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妖魔の幸福  作者: ふぁる
第一章 ――喪失――
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まさしくそれは馬車馬です

 討伐対象の居る畑へと到着するなり、馬がよろよろとよろめいて、ドウ!! と倒れた。ヴィートリヒは慌てて馬車から飛び降りて馬の様子を確かめたが、馬車を引いていた二頭の馬はいずれも口から泡を吹き、ビクビクと痙攣している。


「イーヴァ!! 無茶をさせおって、馬が潰れてしまったぞ!?」


 ヴィートリヒに怒鳴りつけられて、イーヴァはルビーの様な瞳をうるうるとさせた。


「だ、だって! 役に立ちたかったんだもの! 依頼場所には早く到着したんだからいいじゃない」

「この後一体どうやって移動する気なのだ!?」


 はぁ……と、溜息をつくヴィートリヒを見つめながら、イーヴァは人差し指をちょいちょいと合わせた。


「悪気は無かったのよ? 私だって少しくらい……」

「イーヴァ。申し訳ないと思ったら素直に謝罪しろ。そうでなくては俺とそなたの関係性が危ぶまれる」

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて謝ると、イーヴァは馬車から降りてヴィートリヒのコートの裾を小さな手で掴んだ。


「本当にごめんなさい! お願い、赦して!」


 ヴィートリヒに嫌われたくない! と、イーヴァは必死になって謝った。ルビーの様な瞳から大粒の涙をポロポロと零し、あまりにも一生懸命に謝るので、ヴィートリヒはイーヴァの頭を優しく撫でた。


「良いか? 馬も生きておる。それに、アラン達が丹精込めて世話をしてくれた大切な馬だ。決して道具の様に扱ってはならん」

「うん。分かったわ」


 まるで親子の様な会話を繰り広げた後、ヴィートリヒは立ち上がり辺りを見回した。依頼書に書かれていた討伐対象の痕跡を探そうと思ったわけだが、何の事は無い、討伐対象はそこに居て、突然現れた不可思議な二人組へとじっと身体を向けているではないか。

 ヴィートリヒはその姿を見て血の気が引いた。


 ——『畑を荒らす犬一匹』……だと!? 嘘をつけ、あれは!!


 それは立派な鎧を(まと)った漆黒の馬だった。とはいっても、馬であるのは頭部だけで、身体は筋肉質な人の形をしている。ゆらゆらと妖気漂うその様子に、ヴィートリヒは素早くホルスターからリボルバーを抜いた。


 シン……と、両者はにらみ合ったままぴくりとも動かなかった。——ヴィートリヒのこめかみをつっと汗が伝う。


 ——どういうことだ!? あれはナイトメアだ。悪夢を見せる妖魔で、日中はほとんど姿を現さないはずだ。いや、今はそれよりもどうやってイーヴァを守りながら奴と対峙するかだ。あれは喰種(グール)のように簡単に討伐できるようなものでは無い。このような村落一つ滅ぼすなど、いとも簡単に出来る程の魔力を持っている上級魔族だ。


 とにかく先手必勝だと言わんばかりにヴィートリヒは弾丸を放った。リボルバーに込められた銀の弾丸は回転しながらナイトメアの脳天目掛け飛んでいき、ヴィートリヒはその隙にホルスターからオートマチックガンを引き抜いて数発の魔法弾を追い打ちした。


 ナイトメアはふっと姿を消し、弾丸だけが空へと吸い込まれていく。次の瞬間ヴィートリヒの背後に現れたナイトメアに、ヴィートリヒは身をよじって瞬時に反応し、オートマチックガンを打ち込んだが、手ごたえなくまたしてもナイトメアは姿を消した。


 ……どこから現れる気だ?


 ヴィートリヒの汗が顎から滴り落ちた瞬間、ナイトメアはイーヴァ目掛けて襲い掛かった。


——まずい、反応が遅れた!!

 ヴィートリヒは大地を蹴り、イーヴァを庇おうと手を伸ばした。


ぺちん!!


