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「謝ったじゃないですか!だから見逃してくれたんじゃなかったんですか?」


「『謝られても許せないし、謝ったからチャラなんて思われたくないから』だったかしら?私も同意よ。簡単に謝るなんて許せないわ」


「だって、だって狼の群れから助けてくれて…、それに結婚式の時だって私を殺さなかったじゃありませんか!」


「助けた?ふふふ、だってあんなところで私と関係なく死なれるのは業腹じゃない。それにただ殺すだけじゃつまらないわ。幸福の絶頂の時に殺した方がずっとずっと面白くて胸がときめくと思わない?」


 実に幸福そうに笑うとアウドヴェラ様はわたしの左手をなぞった。それだけで手首から肘の辺りまで肌が切れた。血が噴き出し、アウドヴェラ様を濡らしたのに、アウドヴェラ様は幸せそうに笑うだけだった。


「あら、ナイフを使おうと思っていたのに。失敗しちゃったわ。このナイフ、この間買ったの。綺麗でしょう?」


 ひぃぃ、と引き攣れたような声が喉の奥から漏れた。ナイフのことなんか目に入らなかった。そんなものよりアウドヴェラ様の手の方が恐ろしかった。

 止まることなく血が流れていたが興奮しているのか、ちっとも痛くなかった。けれど混乱していた。もう何がなんだかわからない。死にたくない、その言葉だけが頭を駆け巡った。許して欲しくて必死で言葉を探した。


「な、なぜ、なぜいつも、わたしを殺しに来るのです?もう何回も何回も殺したじゃないですか!ずっとずっと昔にたった一度間違えただけじゃないですか!もう許してください!」


 そう、わたしは昔、アウドヴェラ様の侍女であった時に、彼女の部屋にライアン様に指示された瓶を置いただけなのだ。たった一度だけだ。


「アウドヴェラ様だって自分の人生を生きてくださいよぉ!貴女だって生まれ変わったのなら、新しい人生を生きれば良いじゃないですか!前世のことなんか忘れてくださいよぉ!」


 もうめちゃくちゃに叫んだ。そうしたら、アウドヴェラ様は一瞬きょとんとした後に、壊れた様に笑い出した。ひとしきり笑った後にアウドヴェラ様は口を開いた。


「フィンリー、あなたは彼らが私に何をしたのか知らないの?」


わたしは必死で何度も何度も頷いた。どうして自分がこんな目に遭うのか、どうにかして助かる手立てがないか知りたかった。

「陥れた人間がどうなったか調べもしなかったのね」


 そう言うと、アウドヴェラ様はすぅっと目を細めてわたしを見た。思わずわたしは反論した。


「反逆罪の公爵家に働いていた人間がどんな扱いを受けるか、ご存知ですか?そんな人間が反逆者の末路なんて調べたら…」


「貴女がそれを言うの?ライアン様たちに唆されて私の家を陥れる手助けをした、貴女が?」


 アウドヴェラ様はわたしの目を見ながら、さらに微笑んだ。睨まれたほうが良かった、と思えるほど壮絶な微笑みだった。


「彼らはね、私に時を止める魔法をかけたの。本来なら売春婦や寵姫にかける魔法だったみたいでね、身体に傷が残ったり、老いたりしないようにするためのものだったらしいわ」


 そう言うと、アウドヴェラ様は手に持っていたナイフで自らの手に思い切りつけた。血が溢れるはずだ。しかし、服は破れているのに、アウドヴェラ様の細く白い手には傷のひとつもなかった。


「傷がつかないだけで、痛くない訳ではないのだけど…。でも、血は一滴も流れないの。だから、わたしの血が以前と変わらず赤いのかどうかもわからないの、おかしいでしょう?

