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妖魔の幸福  作者: ふぁる
第一章 ――喪失――
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変態妖魔の幼女と馬

 依頼はとんとん拍子に片付いていった。魔獣討伐は馬車から降りるまでもなくナイトメアが蹴散らし、言葉が通じる妖魔にはイーヴァが交渉。その他アンデッド系はヴィートリヒが処理し、目標であった依頼五件どころか十件も一日のうちに片づけてしまったのだ。


 野宿の為に起こした焚火の前で、ヴィートリヒはナイトメアとイーヴァの二人に深々と頭を下げた。


「感謝する!」


 イーヴァは慌てて首を左右に振り、ナイトメアはポッと馬面を赤らめた。


「大した事してないわ!」

「そうよ、ヴィーちゃんったら律儀なんだからぁ~」

「いや、本当に助かる。そなたらに礼をしたいが、何か希望はあるか?」


イーヴァは間髪入れずに「キスして」と言い、ナイトメアは「貴方の悪夢の中に入らせて」と言った。


「どちらも断る」


 サクリと切り捨てられて、二人は同時に「ええええ!?」と叫んだ。


「ヴィートリヒさん、キスの一つや二ついいでしょ!? 減るもんじゃなし!!」

「そーよ!? ちょっと添い寝するくらいどーってことないじゃない!」

「いや、二人には本当に感謝してはいるが、それはできない」

「何で!? どうして!? 説明して!?」


 二人の女性に迫られている羨ましい状態の様で、幼女と雌馬に迫られているという不憫な絵面にも関わらず、ヴィートリヒは申し訳なさそうに項垂れた。つくづく不運な男である。


「まず、イーヴァ。俺はまだ犯罪者になりたくはない。幼女姿のそなたとキスはできぬ」

「は、犯罪者って!」

「ナイトメア。俺は夢を見ぬ体質だから、悪夢も見れぬ」

「夢を見ない体質ですって!?」


ヴィートリヒは頷くと、赤毛の前髪を掻き上げて額を見せた。不可思議な文様が彫り込まれている様子を目にし、ナイトメアは「まぁ!」と声を上げた。


「ヴィーちゃんったら、もう既に夢魔を飼っているのね!?」

「飼っているというか、俺の夢の中に封印したのだ。何体封印したか覚えておらぬ。俺の身体中至る所に妖魔を封印しているのでな。全て合わせれば百は優に超えるだろう」


 ナイトメアはゾッとしてヴィートリヒを見つめた。


「ヴィーちゃん。貴方まさか……」

「ああ、俺の力が及ばぬ相手は皆俺の中に封印した」


 イーヴァはじっとヴィートリヒを見つめた。ルビーのような彼女の瞳に真っ直ぐ見つめられて、ヴィートリヒは頷いた。


「そうだ。俺はそなたの事も、魔力を取り込みわが身に封印しようとしたのだ。対峙した時に直ぐにそなたには適わぬと分かったからな」


「……すまぬ」と、続けたヴィートリヒに、イーヴァは眉を寄せて見つめた。


「ヴィートリヒさんはじゃあ、その封印した全員とキスしたの?」

「ち、違う!!」


 咄嗟に否定すると、ヴィートリヒは顔を真っ赤にした。


「あれは、そなたの術返しをしただけだ! 油断を誘うのに都合が良かったからな。しかし、まさかキャパオーバーになるとは思ってもみなかった。一体どういう事なのか考えても全く分からぬ」


 イーヴァは憐れみの目でヴィートリヒを見つめた。

——このヒト、時間だけじゃなく自分の身体まで妖魔討伐に捧げてるのね。キャパオーバーになるのも当然よ。私は額の宝玉に長い年月をかけてたっぷりと魔力を溜めこんできたんだもの。


「ヴィーちゃんったら、面白いわぁ~。増々興味持っちゃっタ。お礼なんて要らないわ。そもそもこっちがお礼の為に居るんだからネ」


 ナイトメアは「ぶひひん!」と鼻を鳴らすと、焚火の側で身体を横に倒し、(ひづめ)で器用に尻を掻いた。……なんとも滑稽な姿だ、とヴィートリヒは苦笑いを浮かべたが、そこには突っ込みを入れずに「すまぬ」と頭を下げた。


「でも、気を付けないとねぇ。イーヴァをキャパオーバーで封印できなかったってコトは、それ以上は無理ってコトじゃなぁい? 下手をしたら自分が封印されて、身体を乗っ取られるわよぉ?」

「そのようなヘマはせぬ」

「自信過剰は身を亡ぼすわよ?」


 ナイトメアの警告に、ヴィートリヒは笑いながら「肝に銘じておく」と頷いた。


 小さな口で携帯食を(かじ)った後、イーヴァは「それにしても」と言って、メシャリと携帯食を握りつぶした。


「ランベルツ卿って奴、ホンっとムカツクわっ! ヴィートリヒさんへの依頼が理不尽過ぎるくらい見積もりが甘いんだもの!」

「イーヴァ、食べ物を粗末にしてはならぬ……」

「そんなこと言ってる場合!? ヴィートリヒさんはお人好し過ぎよっ!」

「しかしな、ランベルツ卿は王と縁がある故、あまり責め立てることができぬのだ」


 ヴィートリヒの言葉にイーヴァは「え?」と、小首を傾げた。


「王様と? ちょっと待って、それってひょっとして……」


 ヴィートリヒはコクリと頷いた。


「そうだ。そなたに惚れて一家離散をしたのは、ランベルツ卿だ」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げたイーヴァに、ナイトメアは「何何!? 何のハナシ!? 気になるわぁ~!」と、面白そうにブヒブヒと鼻を鳴らした。


