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 あぁ、終わった。終わったのよね?きっとわたしは許してもらえたよね?きちんと謝ったもの。もうこれでアウドヴェラ様の復讐から逃げられたのよね?もうこれで怯えなくて良いよね?だってわたしは殺されなかったもの。

 あぁ、神様感謝します。どうか、どうか、これからもわたしをお守りください。


―――――――――――――――――――――――



 それから数年が過ぎた。オレはあの一件以来、結婚することが怖かった。何か起こりそうで結婚式に出席することすら恐ろしかった。

 ずっと一人で暮らしていたが、一人は寂しかったし、恐ろしかった。

 

 けれど、ようやく寂しくなくなる。タッドがこの町の市民権が取れたから、この町に住むことになったそうだ。オレはタッドによければ、一緒に住まないかと打診した。店舗の場所は決まったそうだが、住居が決まっていなかったダッドは二つ返事で了承してくれた。今は少し離れた土地にいるから、こちらに着くには暫く時間がかかるとのことだった。


 オレはタッドを迎えるために休みの日を使って家の掃除をすべく朝から立ち働いていた。

 ようやく掃除がひと段落した頃に、誰かが訪ねて来た様でノックの音がした。誰も訪ねてくる予定はないはずなので、首を捻ったがもしかしたらタッドが早めに着いたのかもしれないと思って満面の笑顔でドアを開いたら、そこには思いがけない人がいた。


「ごきげんよう」


 そう言うと、ヴェラさんは可愛らしく首を傾げ、柔らかく微笑んだ。後ろには影の様にシアが立っていた。


「お久しぶりです、ヴェラさん…。今日はいったいなんのご用事でしょうか?」


「久しぶりにこちらに寄ったら、あなたがお友達とご同居なさると聞いたから、お祝いに来たの」


「お祝いですか?ありがとうございます。でも、ただこの家に住んでもらうだけなので…」


 ヴェラさんの急な訪問にオレは驚いた。しかし、タッドと同居するだけだし、お祝いをしてもらうことでもないと思ったので、帰ってもらおうと思ったが、ヴェラさんはにこにこと笑うだけで動く様子がない。気まずくなったオレは右の親指の爪を左の親指の爪で弾いた。そんなオレをヴェラさんはくすりと笑った。


「そうなの?でも嬉しいのでしょう?今まで生きてきた中でも一番」


「ええ、まぁ、一人は寂しいですからね」


「そうでしょう?それならお祝いしなくっちゃ!真っ赤な花のブーケを贈ってあげる。ねぇ、招き入れてくださる?」


 そう言って微笑んだまま、彼女はオレの手に触れてきた。結婚式の日のことを思い出して、オレは彼女の手を振り解いて、突き飛ばした。シアがヴェラさんを受け止めている間にオレはドアを閉めた。急いで鍵をかけ、ドアから距離を取る。そうしたらドアがトントンと叩かれた。


「どうしたの?ねぇ、入れてくださらない?フィンリー?どうして私を突き飛ばしたの?以前は招いてくれたじゃない」


 オレは恐ろしさのあまり、震え続けていた。かちかちと歯がなって言葉も紡げない。暫くノックの音と「開けて」と言う声だけが響いた。

 そのまま暫く対応できないでいたら、ヴェラさんが今にも笑い出しそうな声で語りかけてきた。


「ねぇ、フィンリー、本当は貴女も私のこと、覚えているんでしょう?誤魔化しても無駄よ、指の爪を弾く癖、昔から変わらないもの。貴女、私があれだけ注意したのに、あの癖まだ治ってないのね?」


 ひっ、と息を呑んだ。

 まさか、まさか、知らない知らない。あれはオレじゃない、オレじゃないんだ。そんな言葉が頭を駆け巡った。もしかしたら口に出していたかもしれない。オレは蹲ってずっと震えていた。


