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8.出発点

 百合友とリュウがロイド邸に着いたのは、夕食が始まるギリギリの時間だった。久々に双子が帰ってきて、ロイド夫妻は料理人にいつもより豪華な食事を頼んだ。大きなテーブルには数々の料理が並べられ、普段の品数もリュウにとっては十分だったのだが、今晩それらを大きく超えている。それを目の当たりにし、リュウは絶句してしまった。しかし、これはよくあることなのか、ロナウド達は平然と過ごしている。


「リュウくん、最近、ずっと遅いわね……たまには早く帰ってきたらどうかしら?いろいろ話を聞いてもらいたいこともあるし……ほら、洋服のサイズもだいぶ小さくなったじゃない?」


 ロイド婦人はリュウを隣に座らせ、甲斐甲斐しく世話をする。久々の可愛らしい子供の身の回りの世話をしたくてしょうがないのだ。


「……ありがとうございます。勉強が…予定より進んでなくて……それが解消したら、もっと早く帰れると思います。あっ!でも……洋服はこの前買って頂いたばかりなので……本当に十分ありますし……あの……夫人も食べてください……」


 リュウは遠慮がちに答えるが、夫人は全く聞き入れる様子はない。分厚いステーキを切り分け、リュウの口に次々と運ぶ。


「マリア……リュウは幼子じゃない。食べさせてあげなくていい」


 リュウが困っているのを見かねて、ロイド家の当主が妻をたしなめた。マリアは不満げに見返し、傷ついた視線をリュウに向ける。


「そうなの?迷惑だったかしら?ごめんなさいね……」


「いえ!そんなことはないです!」


 リュウは大きく頭を振る。こんなに気をかけてもらっているのに、不平などあるはずもない。


「母さん!そんな言い方したら、迷惑だって言えないだろ?」


 レオナルドは呆れた声をあげた。愛情ある女性(ひと)ではあるが、面倒な部分もけっこうある。


「レオナルド!たまにしか帰ってこないのに!随分なことを言うのね!!どんだけ私が心配してるかわかってるの!?」


 レオナルドは、やれやれと苦笑いをする。今度はこっちに回ってきてしまったようだ。


「ロナウドも俺もいい大人なんだから、もういいだろ?」


 レオナルドはマッシュポテトをホークですくい、口の中に放り込む。そんな気怠そうな態度に、婦人はワナワナと震え出した。この双子は黙ってどこにでも行き、かなり危ないことをやっている。大抵知るのは終わった後で、何度肝を潰したことがあったことか!


「レオ、冷静に……母さんの気持ちも察しなきゃ」


 ロナウドは静かに弟を諭すが、弟は大きなため息をついた。母の過保護が激しいのはこの兄が発端だったりするというのに……。


「あっ……あの……すいません」


 おずおずとリュウが声をかけた。


「リュウくん、すまないね……喧嘩してるような感じだけど、普通に言いたいことを言っているだけなんだ。大丈夫だよ?」


 双子達の父親はニッコリと笑い、本当に小さいリュウの声を拾ってくれた。


「あの、本当に迷惑じゃないです。ただ……僕にはお母さんの記憶がほとんどなくて……こんなに身の回りの面倒を見てもらったことがないので……ちょっと戸惑うというか……どう反応したらいいのかわからなくて……」


 ドキドキしながら視線を上げ、周りの大人達の様子を伺った。本心を話すことは凄く怖いことで勇気がいることだ。今までの関係性を壊すことだってある。しかし、ここでは言ってもいい気がしていた。


 男性陣3人の視線はとても温かで、マリアは目に涙をいっぱいためている……。やはり、ここの人達はとても優しく、自分を大切にしてくれている。現に、今も自分の言葉をただ待ってくれている。


「嫌じゃないんです……嬉しいと思うし……はず……恥ずかしい気持ちもあって……赤ちゃんみたいに思われないかな……とか。でも、もしかしたら、お母さんって……こんな感じなのかなとか……」


 ガハッ!


