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妖魔の幸福  作者: ふぁる
2/21

そんなご無体な

 か細い月が弱弱しい光を放つ夜。古城のテラスから声を放ってみたが、ただ虚しく闇夜に吸い込まれていった。


——孤独だわ……。


 イーヴァは心の中でそう呟いて、古びた屋内へと戻った。


 豊満な胸をしなやかで薄い紫色の生地で覆い、細い腰にスラリと伸びた手足を持つ彼女は、その妖艶な美しさで人を魅了し、魔力を吸い尽くすことで、メフィストフェレスとの契約を全うしようとしていた。

 額に光る宝玉は薄紅色で、真紅に染まるのはまだまだ先の様に思える。


 丘の上に佇む古城で一人きり、イーヴァは数百年という長い年月を生きてきた。たった一つの願い。『人間』になる事を夢見て。


 しかし、彼女にとって魔力とは人間になる為のものであると同時に、食事も兼ねていた。人里に下り、人から魔力を奪い、生きる為にも、そして人間になるためにも、彼女は人間を襲わざるを得ないのだ。


 そんなイーヴァを人々は『古城のサキュバス』と称して恐れ慄いていた。その為、古城に近づく者など殆どいなく、彼女は一人孤独に生き続けていたのだ。


——偶に訪れる者といえば……。


「古城のサキュバスめ!! 出て来いっ!!」


 威勢のいい声を轟かせながら、古城の扉をバン!! と開け放ち、男が一人城の中へと乱入してきた。

 イーヴァはうんざりして「ちっ」と舌打ちをした。一年に一度程の間隔でこうして『古城のサキュバス討伐』をしようと、無謀な者が訪れるのだ。その全ては返り討ちに遭い、イーヴァに魔力を吸い尽くされた後、古城の外へと捨てられる末路を歩む。


 面倒そうに艶やかな黒髪の頭を掻きながら、イーヴァはのそのそと部屋から出て行き、広間の吹き抜けから見下ろすと、上等そうな生地のマントに身を包んだ赤毛の男がパッと彼女を見上げた。


「出たな、化け物め!」


——いちいち怒鳴って煩い男だわ。

 イーヴァは思いきり顔を顰めると、長い人差し指を男に向けてちょいちょいと動かした。


すてんっ!


 と、ギャグマンガさながらの音を立てて男がひっくり返る。


「おのれっ! 何という魔力! この俺をいとも簡単に転ばせるとは!」


 悔し気に叫ぶ男をつまらなそうに見下ろして、イーヴァはフンと鼻を鳴らすと、男に身動きが取れなくなる魔術を掛けた。


「くそ! 身体が思うように動かぬっ! 正々堂々と戦おうという気はないのかっ!!」

「無いわよ。勝手に乗り込んで来ておきながら、正々堂々とか何言ってるのかしら」


 イーヴァはふっと姿を消し、次の瞬間男のすぐ目の前へと現れて、瞳を覗き込んだ。イーヴァのルビーの様に赤い瞳で見つめられ、男は怯んだ様にぐっと眉を寄せた。

 赤毛に琥珀色の瞳をした男は、なかなかに整った品の良い顔立ちをしている。耳には大きな宝石がついたピアスをぶら下げ、上等な生地のマントの下にはそれまた上等な生地の詰襟を着込んでいた。


「へぇ? 私を殺しに来たにしては嫌に上等な身なりじゃない。ただの雇われ兵とは違うみたいね」

「俺の魔力も吸い尽くす気かっ!」

「勿論。私の餌になりにわざわざ来てくれるなんて、バカな男ね」

「なんだと!? 貴様、俺を誰だと思っている!?」

「……知らないわよ」


 イーヴァは男のいちいち怒鳴りつける態度にうんざりとした。いかにも頭の悪そうな男だと思ったからだ。こうして単独で城に乗り込んで怒鳴り散らすなど、バカの王道を素でいったようなものだ。

 恐らく少しは腕の立つところをもてはやされて、天狗になった勢いで古城のサキュバス討伐に来てしまったという類だろう。


「全く、おバカさんな男ね。まぁ、餌を探しに行く手間が省けたからラッキーだけれど」


 イーヴァはそう言って声高らかに笑った後、男に顔を近づけてじっと見つめた。真っ赤に塗られた唇がニッと横に引かれる様がなんとも色っぽい。

 イーヴァの額に埋め込まれた宝玉がもしも真紅に染まったのなら、ルビーの様な瞳と揃いで、まるで三つ目の様に見える事だろう。


 するりとイーヴァが男の頬を撫でた。白く細い指でほんの僅かに触れ、その指は男の唇をなぞる様に滑らせた。


「そのような幻惑など、俺には効かぬぞ!!」

「あら、そう?」


 腰をくねらせるイーヴァの妖艶な姿に男は顔を赤らめて、つっと目を逸らした。


——ホント、男ってちょろいわ。

 と、イーヴァはほくそ笑みながら魔力を吸い尽くすため男の肩を掴み、キスをしようと唇を近づけた。

 イーヴァはキスによって相手から魔力を奪うのだ。奪った魔力は額に埋め込まれている宝玉へと蓄積されていく。メフィストフェレスへと捧げる為に、彼女はこうやって永い間過ごしてきたのだ。


 後ほんの僅かで唇が触れるという時に、男がボソリと呟いた。


「……ふう、やれやれ。バカの真似事は骨が折れる。が、上手くいった様だ」


 「え?」と、声を上げる間も無く、男はイーヴァの顎に手を当て、自ら彼女の唇へと濃厚な口づけをした。


 イーヴァの身体から魔力が奪われていく。


——ミスったわ! 私としたことが、自分と同じ方法で魔力を吸い尽くされるだなんてっ!!


 必死になって男から離れようともがいたが、この男、やたらキスのテクニックが高い。イーヴァはふっと身体の力が抜けて、次第にうっとりとしだした。


——まあいいか。一人で生き続けるのにも疲れたし。痛みも苦しみも無くこのまま消えるのならばそれで……。


 朽ち果てた古城で一人きり、楽しみも何もなく、人間になることを夢見ていたものの、それが一体何になるのだろうかと考えながら、只管に生き続けていた。

彼女は孤独に疲れ果てていた。


 何の希望も無い、ただ生きるだけの生。


 孤独から逃れ人の中で生きたいと思っても、人になる為には『魔力』を集める事を余儀なくされる以上、忌み嫌われる存在にしかなりえない自分は、一体何の為に生まれたのだろうか。

 例え人間になれたのだとしても、その後に待ち受けるのは結局のところ孤独なのではないだろうか。


 イーヴァは魔力を吸われ、この世から消えていく自分の運命を受け入れて瞳を閉じた。

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