表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖魔の幸福  作者: ふぁる
第一章 ――喪失――
16/21

堕天使メフィストフェレスの悪夢

 日中降り注いでいた雨が止んだ様で、煌々と輝く月が空に浮かび、ヴィートリヒの部屋の中へとその神秘的な光を落としている。

 ヴィートリヒは部屋の隅の燭台に火を灯し、図書室から持ち出した書物を一心不乱に読み漁っていた。


「ヴィーちゃん。メフィストフェレスの事を調べているんでしょう?」


 宝石箱の中からナイトメアが声を放った。箱の中にはシルクの布が敷かれ、ナイトメアが(ねぐら)にしている首飾りがその上に丁重に置かれていた。


「そなた、何か知っているか?」


 ヴィートリヒの質問に、ナイトメアはネックレスの中からブヒンと鼻を鳴らした。


堕天使(だてんし)だっていう噂よね」


「ふむ」と頷いて、ヴィートリヒは書物に書かれている内容通りで、それ以上の事をナイトメアも知らないのだろうとため息を洩らした。が、ナイトメアは「どうして彼が堕天使になったのかくらいなら知ってるわ」と言った。


「でも、そんなことを知りたいわけじゃないんでしょお? ヴィーちゃんが知りたいのは、どうすれば『()()()()』なんじゃないかしら?」


 ヴィートリヒはふっと笑うと、「適わぬな」と言って本を閉じた。


「しかし、どのような情報でも良い、知っているのなら教えてくれるとありがたい」

「情に(あつ)いヴィーちゃんが? いいのかしらぁ。倒しづらくなっちゃうんじゃないの?」

「……そうかもしれぬな」


ナイトメアは「まあ、いいわ」と、ブヒンと鼻を鳴らして、ヴィートリヒに話して聞かせた。


「あたしたち夢魔は、情報交換ができるのよ。つまり、誰がどんな夢を見てるのか、夢魔同士のネットワークで分かっちゃうってワケ。夢は人間以外も皆見るわ。悪魔も、天使も、堕天使だってね。勿論、ヴィーちゃんの様に夢を見ない相手は別だけれど」


——夢を見ぬ俺は、人として欠陥品なのかもな。

 と、ヴィートリヒは密かに自嘲した。


「メフィストフェレスの夢はあたしたち夢魔にとっては、まさに甘美だわ。それほどに、彼は壮絶な悪夢を見ているって事よぉ。彼はね、人間の女性に恋して天上から堕ちたの。それなのに、彼がその女性を見つけた時に、彼女は神への生贄として人間に殺されちゃっていたの」


 眉を寄せ、ヴィートリヒはナイトメアが眠るネックレスを見つめた。


「人になったのに人を呪い、かつての主、神を呪い、彼は彼女を救えなかった自身をも呪ったわ。心は無残に壊れてしまって、暗い闇の中で光で映し出される全てのものを愛さず閉じこもっているの」


 ヴィートリヒの脳裏に、幼少期に両親が放った言葉が浮かび上がった。


『何故、生まれてきたの?』

『まだ生きていたのか』


 人恋しく、たった一人で何日も馬車に揺られ、王都にたどり着いた先でぶつけられたその言葉は、自分を見ず、背を向けたまま放たれたものだった。


——他人を簡単に信じてはならない。自分が傷つくからだ。

 ヴィートリヒという人物を形成した過去は、その実直な性格を作り上げるには、あまりにも過酷なものだったと言えるだろう。真面目に生きようとすればするほどに、自分の存在への疑問が生じるのだ。

 子供にとって正しいはずの絶対的君主である親が、何故自分を嫌うのか。間違いは何なのか。何を責めるべきなのか。常に自問自答し、全ては偶然が引き起こしたことなのだと理解するには、余りにも残酷過ぎる仕打ちだった。


 ナイトメアは押し黙って考え込むヴィートリヒの気配を感じ取りながら、もしもヴィートリヒが夢を見るのなら、メフィストフェレスにも負けない程に甘美な悪夢だろうと思った。

 ヴィートリヒはまるで、彼の孤独という穴を埋める為に、体中に妖魔達を封印しているかの様に見える。


「ナイトメアよ、俺にはそのような者がイーヴァの願いを叶えてくれるとはどうしても思えぬのだ。そなたはどう思う?」

「堕ちたとはいえ元々大天使なんだもの。夢魔のあたしには分かりっこないわぁ」


 ナイトメアの言葉にヴィートリヒはふっと笑うと、「何が何でも叶えさせてやるがな」と、肩を竦めた。


「力づくでもな」

「イーヴァをホントに大事にしてるのねぇ。愛だわぁ~!」


 ヴィートリヒはカッと顔を赤らめると慌てて「そうではない!」と声を放ち、赤毛の頭をガシガシと掻いた。


「決して(よこしま)な想いでイーヴァの願いを叶えてやりたいわけではない。俺はただ……」

「ヴィーちゃん。『愛』は、邪な想いではないわよ? もしそうなら、あたしたち妖魔が貪り食う対象になるんじゃないかしら? でも、そんな妖魔はいないわ。七つの大罪にも存在しないじゃないの。それはつまり、罪ではないということでしょう?」


