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2.終わりからの始まり

 ロナウド=ロイドは自身を実験台にし、新療法を確立して大切な子供の命を救った。彼の専門分野ではなかったが、医師のコサイン=モリコーネと遺伝子学の権威ハリソン=ハミルの協力を得られたことで細部の調整が可能となった。


 リュウにはロナウド達の治験はもちろん、変異遺伝子の存在自体も隠されていた。何も知らないリュウは、ひたすら自分の夢を叶えるために日々努力し、新宮の神学校で青春を過ごしていた。そんなある日、新薬を手にしたロナウドが現れ、リュウの体に負担をかけることなく、将来の懸念を本人が自覚する前に拭い去った。


 ロナウドの負った犠牲と自分にくれたモノを知った時、リュウの中でよりロナウドの存在の大きさは異次元のものになったのは言うまでもない。その思いはあまりにも深く、最年少記録を更新し、スノウ大学の入学資格を手にする原動力となった。


 リュウの快挙を知ったロナウドは、驚くと共に見守る子供が輝かしい人生を歩み始めたことをとても喜んだ。元々の学者生活へと戻り、平穏な毎日を過ごすしていたロナウドにとって、とても意味があることであった。


 そうして、周辺国が興味を示す中、リュウがヤマト国からスノウ国内やってきて、今現在、3ヶ月が経とうとしている。


 ちなみに、リュウの到着は予定よりだいぶ遅かなったのだが。出発が想定外に大きく遅れたのが原因だった。そこには、なかなか混み合った事情があったりもして。新宮特有のややこしさが前面に発揮された結果だった。


 新宮の久利生と明倫は、早々にリュウの留学準備を完璧に整えてはいたのだが……。なかなか送り出さず、意図的に手続きを止めていたのだ。


 思いのほか、彼らにとってこの少年は大切な家族になっていたようで。なかなか手放せない彼らの執着と、それを気遣い早く行きたいと言えないリュウ………。それは互いを想い、気遣うものだったが、未来への順当な進行を妨げる類のものになった。


 普段は仲の良いとは言えない久利生、明倫でも、なんでかそこは思惑が一致し、その高位ゆえに他の事務官や神官は沈黙せざるおえない状況に陥った。そうなると、もうどうしようもない雰囲気すら流れ始め………。


 そして、とうとう、それを見かねた新宮の巫子、刹が直接動くことになり、さすがの久利生と明倫も新宮の主には勝てず。さらに、刹は百合友に新たな力と指令を与え、リュウと共にスノウ国に移れるようにさっさと新宮を動かした。


 そんな感じで、多くの助けを得て、リュウは念願だったロナウドのもとへやって来たのだが………。


 今、もっとも幸せで輝いているはずの彼の心は、モヤモヤとした不機嫌を抱え、苦しんでいる。


 それはこの大きなキャンパスが異国にあり、生まれ育った国とは全く違う文化を持っていることからくる、ホームシックやカルチャーショックの類ではないと思う。


 スノウ国は平和で美しい国で、このスノウ大学も全てが完璧でリュウはとても気に入っているし、自分よりかなり年上の同級生とは壁を感じることはあるが、そんなことは大したことではない。むしろ、リュウの人となりと賢さを知れば逆に可愛がってくれる、誠実で優しい人が多い。


 日々の生活にも、恵まれていて不満はない。むしろ、留学生のほとんどが大学併設の寮で暮らし、自炊しながら節約生活していることを思えば、かなり贅沢な生活をさせて貰っている。

 

 ちなみに、リュウはロナウドの実家に居候していて、ロイド家の加護の下、ロナウドの家族はとても可愛がっている。この幸運を享受しておきながら、心に不満を抱えることなど、贅沢過ぎることは重々承知しているが………。


『ワガママだとは思うけど……』


 それでもなお、リュウは自分の頭と心の葛藤を抱え、コントロールができずにいる。リュウにとって今まで感じたことのない不可思議な感情は、自分には容赦がないように思えた。意識を向けるほど暴れ、苦々しいモノを広げるような気がした。


 ふぅ………。


 小さくため息をついてみる。そんなことは気休めにもならないことはわかっているが……。


【アズサ=メルケル】


 その人の顔が浮かぶと、何とも言えない気分になる。


 その名前を聞くたび、リュウの心が疼いた。


「リュウ、大丈夫か?」


 共に歩く百合友が心配そうに覗き込んだ。その呼びかけでリュウは自分が考え込んでいたことを思い出した。


「あっ、う、うん。ちょっと考え事をしていただけで大丈夫だよ」


 気遣うように微笑む姿を見て、百合友は言葉の通り受け取ってはならないと感じた。


「講義を入れすぎじゃない?もっと休んで遊んだっていいんだぞ?お昼だってわざわざ逆方向の教棟まで行かなくても………」


「そんなことないよ!講義は楽しいし!ロナウドと昼ごはんを食べたいんだ!」


「………」


 リュウはロナウドとの昼食をを何よりも楽しみにしている。少しの時間でもそばにいたいのだろう。だとすれば、これから向かう先を心待ちにしているはずなのだが……百合友の目に映るリュウはそうでもないように見える。