 マリアはリュウを抱きしめた。甘い優しい香りをリュウは吸い込む。なんで穏やかな気持ちになるんだろうか?柔らかでとても温かい。


「悪かったわ……そうね…恥ずかしい時もあるわね……ありがとう。おばさんも、リュウくんが自分の子供のように思えるのよ……だから、もっと甘えてくれると嬉しいわ」


「はい……そうします」


 リュウは嬉しくなって即答してしまった。


 自分の周りには優しい大人が沢山いる。いや、居てくれるようになった。新宮は自分の家だと思っているが、このロイド家はそれとはまた違った帰る家に思えている。




「じゃあ、とりあえずということで。マリア、君もちゃんと食事をしたらどうだ?全然食べてないだろ?リュウも好きなものを自分で食べるといい」


 夫が威厳を示すとマリアは自分の涙を軽くぬぐう。そして、姿勢正しく座り直すと綺麗な所作で肉を切り分け口に運んだ。そられに小さく頷くと、リュウに声をかけた。


「リュウ、マリアの言うとおり。これからはもう少し早く帰ってきたらどうだ?私も君と話したいことは沢山ある。ロナウドもそうなんだが……時には歩みのスピードを落としてみることもいいかもしれないよ?」


「スピードを落とすですか?」


「あぁ、そうだよ。君達は早く走れて、人より先を行くことができるんだと思う。それはそれで良いことだ。しかしね、ゆっくりだからこそ、見える景色もあったりするんだ。だから、たまには少しゆっくり周りを見てみたらどうだろう?マリアや私に付き合ってくれないか?」


 なぜだろう?百合友が凄く大きく頷いている……。


「百合友?」


「俺もそう思う。リュウは凄く忙しくしていて……新宮では日課だったお茶の時間も無くなってるじゃないか……」


「あ……」


 リュウは口をポカンと開けた。


 新宮では、久利生も明倫もハードワーカーで忙しい人だったが、リュウとの1日のお茶の時間は欠かさなかった。いろんな話をしてくれ、時折、頑張り過ぎだと注意されることもあった。百合友もその時をとても楽しみにして、毎回新しい茶菓子を用意してくれていた。もちろん、リュウにとっても気が休まる貴重な時間だった……。


「そうだね……百合友ともちゃんと話せてなかったかも……」


「だよ!」


「そうですね。僕ももっと皆さんとお話ししたいです」


 リュウは恥ずかしそうに微笑む。なんだか、心の奥にあった緊張が一気にほぐれた気がする。そうやって、改めて周りを見渡すと、とてもキラキラしていて温かな空気で満ちているような気がした……。


「じゃあ!早速!週末!!私とお買い物に行きましょうよ!!」


 マリアはニコニコでリュウを見つめる。リュウモそれに頷こうとすると………。


「あ……悪い。それ、ちょっと待って欲しいわ」


 気まずそうに、レオナルドが小さく手を上げた。


 ええええ!!??


