな顔をしている面々に対して、リリカは足が痛いと言い出す。


「ねー、バルジ。おんぶしてちょうだい」


 バルジと呼ばれた騎士が、ギョっとした顔をする。


 此処が王宮だったなら、体力が万全だったなら、喜んでと抱きかかえていただろうに。


 その陰は見るも無残にも無い。


 彼女は、大荷物を抱えた疲労で倒れそうな人間に、元気な自分をおぶれと述べているわけだ。


 王子だって荷物を抱えているのに、リリカだけ何も持っていない。


 それを理解している騎士は、疲れた顔を隠さずに苦言する。


「リリカ。申し訳ないが、それをする体力がもうないのだ」


「えー!リリカ足痛い!もう歩けない。休憩しましょうよ」


「リリカの発言にも一理ある。今日は此処で野宿しよう」


 騎士が頷くと、駄々を捏ね出す王子とリリカ。

 野宿なんて嫌だ、と。


 王子達の発言には?となる。

 旅を、どんな快適に送れると思い込んでいたんだろう。


 毎日宿に泊まれるわけもない。


 更に言えば、彼らの遅い足で辿り着けるわけもない。


 殆どが野宿、というワイルド計画という予想は当たった。


 さてさて、リリカは音をいつ上げるのかな。


 上げたって、もう引き返すのは不可能だし、途中棄権も無理だ。


 何せ、王と魔族の認可している公務。

 撤回して撤退した先に待っているのはもう優雅で悠々自適な生活等欠片も無い。

 踊って見せてもらいたい。


 王子とリリカは、早めのリタイアを告げそう。


 リタイアという名の平民落ち。

 王子は辺境の屋敷という待遇が高いが、何の後ろ盾もないリリカは底辺に落ちる。


「そんな我儘は通りませんよ」


「チルウィ、転移で俺達を町まで運べ」


 チルウィと呼ばれた魔法使いの最年少はおどおどして首を横に振る。


「こんな大人数の大荷物を運ぶなんて無理です。只でさえ魔物に魔法を使いましたから、何もできません」


「役に立たない。何故付いてきた?」


 おおっと、自分にも返ってくる言葉を吐いた。

 チルウィは眉根を寄せて黙り込む。

 お前に言われたくないオーラを発している。


 五十歩百歩な会話だけど。


「チルウィ、気にしなくてもいいのよ」


 リリカが妙に優しい。

 こりゃ何か企んでるな。

 チルウィに優しいって事は何かさせようとしているかも。


 セナの方を向くと心配無いと目で言われて前に向き直る。

 何かやってくれているらしいので楽しみだ。


 疲れ切った顔でテントを張り出す騎士達。

 王子は踏ん反り返っているが、とうとう神官が王子にも手伝うように言い出す。

 それに激怒する王子。


「何故私がそんな事をしなければならない?私は王子だぞ」


 神官は子供を宥めるように言い含める。

 今は身分が凍結されているし王子ではない。

 この旅に付いてきたならやっておくべき。


 自分達が居ない時に困るのは王子。

 と正論を並べたが、やはり生まれた時から甘やかされてきたせいで生じる思考に従う。


「凍結など只の形式だ。付いてきたのはこんな事をやる為ではない。お前達が居なくてもいざという時にはできる」


 神官の目が微かに細くなる。


「では、いざという時にできるという証明をして欲しいです」


「なに?」


「王子はできるのでしょう?なら、今やっても何ら困ることはない筈」


「何故俺が」


「やはり、おできにならないのですね。失礼しました。ご自由に。私はこれで」


 神官の見事な挑発で王子が立ち上がりドスドスと神官より前に出る。

 神官がハーレムの仲間じゃなかったら惜しい人材だったのに。


 意気がった王子は意気込みとは打って変わり大惨事な結果になった。

 当たり前といえば当たり前だろう。


 今まで火を起こした事なんてないのだろうし。

 起こせなかった王子は顔を真っ赤にして何度も火を作ろうとしたが全く反応なし。


 最終的に投げ出した。

 これじゃあ一人で生きていけないよ。


「リリカ、貴女も練習しておいたら如何です」


 甘い言葉で誘導しようとするがリリカはお肌が傷つくと嫌がる。

 別に無理にしなくていい。


 どうせその時はやらざる負えないんだしね。

 リリカが嫌というで神官は仕方ないと甘やかす。


 王子には強かったのにリリカには甘いってやっぱり駄目だなあ。

