表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖魔の幸福  作者: ふぁる
第一章 ――喪失――
14/21

伯爵様はお人好し

 朽ち果てた邸宅にベネディクトを置き去りにする訳にもいかず、ヴィートリヒは彼に眠りの魔術を施した後、馬車のキャビン内へと放り込んだ。


「ヴィーちゃんてば、ホント、お人好しねぇ」


 ナイトメアがブヒンと鼻を鳴らし、イーヴァがコクコクと頷いた。


「ほんっと! お人好しにも程があるわ! ヴィートリヒさんに無茶苦茶な依頼をした挙句、殺そうとした人を家まで送って行くだなんて!」

「そう言うな。俺もランベルツ卿の鳩尾にお見舞いしてしまったからな」


 このことが王に知れたのなら、恐らく相当な叱責を受ける事になるだろう。ベネディクトは王の再従弟(はとこ)に当たる男だ。叱責だけで済めばいいが、罰が課せられるのも否めないだろうな、とヴィートリヒはため息を吐いた。


 イーヴァはつまらなそうに唇を尖らせて、御者席にちょこんと腰かけ、揺れる馬車のキャビンをチラリと横目で見た後、ヴィートリヒを見上げた。

 無造作に結わえられた赤毛が、風に靡いてふわりと揺れる。琥珀色の瞳で馬車を引くナイトメアを見つめ、時折気遣う言葉をかける様子をぼんやりと眺めた。


「イーヴァ」


 ヴィートリヒが困った様に眉を下げ、僅かに頬を染めた。


「あまり見つめるな。顔に穴が空いてしまう」

「へ!? あ、ごめんなさい」

「先ほど話した事を気にしているのなら、忘れてくれ。……その、そなたにもう二度と会えぬと思い、つい言ってしまったことだ」


——先ほど言った事?

 と、イーヴァは考えて、ああ、私に一目惚れしたって話かと思い出して、イーヴァまでもが顔を真っ赤にした。


 暫く無言で頬を染め合いながら馬車に揺られていると、キャビンの窓をガンガンと叩かれて、驚いて振り返った。


「やい! ヴィートリヒ!! よくも僕に眠りの魔術をかけたな!? 拉致して身代金でも請求しようという魂胆だろう!」


 怒り狂ったベネディクトが深緑色の瞳で睨みつけながらキャビンの中で喚いており、ヴィートリヒは唖然としながらその様子を見つめた。


「丸一日は眠る様に術を施したのだが、何故もう目が覚めたのだ?」

「僕を甘く見るなよ! 君は魔術の才能に恵まれたかもしれないが、僕は商才に恵まれたんだからな」


 ベネディクトがパッと手を開いて見せた。その指にはいくつもの指輪がはめられており、ヴィートリヒは成程と頷いた。


「魔法具か」

「そうさ! 金があれば魔法も買えるんだからな! はっはっは!」

「それでリッチを召喚したのだな? 魔術に明るくないはずのそなたが、高位魔族の召喚などといった高等魔術をどうやって組んだのかと不思議だったのだ」

「その通り!」

「ねぇ、ヴィートリヒさん……」


 チラリとイーヴァがルビーの様な瞳でヴィートリヒを見上げた。


「どうした? イーヴァ」

「私、このヒト嫌い」


 ベネディクトはフンと鼻を鳴らすと「僕だってガキは嫌いだ」と言い放った。


——ベネディクト。そなた、たった今探し求めている古城のサキュバスにフラれたのだぞ……?


「こんな人、馬車から放り投げちゃえばいいじゃない」


 イーヴァの言葉にベネディクトは怒りを露わに「なんだと!?」と、怒鳴りつけた。


「ガキの分際でこの僕になんてヒドイことを言うんだ! ヴィートリヒ、ちゃんと教育したまえ!!」

「む? ああ、そうだな。イーヴァ、あまり乱暴な事を言ってはならんぞ? レディはお(しと)やかにせねばな」

「このヒトの前でなら、レディは一生休暇中だわ!」

「何を!? この、ちんちくりんの田舎娘め!」

「私がちんちくりんなら、あんたなんかへんちくりんよ!」

「では貴様にはみょうちくりんも追加してやる! 大人を甘く見るなよ? はっはっは!」


——ちくりんちくりん騒がしいな。

 と、ヴィートリヒは項垂れた。


「ベネディクト。少し大人しくしていてくれぬか。そなたからの依頼をこなした後で疲れているのだ」

「そうよ! テキトーな見積もりしてくれちゃって、ヴィートリヒさんを軽んじた扱いをした貴方に、私、頭に来てるんだからね!?」


 むぅっと頬を膨らませながら言ったイーヴァから、ベネディクトは深緑色の瞳をつっと反らすと、「適当とは、何のことだか」と惚けて口を噤んだ。余計な事を言って追加請求を受けるのは癪だと思ったのだろう。


