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妖魔の幸福  作者: ふぁる
第一章 ――喪失――
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伯爵様の出生の秘密

 しとしとと雨が降り注ぐ中、馬車がゆっくりと走っている。


 昨夜もイーヴァが元の姿に戻る事は無かった。明け方から降り始めた雨を避ける為、ヴィートリヒとイーヴァはキャビンの中に避難していた。


「すまぬな、ナイトメア。寒くはないか?」

「全然平気よぉ~! 普通の馬と一緒にしないでくれるかしらぁ」


 ナイトメア一人が雨に打たれるのは忍びないから、自分は御者席に残ると言い張ったヴィートリヒを、イーヴァが「一人で狭いところに居るのは怖いから嫌!」と言い、ナイトメアが「あたしのお尻をそんなに見ていたいの!? ヴィーちゃんたらいやらしいわぁ~」と言い、二人に強引に言いくるめられる形で、ヴィートリヒはキャビンの中で申し訳なさそうに座っていた。


 イーヴァが小さな口をめいっぱい開けて欠伸をすると、ヴィートリヒもそれにつられて欠伸が出そうになり、慌ててかみ殺した。外で一生懸命に馬車を引いているナイトメアに申し訳無いと思ったからだ。


「ねぇ、ヴィートリヒさん。あの人、またヴィートリヒさんに嫌がらせするのかしら」


イーヴァが心配そうに小さな首を傾げて言った。イーヴァの言う『あの人』とはベネディクト・ランベルツの事であると察し、ヴィートリヒは「ふぅむ」と唸った。


「嫌がらせはともかくだ。ランベルツ卿には申し訳ないが、そなたを渡すわけにはいかぬ。卿がそなたを大切にしてくれるとは、どうしても思えぬのだ」


 ため息を吐きながらヴィートリヒが言った。イーヴァは「行く気無いし」とケロリとして答えた後、アランが荷袋に詰め込んでくれたお菓子を取り出した。


「私、元の姿に戻ろうと、『人間』になろうと、ヴィートリヒさんの側に居たいもの」


 ナイトメアとヴィートリヒが揃って「人間?」と、イーヴァに問いかけた。イーヴァはお菓子を頬張りながら「そうよ」と頷いた。


「メフィストフェレスと契約したの。魔力を集めて捧げたら、私を『人間』にしてくれるって。だから、頑張って集めていたのよ」

「メフィストフェレスって、貴方随分な大物と知り合いなのねぇ」


 ナイトメアの言葉にイーヴァは「あのヒト、大物なの?」と、小首を傾げ、ヴィートリヒが頷いた。


「『光を愛さぬ者』、メフィストフェレス。神の遣いでもあり、悪魔の遣いでもある。元々は大天使で、堕天したと言われているな。一体どこで会ったのだ?」

「古城に居るわ。私が(ねぐら)にしてたあのおんぼろなお城」


 イーヴァの話を聞き、ヴィートリヒは「ふむ……」と唸った。


——邸宅の地下にある魔力の泉から、クライバー家の能力で魔力を引き出せば、ひょっとすればイーヴァの望みをすぐに叶える事ができるのでは?

 しかし、メフィストフェレスは『破壊者』を意味するメフィズと『嘘つき』を意味するトフェルに由来した名だと聞く。本当にイーヴァの願いを聞き入れるつもりがあるのか確認する必要があるだろう。

 ヴィートリヒはイーヴァの保護者さながらにそう考えて、邸宅に戻ったのなら書物を読み漁って調べてみようと思った。





「お館様。お早いお戻りで!」


アランが嬉しそうに出迎えて、他の使用人達も大慌てで駆け付けると、やれ湯の準備だ着替えだ食事だと早速仕事に取り掛かり始めた。


「いつも十日はお戻りになりませんので、皆大喜びです! お嬢様もお元気なご様子で安心致しました」


 馬車からイーヴァを下ろすのを手伝いながら、アランはニコニコと笑みを浮かべてそう言った。


「主が居ると仕事が増えて大変じゃないの?」


 イーヴァの言葉にアランは慌てて首を左右に振った。


「まさか! この邸宅の者達は皆お館様を慕っておりますから。お仕えできることが喜びなのです。お嬢様のお部屋もお館様とは別に整えてありますよ。ご案内いたしましょう」

「私の部屋!?」


 イーヴァがルビーの様な瞳をキラキラと輝かせ、アランが頷いた。


「イーヴァ、今日はゆっくり休もう。アランに部屋を案内してもらうといい」

「では、お館様にはワタクシがお供致しますわ!」


 ケーテが素早く名乗りを上げると、アランの巨体を押しのけてすっと頭を下げた。


『早く消えろよ唐変木!!』と、ケーテの心の声が聞こえたのか、アランは慌ててイーヴァを抱き上げると、そそくさと邸宅の中へと入って行った。その素早さと言ったら、一見巨漢が美少女を連れ去る誘拐事件の様にも見える程だった。


「アランはケーテが苦手なの?」


 アランに抱きかかえられながらイーヴァは不思議そうに聞いた。アランはハッとして速度を緩めると、「ええ、まあ」と苦笑いを浮かべ、邸宅内の赤い絨毯の上を歩きながら、小さくため息をついた。


「ケーテの家系は、代々クライバー家に執事として仕える家柄でして。ところがケーテは女性ですから、執事にはなれません。そこへ私の様なならず者が執事の任に就いたものですから、腹を立てるのは当然でございましょう」


