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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傘剣なんちゃらレイド

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう~、どうにか帰り際に雨が止んでくれて、助かりましたね先輩。

 今朝がたは雷と一緒に、じゃんじゃか周囲を荒らしてくれましたが、通り過ぎたあとは暑いのなんの。そのくせ、夜の風は急激に冷たくなってくるもんですから、足やお腹が冷えちゃわないか心配になりますね。


 しかし、傘の形状というのは人の遺伝子をくすぐる何かがあるのかもしれません。

 帰ってくる途中でも、傘を手にチャンバラごっこする子、それなりにいましたよね? 刀剣のたぐいは槍とか斧とかに比べると、日常生活に転用しづらい、いわば戦闘用に設計された道具。

 それをもって争った記憶が遺伝子に刻まれているせいか、似たような形状を持つ傘を、つい振り回したく思うときがあるのかもしれませんね。


 そして、その本能や衝動もまた、幼稚ではしたないものばかりとも限らない。

 そうしなくてはいけない、という強制力のもと、役目を果たすときを待っているかもしれませんね。

 私が以前に弟から聞いた話なんですけど、耳に入れてみません?



 弟も、小さいころは傘によるチャンバラにはまっていたんですよ。

 当時のアニメや特撮でも、剣を武器に戦うキャラは多いですからね。真似をする対象に事欠かないわけです。

 それらの技を、まねっこ重視の手加減抜きでくり出すものだから、あぶないったらないでしょう。まねしないように、というテロップが出るようになったのもうなずけます。

 さいわい、弟もその友達も天運や運動神経はあるほうだったらしく、大惨事まっしぐらの道を紙一重で避けていく日々。

 特に千なんちゃらとか、万なんちゃらなんていう、連続の突き技を繰り出したときもあったなんていうから、命知らずですよね~振り返ってみますと。


 で、弟は相手がいないときの技の鍛錬にも熱心でして。

 たまたま誰も一緒に帰ることができないときでも、下校中に傘を振り回して、精度を高めんとしていたようなんです。

 通学路の中でも、大通りを外れて、田んぼふちのあぜ道を通るときなどは、練習に絶好の場所だったらしく、その日もかのポイントあたりで技の練習を始めたんです。


 その日の帰りは、雨があがって間もないということで、水たまりがそこかしこに残っていました。

 弟の通るあぜ道も、また水たまりをそこかしこにこさえていましてね。

 衝撃を浴びて、広がる波紋、跳びまくる水はねなどは、目に見えるかっこうのステータス。技の威力と完成度をはかってやろうということで、道行くところにある大小の水たまりが、それぞれ中身をかき出されるまで弟の犠牲と相成りました。


 そのときの弟の技は……確か、なんちゃらレイドとかいう、対象に飛びかかりながら剣を突き立てる技だったらしいんですね。

 刺さった地面からは、気がいっぺんに噴出して土砂を巻き上げるのだとか。相手に命中すると高い高い火柱をあげるのだとか、やたら熱心に話していましたっけね。

 まったく、そんなものを人に命中させた日には、笑い事じゃすまないと思うんですけれど。

そんなことに精魂をこめるとか、男の子って分からない生き物ですねえ、つくづく。


とまあ、なんちゃらレイドを食らいまくった水たまりは、文字通りにひとたまりもない目に遭い続けましてね。

逃げることもできず、その場で弟のなんちゃらレイドの犠牲になるのを粛々と待ち受ける。おそらくはどのような死刑囚よりも、穏やかな心地で、この時間を受け入れていたでしょう。

弟の傘も、いくつもの水たまりを仕留めた証拠として、どんどんと雨水がしみこみ、各所の底にたまる泥を肌にひっつけていきます。

刀剣は、血肉を吸いすぎると妖刀、魔剣のたぐいになるといいますが、ひょっとしたら、このときの弟の傘も同じような感じだったのかもしれません。


 もう20個ばかりの水たまりを、枯らしたでしょうか。

 いよいよ全体の3分の1近くを、泥でコーティングした弟の傘は、次なる水たまりに標的を定めます。

 これまで相手にしたものよりも、大きい水たまり。弟は喜び勇んで、傘を逆手に握りこむと、可能な限りの大ジャンプ。


「なんちゃらレイド!」


 叫びながら、長靴を履いているのをいいことに、一気に水たまりの中央へ飛び込んでいったんです。

 傘の先端もまたあやまたず水たまりの中心をとらえ、手前みそながら、これまでで一番の出来であろう、なんちゃらレイドが炸裂……したまではよかったのですが。


 65センチの傘の、柄の近辺までが一気に水たまりに沈み込んでしまったんです。

 いくらやわらかい泥とはいえ、すぐ近くの自分の足は、そこまで埋まらずに済んでいる。

 なのに、傘はあっさりとその身を沈めきって、弟もそれに釣られてかがみこんでしまいました。

 しかも両手でひっつかんで、引っ張り上げようとましたが、えらくかたい。

 地面側からも強く抵抗されて、満足に動けずにいたようです。

「そんなばかなことがあるか」と、なおも腕に力を込めていったところ。


 地面が、割れていったそうです。

 水たまりを中心に、東西南北。田んぼといわず、あぜ道といわず、弟が力を込めるにつれ、土の上にはっきりと亀裂が浮かんでいったそうです。

 やがて傘が土の中からじわりじわりと抜けていきますが、それにつれて、亀裂もはっきりと大きなものに。いよいよ先端を引き抜くにかかるときには、当時の弟の足が、すっぽりはまってしまいそうなくらいの幅になっていたとか。

 それでも、傘に必死な弟はなおも力を込めて込めて……、もうこれ以上は無理だという全力を入れたとき。


 傘は抜けました。泥とは思えない、オレンジ色を先にたっぷり塗りつけながら。

 弟は驚きました。その色の成す鮮やかさと、鼻をつく臭いに涙を流しながら。

 空は叫びました。傘のなぞる軌跡にそって、どっと灰色の身から赤いものを噴き出しながら。


 勢いよく振り上げた傘と一緒に、その場でひっくり返っていたときにはもう、弟とそのあたりの地面は真っ赤に濡れていたそうです。

 弟はけがをしていませんし、何物かがそばを通りかかって、弟に傷つけられたわけでもありません。

 ただ空が、厳密にはその宙空にあったものこそが。

 弟の傘の斬撃にやられて、血と悲鳴をたっぷりとこの地へ残したということです。

 弟はすぐにその場を逃げ帰りましたが、家に帰ったときにはもうそれらの血はすっかり乾いてしまい、傘のオレンジ色も消えてしまってて、誰にも先のことを信じてもらえそうにない状態だったのだとか。


 弟としては、あのときの傘の飲み込まれっぷりを、「鞘」におさまったかのようだと、感じているそうです。

 刀剣を納める鞘。そしてそこから抜き放つとなれば居合、抜刀術のたぐい。

 自分はあの傘で、その居合を放つための道具にされて、地面を割るほどの力を蓄えさせられたあと、空にいる何者かを切り捨てるために利用されたんじゃないか、と。

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