 リンデにかけようとしたけれど、いきなりリンデにかけるのは怖かったらしくって私を実験台にしたの。実験は大成功よ、あれからずぅっと私は死ねないの。リンデは生まれ変わっているから、彼女にかけるのは失敗したのかもしれないわね。皮肉なことだと思わない?死にたかった私はこうなってしまって、死にたくなかったリンデは失敗したんだもの。

 もう、何年ここにいるのかしら?数えるのをやめてしまったからわからなくなってしまったわ。でも簡単に旅立てる貴女たちと違って、私は取り残されているの。貴女たちを憎んだまま。

 だから、覚悟していてね。何度生まれ変わっても会いに行くわ。私が存在している限りずっと」


「そんな、そんな、じゃあ、わたしの救いはどこにあるの?わたしはいつ救われるの?」


「さあ、それは私こそが聞きたいわ。でもこの千年、私が全く祈らなかったと貴女は思う?もう諦めてしまったけれど…それでも、私はまだこうして縛られているわ」


 そう言ったアウドヴェラ様は寂しげに俯いた。そんなアウドヴェラ様の両の肩にシアが手を置いた。今まで微笑んでいたアウドヴェラ様の変化に助かるかもしれない、と思った。シアの注意も逸れたし、逃げるなら今だと思い、何歩か退がった。しかし、そんなわたしの行動を許さないとばかりにシアが鋭い目で睨んだ。シアの目は恐ろしく、ただ睨まれているだけなのに、全身を刺された様な重圧を感じた。

 気を取り直したのか、シアの手を優しく何度か叩いたアウドヴェラ様はシアから身を離した。その顔には、もう微笑みが浮かんでいた。


「貴女に救いの手がいつか差し伸べれるといいわね、フィンリー。

 でも助けが来るまではわたしの無聊を慰めてちょうだい。どうやったらあなたたちを幸福の絶頂から、不幸のどん底に落としてあげられるか、それを考えることが存在し続けなくてはいけない私の唯一の楽しみなのよ、フィンリー」


「あ、悪魔…!」


「悪魔ですって?ええ、そうね。千年以上生き続けていますもの。もう人間であるはずないでしょう?けれど本当の悪魔は誰かしら?偽りと虚言でこの身を落とし、侮蔑と暴力を持ってこの身をあばき、絶望と嗜虐で心を壊し、残酷な魔法で私を地獄に留め続けているのは誰?」


 そう言いながら彼女は近づいて来た。顔にはこの世のものとは思えないほど美しい笑顔が浮かんでいた。もう、絶望しかなかった。


 幸せそうな笑顔が心底恐ろしい。あぁ、やっぱり逃げられなかった。サイラスを、ロブを、リンデを、ライアン様を差し出してもダメだった。彼らを囮にして、逃げられたと思った。気づかれてないと思ったし、もし気づかれていたとしても、彼らの居場所を教えたり、町に入る手伝いをしたのだから目溢しをしてもらえるんじゃないかと思ったのに…そんなに甘くなかった…。

 顔立ちこそ前世のままだったけど、男に生まれたから雰囲気が違ったし、オレがわたしだとバレないと思ったのに…。


「痛い、痛い、痛い。許して、許して、許して。お願いです、許してください。千年以上もこの世界に縛り続けるつもりはなかったのです。わたしは、ただ、少しだけライアン様の目に映りたかっただけなのです」 


 そう懇願してもアウドヴェラ様の手は止まらない。楽しそうに致命傷を避けてわたしの身体を刺し続けた。


「うふふ、反省したふりをしていても信用できないわ。だって貴女は自分が悪かったとこれっぽっちも思っていないでしょう?だから、何度も同じことを繰り返すのよ。本当にあなたたちはいつまで経っても変わらないのね」



 どのくらい経っただろうか、ノックの音がした。タッドが来てしまったのかもしれない。入るらないで、逃げてと思ったが、わたしの願いは叶わず、タッドは我が家に入ってきた。一人の女性を伴って。タッドは我が家に足を踏み入れるとオレの惨状を見て、息を飲んだ様だった。


「ごきげんよう、先にパーティーを始めさせていただいてますわ」


 そう言うとアウドヴェラ様は立ち上がってタッドたちのところに歩いて行った。


「タッド、逃げ…」


 このままだとアウドヴェラ様にタッドが何をされるか分からないと思ったオレは絞り出す様に声を出した。けれどタッドは逃げるでも、オレに駆け寄るでもなく、わたしを蔑みの目で見た。


「…タッ、ド?」


 わたしの疑問に答えたのはタッドではなく、タッドの背後に立っていた女性だった。女性は被っていたフードを取った。その女性の顔を見て息を飲んだ。


「リーリア…姉…さん?」


 そこにはライアンの元婚約者であったオレの姉がいた。


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