——ベネディクト・ランベルツ。

 ヴィートリヒが収めるクライバー領に隣した、ランベルツ領の領主にして、国王の再従兄弟(はとこ)に当たるその男は、ヴィートリヒと同じ二十五歳という年齢で商才に優れ、他国との貿易により財を成した大富豪である。


「商談でクライバー領を訪れた時、そなたと会った様だ。それ以来すっかり恋煩いとなり、足繁(あししげ)くそなたの居る古城近辺に通うのでな、奥方は多額の金を持ち逃げして消え、商売にも影響が出始めた。ランベルツ領の税収は国にとっても大きい。そこで王が見かねてそなたの討伐を俺に依頼したということだ」


 イーヴァはヴィートリヒの話を聞きながら不思議そうに小首を傾げた。


「……おかしいわ。私、魔力を奪う相手を選ぶ時、見た目は重視してるのに」


——イーヴァの想像の中のランベルツ卿とは……?

 と、考えてヴィートリヒは苦笑いを浮かべた後、「確かになかなかの男前だ」と肩を竦めながら言った。


「俺とは違い輝く様な金髪で、人当たりも良い。商才に優れているだけあって話も上手いしな」


 ヴィートリヒの口ぶりから、彼は自分の赤毛にコンプレックスを抱いているのだろうと感じ取って、イーヴァはヴィートリヒを見つめた。確かに彼はいつも無造作に髪を束ねているだけで、まともに手入れをしている様子がない。


「私はヴィートリヒさんの赤毛、綺麗で素敵だと思うけれど」

「そうね、ワイルドでいいと思うわぁ~」


再び幼女と馬に褒められて、ヴィートリヒは苦笑いを浮かべた。


「人間の間では、赤毛は凶兆だと忌み嫌われるのだ」

「嫌う理由なんて無いじゃない。どうしてなの?」


 ヴィートリヒには余程酷く蔑まれた過去があるのか、「そういうものだからだ」と言って、それ以上その話題に触れたくないという様にすっくと立ちあがった。


「そなたらのおかげで随分と依頼が(はかど)ったとはいえ、まだ残っているからな。明日に備えて身体を休めておかねばならぬ。先に休んでいてくれ、俺は水を汲みに行って来る」


 そう言って、ランタンと水袋を手に森の奥へと消えて行った。

 空は分厚い雲で陰り、月明かりが望めない。


「悩める男は魅力的ねぇ~」


 ナイトメアが、ばふんっ! と、溜息をつきながら言った。イーヴァは小首を傾げると「全然わかんないわ」と、不満気に唇を尖らせた。


「ヴィートリヒさんの邸宅には沢山の使用人が居て、皆ヴィートリヒさんの事が大好きに見えたもの。それなのに自分は忌み嫌われているだなんて。私なんてずっと独りぼっちだったのに」


 ナイトメアは瞳をぱちくりさせると、ブルブルと首を左右に振った。


「そういえば、貴方は一体何者なのよ? さっきヴィーちゃんが貴方を封印するとかどうとか言っていたけれどぉ」

「私もナイトメアと一緒よ。ヴィートリヒさんの討伐対象だった妖魔なの。『古城のサキュバス』って言われてたのよ」

「……でも、貴方。サキュバスじゃないじゃない」


 ナイトメアの言葉にイーヴァは「え?」と、ルビーの様な瞳を見開いた。


「私、サキュバスじゃないの!? どうして!? キスで魔力を奪うのに!?」

「あのねぇ、サキュバスは魔力を(かて)になんかしないわよぉ」

「え!? そうなの!? じゃあ何を食べるの!?」


素っ頓狂な声を上げたイーヴァに、ナイトメアは「男性の精液」とケロリと答えた。


「なあに? それ」


 幼女姿のイーヴァが小首を傾げて純粋無垢な様子で問いかけたというのに、ナイトメアはそれはそれは丁寧に、事細かく説明した。


「そんなワケで、簡単には手に入らないから、きっと魔力よりもずっと凄いわよぉ!」


 パチリと片目を閉じて馬面でウィンクを決め込むナイトメアの話を、イーヴァは熱心に聞きながらなるほどと頷いた。メフィストフェレスにそれを捧げれば、もっと早く人間にしてくれるかもしれないと考えたのだ。

 額の宝玉に溜め込んでいた魔力はすっかりヴィートリヒに吸い尽くされてしまった。また初めから集め直すよりも、効率がいい方を選びたくなるのは当然の事だった。


「なんだ。そなたら、まだ休んでおらぬのか」


 水を汲みに行ったヴィートリヒが戻って来るなり、イーヴァはパッとルビーの様な瞳を向けてうるうるとしたので、ヴィートリヒは不思議そうに小首を傾げた。


「どうした? 喉でも乾いていたのか? だから俺を待ってい……」

「ヴィートリヒさん、精液ちょうだい!!」


ベシャ……っと、ヴィートリヒは汲んで来たばかりの水袋を地面に落とし、絶句した。

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