ヴィートリヒは怯んだようにぐっと言葉を飲み込み、「やはり、そなたには適わぬ」とため息を吐いた。


 コツコツと部屋の扉がノックされ、ヴィートリヒはこんな時間に一体何事だろうかと、少し驚きながら返事をした。


 扉がそっと開いて、薄紫色の宝玉が額に埋め込まれた妖艶な女性が顔を出した。


「イーヴァ!」


 ヴィートリヒはイーヴァが元の姿に戻っている様子を邸宅の者に見られては(まず)いと、慌てて立ち上がると、彼女を部屋の中へと招き入れて扉を閉じた。


「全く、そなたときたら迂闊にも程がある」

「……ごめんなさい。でも、小さくなるにはヴィートリヒさんにキスをして貰わないといけないから」


 ヴィートリヒは僅かに頬を染めると、「そうか」と、困った様に眉を下げた。


「ねぇ、ヴィートリヒさん。明日は一体どこへ行くつもりなの? アランがとても心配していたわ」


 ルビーの様に美しいイーヴァの瞳に見つめられて、「うむ……」と頷いた後、暫く琥珀色の瞳を向け、イーヴァの美しい姿に見惚れていた。


「ヴィートリヒさん?」

「あ! いや、すまぬ! その、そなたの(ねぐら)にしていた古城にな。メフィストフェレスに会いに行こうと思っておるのだ」

「え? どうして??」


 イーヴァはきょとんとして小首を傾げた。ヴィートリヒは咳払いをすると、さっと手を差し伸べた。


「この邸宅の地下には魔力の泉があってな。そこから魔力を吸い上げれば、そなたが人間になる為に必要な魔力をすぐに溜める事ができるだろうと思う。……ついてくるか?」


 イーヴァは素直に頷くと、ヴィートリヒの手を取った。


「あ、ちょっとぉ! あたしを置いていかないでくれるぅ!?」


宝石箱の中からナイトメアが声を発し、イーヴァはナイトメアが入っている首飾りををパッと掴んだ。


「乱暴に扱わないでよぉ、イーヴァ! 壊れたらどうするつもりぃ!?」

「あ、ごめん」

「落っことしたりなんかしたら承知しないわよぉ!?」


ヴィートリヒは「そうだな」と頷くと、ナイトメアが入っている首飾りを、イーヴァの首へとつけてやった。


「これで落とす心配も無いだろう」

「あら、ヴィーちゃんたら、気が利くわぁ~」


 ナイトメアがしゃべるとイーヴァの首から声が聞こえるので、まるでイーヴァが話しているような不可解な様子になった。

——イーヴァに首飾りをつけたのは失敗だったか……。


 ナイトメアはヴィートリヒの心中を察し、首飾りの中でニヤリとほくそ笑んだ。


「ヴィーちゃん、愛してるわぁ!」

「止めよ!!」


 顔を真っ赤にして制すると、ヴィートリヒは赤毛の頭をわしわしと掻きむしった。


「時間が惜しい、早く向かうとしよう」


 ヴィートリヒは咳払いを一つついて、主寝室の奥にある棚の引き出しを開けると、その裏側にあるボタンを押した。ベッドが動き、その下にある隠し階段が露わとなる。


「地下だが……大丈夫か? イーヴァ」

「ヴィートリヒさんと一緒なら大丈夫よ! 魔力が直ぐに手に入るだなんて、最高だわ!」


 イーヴァは嬉しそうに微笑んで、ヴィートリヒにエスコートされながら階段を下りた。地下へと続く階段は、ヴィートリヒの魔術により明るく照らされていく為、足元に不安を感じることもない。

 イーヴァの歩く様子は明らかに浮かれていて、ヴィートリヒは思わず困った様に笑った。


「そんなに人間になりたいのか?」

「ええ! 勿論よ!」


 イーヴァはルビーの様な瞳を輝かせて頷いた。

——だって、人間になれたのなら、何の隔てもなくヴィートリヒさんと一緒に居られるじゃない! もう、一生孤独に怯えることもないんだわ!


 ヴィートリヒは琥珀色の瞳を暗く落とし、溜息を吐いた。

——イーヴァが人間になったのなら、側に居る事は適わないだろう。ベネディクトに見つからないどこか遠くに、身を落ち着かせる場所を作ってやらねばならぬ。


 二人はそれぞれそう考えながら、地下へと続く階段を下りて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