6.弟の我儘
クロスからハジマリの招待状を受け取ってから、ロナウドのそばに弟が張り付き24時間神経を尖らせている。双子の兄弟で長い付き合い、弟の自分への思いは十分過ぎるほどわかっている。だからこそ、弟の心の奥底には常に焦りが存在していることにも気づいていた。
兄としては打ち明けて欲しかったし、できる限りの力を貸すことは惜しんではいないが。そこに触れようとすると、この弟は気難しく自分を遠ざける素振りをする。
「ロナウド……すまない」
兄の行動になるべく制限をかけないように気を配り、なるべく1人の時間は離れて見守っている。先ほどのアズサとのやり取り時も気を遣って気配を消していたのだろう。彼女と別れた後、気が付けば背後に弟がついていた。
「レオ?どうして謝るの?」
「……ロナウドはあの子のこと、気になっているんだろ?そばに置きたいんじゃないか?」
「……それはどうだろうか……難しい質問だよ」
「大丈夫だから、って言ってやらなくてゴメン」
レオナルドの気持ちは痛いほど感じている。ロナウドは軽く頭を振った。レオナルドと同じように自分も弟のことを1番に考えたい。
「レオは大切な存在を失う辛さがわかっているから、簡単には言えないんだろ?」
「……そうかも……知らないな」
「昔の私たちなら、もっと自信を持っていて、自分の力でなら何でもできると思っていたかもしれないね。恐れを知らなかった」
「そうだな……随分、臆病になった部分があるかもしれない」
ロナウドは歩みをそこで止めた。そこは教塔へと向かう回廊。側には小さな庭が続く。まだ青々としている草木がこちらに向け、その葉を広げてくる。
その姿は凛としていて、生命力に溢れ、力強い。だからだろうか?ロナウドは弟がしまい込んでいる何かに触れようとしている。
「レオ、話があるんじゃない?ずっと何かを探し続けていたよね?それは今何よりも優先させることじゃないのかな?」
問われたレオナルドは口の中が一気に乾くのを感じた。その問いは切望してきたものと同時に、言いようのない恐怖も引き寄せる。
「……もう、間に合わないかもしれない。いや……
間に合うかもしれない。やっと答えに行きつけそうなんだけど……ダメかもしれない。ロナウドのことも心配だし……」
ロナウドはレオナルドの瞳を覗き込む。
「私とリュウの力があれば可能なんじゃないか?今、この時も無駄にはできないんじゃないか?」
「そうだとは思う」
「レオらしくないよ。思い立ったら動くのがレオでしょ?考えるより先が得意技だったのに、どうした?」
レオナルドが込み上げる感情を慣れた手法で抑え込もうと視線をそらす。それを許さず、ロナウドはその顔を自分に向けさせた。
「何を恐れてる?いい加減話して欲しい」
「……もう間に合わないかもしれない」
「かもしれないだろ?付き合うよ」
「間に合ったとしても、解決できないかもしれない」
「しれない、だろ?手伝わせて」
「……怖いんだ……ラウダが死んでしまうのが」
ロナウドの表情が固まった。
遠く離れた国で暮らす弟の妻。定期的にインフィニタに出かけていたので、元気にしていると思っていた。多くのことを話さないのは、あの国特有の事情で、今も不安定な状況にあるから話せないのだと思い込んでいた。無関心だと言われてしまえば……反論はできない。
「どういうこと?何があったんだ?」
「……10年くらい前、彼女が原因不明の病気になったんだ。いろいろ調べて、最近やっとわかったんだけど。多分……遺伝子の異常じゃないかと思うんだ……」
「遺伝子異常って……」
「症状がリュウの母親と酷似しているんだ。ピーノの話だと、ヴィサスではよくあったことらしい。体の設計図に欠陥があると言われていた。心臓が……弱くなっていって止まってしまう」
「ヴィサス……確かに、リュウの母親やリュウ持っているのは、ヴィサスの遺伝子である可能性が高い。もともとは、ドゥボというヴィサスの民からきたモノだから……」
「そうなんだ……ロナウドが見つけた治療法で治るかもしれない」
ガシッ!
