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「まぁ、ライアン様ったらおかしなことを仰いますのね、あなたが命じたんじゃありませんか。なぜ生きているのか?その言葉は私こそが問いたいですわ。私はいつまで生きなくてはいけないのでしょうか?」
「ま、待て。あれは今の俺の所業じゃない。お前に恨まれる筋合いは俺にはない筈だ!」
「理不尽と仰りたいのですか?でも、ライアン様だって理不尽なことをなさったじゃないですか。冤罪だと分かっていたのに私の家族を殺したでしょう?弟はまだ四つだったのに」
「それは俺がゼバルドの王太子だった時じゃないか!しかも、あれは父の命令だったのだ!
今の俺は違う、俺はフィオルドの町長の息子で…」
がくがくと震えるライアンにヴェラさんはにっこり微笑んだまま近づくと、指差したままのライアンの右手首をゆっくりとなぞった。
「うわぁぁぁ!」
一際大きな声が響き、鮮血が舞った。ライアンの右手は手首から落ちていた。ライアンは左手で右手首を抑えると転げ回った。ヴェラさんは素手で、なぞっただけだ。けれど、ライアンの右手を落としたのは、ヴェラさんだということは分かった。
「大きな声…、ちょっとうるさいですわね」
そう言うとヴェラさんは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったライアンの顔を蹴飛ばした。
ひぐ、ひぐ、としゃくり上げてはいたが、恐ろしいのだろう、ライアンは声を抑えようとしていた。
「そうそう、私はあなたと違ってうるさいのは好きではありませんの。ねぇ、ライアン様、この後どうやって遊びましょうか?
私はあなたと違って人を嬲るのはあまり好きではありませんけれど、少しは遊んでも良いでしょう?」
そう言ってヴェラさんはくすくすと笑った。昨日も一昨日もどこか遠くを見てこの世の者じゃ無さそうだったヴェラさんは生き生きとしていた。幸せそうで楽しそうだけれど、ヴェラさんは違う意味でこの世の者とは思えなかった。まるで悪魔の様で、恐ろしくて仕方がなかった。オレだけじゃなくて他の人間も恐ろしかった様で、ライアンが襲われていると言うのに、ようやく駆けつけた自警団の人間も警備兵たちも身動きができなかった。
「それにしても、あの時は内心笑いましたけど、あなた方は本当に運命の恋人なのかもしれませんわね?何度生まれ変わっても結婚しようと結ばれるんですもの…あら?真実の愛でしたかしら。まぁ、なんでも良いのですけど。だって…結局二人とも一緒に旅立ちますものね?」
そう言うとヴェラさんは今度はライアンの左足を切り落とした。
「逃げられたら困りますものね?次はどこにしましょうか?手首じゃなくて肩のところから切り落としましょうか?」
ヴェラさんはまるで子供が蝶の羽をむしる様な無邪気さでライアンで遊んでいた。先程から悲鳴と共に鮮血が飛ぶ。ライアンから吹き出した血が彼女を赤く染めた。以前も思ったけれど、彼女には赤が似合う。特に血の様な赤が…。
「やめて、頼むからもう、許してくれ…。もうずっとお前はオレを殺しているじゃないか、頼むから、もう、許してくれ」
「私と違ってあなたは旅立てるんですもの、少しの間苦しむくらい、良いじゃありませんか」
「違う、違う…死にたくない…俺は死にたくないんだ、許してくれ、俺が悪かった」
「悪かったですか?ライアン様はいつも嘘ばかりですわね。本当に…」
ヴェラさんはライアンに向かって何かを言ったけれど、小さな声だったのでなんと言ったかよく分からなかった。けれどもライアンは元々青かった顔を更に青くした。
「なんで、それを…?ちがう、違うんだ。本当に、お前には悪かったと…」
そう言ったライアンの身体をヴェラさんはまたなぞった。ごとん、と何か重いものが床に落ちた様な音がした。
「いだいいだいいだい、やめでぐれ、やめでぐれ、頼むから、やめでぐれ!」
「まぁ、ライアン様ったら。私がいくらやめて、と懇願してもあなた方はやめてくれなかったじゃありませんか。それに以前も言いましたよね?やめて欲しいなら私を殺してください、と。それができないならこの魔法を解いてくださいって。いつもあなたは何もできないじゃありませんか」
そう言いながら、ヴェラさんはライアンの身体を撫でた。またもやライアンの悲鳴と赤い血が飛ぶ。
「うう、その魔法の解除方法は調べた。『時よ止まれ、お前は美しい』と唱え…」
「もう結構」
急に不機嫌になったヴェラさんはライアンの首を掻っ切った。ライアンの喉から大量の血が噴き出した。ヴェラさんは冷たい目でライアンを見ていた。
まだ死にきれてないのだろう、ライアンが苦しげにうめいた。そんなライアンの顔を覗き込んで、ヴェラさんは幸せそうに微笑んだ。美しいけれど、壮絶な微笑みだった。
「ライアン様。私がこの世に存在する限り、私は何度でもあなたたちに会いに行きますわ。だから、次こそ、あなたが生まれ変わる前に私が消滅することをお祈りくださいな」
ここまで楽しそうなヴェラさんを見るのは初めてだった。ひゅーひゅーとライアンの喉から壊れた笛の様な音がする。もう助からないことは見ただけでわかる。異様な空気に飲まれたのか、それともヴェラさんとシアが怖いのか…、オレだけでなく会場中の誰も動かなかった。
「さようなら、さようなら、ライアン様。どうか私のことを忘れないでくださいませね。また来世でお会いしましょう?」
ヴェラさんは笑いながら、ライアンの目から光が消えるのを見ていた。その間ずっと彼女は微笑んでいた。血だらけでなければ、彼女こそが今日の花嫁ではないかと思えるほど、美しかった。
「もう終わりなの?つまらないわ。嬲る趣味はないけれど…、もう少し抵抗してくれても良いのに」
「無理な注文ですね、そろそろ行きましょうか。もう、良いでしょう?」
「ええ、そうね。今はもう良いわ。
そうそう、ライアン様、もう聞こえてないかもしれませんけれど、次回は聴きたくないから言っておきますわね。
私の最良の時はもうすでに過ぎ去りました。その言葉をもう一度言ってご覧なさい。もっと惨たらしい殺し方をして差し上げます」
「おやおや、やけることですね」
シアはそう言って珍しく寂しげに笑った。ヴェラさんは教会の隅で震えているサイラスを見たがすぐに興味を無くした様に目を逸らした。
代わりにシアが一人生き残ったサイラスにまっすぐ向かうと、耳元で何かを囁いた。サイラスは震えながら大声で泣き出した。それを満足そうな笑みで見た後、シアは踵を返した。そして黒いマントでヴェラさんを包んだ。
割れる様な笑い声が響いた後、地獄から響いてくる様な声がした。
「喜劇は終わりました、幕を引きましょう」
屋内というのに、急に目を開けていられないほどの強風が吹き荒れた。オレや参列者たちは目を瞑り、その風に耐えた。風が止んだ後、目を開けたけれど、既に二人の姿はどこにもなく、ただ、三人分の死体だけが残っていた。