 ヴィートリヒは馬車の御者席からナイトメアを見つめた。ナイトメアは自分が妖魔であることをベネディクトに悟られないようにと、黙って普通の馬らしく馬車を引いている。

 時折僅かに視線をこちらに向け、速度が普通並であるかどうかを確認するような素振りが健気で、後で何か好物でもごちそうしてやらなければと、ヴィートリヒは密かに考えた。


——しかしまずいな。このままではランベルツ家に到着する前に日が落ちてしまう。イーヴァがどのタイミングで元の姿に戻るか分からない以上、ベネディクトとはできるだけ早く別れた方が良いのだが。


 ヴィートリヒの心配も他所に時間は無常に流れ、日が沈んで行く。揺れる馬車の中からベネディクトの欠伸が漏れ聞こえた。


「ヴィートリヒ、まさか一晩中馬車を走らせる訳じゃないよな? 馬が潰れるぞ?」


 ベネディクトの指摘にヴィートリヒはハッとした。確かに並の馬ではとっくに休めていなければならないはずだ。ナイトメアの体力に甘え、休憩すらせずに歩かせ通しだった。


「因みに、僕は野宿なんかする気はないぞ? ここはド田舎のクライバー領とは違ってずっと栄えているランベルツ領だ。もう少し行けば小さな街がある。今夜はそこで宿をとるのがベストだな」


 イーヴァは小さな身体をヴィートリヒに預け、既にうとうととしている。ベネディクトの提案を聞きながら、確かに宿の方が部屋を分けさえすれば、万が一イーヴァが元の姿に戻った時もベネディクトにバレずに済むかもしれないと考えて、ヴィートリヒは「そうだな」と答えた。


「今日は宿に泊まるとしよう」


 ヴィートリヒの言葉にナイトメアが僅かに(いなな)いて返事をし、馬車は街の方へと向かった。


 宿に到着するなりベネディクトは宿屋の主人と交渉し、宿の中でも最上級の部屋を用意するようにと強引に押し切って、一人さっさと部屋へと向かった。宿屋は突然領主が泊まりに来たものだからてんやわんやで忙しなくなり、ヴィートリヒは遠慮して直ぐに準備ができる簡素な部屋へと案内して貰った。


「イーヴァ、すまぬが少し待っていてくれ」


 部屋に付くと、イーヴァをベッドへと寝かせ、ヴィートリヒは優しく彼女の頭を撫でた。イーヴァはというと馬車に揺られている最中にも眠りに落ちてしまっていた為、ヴィートリヒの言葉にも小さく頷いただけで、すやすやと眠っている。


「ナイトメア、そこでは火もなく寒かろう」


厩舎へとナイトメアの様子を見に来て、ヴィートリヒは優しく首を撫でた。


「あら、ヴィーちゃんたら。妖魔のあたしを心配してくれたの? 相変わらずお人好しなんだからぁ」

「よく働いてくれて助かった。有難う」

「このくらい、大したことじゃないわよぉ」

 

 厩舎に置かれた藁の上へとヴィートリヒは腰かけると、チラリと宿の方へと視線を向けた。領主であるベネディクトをもてなそうと、街中一丸となって集まっているようだ。先ほどから様々な店の者がひっきりなしに訪れて、沢山の食材が運び込まれ、手伝いの人々が宿へと駆り出されている。


「この街の者達には、なんとも申し訳ない事をしてしまったな」

「ヴィーちゃんが気にする事じゃないわよぉ。あのベニーちゃんが悪いんだからぁ」

「ベニーちゃん……?」

「やぁだぁ~。ベネディクトはベニーちゃんでしょお? 結構な色男よねぇ!」


ああ、成程。ナイトメアが黙って馬車を引いていたのは、ベネディクトが男前だったからか、と、ヴィートリヒは苦笑いを浮かべた。


「兎に角、あたしは大丈夫よ。いざとなれば首飾りの中で眠るもの。気にしないでイーヴァについていておあげなさいよ」

「すまぬな、助かる」


 ナイトメアと別れて部屋へと戻ると、イーヴァが不機嫌そうにベッドの上に座っていたので、ヴィートリヒは「どうした?」と心配になって聞いた。


「もう! 煩くって眠っていらんないわっ!」


 イーヴァの言う通り、ベネディクトをもてなそうと宿の中は踊り子まで招いたのか、酒場の様に騒がしかった。ギシギシと天井が軋み、抜け落ちて来ないかとフト心配になって見上げる。


「あのヒト、ここに置き去りで良くない!?」

「……まあ、この街の規模ならば邸宅に帰る為の馬車も、さほど苦労せず用意できるだろうな」

「それじゃあ決まり!」

「いや、少し待て。黙って行くのは気が引ける」


 ヴィートリヒは紙とペンを取り出すと、サラサラとベネディクトへの手紙を書きだした。そしてそれを宿の主人にベネディクトに渡す様にと頼むと、イーヴァを連れてナイトメアと共に宿を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