 ごつっ、扉から鈍い音が聞こえた。頭を恐る恐る上げたら、ドアノブのあたりが吹き飛ばされていた。そうして、ギィィィッと音がして扉がゆっくり開かれた。

 オレの屋敷に足を踏み入れたヴェラさんはライアンに向けていた様な笑顔をオレに向けた。オレは混乱した。


「違う!オレじゃないんです。オレじゃない!オレとヴェラさんは橋の前で初めてあったじゃないですか!オレは関係ないでしょう?オレが何をしたって言うんですか!」


「ふふふ、何が違うのかしら、フィンリー?ねぇ、しらばっくれるつもり?貴女が忘れても私は忘れないわ。貴女のせいでメルヴィル公爵家がどうなったか、忘れたわけじゃないでしょう?」


 わたしは顔から血の気が引くのを感じた。いや、違う違う違う。


「オレはこの町の配達夫です!そんなの知りません!オレは、オレは、何もしてない!」


「そう、それなら良いわ」


 アウドヴェラ様の言葉にオレはホッとした。助かったと思い、安堵のため息をついた瞬間、彼女は夢を見るようにうっとりと笑った。


「嘘をつくなら、本当のことを話すまでゆっくりゆっくりお祝いしてあげる」


 そう言って彼女は懐から一本のナイフを取り出した。そして赤く小さな舌で刃を舐めるとオレに向かってナイフを振り上げた。なんとか避けたつもりだったが、右腕に鈍い痛みが走った。恐ろしさのあまり涙が溢れた。死にたくない、それしか思えなかった。


「オレは違います、オレは男で、ただの配達夫です!人違いです!貴女の仇なんかじゃありません!」


「魂に形ってあるのかしら。不思議なことに貴女たちは何度生まれ変わっても、名前も外見もいつも一緒なの。

 フィンリー、貴女は今生は男性に生まれたのね。性別が違うから最初は驚いたけれど、でもね、人違いなんてしないから安心して。貴女たちの魂がどこにあるか、私が把握してないわけないでしょう?」


「そんなの知りません!オレは違う!違います!」


「けれど、不思議ね、フィンリー。貴女は私に会う前にはもう記憶があったわね?」


 なんで気づかれたのか、分からなかった。あの橋で会った時、平常を保ったはずなのだ。

 数年前、同僚に連れられて行ったパン屋のカウンターの中で幼馴染のライアンがリンデと営んでいるところにかち合った。その時、わたしは思い出したくないことを思い出したのだ。


 逃げようと何度も思った。実際に違う土地に行ったこともある。けれどそこでは暮らしていけなかった。寄る方もなければこれといった特技もないオレがここではない場所で生きていくのはとても無理だった。結局オレはこの町でしか生きていけなかった。


 ナイフをオレに向けたまま、アウドヴェラ様は愛らしく首を傾げながら続ける。


「何も知らない貴女たちにお返しをしてもつまらないでしょう?だから、ある程度の時期になったら記憶を返してあげてるの。トリガーはね、私の顔を見ること。でも、今生で貴女に会ったのはあの場所が初めてなのに、貴女は私を見て驚かなかったし、似ているけれど男性だから別人かとも思ったわ。

 でも、貴女の私を見る目は昔から変わってないからやっぱり貴女だと確信したの。憧れと嫉妬がないまぜになった卑屈な眼差し…あぁ、可愛らしいこと。抉ってあげたくなるわ」


「ひぃ!違っ…、違う、違います、そんなこと思っていませんでした。アウドヴェラ様のことをそんな目で見たことありません」


「私が貴女の目を気づかなかったと思って?

 でも、貴女があそこまでのことをするなんて思ってなかったから、やっぱり私の目は曇っているのかもしれないわね?ふふふ、でも今更よね、貴女も私も」


 そう言いながらアウドヴェラ様はわたしの頬を撫でた。ナイフで切り付けられたわけではないのに、まるで炎でも押しつけられたかの様に頬が熱くなった。何故かと思ったが、ライアンの酷い死体を思い出した。そういえばアウドヴェラ様は素手で人を傷つけていたじゃないかと思うと心底ゾッとした。涙が止まらなくてぼろぼろ溢れた。涙が頬に染みた。


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