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「来てくれたのか、ヴィートリヒ!! よし、やったぁ!!」
オートマチックガンを構えたまま、ヴィートリヒは嬉しそうに叫んだ男を見つめ、唖然とした。男は両手両足を鎖で繋がれており、その目の前では古びたローブを着た骸骨が水晶玉を手に怪しげな呪術の真っ最中であった様で、勢いよく駆け込んで来たヴィートリヒを迷惑そうに見つめていた。
『やっと来たか……折角招いたというのに階段前でいちゃつき始めたのでどうしたものかと思ったぞ』
ローブを着た骸骨がカタカタと顎を動かしながら言った。
——い、いちゃついてなどいないっ!! いや、いちゃついていたか? いやいや、そんなことは断じてない!!
ヴィートリヒは構えたオートマチックガンを、下ろすべきかどうするべきかと脳内パニックに陥りながら、その状況を見つめた。
ローブを着た骸骨は、恐らく相当な魔術の持ち主が死後アンデッド化したリッチという最高位のアンデッドだ。並々ならぬ妖気を感じた正体はリッチであるとヴィートリヒは理解した。
そして嬉しそうに深緑色の瞳を煌めかせてヴィートリヒを見つめている、両手両足を鎖で繋がれた男は、ベネディクト・ランベルツ。つまり、数々の見積もりの甘い依頼を押し付けて来た依頼人ランベルツ卿その人だ。
「何が、一体どうなっている……?」
ようやく経って呟く様にそう言ったヴィートリヒに、リッチが骨の指を突き付けて憤然として言った。
『お前がヴィートリヒ・クライバーだな!? 全く、厄介極まりない不届き者め!!』
突然骸骨に叱られて、ヴィートリヒは瞳を白黒させた。
「む……?」
『お前のせいで私は無償奉仕をさせられるところだったのだ!!』
ヴィートリヒはぷんすかと怒り狂うリッチを前に、とりあえずオートマチックガンを下ろして小首を傾げた。
「すまぬ。よく分からない……」
「そーだそーだ! お前が全部悪いんだからな!? ヴィートリヒ・クライバー!! 僕の大好きな彼女を退治しちゃうだなんて、一生怨む!! だからリッチを召喚して、お前を懲らしめてやろうとしたんだっ!」
ベネディクト・ランベルツがそう喚くと、深緑色の瞳でジロリと睨みつけた。
「いや、待て。そなたしかし……俺が来た時嬉しそうにしていなかったか? それに何故鎖で繋がれているのだ?」
「この骸骨ときたら、僕の命を代償に君への恨みを晴らすとか言い出すんだ!」
『当然だ! 誰が無償で仕事をするものか!!』
「だからぁ、僕が依頼書でヴィートリヒ・クライバーをおびき寄せているから、そいつの命を使えば良いって言ってるじゃないかぁ! そしたら依頼も完了、僕も損無し! 僕ってばあったまいい!」
『先払いだと言っている!!』
「僕が先に死んじゃったら、依頼が完了したかどうかわからないじゃないか! そんなの認められるわけが無いだろう!?」
『ここのところ依頼料を踏み倒す輩があまりに多いので、妖魔協会全員一致で先払いで報酬を頂く事にしているのだ!!』
「そんなの信用できないねっ!」
『人間のように騙す様な真似はせんわっ!!』
——ああ、成程。だから俺が来た時嬉しそうだったのか。
ヴィートリヒはとりあえず納得し、オートマチックガンをホルスターへと格納した。
「無駄に召喚させてしまった様だな。すまなかった」
リッチへ向かって深々と頭を下げると、ヴィートリヒは腰のポーチから幾つかの宝石を取り出し、リッチへと差し出した。
「魔法具だ。これで報酬の代わりにならぬか?」
『まあ良いだろう。ベネディクト・ランベルツは契約不履行だからな』
リッチはヴィートリヒから宝石を受け取ると、骨の指をランベルツ卿へと突き付けて『貴様に召喚されても、もう二度と応えぬからな!! 妖魔協会にも要注意人物として登録しておいてくれる!!』と言い残し、ふっと姿を消した。
「なんでなんで!? 僕の発想は最高なはずなのにっ!」
「リッチにとってはそうではないようだ。ほら、動くな」
ヴィートリヒはランベルツ卿の両手両足を拘束していた鎖を外してやると、ふぅとため息を吐いた。が、すぐさま襟首を掴まれて、ランベルツ卿に睨みつけられた。
「彼女を殺したのか!?」
「……彼女?」
「惚けるな!! 古城のサキュバスだよ。あの綺麗な女性を、君は殺したのか!?」
「……」
——殺してはいない。が、王命を果たしていないと知られる訳にはいかぬな。
ヴィートリヒはランベルツ卿に「ベネディクト」と、優しく声を掛けると、落ち着く様に肩を何度か叩いた。
「僕は彼女を愛しているのに!! 頼むから依頼を受けないでくれと、君に何度も書状を送ったじゃないか!!」
「殺してはいない。だが、依頼は果たした」