 とマリアが見返すが、レオナルドは真剣な目で見つめ返した。


「リュウには、俺と一緒に行ってもらいたいところがあるんだ」


「私の後にしてくれない?」


「結構、急ぐんだ」


「じゃあ、私は来週でもいいけど……」


「ごめん、下手したら数ヶ月は帰れない」


「帰れない……って、またどっかに行くつもりなの!?」


「パプチに行くつもりだ」


「えええええ!!??」


「リュウ、ゆっくりしろとか言っていたのに……悪い……。力を貸して欲しいんだ。俺とロナウドと一緒にパプチに行ってくれないか?」


「ロナウドもなの!?そんな……今……どんな状況かわかってるの?」


 マリアが声を荒げると、妻を気遣い、夫が傍へと足を運ぶ。その落ち着きようからすると、ロイド家の当主は先にこのことを知ってたようだ。


「わかってる。ロナウドが厄介な奴に命を狙われてるのは知ってるよ。ちゃんと、俺、守るから!ロナウドもリュウも!」


「冗談じゃないわ!リュウくんは新宮から頼まれているのよ!それに……ロナウドだって、何度死にかけたか……」


「マリア、落ち着きなさい。まずは最後までレオナルドの話しを聞こう」


「あなた!パプチって……まだ安定していない国じゃないの!」


「マリア、パプチは我々と深い間柄の国ではないか?」


 そう言われ、マリアはハッと思い出した。だいぶ長い間、その国のことを話題にしてこなかった。あえて……でもあったが、長い月日が過ぎたことにより、大切なことを忘れかけていた。


「……レオナルドのお嫁さんのこと……なの?」


 長いこと生死も含め、話題にあげることを拒絶されていた、レオナルドの核心の部分のことだ。親としては気になっていたが、息子の長年の様子から、もしかしたらアクアとの最後の戦争で亡くなったのかも知れないと思っていた。


「そうだよ。ラウダを助けに行きたい」


「……助けって……」


「詳しいことは後で話す!本当はリュウには先に話したかったんだけど、なかなか会えなくて……」


 いつも賑やかで社交的、それでいてどこか一歩下がって、冷静なレオナルド。そんな彼は、切羽詰まった表情をして、リュウに頭を何度も下げている。詳しいことは全くわからないが、とても重要なことなんだということはわかる。


「僕、行くよ。僕でできることなら、手伝えるよ」


 リュウはチラリと百合友に目をやると、百合友はうんうんと頷いた。で、あるなら、きっと巫子も許してくれるだろう。


「リュウ、私からも頼む。リュウの力が必要なんだ。助けて欲しい」


 ロナウドの頼みなら、なおさら断ることはしない。リュウは神妙な表情で大きく頷く。


「久利生氏から、パプチに入国するための必要な書類は届いている。リュウくんの旅券も完璧だったよ。お前たちの分は早々に手配してもらう。明後日には発てるようにする」


 父の穏やかな言葉に、レオナルドは深々と頭を下げた。


「しかし……不思議なものだな。レオナルドから話がくる前に新宮から届いたんだが……彼らは先が読めるのかね?まるで未来がわかっていたかのようだよ」


 元々、神秘的な国だと思っていたが。何とも不可思議なこともあるものだ。父親の腑に落ちない表情に対し、ロナウドは微笑む。


 そうだ、そういうことが普通によくあるところだ。


「もう……男ってホント……。レオナルドとロナウドならまだしも……どうして、リュウくんまでなのよ」


 マリアは不満たらたらで皿の上のオカズをフォークでごちゃ混ぜにする。その様子から納得がいかないのを必死に抑えているのがわかる。


「リュウはヴィサスとの繋がりがありそうなんだ。そして、ラウダを助けるにはリュウとロナウドの力が必要なんだ」


「……貴方、ラウダさんの話するの嫌がってたじゃない……」


「それは……謝る。話せなかったんだ」


「話せなかったって……家族のことじゃない」


「ごめん。ラウダは重い病気でずっと眠っていて……今まで治療法を探してたんだけど。やっと見つかったんだ」


「もしかして?僕の病気??」


「そうだよ。きっと繋がりがある」


 ロナウドはゆっくりと言葉を選び答えを返した。


「そっか……わかった、それなら急がなきゃだね」


「ありがとう、助かる」


 レオナルドが頭をさらに下げる。その様子をマリアは優しく見守ると、諦めた表情になった。


「わかったわよ。私はまた黙って待っています。その代わり、今度はちゃんとお嫁さんを家に連れてきなさい!あと!今までのこととかちゃんと聞かせてよ!」


 レオナルドは微妙な表情を浮かべるが、ロナウドが優しく肩を叩くので、うんうんと頷いた。

 







 

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