 イーヴァが小さな手でナイトメアの額にしっぺを食らわせ、ナイトメアはその瞳を思わずぎゅっと閉じた。


「ちょっと、お馬さん!! 私に何をする気よ!! 危ないでしょう!?」

「む……む、む!?」


 イーヴァを庇おうと身を投じたヴィートリヒは、動きを止めたナイトメアに突っ込み、ずしゃ!! と、大地へと倒れ込んだ。

 馬の上に馬乗り状態となり、ヴィートリヒの下でナイトメアはポッと頬を赤らめた。


「な、なにするのよぉ~」


——(めす)……!?


「やぁ~だ~! 恥ずかしいわぁ~! 強引な殿方は嫌いじゃないけどぉ~」

「む!? す、すまぬ!」


 ヴィートリヒが思わず律儀(りちぎ)に謝ってナイトメアの上から退くと、ナイトメアは馬面を赤らめながら鎧を纏った身体をくねくねとさせた。


——気味悪い……。

 ヴィートリヒがゾッとしながらナイトメアを見つめていると、イーヴァがその小さな身体でヴィートリヒを庇う様に間に割り込んで来た。


「貴方が畑を荒らす犬ね!? 依頼通り討伐してあげるわ!」

「犬? あたし、馬よ?」


——確かに。


「またもやランベルツ卿に一杯食わされたようだな。しかし、依頼は依頼。俺はそなたを討伐するためにここへ来たのだ」


 チャキリ……と、リボルバーとオートマチックガンをつきつけられて、ナイトメアはふんと鼻で笑ったつもりが、馬面なのでブヒンと音が鳴った。


「なによなによなによぉ。あたしはただ探し物をしていただけよ!? 悪さなんかする気無かったんだからっ!」

「探し物って?」


 小首を傾げたイーヴァに、ナイトメアはコクンと頷いた。


「あたしねぇ、綺麗な首飾りの石の中を寝床にしていたの。そしたら、この畑の持ち主がその首飾りを自分の物にして隠そうと埋めてしまったのよ! だからそれを探していたってワケ」


 ヴィートリヒは「ふむ……」と、顎に手を当てて唸り声を上げた。


「では、そなたはその首飾りさえ戻れば、畑を荒らさぬというのだな?」

「当然よ! 畑なんか荒らして楽しいと思う!? あたしはやーよ!? そんなことより人間の夢の中に居た方がずっとずっと楽しいんだからっ!」

「それはならぬ!」


 ヴィートリヒは慌てて声を上げたものの、さてどうしたものかと考え込んだ。ナイトメアは伝承によると凶悪な悪魔だと聞く。だが、すぐに夢の世界に逃げ込んでしまう為、退治できる今は絶好のチャンスだと言えるだろう。


——しかし……。

 ナイトメアの(ねぐら)を勝手に埋めてしまった人間側に非があるのは確かだろう。いくら相手が妖魔だとはいえ、正しくない行いに目を瞑り、妖魔だけを罰するということはヴィートリヒの信条に反する事だった。


「分かった。少し待っていろ。俺がこの畑の持ち主に交渉してくる」


 ヴィートリヒはそう言い残すと、銃をホルスターに収め、側に建つ家へと向かった。


 暫くするとずる賢そうな男を伴って戻って来て、畑の一角を掘り起こし、真っ赤なルビーが()められた首飾りを取り出した。するとずる賢そうな男はへらへらと笑いながらヴィートリヒから金貨の入った袋を受け取り、中身を数えた後、大喜びで家の方へと戻って行った。


