不安の情景
不安の情景
もう一週間も雨が続いていた。さすがに憂鬱な気分になる。
最終電車から降り、改札を抜け、駅の西口から傘をさして外に出る。ザーザーと傘に当たる雨の音が激しい。風がないのが幸いだった。
道路脇の排水溝の蓋から溢れた水が、道路の上を川のように流れている。少し雨が続くとこれだ。排水溝に何か詰まっているのではないかと疑問が湧く。
雨天用の防水の靴を履いているが、道路がこんな川の様な状態では焼け石に水。すでに足元はずぶ濡れだ。
仕事の書類を濡らしては不味いので、鞄を胸に抱えるようにして歩く。誰も居ない雨の夜の帰り道。川のように道路を流れる水に、街灯の明かりが吸い込まれ、水が道路の上をうねる生き物のようにも見える。こんな夜には、此の世のモノとは異なるモノが姿を現す。
何かが道路を流れる川を堰き止めていた。人間の赤ん坊の様に見える。心臓の鼓動が早くなる。
近付くとそれは人形だった……。何年か前に流行したベビー人形だ。街灯に照らされた顔が、水に濡れながら無邪気に笑っている。
何処からこんな物が流れてきたのか……。
しばらく歩くと、今度は何か得体の知れないぶにゅぶにゅした物が流されてきた。
ひゅーひゅーという声のような音を出しながら流れていった。
後ろから、ぴちゃぴちゃと不規則に歩く音も聞こえる。
見ると、右足の足首から下だけが、川のようになった道路の水を避けるように飛び跳ねて歩いていた。
が、バランスを崩したのか、水の流れに嵌まり転がるように流されていった。
そして、今度はどろりとした半固形の物だ。見ようによっては、人の泣き顔のようにも見える。
”てけすた、てけすた”と言いながら流されていった。
闇の中には何かが”居る”。
こんな雨の夜には、まるで膿を出すように、その何かが押し出されてくるのだ。
坂道にさし掛かり、道路が滝の様になる。その上から人の背丈はありそうな巨大な玉が、わしゃわしゃと転がるように流されてきた。
その玉が、手のついた腕の固まりだと気付いた時には、その手に身体中を掴まれ暗い闇の中に引き摺り込まれていた……。
そして……。
残された傘だけが、クルクルと回りながら流されていった…………。