 神官としてちゃんと教育をする人だっているのに、その分別に私情が入っている。


 さて、と。

 マリアは彼らよりもずっと離れてセナに言う。


「家を建てるね」


「遂に外で使えるのか。何だか感慨深いな」


 マリアはリリカとは正反対の適正である闇魔法を使う。

 その闇魔法を闇属性の魔族達に指南してもらいオリジナルを日々研究して切磋琢磨していた。


 彼女とは違って魔法は結構使えるようになってなんちゃって建築をやれるようになったのだ。


「クリエイト……自宅」


 流石に無詠唱とかは無理だが、五分かけてじっくりと実体化させる。

 門番と見張りを立ててカメラもセっト。

 セナが入られないように、言い訳されないようにカメラも付けた方がいいとアドバイスしてくれたので付けた。


 カメラがこの世界にもあるらしい。

 ムービーは取れないが、マリアの異世界の想像力で具現化させたからセナも驚いていた。


 ムービーの機器は監視カメラとまんま付けた。


 元々ある物に違うネームを付けられる程マリアは大物ではないし鋼の心も持っていない。


 しっくりくる名前がやはりいいと思う。


 王子達を見ると口をあんぐりと開けて家を見上げていた。


 一階建てなのは二階建てにする理由がないから。


 リリカも呆然と見ていた。

 ふふん、と鼻が高くなる。

 セナと共に入っていく。


「一応忠告しておく。家に入ろうとしたらどんな理由だろうとたたっ斬る」


 騒がれて起こされるのが嫌なセナが釘を刺しておく。


 王子達はまだ見入っているらしく空返事。

 本当に大事なのだろうか。


「家中はあんま変わらねぇな」


「いじるのも考えものだし」


 寝室に向かって二人で布団に入り寝付く。


 しかし、一時間もしない内にテレビ(これも具現化)に監視カメラの映像が映る。


「コルナー様!」


「私達をお入れ下さい!」


「あいつらぶっコロしてやる」


 睡眠を邪魔されてセナがご乱心だ。


 彼はメガホンみたいな魔法で、王子達であろう人間に問う。


「とても寒くてとても寝れません!」


「粗末なテント等では死んでしまいます!」


 叫んでいるのは王子と庭師。

 リリカと魔術師を見ると何故が唖然としている。


 セナが短く馬鹿だな、と言う。


「あの女と魔術師が城に転移しようとした」


「失敗したの?」


「ああ。署名させた紙に魔法を施しておいた」


 彼が言うには直ぐに追いつける距離しか転移できないし、逃げようと考えて転移するだけでもう発動しないという事だ。


 つまりは逃げようとしてリリカは魔術師を誘ったようだ。


 しかし、移動しないし行けないしで唖然としている。


「そこの女と魔術師は後に逃亡の罰を受けてもらう」


 セナの拡声器魔法で述べられた二人は身体を震わせる。


 王子達は何のことだか分からないといった顔で二人を見た。

 リリカが自分達だけ逃げようとしたなんて知られたら流石に不審に思うかも。

 あくまでかも、程度。


 これから彼女の化けの皮を剥がしていくので別に誤魔化したって誤魔化されたってどうでもいい。

 この旅の空気が底辺に悪くなればいいいなー、という程度だ。


 セナが防音の魔法を掛けたので王子達の煩わしい声が聞こえなくなる。

 というか、こんなに叫んだら魔物来るよ。

 神官が宥めたから魔物が来る事態は避けられたので残念。

 朝になって起きると、家の中に完備されているキッチンと冷蔵庫の中身で朝食を作る。


 換気扇が回っているから、いい匂いが外に漏れるが問題ではない。


 防音をかけているので、外の音は聞こえない。

 セナが置きてきたので椅子を勧める。


「あいつら絶対ぇ許さねぇ」


 昨日の、馬鹿馬鹿しいまでの騒動を根に持っているらしい。


「まあまあ。それは今置いといてご飯食べよう」


 忘れようと言わない。


「それもそうだな」


 おにぎりを手に持って彼はもぐもぐと食べ出す。

 彼の食べる姿が好きなので眺めつつ自分も食べる。


 正直、飯ウマなら喜んで食べていたが、騒いでいるだけなんて家畜よりも害畜。


 顔を見て食べるだなんて、胃もたれを起こす。


 そういう風に、想像してしまうくらい無理。


 セナも今日の朝くらいは、ゆるりとした時間を過ごしたいのか、文句を飲み込んだ。


 それにしても今日も格好いい。

 朝から爽やかな気分になる。


