表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

12

 闇がとうとう追いついた。やっぱり闇はやって来た……あれは死神だ。いつもいつもわたしを殺しにやってくる。恐ろしい。死にたくない、死にたくない、お願いだから殺さないで。どうしてわたしが死ななければいけないの?誰を犠牲にしてもーー例えライアン様を犠牲にしたとしても、わたしだけは生き残りたい。どうしても死にたくない。どうかどうかもう許して欲しい。


――――――――――――――――――――――――


 翌日も快晴だった。結婚式は欠席しようと思ったが、なぜかライアンが迎えの馬車を寄越してくれた。流石に行かないとは言い切れず、渋々とではあるが出席することにした。

 タッドは一般の観光客たちと一緒に遠くから式を見るそうだ。招待状がいるし、警備も厳重なので、流石にタッドに一緒に行かないか、とは言えなかった。


 結婚式で現れたライアンは白い礼服を着ており、すごくよく似合っていた。町長の息子というよりも、王子という方が似合っている。

 それからリンデが少し遅れてやってきた。リンデはオレが受け取りに行った豪奢なドレスを着ている。ドレスはものすごく綺麗だったが、リンデには似合わなかった。はっきり言うとリンデはドレスに負けている。

 リンデは庇護欲を掻き立てる女性だ。美しいというよりも可愛いといった雰囲気なので、ドレスも今着ているものより、可愛らしいものかシンプルなものの方が似合っただろう。


 式は粛々と進んだ。ライアンは常に上機嫌で、サイラスとロブはうっとりとリンデを見つめていた。オレが黙っていても二人があの調子じゃすぐにバレるんじゃないかと思うと、他人事ながら、ヒヤヒヤした。もう関わり合いになりたくなくて、早く終わって欲しいと思った。


 式が終盤に差し掛かった頃、教会のドアが音を立てて開いた。そこには真っ黒いドレスを着たヴェラさんが柔らかい笑顔を浮かべて立っていた。

 ヴェラさんの美しさに皆一瞬見惚れたのだろう。誰も声も出せず、動気もしなかった。まるで時が止まったかの様に感じた。

 けれどすぐにリンデが悲鳴を上げた。それをきっかけに時が動き出した。

 誰かが警備兵を呼ぶ声が響いたけれど、誰もやって来なかった。出席者たちはどうして良いかわからない様子できょろきょろしていた。出口にはヴェラさんがいるから出られない。取り押さえようと思う気概のある人間はおらず、辛うじて警備兵を呼んでみるも、誰も来ない。唯一できることは見ていることだけだった。

 今日の主役の一人であるライアンは叫び続けるリンデを抱きしめることなく、顔色を青くして後ろに数歩退がる。サイラスにいたっては昨日同様、奇声を上げると教会の隅に走っていき、蹲って頭を抱えた。ロブだけが、リンデを守る様に立つとヴェラさんを睨むと吠えた。


「とうとう来たか!待っていたぞ、俺がいつもいつもやられるとは思うなよ」


 そう言うと、腰に佩いた剣をすらりと抜いた。四人の尋常ではない様子に驚いていた出席者たちは、ロブが剣を抜いた途端口々に叫んだ。

 体格の良い男が自分に向かって剣を抜いたと言うのに、ヴェラさんの態度は全く変わらず、幸せそうな笑顔で笑っていた。


「ごきげんよう」


 そう言うとヴェラさんは実に美しいカーテシーをした。ロブはその勢いのままヴェラさんに切り掛かった。一際大きい悲鳴が教会の中に満ちた。

 しかし、ヴェラさんは微笑みながら切り掛かってきたロブを華麗に避けた。そんなヴェラさんを追う様にロブは右に左に剣を振るうが、ヴェラさんはその剣をまるでダンスを踊る様な優雅な仕草で避け続けた。時折、剣が当たったのではないかと思ったがヴェラさんには全く傷がなかったので、オレの勘違いだろう。

 

 なかなかヴェラさんを捉えられないロブは舌打ちをすると、懐から短剣を取り出し、ヴェラさんに向かって投げた。ヴェラさんは短剣を避けたけれど、体勢を崩した。その隙を狙ったロブはヴェラさんを切りつけた。オレの目にはヴェラさんの右手が肘の辺りから切り飛ばされた様に見えた。

 見ていられなくて、オレはへたり込んだ。ロブはその勢いのままヴェラさんを壁際に追い詰めていった。杖を持っていないヴェラさんにはロブを止める術はないのだろう。右手も切られてしまったから、余計に何もできないのではないだろうか。

