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妖魔の幸福  作者: ふぁる
6/21

これってある意味初夜よね

「お馬さん楽しいっ!」


 四つん這いのアランの上に乗り、イーヴァは上機嫌できゃっきゃと声を上げた。すっかり仲良くなった二人は、食事を終えた後もあれやこれやと様々な遊びをアランが提案し、イーヴァはまるでアランの娘であるかの様に懐いてしまった。

 その間、ヴィートリヒは食後のお茶を飲みながら明日捌く依頼を決め、久方ぶりにゆったりとした時間を味わえたと満足だった。


「アラン、すまぬがそろそろ明日の依頼の準備をして貰えぬか?」


 ヴィートリヒが依頼書のメモ書きをアランへと差し出し、申し訳なさそうに言うと、アランはハッとして立ち上がり、イーヴァを肩車した状態で「すみません、お館様!」と、頭を下げた。なんとも間抜けな光景に、ヴィートリヒはぷっと噴き出し、肩を揺らして笑った。


「仲良くなった様で何よりだが、イーヴァを寝かさねばな」


 アランは久方ぶりに見る主の笑顔に感激し、じんわりと瞳を潤ませた。邸宅に居ても執務室に籠りっきりのヴィートリヒは、口調は穏やかだが、いつも表情は疲れ切って険しく、とても笑顔を出すような余裕が無かったのだ。


「はい。寝室まで私がお運び致しましょう」


 イーヴァはアランに肩車をされたまま、その隣をヴィートリヒが並び廊下を歩いた。


 かつてない程の幸せをイーヴァは味わっていた。優しいヴィートリヒに美味しい食事。アランと遊ぶ楽しいひと時。彼女が生まれて初めて経験する事ばかりで、今までの孤独が一度に消え去った様で、イーヴァはずっとこの邸宅に居られたらいいと願わずには居られなかった。


「アラン、大好きよ!」


 アランに肩車をされながらイーヴァがそう言うと、アランはそれはそれは嬉しそうに微笑んで「私もお嬢様が大好きですよ」と返した。

 ヴィートリヒはそんな二人を見て、『仲良くなるのは結構だが、イーヴァの本当の姿を見たならばアランはどんな反応をするだろうか……』と、不安になった。

 とはいえ、暫くはこの姿のままだろうから、気に病む事も無いかと考え直していると、難しい顔をしている主人の様子にアランは明日の依頼の事を考えているのだろうと思い、気遣った。


「お館様、明日の依頼には、妖魔の他に魔獣討伐は入りますか?」


 主人の為に少しでも役立ちたいと、アランは依頼内容を聞き出し、どの武器を準備すべきか考えようと声を掛けたのだ。


「ああ。数は多く無いのでな、アサルトライフルは要らぬ。いつものシングルアクションリボルバーとダブルアクションのオートマチックガンを用意してくれればいい」

「お館様はリボルバーがお気に入りですね」

「そなたのチューニングのお陰で手に良くなじむし、不具合が生じる事も殆どないからな」


 二人の会話を聞きながら、イーヴァは不思議に思った。


——どうして私には銃を使わなかったのかしら。

 普段から銃を武器に妖魔討伐の依頼を受けているヴィートリヒが、イーヴァ相手にはホルスターから抜く事すらしなかった。ただ間抜けな男を演じ、隙をついて魔力を奪おうとしたのは何故だろうかと考えて、『ああ、つまりヴィートリヒは空腹だったのか』とイーヴァは考えた。

 つまり、依頼を数十件も受けた後で、ヴィートリヒの魔力は完全に枯渇しており、そこへ魔力をたっぷりと蓄えたイーヴァが現れたのだから、これ幸いと吸い取ったのだということだろう。


 アランに肩車された状態で、イーヴァはジロリとヴィートリヒを見下ろした。


——優しそうな男を装っているけれど、実は相当強かな奴だわ。確かに邸宅の料理はほっぺたが落っこちる程美味しかったけれど、私のメインディッシュは貴方よ。寝ている隙にキスして魔力を奪ってあげるわ! 私は人間になる為に魔力を集めているんだもの。返して貰わなきゃ!