 セナの顔を見て、一日を楽しく暮らせるという願掛けを内心やっておく。


 彼に言うと、対価を要求されるだろうし。


 歩き出したのは、王子達が朝食を作るのに四苦八苦しながらも食べ終わった後。


 朝食だけで、三時間も経過したからお昼になっても町へ着く気配はなかった。


 その間暇なので本を読みながら闇魔法で作った浮遊する椅子に乗って移動していた。


 セナもお風呂型の乗り物に乗って移動。

 彼らは勿論羨ましそうに眺めていた。

 重い荷物を持ちながら汗を流してヒィヒィと呻いている。


 もう捨てればいいのに。


 魔物だって出るから、その度に剣を振るう。


 ―ガッガッ


 魔物の攻撃を受けながらも、なんとか仕掛けようとしている騎士。


 だが、魔物が急に逸れた為に避けられる。


 臨機応変な戦い方を、学んでこなかったからそうなる。


 苦しい、苦しすぎる戦況に焦りが生まれる。


 そうなると、頼みのツナの王子は。


 疲れてしまい手が動いていない。


 助太刀するのもやらないから戦況は悪くなるだけ。


 いくら疲れていても死ぬかもしれないのに。


「ぐ!」


 腕を切られて呻く。

 若いからかそれだけで済んで良かったネー。


 どの騎士よりも先に、マリアへ剣先を突きつけた。


 その時、リリカは嘲笑っていた。

 その時の事をしっかり覚えている。


 どれ程怪我をしようと気にする気持ちを割く気はなかった。


 呻こうがなんだろうが助ける気も起きない。

 あいつは、正義を履き違えた。


「回復を!」


 騎士が叫ぶがそれより後に王子が反対する。


「私の疲労が回復していないからやめろ!」


 なんと、王子は疲れを取らせようとしていた。

 ほんと救いようがないメンツだ。


「ふざけるな!こっちは怪我をしてるんだぞっ」


「黙れ!騎士上がりの男爵が」


 だから何で一々爵位を持ち出すんだろう。

 魔物の手前、そんなの無意味ではないか。


 しかも、今言うことでもない。

 王子はもう王子ではないし。

 何度でも言うけど。


「貴様ぁ!」


 騎士が青筋を立て、プルプルとさせる。


 ―ダダダッ


 騎士が感情のままに行動しようとした途端、魔物が王子に矛先を変えて襲う。

 どうやら怒鳴ったことで魔物に感づかれた。


 それでなくとも、怒鳴ったし煩かったのだから魔物にもバレる。

 こんな時に言い合っていたら襲ってもらいたくてしていると思われても仕方ない。


 マリアだって仲間割れしているのなら好機と思う。


「ぐゥあぁ!?」


 痛みと驚きで王子が倒れる。

 騎士が慌てて後ろから刺す。


「ちっ。共倒れか」


 騎士が苛立たしげに魔物を切る。

 意図していないけど王子が身を呈して魔物の隙を作ったんだから喜べよ。


「神官。回復を」


 本当は名前を読んでいるけど面倒だから省く。

 神官は神官でいい。


 彼は城を追い出されて見えなくなるまでリリカを支えて物理的に親密な雰囲気で慰めていた。


 平等に評価すると言ったその舌で、贔屓をずっと見せつけていた。


 擁護もしてくれず、罵倒はなかったが、存在をいつまでも認識してくれなかったのだ。


 何が、神官だ。


 何が「貴女達は私が責任を持って保護いたします」だ。


 そもそも、召喚自体法律に触れていた。

 貫いていた、どうしようもない、言い訳できぬ程。


 なのに、何が保護しますだ。

 世界を救ってくれとか言う前に自衛しろ。


 悪いと思ってるのなら初めから召喚なんて手を出す真似などしない筈。


 言っていることと誠意が可笑しかった。



 その時点で気付くべきだった。


 魔法と言うものがあったのでそういう想像ができなくて分からなかった。


 単純な魔法もない世界からの誘拐ならばなんとなくで分かったかもしれないが。


魔法の原理で誘拐されたとあっては、今一理解できない。


 名前で縛られるかもしれない、という危機感も名乗った後に芽生えたし。

 ないものからは、想像するには住む世界で違い過ぎた。


 空想の産物として、夢物語の魔法を現実に当てはめるのは至難の技なのである。


 王子に魔法をかける神官は、呆れた眼で王子と騎士を見ていた。


 常に冷静でいろと、説教している。

 お前が言うなっ、ていう突っ込み待ちですか?