 とうとうヴェラさんは逃げ場がなくなってしまった。オレは動けなかった。


「これで終わりだな」


 そう言ってニヤリと笑ったロブの腹から手が出ていた。鮮血が散った。何が起こったのか分からず思考が停止した。ロブがごほっと血を吐いた。よくよく見るとロブの後ろに人がいた。シアだ。シアはロブの影から出てきて、その右手でロブの腹を貫いていた。シアはにやにや笑いながら、その手をロブから引き抜いた。ロブは再度血を吐くとそのまま倒れた。

 シアは右手を軽く振った。そうしたら血だらけだった右手は綺麗になっていた。


「慢心は最大の敵ですよ」


 ロブの死体にそう話しかけたシアにヴェラさんは不機嫌そうな顔で口を開いた。


「どうして殺したの?」


「もちろん、私のヴェラに傷をつけたのです。私が黙って見ていると思いましたか?」


「あなたの思いはときどき重すぎるわ。彼は今死ぬべきではなかったのに…そもそもあなたには他の仕事を頼んでいたわよね?」


「私にとっては万死にあたる行為でしたからね。黙って見ているわけにはいきませんでした。大目に見てくださるとありがたいものです」


「あなたの言葉を借りるなら『長続きさせたいのなら、ほどほどに愛してちょうだい』かしら?」


「おや、私の気持ちに応えてくれるつもりがあるのですか?あぁ、いいえ何も言わなくて結構ですよ。期待はあらゆる苦悩のもとですからね。その時が来るまで貴女のそばにおりますとも」


「もう良いわ。次に期待することにするわ。それよりもちゃんと仕事してちょうだい」


 ヴェラさんはため息をつくとゆっくりと振り返った。驚いたことに切られたはずの右手は何事もなかったかのように彼女についていた。

 間違いなく切られていたはずだ、気のせいのはずがないと何度も目を擦ったが、現実は変わらなかった。

 ヴェラさんはロブの死体には興味を失った様で、彼女の瞳にはもうロブは映っていなかった。

 そして実に幸せそうに微笑みながらライアンに向かって歩を進めた。その際ロブの死体を踏んづけたが、まるで道端の草を踏んだかの様な態度だった。


「お二人とも、お久しぶりです」


「「ひぃぃぃ」」


 ライアンとリンデは叫んだ。他の出席者たちも叫んだと思う。もしかしたらオレも叫んだかもしれない。

 リンデはライアンに「助けて」と言いながら縋ろうとしたが、恐怖に震えるライアンは立ち尽くしたままだった。ヴェラさんの瞳が真っ直ぐライアンを見ていることに気づいたリンデはゆっくり後退りをした。恐らくライアンを置いて逃げようとしたのだろう。

 そうして後ずさっていたリンデはドレスの裾を踏んづけてしまったようで、勢いよく滑ってしまい、足元にあったほんの少しの段差に後頭部を打ちつけた。


「ぶぅぎゃっ」


 小さく悲鳴をあげたリンデは何度か痙攣した後、動かなくなった。ヴェラさんは驚いた様にリンデを見たが、すぐに悲し気な表情を浮かべた。


「可愛いピーチパイ、いつも齧る前に取り上げられてしまうのね。シア、ピーチパイは切り分けられないかしら?」


 ヴェラさんのそばにいたはずのシアは気づくとリンデの隣に立っていた。涎を垂らしながら倒れているリンデを見て、肩をすくめた。


「ヴェラ、申し訳ありませんが、もうすでにあちらの領域の管轄です。私でも連れ戻せませんね」


「どうしていつももう少しってところでピーチパイを取り上げられてしまうのかしら?今度こそ食べようと思ったのに…」


「ヴェラの願いを叶えてあげられなくて申し訳ありません。仕事は失敗ですね、次回はもう少し頑張ります」


 ヴェラさんはまだ未練がある様で、ちらちらとリンデを見たけれど、ため息をつくとライアンに向かって微笑みかけた。


「仕方がないわね、ピーチパイはまた次の機会を待つわ。今からメインディッシュを食べるつもりだから、切り替えなくちゃね」


 ライアンは腰が抜けた様でペタン、と地面に座り込んだ。ライアンはその顔を真っ青にしてブルブルと震えながらヴェラさんを指差した。


「本当に、本当にお前なのか?なぜ、なぜ、まだ生きているんだ!アウドヴェラ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