ランベルツ家はクライバー家と隣接した領地である上、ベネディクトとヴィートリヒが同い年であったため、幼少の頃から交流を持たせようと、ヴィートリヒがランベルツ家に呼び出される事が多々あった。しかし、ヴィートリヒはその赤毛が忌み嫌われていたため、他人によそよそしく、同い年のベネディクト相手にもそれは変わらなかった。
大人になるにつれてランベルツ家に呼び出される事もなくなり、二人の交流は途絶えたのだ。
しかし髪の色こそ赤毛であるものの、ヴィートリヒの人柄や魔力の強さは周囲も認めざるを得ない程に評価が高く、ベネディクトはあらゆるところでヴィートリヒと比較される為、いつも悔しい思いをさせられていた。
ヴィートリヒに負ける訳にはいかないと、必死になって富を築く為、商いに明け暮れた。幸いにして商才に恵まれた彼は、ヴィートリヒよりも爵位が下でありながらも王の再従弟であるという権力を行使し、その妬みから強引に酷い依頼をヴィートリヒに押し付けてきた。
「彼女を殺してはいない? じゃあ、封印したのか!?」
ベネディクトの質問にヴィートリヒは答えなかった為、短剣を抜いてヴィートリヒの首筋に突きつけた。
「それなら、君を殺せば彼女は開放されるんだよな!? そうだろう、ヴィートリヒ!!」
——厄介だな。
ヴィートリヒはベネディクトに襟首を掴まれたまま、眉を寄せた。イーヴァの状態を事細かに説明する訳にもいかないし、かといって適当な事を言うのも信条に反する。
ベネディクトは美しい金髪を乱し、殺気だった深緑色の瞳でヴィートリヒを睨みつけている。イーヴァを失い余程精神的に疲労したのだろう。頬が窶れ、無精髭が生えている。折角の男前が台無しだ。
ヴィートリヒが知るベネディクト・ランベルツという男は、容姿端麗で兎に角計算高く狡猾な男で、時にはその美貌で女性を誑かし、豊かな財力で敵対相手を完膚なきまでに陥れる、手段を選ばない冷酷非道な男だった。
こんな風に無様な醜態を晒す様な事を決してしないはずの男が、イーヴァにすっかりと魅了されているのだから、実直なヴィートリヒまでもがイーヴァに心が揺らぐのも無理は無い。
「答えないということはそういうことだよな!? 君を殺して彼女を解放してやる」
チクリとヴィートリヒの首筋に痛みが走った。ヴィートリヒはため息を吐くと、「やめておけ」と言って琥珀色の瞳でベネディクトを見つめた。
「俺はこの身体に幾つもの妖魔を取り込んでいる。俺が死ねば、そなたはすぐさま食われるぞ」
「それなら彼女を封印したのは身体のどの部分だ? 教えろ、そこを切り落としてやる!!」
「ベネディクト。彼女を手に入れてどうするつもりだ?」
ベネディクトの深緑色の瞳が醜く歪む様子を、ヴィートリヒはじっと見つめた。
「何故それを君に話す必要がある……?」
——成程。この男はイーヴァの気持ちも意思も無視し、彼女を奴隷の様に扱うつもりだ。
「さあ、言えよ。彼女をどこに封印した? 無理にでも口を割らせたって構わない。まあ、赤毛の君は拷問も慣れているだろうけれど、それでも話せざるを得ない程の苦痛を味わわせてやるよ」
「……」
——さて、どうしたものか。
と、ヴィートリヒが押し黙ると、パタパタと足音を響かせてイーヴァが階段を駆け下りて来る音が聞こえた。
「ヴィートリヒさん、無事!? きゃっ! 何よその人!? ヴィートリヒさんを放してよっ!!」
「イーヴァ! 来てはならぬ!!」
ベネディクトはジロリと深緑色の瞳でイーヴァを一瞥した後、ヴィートリヒへと戻した。
「君に子供が居たとは初耳だね」
「……いや、俺の子ではない」
つっとヴィートリヒのこめかみを汗が伝った。
——まずい。幼女の姿になったとはいえ、イーヴァにはあの妖艶な姿の面影がある。狡猾なこの男にバレるのは時間の問題だ。もしもバレたとなれば、この男はどんな手を使ってでもイーヴァを元の姿に戻そうとするだろう。その為には俺の様な魔力を持つ者を集め、無理やりに彼女に捧げる事すら厭わないはずだ。
ヴィートリヒの焦りを察して、ベネディクトは深緑色の瞳を細めた。
「早く答えろ。腕か? 足か? 君には恩がある。拷問を受けるのは嫌だろう? 今話せば痛みを最小限にして切り落としてやる」
「…………」
ベネディクトは唇を噛みしめて眉を寄せた。いつも冷静沈着なヴィートリヒが珍しく焦っている様子に疑問を持ち、ハッとした様に瞳を見開いた。
「ま、まさか……ひょっとして……!」
——もうバレてしまったか!!
ヒヤリとヴィートリヒは背筋が凍り付いた。イーヴァに逃げろと叫ぶべきかと口を開きかけた時、スッとベネディクトの視線が下に下りた。
「ひょっとして、彼女が封印されたのは君のちん……」
「子供の前で何を言うつもりだ、この外道が!!」
ドカ!! と、ヴィートリヒがベネディクトの鳩尾を蹴り、ベネディクトは悶絶して両膝を床へとついた。