「虫酸が走るか?」


 セナの囁きにハっとする。


「うん。今すぐ吐いた傍から気化する舌を抜きたい気分」


「だろうな。俺も良くあんな台詞が吐けるなと思った」


 セナは、黒い宝石のごとき瞳をこちらへ向ける。


 その眼に絡め取られると背筋がピンとして頬が赤く熟れる。


 こうやって視線を向けてもらえる幸運を実感するのだ。

 己だけの特権。


「だよね」


 恥ずかしさで前後の会話がわからなくなる。

 しどろもどろになると彼は額に手を当てて慰めるように動かす。


 この空間だけ甘い。


 彼は昔も今も私に甘く、優しく支えてくれる。




 彼らの騒ぎを放置して私と彼は高みの見物で終わらせた。


 結果、全員が連座で平民落ちだ。


 最初から、誰かを貴族籍のままにさせるつもりなんてなかった。


 今回でそうなったのでのではない、前の罪で落とされるのだと説明される。


 前の罪ってなんだよと、真面目に活動していたと思い込んでいる人達に一言一句、丁寧に前回のなにがヤラカシだったかを解説。


 なぜ途中で旅というか冒険章が途切れているのかといえば、単純に彼らが仲間割れしてメンバーが空中分解したからだ。


 目的に着く前に。

 割と早めに。

 冷え切ったトライアングルといった感じ。


 リリカは、相変わらず文句と媚びが同居していたが、既にそれを受け取る相手が自分のことで精一杯。


 普通に拒否されたり、その媚びボイスを止めろと怒られていたり。


 最早、誰も相手にしなくなっていた。

 リリカの立場は途中で旅を中断させ、王宮も生活を肩代わりさせる理由が消滅した。


 王族や貴族のはずの彼らはもう平民。

 リリカは宣言通り、巫女召喚の片割れ、つまりは私を探す旅に出させる。


 世界中に御触れを出して、日数限定で街に滞在させ、その間は自分の生活を自分でお金を稼がせるのみ。


 娯楽などという隙のない生活。


 私が元の生活、元の世界に帰れないと同時に彼女も戻れない。


 ハーレムの彼らは旅の中ではなく、平民になった後の末路をマリアは長い人生でありながら、日記にしっかり記録している。


 王子、平民に偉ぶって石投げられて顔が傷つき退場。

 整った顔が整わなくなったと嘆き、そのまま行方不明。


 騎士、魔物にやられ腕負傷。

 その後は使い捨てられ行方不明。


 魔法使い、ヒロインに騙されたことで精神的に落ち込むものの、平民落ちしても仕事くらいあるだろうと思い込んでいるが、その親が存在を無くしたいのか職にありつけなく、行方不明。


 庭師、勝ち組だと思ったけど、王子に旅中ぼこぼこにされ、発散に使われる日々に王子が平民に下った際に石を振りかぶって顔面に打撃。

 例外なく警邏に捕まり投獄。


 神官、彼は一番リリカに寄り添おうとしていたが、私にさえ寄り添わない心無い性根を最後まで認められなかった男が、リリカ程の怪物に付き合い切れる訳もない。


 そのバケモノレベルの性格は今やチヤホヤされた結果肥大化していき、神官は離れていく。

 それで許されるわけもなく、セナの手の者の囁きで神官を続けられなくなった。


 囁いたのは、私を見殺しにした罪人、というもの。


 もしかしたら、こちらが真の巫女だったのではと思い至ってしまったのだろう。


 王族その他も私の意見を取り入れてもらい、一家離散させて各自便利に使っているとのこと。


 自称巫女。


 巫女は巫女だったので慣れてない瘴気を無意識に吸い込む。


 このことはマリアの知らない話だが、いつの間にか帰還していた。


 穢れを知らぬ間に祓う時に、体へ移り色が真っ黒になりマーブルになる。

 そのせいで家から出ないものの、兄弟の代になった時に勘当された。


 マリアはセナと同じ存在になり、人外となったがその人生は幸福ばかりだった。


 異世界に召喚され放逐されるまでは恨みばかりだったが、今は幸せ。


「これ美味いぞ。食え」


「うん。ありがとう」


 異世界に来て漸くなにもかもうまく行ったというのは皮肉に聞こえるかもしれないが、私はどんなことだろうといいと思っている。


 マリアは今はもう地図から消えた国の名前など頭の片隅にも無くなっていた。


 彼は美味しいと語ったものを分け与えてくれる。

 今までは奪われるばかりだった人生。

 召喚という行為も私から何もかも引き剥がしたが、だからこそ憂いなく過ごせるのだ。


 相手の瞳を見て、美味しさを感受することが尊いことなのだと知れただけでも幸いだ。

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― 新着の感想 ―
これこそ、This is ザマァ。面白かったです! 修学旅行とかの旅のしおり、懐かしい…。持ち物とか諸般の注意事項とか、大事ですよね。 まるで、アリ(王子と愉快な仲間たち)が一生懸命巣を掘り、餌を集め…
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