ロナウドはレオナルドの両肩を掴むと軽く揺らしす。
「なんでもっと早く言わない!?10年……どうなってるんだ!?年齢からすると……」
絶望的な答えが頭に浮かんだ。しかし、まだ亡くなったという言葉は聞いていない。
「生命維持装置のおかげで、ラウダは病気は進行を遅らせながら眠っている」
「冷凍技術の応用か?そんな……そんな…実用化されているなんて……」
その話も深掘りたいところだが、とりあえずはラウダのことが優先だ。病気の進行を遅らせていれば、可能性はぐっと上がる。
「その装置は8年は持つといわれてたけど……」
「それなら尚更、急がないと!!」
「わかってるよ!すぐでも行きたかった!!だけど、行き着けないんだ!!」
「何があるんだ?インフィニタには行っていただろ?」
「装置はヴィサスの地下にある施設にある。かなりハイレベルなセキュリティが施されていて、ラウダしかアクセスできないんだ!彼女に母親でもダメだった。血筋じゃないし、暗号でもない!入れないんだよ!誰も!」
「個人認証システム……」
リュウとの話でレオナルドが動揺したことを思い出した。偶然だろうか?ヴィサスに繋がる子供が、今、弟が欲しい鍵に興味を持っていることが?
「ピーノというシステムの一部が言っていた。ヴィサスは必ずしも条件ではないが、その素質は大条件だったりもすると。意味不明だろ?ヴィサスに繋がる者で何度試してもダメだった。俺なんて問題外」
ウンブラとガリもダメだったし。元々ビィサスにいた子孫を辿っても無理だった。
「その中にアクセスできたのは、知る限りどれだけいるの?」
「ラウダの祖父とその従兄弟は入れたらしい。あとはラウダしか知らない」
ロナウドは限られた情報を頭の中で整理する。ヴィサスが絶対条件ではないが、その素質は絶対条件といえる?素質ってなんだろう?暗号?
「ラウダさんがアクセスする時、どうやっていた?」
「代々使う剣を刺して、血を垂らしていた」
「その剣は1つだけ?」
「少なくとも2本だと思う。ラウダの祖父の剣とその従兄弟の剣を使ったと思う」
「だとすると、剣は不変。変わるとすると血液の方かな?」
だから、血縁関係をレオナルドは長年当たっていたのだろう。
「ラウダさんの血液かデータ持ってる?その他の試した人のものもある?」
「ある……」
「とりあえず、そのサンプルを持ってインフィニタに行こう」
「え!?」
「急ごう。リュウの協力も必要だし、もう一度、ハリソン教授の力も必要だと思う。手配できる?」
「急いでやるよ!……もしかして、わかったのか!?」
いや、不確かだ。まだ全てが散らばっていて、不確実だ。しかし、レオナルドから流れてくるイメージ、双子ならではの記憶の共有は、レオナルドの視点とは違ったものをロナウドの脳にイメージさせる。ロナウドの脳の中にある数々の情報が次々と浮かんでくる。
「詳しくはデータの分析と現場での検証にかかってる。中に入れてからは、治療法の調整もある。時間がない、レオ、時間ないよ」
レオナルドは頭をガンと打たれたような気分だ。ちゃんと向き合ってくれる兄とは違い、自分はなんとなく逃げていた。単なる怖かったのだと思う。
「ロナウド……助けてくれ。頼む……助けてくれ」
とてもとても情けない姿だと思う。随分強くなったと思っていたのが愚かで恥ずかしい。兄に結局、泣きついているんだ。
「レオ、1人で抱え過ぎだ。私はお兄ちゃんだろ?幾つになっても」
ロナウドは弟の肩を大きく揺さぶる。
優先すべきは、今のこの弟だ。
「頼む」
レオナルドは深々と兄に頭を下げた。
ロナウドの脳裏にある記憶が思い起こされる。
ドゥボはヴィサスの主家血筋だったという話。そして、リュウの体の中にはドゥボの設計図が完璧に修正されて残っている。そして、その少年はその鍵に興味を持っている。
必然か?偶然か?
「リュウが、鍵なのか?」
ロナウドの思考を読んだのだろう。レオナルドの瞳から涙が溢れてくる……。