「あたしの為に取り返してくれたの!? まぁ、貴方ってば色男な上に優しいのねぇ!!」


感激して身体をくねらせるナイトメアに首飾りを差し出すと、「もう畑を荒らすなよ。わかったな?」とヴィートリヒは念を押した。


「ちょっと待って!」


 イーヴァが小さな手を上げて異議を唱えた。


「いくらなんでもお人好し過ぎるわ! 依頼を片づけなきゃ貴方は罰せられちゃうんじゃないの? ヴィートリヒさん!」

「とはいえ、俺も無益な殺生は好まぬ。金で解決できるならばそれで良いだろう」

「良くないわ!!」


イーヴァは首をぶんぶんと左右に振った。


「依頼料に対してヴィートリヒさんがあのずる賢そうな男に支払った額は二十倍じゃない! そんなの絶対におかしいわ!!」


——そなた、よく見ていたな……

 と、ヴィートリヒは苦笑いを浮かべた。


「そのお金はヴィートリヒさんが命を危険に晒してまで稼いだお金なんでしょう!? それを軽々しく扱うなんて、絶対にダメよっ」

「しかし、ではどうすればそなたは納得するというのだ? 俺は畑さえ荒らされなければ構わぬのだが」


 イーヴァはナイトメアにビシリと人差し指をつきつけた。


「金額分、働くべきよ!」


イーヴァに人差し指をつきつけられ、ナイトメアは馬面の口をパカンと開けて驚愕の表情を浮かべた。


「は……働く!? あたしがぁ!?」

「馬なんだから馬らしく働けばいいのよ。馬車を引く馬が潰れちゃったところだったし、丁度いいわ」

「ちょっとぉ!! あたしに馬車を引けって言うのぉ!?」


ナイトメアが「ぶひひん!」と鼻を鳴らしながら抗議した。

 ヴィートリヒはフト、頭部が馬で身体が人間の者が二足歩行で馬車を引く姿を想像して、その間抜けぶりにブハ! と吹いた。


「待て、イーヴァ。それはあまりにも酷ではないか? それに、俺はそんな馬車に乗りたくはないぞ? 周囲からどんな目で見られることか」


 ヴィートリヒはナイトメアの首を優しく撫でるとニコリと微笑んだ。


「気にすることはない。これから悪事を働かぬだけで十分だ。俺は『()()()()()()()()』の討伐を依頼されたのであって、ナイトメア討伐を依頼されたわけではないのだからな」


 ランベルツ卿の酷い見積もりが役に立つ事があろうとは、と、ヴィートリヒは思いながらふっと笑った。

 無造作に結わえた赤毛がふわりと揺れる。ヴィートリヒの琥珀色の瞳で優しく見つめられて、ナイトメアはぐっと怯んだ。


——なによこの男。色男な上に優しいだなんて、卑怯よ!?


「さあ、イーヴァ。次の依頼に向かおう」

「でも、馬車が……」

「先ほどの農夫に聞いてみよう。上手くすれば買えるやもしれぬ」

「絶対またぼったくられるったら!」

「それくらい大したことではない。彼の生活が豊かになるのならばそれも良い口実だ」


 イーヴァはぷっと頬を膨らませた。ヴィートリヒが忙しさに追われ、質素な生活を送っている様子を知っているが故に、その時間と命をかけて稼いだお金が理不尽にぼったくられる事が腹立たしいのだ。


「大したことだもん!!」


悔しさからルビーのような瞳を潤ませるイーヴァに、ヴィートリヒは困りながら「泣かないでくれ、頼むから」と(なだ)めようとした。


「し……仕方ないわねぇ! 分かったわよ、ちょっとだけよ!?」


ポン!! と、瓶の栓を抜いた様な音が聞こえたかと思うと辺りが煙に包まれて、ナイトメアの姿は立派な鎧をつけた巨大な馬の姿へと変わった。勿論、身体もだ。


「これなら文句ないでしょ!? 四つん這いになって馬車の一つや二つ、引いてやるわよ!!」

「……良いのか?」


 どこまでもお人好しのヴィートリヒが申し訳なさそうにナイトメアに問いかけた。その姿に馬面を赤く染めて、「早くしなさいよね!?」と、急かしたので、ヴィートリヒは優しくナイトメアの(たてがみ)を撫でた。


「有難う。助かる」


 その様子を見ていたイーヴァは少し面白く無い気分だった。


——なによ。ヴィートリヒさんったら、誰にでも優しいんだからっ!

 ぷくっと頬を膨らませていじけているイーヴァをひょいと抱き上げると、ヴィートリヒは「次の依頼へ向かうとするか」と微笑んだ。

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