 イーヴァは「ふぅん」とルビーの様な瞳を瞬いて言うと、「人間ってめんどくさいしきたりがあるのね」と小さく言葉を洩らした。


「お嬢様は、まるで人間ではない様な言い方をされますな」


 アランはそう言いながら笑うと、イーヴァを抱き抱えたまま部屋の扉を開いた。そこはヴィートリヒの主寝室から近い部屋で、置いてある家具類は古めかしくはあるものの、どれも少しばかり小ぶりで、小さなイーヴァには使い勝手が良さそうに思えた。

 以前、ヴィートリヒに邸宅を案内してもらった時、この部屋には鍵がかけられていた。恐らく長い間使っていなかった為、埃まみれであったに違いない。アラン達がイーヴァの為に一生懸命掃除をしてくれたのだろう。


「お館様がご幼少の頃にお使いになっていたお部屋だそうです」


 アランの言う通り、小さな暖炉には厳重に柵が設けられており、その上にいくつかの写真が飾られてあった。写真の中のヴィートリヒは五~六歳程の年齢で、どれも子供らしくもない無表情な様子で、たった一人で写り込んでいた。


「ヴィートリヒさんたら、子供の頃よりも今の方がずっと子供らしく見えるわ」


 イーヴァと共にいる時のヴィートリヒは実に表情豊かだ。琥珀色の瞳を細めてよく笑うし、困った様に眉を下げたり、保護者さながらに叱ってくれたり。


 くすくすと笑うイーヴァに、アランは頷き、ため息をついた。


「ご幼少期のお館様は、お独りでお過ごしの様でしたから」

「……独り? そういえば、お父さんとお母さんはどこに居るの?」


 イーヴァをソファの上へと座らせると、アランは棚の上から写真立てを一つ手に取り、イーヴァへと差し出した。

 その写真には穏やかな……しかし、作り笑いである事が見て取れる夫婦と、その腕に抱かれる赤毛の赤ん坊の姿が写っていた。夫婦の装いは貴族とはいえ、嫌に豪勢な服装で、まるで国一番の贅を尽くしたと言わんばかりの装いだった。


「前国王夫妻です」

「……え!?」

「お二方とも、お館様と髪の色が違うでしょう?」


 アランの言う通り、その写真の夫婦は、国王の再従弟(はとこ)であるベネディクトと同じ、金色の鮮やかな髪色を持っていた。


「お館様は、現国王様の兄に当たる方なのです」


 イーヴァは唖然として写真の中の赤毛の赤子を見つめた。


 アランは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。幼いイーヴァに話しても、よく理解はできないだろう。それでも我が主は、立派な血縁の方なのだということを、彼は伝えたかったのだ。


「この邸宅は、前王妃様のおばあ様のご実家。つまり、お館様のひいおばあ様のご実家なのです」


 赤毛で生まれて来たヴィートリヒは、前国王夫妻にとって厄介者でしか無かった。金髪の両親から赤毛の子が生まれるのはありえる事なのだが、王族の血筋では凶兆であると忌み嫌われており、ヴィートリヒは疎まれる存在となってしまった。

 責任を逃れる為に、前国王は妻の不貞を疑い、ヴィートリヒは両親から触れてもらう事も見つめられる事も、言葉を交わすことすら無く、この古びた館に追いやられ、数名の使用人と共に家族が居ない孤独の中生きて来た。


「ご幼少期にお独りで過ごした寂しいご経験から、お館様は子供に対して特に寛大でお優しいのです。クライバー領では孤児の受け入れも手厚く、お館様は多額の寄付をされておりますから」


 扉がノックされる音が聞こえ、ヴィートリヒが顔を出した。


「アラン、すまぬが急ぎ銃のメンテナンスを頼めるか?」

「承知いたしました。ですがお館様、明日、もうお発ちになるのですか?」


多量の依頼を随分な速さで捌いたばかりだ。暫くは休む時間もあるはずでは……と、アランは不思議そうに主の顔を見つめた。


「うむ。明日はかなりの大物との闘いになるやもしれん。念のためスピードローダーと、それから……ホローポイント弾を用意しておいてくれるだろうか」


 ヴィートリヒの言葉に、アランは暫し眉を寄せたまま返事をしなかった。


「……アラン?」


 アランはハッとして「失礼いたしました」と頭を下げると、ぎゅっと拳を握り締めた。


「ですが、お館様……」


 アランはヴィートリヒの注文内容に疑問を持った。


 スピードローダーとは、リボルバー式の銃に素早く弾丸を装填する為の物で、ヴィートリヒはリロードをする事なく一つの依頼を片づける為、今まで必要としたことが無かった。

 そしてホローポイント弾とは、先端部分が凹んでいる為、対象物に当たるとマッシュルーミングが起こり、通常の弾薬よりもサイズが膨れ上がる。つまりは対象物へのショックがあがり、貫通することなく、より殺傷能力が増す弾である。勿論、ヴィートリヒは今までそれを使用した事が無かった。


——お館様は、一体何と対峙するおつもりなのだろうか。妖魔相手であれば、魔力の込められた弾丸を使う為、固い装甲でも貫く貫通力の方が重視されるはず……。


「頼んだぞ、アラン」


 ポン、とヴィートリヒはアランの肩を叩いた。アランは力なく「はい」と返事をすると、まるで魂が抜けてしまったかのように静かにその巨体を持ち上げて、部屋から出て行った。

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