「リュウ、なんか気になることでもあるの?」


「えっ?」


「俺とリュウとの繋がりは長いぞ。ある程度のことはわかる」


「……そっか、そうだよね。……僕が……おかしいだけなんだと思うんだけど……」


「おかしいって?」


「今まではロナウドと僕と百合友と他の人が混ざっても全然平気で、むしろ、楽しかったんだけど……」


「うん」


「あの人が……一緒だと嫌な気持ちになるんだ……」


「あの人って?」


「……アズサさん……」


 百合友の黒い瞳がくるりと回る。


 その女性の顔が浮かんだ。悪しきものや呪術を身に纏わない、だからといって特別な何かを感じることもなく、ごく普通の人間だという印象しかなかった。心なしか、ロナウドの表情の熱量が違う時があると感じることはあるが……。


「どんなところが嫌なの?」


 その反応に、リュウは少し気落ちをした。


 そもそも、百合友は巫子の式神なのだから、人間的なドロドロした感情は抱くことはないだろう。つまり、リュウの気持ちも理解できないかもしれない。そもそも、自分すらよくわかっていないのだが……。


「……僕も……おかしいとは思うんだ……」


 百合友はその言葉に対し、頭を傾げた。


「リュウがおかしい?俺はそんなこと思わないけど??」


 リュウは思いがけない言葉に、目をパチパチさせた。


「え?百合友はアガサさんに嫌な感じはしないでしょ?きっと、こんなこと思うの僕だけだよ……」


 ギュッ


 百合子はリュウの手を引っ張ると、その歩みをとりあえず止めさせる。


「リュウ、俺が何も感じないからって、リュウが変だとか間違っているとかにはならないぞ?」


「だっ、だって!皆んな、あの人のこといい人だって言っているし……ロナウドだって……」


 百合友はそっとリュウの手を撫ぜる。その手に触れると、この子は大人びているが、まだまだその過程であると改めて感じた。


「リュウの心がどう感じるかは自由だし、それでいいと思う」


「そうかな……」


 深緑の瞳は不安げに揺れる。その不安定な表情に百合友は少しわかった気がした。


「……ロナウドが好意的に思っていたとしても、同じように思わなくていいんだぞ?」


「………あっ……あぁ……」


 そう言われると、ロナウドが好意を抱いていることを気にしていた自分に気付いた。


「リュウはリュウなんだから、嫌なら嫌でいいんだ」


「……アズサさんが悪いってわけじゃないんだ……僕にも優しくしてくれるし……だけど何で嫌な感じがするのか……わからなくて……」


 式神が人の心を理解するには限界があるが……少なくとも、目の前のこの子がとても優しい子で真っ直ぐな心を持っていることはわかる。


「リュウの気持ちはどんなものでも、俺は受け入れるし、おかしくは思わないぞ?」


「百合友……」


「そうさ!この百合友様がついてるんだから!とりあえず、大丈夫!!」


「ふふふ、なんだよ……何が大丈夫なんだよ」


「だっ、大丈夫っていったら、大丈夫なの!この百合友様は凄いんだからな!」


 歯を見せ、自慢げに笑う式神につられて笑みが溢れる。


「ふふふ、ありがと……百合友」


 心の中はまだスッキリとはしないが、先ほどよりはだいぶいい感じだ。

 

【百合友は絶対的な君の味方だよ。道に迷うことがあっても、百合友と共にあれば大丈夫だからね?】


 刹が百合友をリュウに付ける際に言った言葉だ。その時はわからなかったが、もしかしたら、こういう時のことを言っていたのだろうか?


 リュウは百合友の手を握り返した。


「百合友、ロナウドのところに行こう」


「いいのか?気が進まないなら、今日ぐらい行かなくてもいいんだぞ」


「ううん、行きたいんだ」


「そっか、わかった」


 リュウの手を引いて歩く。百合友が歩みを進めると、穏やかな風が舞う。それはリュウも優しく包み、前へと推し進める。


 主人から命じられた指令は、この子供のそばにいてただ身守ること。この子の困難を共に受け止め、唯一の味方であること。しかし、百合友はそれ以上の何かを持っている。


「百合友、ありがとね」


「いいってことよ〜」


 2人はロナウドが待つ、教授棟へと向かった。










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