 と、ルビーの様な瞳を細めてほくそ笑んだ。


「さて、到着致しましたよ、イーヴァお嬢様」


 アランがイーヴァをひょいと肩から降ろして抱きながら開けた部屋に、ヴィートリヒは慌てて「待て!」と、声を上げた。


「ここは俺の部屋ではないか!」


 ヴィートリヒの言う通り、質素な邸宅の中でもなるべく豪華な家具が置かれたその部屋は、ヴィートリヒの寝室だった。

 中央に置かれた巨大なベッドには、イーヴァ用の小さな枕がちょこんと添えられている。


「ですが、お館様。『寝床を用意せよ』とのご指示でしたので。これからお部屋を用意するには、掃除から始めるので時間がかかってしまいます」

「俺にイーヴァと共に寝ろと言うつもりか!?」


 顔を真っ赤にして訴えるヴィートリヒに、アランは困った様に微笑んだ。


「今日くらいは我慢してください。お嬢様も知らぬ場所に来て心細いでしょうから」

「いや、しかしだな!?」

「ほら、イーヴァお嬢様はもう『おねむ』の様ですし、早く寝かせてさしあげましょう」


 アランの腕の中でイーヴァが眠そうに瞳を擦り、こくりこくりと小さな頭を揺らしている。どこからどう見ても二~三歳児のその様子に、ヴィートリヒが何故そうも慌てるのかアランには理解ができなかった。

 恐らくその場にケーテが居たのなら、『執事失格! 天誅じゃボケ!』と殴り倒されていたに違いない。


「武器のメンテナンスはやっておきますから、お館様も今日はお休みください」

「う……うーむ」


 つまり、依頼の準備をアランが執務室で行う為、執務室のソファも使えないというわけか……と、ヴィートリヒは頭を抱えたくなった。殆ど足を踏み入れる事のない寝室に、無駄な家具は不要だと言ってソファを片づけてしまった事が悔やまれる。

 確かに幼女のイーヴァ相手に妙な気を起こそうだなどとは思わない。だが……


「俺は捕まるのではないか……?」


——これは犯罪では!?


「お館様、ひょっとして変態ですか?」


 アランが言った言葉に、ヴィートリヒは大慌てで全否定しながら首を左右に振った。


「まさか!」

「今まで奥様を娶らなかったのも、そういうご趣味が……」

「違う! 断じて違うぞ!? 俺はただ忙しくてだな!?」

「それであれば問題無いではございませんか。この体制ではお嬢様が疲れてしまいます」


 アランはイーヴァを抱えたまま部屋の中央へと歩くと、彼女の小さな身体をそっとベッドの上へと寝かせ、優しく布団をかけてやった。

 ヴィートリヒのベッドは大きいが、小さなイーヴァが眠るとまるで巨人のベッドの様に見える。


「お可愛らしいお嬢様です」

「うむ。そうだな」


 すやすやと眠るイーヴァを巨体の男と赤毛の男が覗き込み、ニマニマと微笑む姿は気味が悪いどころの騒ぎではない。イーヴァが目を覚まそうものなら、悲鳴を上げたに違いないだろう。


「ではお館様。私は失礼致します」


アランはペコリと頭を下げると、いそいそと部屋から出て行った。明日の準備をしなければと忙しいのだろう。


 ヴィートリヒは仕方なくベッドの隅に腰かけた。その途端、今までの疲れがどっと押し寄せて、あまりに強力な睡魔に抗う事もできず、パタリと倒れ込み、一瞬のうちに深い夢の世界へと旅立った。

 今までベッドに腰をかけるどころか、自分の寝室に足を踏み入れる事すら久方ぶりであるほどに忙殺されていたのだから、無理も無い事だった。イビキを掻く体力も残されておらず、ベッドから足を下ろした状態で上半身だけを倒して眠るヴィートリヒの姿は、恐らく他人が見れば「死んでる!!」と悲鳴を上げる程の様子だった。

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